2008年07月21日

ブルーマウンテン、ブルース。3話。



予備校向かいのコンビニ。緑と白のストライプの看板が目印の、全国各地何処にでもあるチェーン店。青山学院の生徒は全員此処を利用している。距離が近いと言う事もあるが、時折キャンペーンで値引きされていたり、賞味期限が切れかけているものを半額処分で売り出したりするなど所持金の少ない学生に対する配慮がしっかりと為されているためでもある。夕食用に小遣いを幾らか貰っているとはいえ、俺も例に違わず常に金欠気味なので夕食を買う意外にもここをよく利用している。

自動ドアをくぐって店内に入ればそこは一足先に授業を終えた生徒たちであふれ返っており、気を抜けば肩がぶつかってしまいそうだ。若干利きすぎの感のある暖房と人いきれで空気は僅かに澱んでおり、なんとなく先程まで居た教室を思い出した。何処となく、息が詰まる。それだけで何の感慨も無い。当たり前だ、これだってルーチンワークの一環に過ぎないのだから。

人と人の隙間を縫い、弁当のコーナーの前で立ち止まる。特に何が食べたいと言う訳でもない、適当に安くて量の多いものを一つ手に取ると、飲み物を買うために近くに有った保温機を覗きこんだ。そして、ふと、目が留る。

此処がコンビニであり、それが保温機であるが故に必ず置いてあるもの。普段は気にも留めない筈なのに、当たり前に存在するそれに何故か、今日は反応してしまった。

ペットボトルの緑茶やポタージュと並んで置いてあるそれ、円筒形の容器。缶コーヒー。ブラックとカフェオレ。そして微糖と、ブルーマウンテン。

「……」

理由は無い。唯何となく、いくつもある缶コーヒーの中からブルーマウンテンを手に取ると、レジへと向かった。込んでいる割にレジに並んでいる人間は少なく、比較的容易に会計を済ませることが出来た。弁当を温めずに店を出る。ドアが開くと同時に肌を刺す十二月の冷気。天気予報では近々雪が降るかもしれないと言っていた。防寒対策は完璧だと思う。が、雪が降るなら傘が要る。まぁ、度合いにもよるが。この辺りでは積もって精々が十数センチだ。山間部に行けばもっと違うのだろうが、わざわざ降雪対策する必要も無いかもしれない。

行動指針を決定するために、降雪対策に要する手間とリスクを歩きながら計算する。学業に疲れた頭をクールダウンさせるための単純な思考。こういった他愛ない計算や雑多な思考は思考回路の齟齬を無くし、過熱気味の脳を鎮静化させるのに適している。他の人間がどうかは知らないが、少なくとも俺はそうだ。授業が終わった時は大体こうやって、頭を落ち着かせている。そう、それは言うなればいつもの癖で、故に、油断が有った。

予備校の階段を昇る。廊下を歩く。知れず、疲れがたまっていたのだろうか。その時にはもう既に単純な計算や思考すら存在せず、ただ視界に入る物に適当な所感を浮かべるだけになっていた。周囲、予備校の生徒で溢れていて、短い休憩時間を各々の方法で謳歌している。友人との歓談に興じる者、何もせずに茫洋と中空を眺めている者、あるいはもっと単純に、コンビニに行く者帰ってくる者。それはそれなりに賑やかで、それなりに騒々しい。
青山学院に通う前は予備校生は皆押し黙って黙々と、休憩時間にまで勉強している暗い連中ばかりだと思っていたが……現実はこうだ。高校と然程変わりが無い。通っている人間の大半が高校生なのでそれも当然の結果なのかもしれないが。それはそれで悪いことではないのかもしれない。騒がしすぎるのもNGだが、陰々滅々としているよりは恐らく生徒にも良いのだろう。

人混みをすり抜けながら、ぼんやりとそんな事を考えていると、ふと胸部から下腹部に一瞬の違和感を覚えた。例えるなら、そう、何か小さくて柔らかいものが衝突して、勢い余って弾き飛ばしてしまったような。と、そこで、ようやく現状の把握に成功する。俺は誰かにぶつかり、その挙句弾き飛ばしてしまったのだ。クールダウン中はどうにも思考が鈍っていけない。心中で嘆息を吐きつつ、ぶつかった相手に謝罪しようとその姿を確認する。


「……げ」


貞子だった。らしくない声が漏れた。伸ばしかけた手を思わず戻す。同時に、鈍っていた思考が高速回転を始める。
厄介な。関わりたくない。忌避すべき事象。求められる結果は。望んだ回答を得るに為の最短距離。この間、コンマ一秒。正常な判断能力を取り戻した思考回路が瞬時にはじき出した結論は、こうだ。

踵を返し、反対方向へ。悟られないように早足で、その場を後にする。


要は、見なかったことにした。逃げた。賢明な判断だと自任する。が、


前に進もうと掲げた足が、止まった。止めた訳じゃない。止まったのだ。自分の意思でない外的な要因によって。そして足首に感じる違和。

これだけで既に確信に足る要因だ。俺の予想は現実とそう大して変わりはないだろう。と、言うよりも。100%当たっている自信が有る。現在の状況を確認する必要などどこにもない。それは言うなれば答えを知りながら解いたテストの解答をする位に無意味な行為。だと言うのに、身体は動く。ぎこちない動作で、後ろを向く。向いてしまう。

恐る恐る後ろを見ると、そこには。


「酷いっスよ。ぶつかっといて謝罪も無いなんて……」


うつ伏せのまま、伸び放題の髪の隙間から爛々と瞳を輝かせてこちらを注視する貞子が、俺の脚を掴んでいた。


直後、俺の上げた悲鳴は、何とも情けないものだったと思う。







clearvoice1989 at 09:48│Comments(2)TrackBack(0)小説 | 宵闇

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この記事へのコメント

1. Posted by 和紀   2008年08月01日 23:37
仕事の癖でフルネームを名前のとこに書こうとしてしまった私はまだまだダメ人間ということにしておこう。過去は振り切れ。貞子も振り切るんだ。

なんとなくお久し。自由を手に入れた人間がすることは怠惰と体調崩し(急に休んだり遊べたりすることに心がついていかない)だった気がします。お腹痛いのは夏の暑さか陣痛だと思うんだ。つわりでも可。

仕事のネタの小説らしきものを作ろうかと思ってたけど、ここ2,3日で会社のイメージが主にマイナス方向に逝ってしまって書きたいものが書けないZE★

というわけで、怠惰人間が無慈悲に言ってやろうじゃないか。「あすぼく。どうなった?」
2. Posted by 夢見月   2008年08月02日 01:30
まさかのUSBメモリ紛失につき少々お待ちを。近くのネカフェ、ノートPC持ち込み可だったら良いんですが。

この隙に終わらなかったもの終わらせようとしてるなんて事は無い。断じて。

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