2009年03月05日

Reach to the Blue Sky;2



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しばらくして泣きやんだ七海を、家族の下に送り届ける。両親には曖昧な笑顔しか向けられなかった。とりあえず友人だと説明すると、ご焼香を、と薦められ、それをやんわりと断ってから再び外へ出る。西條拓巳の葬儀には、参列してはならない気がしたのだ。それが何故かは分からない。この葬儀自体は、自分が望んだものだと言うのに。しかしそれは恐らく、悪い感傷ではないのだろう。

「おかえり、タク」
「……ただいま」

その言葉を言った際に浮かべた、疲れた様な笑みはしかし決して悪いものではなかった、とはその顔を見た梨深の言である。憑き物が落ちたかのような自然な表情。その顔を少しでも長く眺めていたくなり、振り返り斎場を眺める拓巳の横顔を盗み見る。と、表情が一瞬強張った。刹那の後に苦笑に変化。疑問に思った梨深は首を傾げると、拓巳の視線の先を見る。

見知った顔が式場へと乱入していた。

「……行ってきます」
「……いってらっしゃい」

苦笑に苦笑を返し、梨深は拓巳を見送った。





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斎場の外、吹く風が熱を持つ頬に心地いい。しかし何故だが痛む気がするのは、やはり気のせいなのだろうかと拓巳は考える。……現実逃避だ。無理も無い。泣き止ませようとしたらとりあえず頬を打たれたと言うのは、拓巳のキャパシティを優に超える事態である。ああアレは良い音がしたなぁ皆振り返ってたもんなぁ、現実に立ち返らせないためか止め処なく溢れる思考は冷えた声によって制止させられた。

「どういうことか、説明しろ」
「は、はは、はいぃ!?」

腕を組んで拓巳を睨みつけるセナの言葉には棘以上のものが感じられ、拓巳は思わず身体を震わせる。声の方も言わずもがな。みっともないにも程があった。

「えっと……そ、その、何て言ったらいいのか」
「早くしろ」
「すっ、スミマセン!!」

棘が明確に殺意に変わった。直立不動の姿勢を取る。

「全く馬鹿げている。何なんだ? 一体。まだ生きている人間の葬儀を行うなんて」

言いながら目を閉じ、嘆息を吐く。そしてふと思い当ることが有ったのか、唐突に目を開け、

「……お前、嫌われてるのか?」

言った。機嫌が悪いのが見て取れる、いつも以上に容赦のない一言だった。思わずくずおれそうになるのを何とか堪える。

「そ、そう言うことじゃなくて」
「教室に入ったとき机の上に花が添えられているのと同じか。大掛かりだな。無駄が多すぎる。やるならもっと効率的に、」
「聞いて?! ねぇ聞いてよ! 僕のHPはもうゼロだよ!?」
「えいち、ぴー?」

心底怪訝な顔を浮かべられる。勿論、拓巳に説明する気力など残されている訳も無い。

「何かのスラングか? えいちぴー……HP? ひきこもり・ポイント……」
「え、HPが禿ポイントでMPが毛髪ポイントですハイ終了! この話題終了!」

事実両方ともゼロである。それは“もうひとり”の西條拓巳のことなのだが。

「それもそうだな。今重要なのはそこじゃない。この、馬鹿げた催しについて洗いざらい吐け」
「……多分、長くなるけど。い、良いかな?」
「構わない」

何から言ったものか、思案する。まずは一番肝心な所からか。簡潔に言葉を纏め、告げる。

「ま、まず始めに言っておくけど。今、葬式を上げられているのは……死んだのは、間違いなく西條拓巳本人だよ」
「? 同姓同名の他人、と言うことか? 確かに珍しくも無い名前だとは思うが」
「……セナは痴態を曝す前にそう言う可能性を考えておくべきだったよな。確実に」
「な ん だ と ?」
「なな、なんでもありませんッ!」

視線だけで人が殺せるか否か。間違いなく、殺せる。そう思わせるには十分すぎるほどの眼だった。止まった震えがぶり返す。その視線のまま先を促され、拓巳はこれ以上失言をしないように気を使いながら言葉を続けることにした。

説明する。自分が妄想の存在だと言うこと。自分を生み出したのは西條拓巳だと言うこと。自分がここに居る理由。彼が死んだ理由。その全てを。全てを説明し終わると、セナは疲れたような吐息を洩らした。緊張が解ける。

「なんだ……結局は、私の思い違いだったと言うことか」
「そうやって簡単に纏められる話じゃ、」
「纏められる話だよ。少なくとも、私にとっては。私はニシジョウタクミのことは知らないし、それに」

まるでそれが何でもないような自然さで、告げる。表情には僅かな微笑みさえ浮かべて。

「私が心配したのは、お前だしな」
「あ……」

息を詰める拓巳に、怪訝な顔をしたのは一瞬。すぐに自分の言った事を反芻し、セナは顔を真っ赤に染めた。慌てて取り繕おうとするが言葉が出ないらしく、耳まで赤くしたまま身体を震わせ……やがて、長らく詰めていた息を一気に吐きだした。

「と、とにかく! 無事なら無事で連絡の一つも寄越さないお前が悪い! 誰だって心配するだろう! 普通なら! ああそうだ普通だ! 別に特別なことなんて何もない!」
「だ、だって連絡先知らない……そ、そもそも携帯使えないし」

凄い勢いで睨まれた。少し涙目になっているせいか、得も言われぬ迫力がある。どうにも何か地雷を踏んだらしい、と拓巳は推察する。挽回の余地はまだあるだろうか。脳細胞をフル回転させ、打開策を導き出す。

「そ、そうだセナ、今携帯持ってる? 持ってるなら連絡先教え、て、欲しい、ん、だけ、ど……」

……ことなど、出来る筈も無く。結局はこうやって尻窄みになる言葉を吐くのが精一杯だった。今更ながら、自分のコミュニケーション能力の低さに落胆した。

半眼で睨まれる。口はへの字で顔はまだ赤いまま、セナはゆっくりと首を振った。縦に。ポケットを弄り、携帯を取り出す。シンプルな携帯。ストラップも付いていない。……そこに、異彩を放つものが一つ。

見覚えがあった。いつか、梢が記念撮影だと言った物。乗り気じゃない二人を連れて無理矢理に撮った、あの。

「……」
「ん。終わったな。……どうした西條?」

言葉は出ない。代わりに、頬が歪む。苦笑が漏れた。またもや半眼で睨んでくるセナと、真っ直ぐに視線を合わせて、言う。

「なんでも……無いよ。ただ、また、三人でアイスでも食べよう、って。そう、思っただけ」
「……そう、だな。それもいい」
「今度は、僕が奢るよ」
「いいのか?」
「うん。前は結局、奢って貰ったし。今度は僕が」
「そうか……それは、」

そこまで言って、セナは言葉を飲み込んだ。しかし拓巳には、その言葉の続きが分かっていた。だから、十分。言葉で伝えなければ価値がないものもあるが、きっと、言葉で伝わらなくても価値があるものだって存在する。

「また、三人で会おう」
「ああ、三人で、だ」

ぎこちない笑顔を浮かべて、拓巳が告げ。自然な笑顔で、セナはそれに答えた。



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「タクって意外とモテるよね」

梨深の所に戻って、開口一番、言われた台詞がそれだった。当の拓巳としてはそれに疑問を抱かざるを得ないのだが。それを口にすると、梨深は少しだけ表情を曇らせる。

「……まぁいいけどー。タクがそんな調子だからまだいいけど、あたしも気を抜いてられないなー」

訳が分からなかった。「それより」と梨深が指し示す方を見る。セナの乱入によって中断されていた葬儀が再開され、棺が火葬場に運ばれるようだった。見送る。やがて棺が屋内に消えると、ぽつりと梨深が呟いた。彼の名前。しかし、返事をすることは許されない。それは、誰も、望んでいない。

やがて、煙突から立ち上る黒煙。ゆらり、揺らめきながら空へと向かっていく。何とはなしに、目で追った。

「……あ」

青い空が、そこには広がっていた。

光は電磁場の波。その振動現象を、人の視覚は色として捉える。それは電気信号に過ぎず、人は、本当の意味では、空の色を知らないのかもしれない。見ているのは全てまやかし。妄想。しかし――――どうしても目を奪われる。
かつての渋谷では考えられなかった程、澄み切って青い空。遠く広がる。空の高さを実感させられ、眩暈がした。千切れ飛ぶ白雲はその縁を僅かに青く滲ませ、優雅に空を渡っている。ふわり、と。何処からか吹く風が髪を揺らした。目を焼くような鮮烈な蒼に一点、強く輝く太陽に、拓巳は目を細めた。絵画のような光景に混じって行く黒煙、それは不思議な調和を見せ。呟く。綺麗だ、と一言。


いつかの少女が憧れた、あの、澄み切って遠い青空に。彼が、昇って行くような……そんな錯覚を覚えて。気付けば少女は、その思いを口に出していた。あの煙はきっとタクミの魂そのもので、綺麗な青空に還って行って、そして私たちを見守って行ってくれるのだ、と。
それを聞いた彼は笑わない。泣きもしない。表情を変えもしない。ただ、少女の顔を見て、

――あの煙は、遺体を燃やして出るものじゃない。

そう告げようとして……口を閉ざす。少女がそう信じるのなら、それでいいと思ったのだ。その淡く、優しく、切ない妄想は……きっと彼女の心を幾許か、救うものだと分かったから。故に、何も言わずに空を見上げて、立ち上る煙の行方を視線で追った。青空に吸い込まれていく黒煙は、何処か、胸中に哀切を覚えさせる。涙が一筋頬に零れたのを気取られぬように、彼は言った。

「そう、だね。きっとそうだ――――」

瞳を閉じる。視界は黒く塗りつぶされ、しかし、妄想の青は瞼の裏にいつまでも映り続けた。そこに彼を重ねて、冥福を祈る。




――ぼくはぼく。きみはきみ。そのきみはどうやら、死んでしまったらしい。

――きみは死んだ。ぼくは生きてる。そこにはもう、矛盾は無い。

――きみのため、なんて。言うつもりは毛頭無い。

――ぼくはぼくのために、生きていこうと思う。

――ぼくは、ぼくの意思を持って、きみを、西條拓巳を、続けて行く。そう、











――――西條拓巳は、これからの未来を、生きていく。











声が聞こえた気がして、目を開けた。視界にはまだ、蒼が広がっている。





clearvoice1989 at 16:23│Comments(0)TrackBack(0)小説 

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