2008年11月12日

春色恋歌 -A Song of Wheel-:girl's side:1



――約束だよ。必ず、いつの日かまた会おう。


――――――――――――



朝。微かな物音で目が覚めた。起きぬけの頭、まどろみの中。曖昧な意識で起きなければ、と思うのだけれど、布団に移った温もりに、その決心は簡単に揺らいでしまう。この上なく気持ち良いのだ、朝の布団は。そこでの二度寝は最高の快楽。抗う術も無く薄れていく意識に、けれども割り込むものが有った。

「おーい」

声だ。窓の外から聞こえてくる、聞き慣れた声。……誰の物、だっけか。未だぼんやりとした頭で体を起こし、カーテンを開けた。朝の日差しが眩しい。目を細め、狭まった視界で、声の主を見つけた。

「よっ」

家の玄関の前で、片手を挙げる少年。くせっ毛の髪を茶色に染めて、顔には悪戯っぽい笑顔を浮かべている。彼が、声を掛けたのだ。

「まだ寝てたのか、お前」
「…………ふへ?」
「……違った。まだ寝てんのか、お前。とっとと起きろバカ。遅刻するぞ」
「……馬鹿とは……なんだ、ば……」

言いかけて、気付いた。学校、遅刻。迎えに来た。それはまだいい。でもあたし、寝起きで…………。

「なわっ!? みみ、見るなぁーっ!」

急いでカーテンを閉め、部屋に身体をひっこめる。それから慌てて自分の姿を省みた。

「うわ、最悪……」

少々乙女趣味に過ぎるピンクのチェックのパジャマ。寝苦しかったのか何なのか、ボタンが上二つほど外れている。……下着までは、見えていないけど。それでも十分恥ずかしい。髪だって、寝癖で跳ね回っているし。顔だってむくれているに違いない。最悪だ。こんな状態を見られた日には死んでもいいかもしれない……って、それは正しく今日なのだけれど。

「あー、もう恥ずかしい……」

はしたない奴、なんて思われてないだろうか。失望されていないか、揚句嫌われていないか。不安になる。このまま此処に引き篭っていたい、けど、そうもいかないのだ。

世界はいつだって残酷で。時間だって止まってはくれない。此処でこうしている間にも時計の針は進んでいって、やがては時間が来てしまう。迎えたくない、その時が。

「学校行かなきゃ……」

でも行きたくないジレンマ。窓の外から聞こえる「まだかー?」という声に急かされ、仕方なく階下に降りる。ダイニングへ行けば、父が新聞を読んでいた。母はキッチンで朝ごはんの片付けをしている。ありふれて牧歌的な朝の風景。訳も無く苛立つ。この両親、人が恥ずかしくて死にそうな思いをしていたというのに何を呑気に……!

「もう、なんで起こしてくれなかったのよっ!」
「あら? お母さん、起こさなかったかしら」
「あたしが起きてなかったら、起こしたことにならないの!」
「酷い……折角お母さん頑張ったのに……。お父さん、この子反抗期なのかしら」
「母さん。言っておくがね、母さんが娘を起こしに行ったことは無いよ」
「あらそう?」
「ああ。何故なら私が、毎朝娘を起こしに行ってるからね。母さんが朝食の準備、私が娘を起こす役、と昔から決めていただろう?」
「そうね。そういえばそうだったわ」
「ふふふ、母さんはそそっかしいんだからな。まぁ、そこが良いところではあるんだが」
「ぃやんもう、おとーさんったらぁ」

駄目だこの夫婦……脳に蛆が湧いてやがる。子供の前だってのに自重しやがらねえ。恨みがましくジト目で睨んでやるが……効果は無いようだ。嘆息。あんまり眺めていても目に毒なだけ、か。朝っぱらから素敵桃色空間を展開し始めた両親を無視し、身支度を整える。

制服一式を手に洗面所へ。歯を磨き洗顔を済ませ、淑女の嗜みである化粧(勿論校則違反だが)をばれない程度に薄く掛ける。髪に櫛を入れて着替えを済ませ、両親への挨拶もそこそこに家を出る。

「お待たせっ!」
「ん」

短く挨拶を済ませ、私は自転車の後部の荷台に飛び乗った。タイヤが体重を受けて僅かに沈む。僅かに金属の軋む音、それを聞いた彼が笑った。

「お前、体重増えたろ」
「うっさい馬鹿、早く行けっ!」

かちん、と来たので一発、その軽い頭に拳をくれてやる。体重の事は、禁句だ。ただでさえ最近気になってきてるのに、コイツにはデリカシーってものが無いのだろうか。全く、仕様のない奴だ。少しは反省してくれると助かるんだけど、

「はいはーい。んじゃ、ゆるゆると行きますか」
「堪えちゃいねぇ……!」

歯噛みする。

はは、というまるで堪えた様子の無い快活な笑い声と共に、自転車は二人を乗せて走り出した。

風を切って感じるのは、朝の透き通った空気。そして穏やかな陽光。長閑な小鳥の鳴き声の間に、異音。自転車の錆びたチェーンが奏でている、きぃ、きぃ、という軋んだ音だ。それは碌に整備もされていない証拠。他にもある。空気が抜け始めているのか、タイヤは二人分の重みで僅かに乢み、ふらふらとして危う気だ。滑らかとは言い難い動作。少しばかり、ガタが来ているのかも知れない。所々浮かんだ錆が、この自転車が経て来た年月を感じさせる。

「にしても、ボロくなったねぇ、自転車」
「ん? ああ、そりゃま、中学ん時から使ってるからさ。ボロいのは仕方ないよ」
「にしても酷くないかな、これ。とっとと新しいの買いなよ。したらも少しスピード出るし、急いで準備する必要も無くなる」
「ぐーたらしたいだけだろ、それ」
「そんなこたぁないデスよ?」

そう、決してそんな事は無い。ただもう少し来るのが遅ければ、さっきみたいな痴体を曝さずに済んだのに、と。そう考えているだけだ。……それも、あたしが早く起きれば良いだけの事なのだろうけど。

「あーあ、それにしてもお腹空いたーぁ」
「あ、お前、朝飯食べて来てないのか?」
「何処にそんな暇が有ったってーの。食べてないに決まってんじゃない」
「……確かにそうだ」

何かを思い出したのか、不意に彼が吹き出した。あ、と。あたしは思う。これは墓穴を掘ったぞ、と。恥ずかしさに、顔に熱が集うのを感じる。きっと今、あたしの顔は真っ赤になっているだろう。

「あ、あーもう! 忘れろ! 忘れろ馬鹿ーっ!!」
「いやいや、あれは忘れられないって。だって、なぁ」

そこでまた、喉を鳴らして笑う。余りの恥ずかしさにもはや怒りも沸かない。ただ、今すぐ飛び降りたくなるほどの恥辱に、じっと耐えるしかなかった。

「う〜〜〜〜っ」
「はは、悪い悪い。そんなに怒るなって」
「知らん!」
「ったく、しょーがねー奴」

背けた眼前に、ずいと突き出された物があった。銀色のパッケージをしたゼリー飲料だ。よくある、十秒チャージの奴。見れば、彼が片手で器用に自転車のバランスを取りながら、あたしにそれを差し出していた。

「……これ、何」
「朝飯朝飯。腹減ってるから、機嫌も悪くなるんだろ」
「あたし、子供じゃないんだけど?」
「あ、要らないの?」
「イタダキマス」

差し出されている銀色のパッケージを受け取ると、彼の手は自転車のハンドルまで戻っていった。封を開け、中身を口に流し込む。三分の一程度減らしたところで口を離す。軽く咀嚼し、嚥下して、

「……ってか、なんでこんなもの持ってたの? おやつ? そーいや陸上部だもんね、そりゃお腹も空くか」

尋ねる。すると彼は大した事でも無いかのように、こう言った。

「んにゃ、俺の朝飯」
「え」
「親父とお袋、飯作ってくんなくてさー。いや、いつもの事なんだけどな。だから、昨日のうちに買っといたんだよ」
「あ……と、ゴメン。結構飲んじゃった」
「気にすんなって。学校行ったらいんちょーさんにでも菓子貰うさ」
「……む」

彼にしてみれば何気なく言ったであろうその言葉に、あたしのこめかみがぴくりと反応した。そうか、そう来るか。

彼がいんちょーさんと言った人物。いんちょーは学級委員長であって院長ではないのだけれど、そんな事はどうでもいい。問題はその娘が、もの凄い可愛い娘なんだって事。小さくて、ふわふわしてて、笑うと笑窪が愛らしい女の子。いつもお菓子を持ち歩いていて、友達に分けてあげている。最近、彼と話しているところをよく見るようになった。付き合ってるんじゃないかってくらい仲が良いから、少し、不安になる。それで無くとも、彼はいんちょーさんの事が好きなんじゃないだろうか。
……で、彼はそのいんちょーさんにお菓子を貰いに行く、と。成程。あたしはまんまとダシに使われたって訳か。腐れ縁の朝ご飯を食べ忘れた間抜けな女の子に自分の朝食を譲ったから、自分は食べる物が無い。だから少しお菓子を分けてもらえませんか、と。お近付きになるきっかけにはちょうど良いじゃないか。

………………気に食わない。

「…………ね。口開けて」
「んあ? なんで」
「いいから」

あたしの有無を言わせぬ口調に、彼は渋々と言った風に口を開ける。その口にゼリー飲料のパッケージを無理矢理押し込んだ。完全に開いていなかった所為か歯にプラスチック部分が当たったが、なんとかそれをくわえさせることに成功する。

「おまっ、一体何を、」
「あたしはもうお腹一杯だから。残りは全部あんたにあげる」
「嘘吐け、お前この間一人でバケツプリン完食してただろ!」
「なーんのことかしらー?」
「ちょっ、良いから離せ! 危ない、事故る!」
「逃がすかっ!」

横座りしていた姿勢から足を反対側に回し、あたしの腕から何とか逃れようとしていた彼の体を羽交い締めにする。こうなれば蛇行する自転車を抑えるのに必死な彼はあたしの腕から逃れることは出来ない。更にゼリー飲料のパッケージを完全にホールド。一気に握り絞めようとして、

「分かった、分かったから! それ飲むから取り敢えず体離せーっ!」

必死の懇願に、仕方なく体を離した。その後伸びて来た手にゼリー飲料を載せると、彼は素直に口に運ぶ。二人の間に、奇妙な沈黙が横たわる。

……そんなにもいんちょーさんと話したかったのか。そんなにも可愛いらしい女の子が良いのか。……あたしみたいな、ガサツで気の強い女は駄目なのか。髪だけは伸ばしてみたのだけれど、結局はそれも無駄な抵抗か。風に靡く長い黒髪を見て、ひっそりと嘆息する。

いつか、彼が街行く女性を見て可愛いと言った髪型。お前にも似合うんじゃないかって言ってくれた、髪型。当時これでもか! というくらいに短くしていた髪を、何ヶ月と掛けて伸ばして来たのに。

「はぁーぁ。髪、切ろうかなぁ」
「ん? ああ、まだ夏は遠いけど、いいんじゃないか? イメージチェンジにもなるだろーし」

…………これだ。

「このニブチン。トーヘンボク」
「ん、何か言ったか?」
「なーんにも!」

この馬鹿は、気付いてくれないんだ。あたしが抱く、この気持ちを。好きなのに。大好きなのに。

学校について、教室にて。結局いんちょーさんに会いに行く彼を見たあたしは、一人、嘆息を吐くのだった。




―――――――――――――

アルプラ書かにゃいけねーのに何をやっとるかおどれはーァ!!

てなわけでお届け致しました中身のない恋愛物こと車輪の唄ガールズサイドでした。残念な事にまだ続きますが。おかしいな、短編のつもりだったのにすげぇ長くなってる…………。

さて、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この作品はバンプオブチキンの『車輪の唄』にインスパイアされておりまする。こらそこ、パクりとか言うんじゃない!
かなり今更感があるというか、他にも沢山有りますよね。この歌のインスパイア作品。メジャーで、ストーリー性も有るため書きやすいんでしょうか。

とまれ、夢式車輪、楽しんでいただければ幸いです。話の内容はがっつりベタに、大体歌の通りに書いていきたいと思います……ガールズサイドは。


ちなみにこれ、電車の中で携帯から投稿されています。いましたが、なぜか家に帰っても書き続けるという暴挙に。しねばいいとおもうよ。



clearvoice1989 at 13:01│Comments(2)TrackBack(0)小説 

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この記事へのコメント

1. Posted by 和紀   2008年11月12日 18:23
今度恋愛物書く時は絶対に幼馴染みキャラを入れません宣言。

あー、5日前にも食べたカレーを食べている気持ちです。和紀です。

それほど古臭いものでもないと思うが、何故か『王道』的なものなキャラクター、幼馴染み。嫌いじゃない、嫌いじゃないんだ。むしろ旨ければ好きなくらいなんだが。だがしかし、美人は3日見ればストーキングと勘違いされる世の中、いや間違えた。。。

バンプは知らないが、よくよくある話ですよね、と言っておく。よくよくある話をどれだけ巧く魅せるかが重要ですよね、と言っておく。
2. Posted by 夢見月   2008年11月12日 19:18
幼なじみというわけでもねーんですが、ああでもその辺りはボーイズサイドのお話になるなぁ。しかし幼なじみ設定は書きやすくて困る。本当に。

印象的な出会い、ってのを書くのが苦手なんですよね、僕。だからつい昔なじみとかクラスメイトとか、そういう間柄になってしまうんですよ。苦手分野書かなくて済むから。

あ、今回ベタで王道的なものなのは、青山哀歌がベタではないからで、更に言うと夕凪がベタものだからです。秋の夕暮れは王道、冬の夜は邪道、春の朝も王道・・・の流れ。夏も加えて、いつか纏めたいと思ってます。

しかし今回も名前無しか・・・短編は名前考えるの億劫だな。

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