気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

原子力発電と温暖化問題の関係についての意見書

2013年11月、気候変動の(とくに自然科学面の)専門家であるケン・カルデイラ(Ken Caldeira)さん、ケリー・エマニュエル(Kerry Emanuel)さん、ジェームズ・ハンセン(James Hansen)さん、トム・ウィグリー(Tom Wigley)さんが、地球温暖化の対策として原子力発電は必要という趣旨の意見を述べた手紙を公開しました。

これに対して、2014年1月、明日香壽川さん、朴勝俊さん、西村六善さん、諸富徹さんが、「原子力発電は気候変動問題への答えではない」という意見書を出しました。

明日香さんたちは、この意見書への賛同の署名をつのっています。ただし、これは、あらゆる人にではなく、署名サイトの説明文の表現によれば「国内外の関連する専門知識をお持ちの研究者」に呼びかけています。カルデイラさんたちの意見が気候に関する専門家の意見を代表するものではないことを示すことが必要だという判断なのだと思います。

(わたしは、明日香さんたちの意見書の趣旨のおおすじに賛成なのですが、内容を個別に見ると自分が意見を述べるならばこうは言わないと思うところもあるので、署名するかどうか迷っております。)

ともかく、明日香さんたちの意見書(下の引用からリンクされたPDFファイル)は、多くのかたに知っていただく価値があると思います。

========== 引用 ==========
みなさま <転載関係・重複御免ください>

お世話になります。昨年11月に、気候変動研究のパイオニアであるジェームズ・ハンセン博士(元NASAゴッダー宇宙研究所所長)らが、地球温暖化問題に取り組む世界中の人々に宛てて、原子力発電の利用を推奨する書簡を公開しました。

私たち、明日香壽川(東北大)、朴勝俊(関西学院大)、西村六善(元地球環境問題大使)、諸富徹(京都大)は、この書簡が問題をはらんだものであると考え、日本での福島第一原発事故に関する事実などに基づいた意見書を作成しました。

意見書で取り上げた項目は以下です。

1. 原発事故の確率
2. 死亡者数の比較
3. 原子力発電の発電コスト
4. 日本が回避した最悪シナリオ
5. 石炭火力発電とのセットでの導入
6. 新型原子炉の役割
7. 原子力発電なしでの2度目標達成可能性
8. 結論:“ロシアン・ルーレット”に頼らない政策を

私たちの意見書の本文は、下記ページをご参照ください。

日本語版:
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_src/2014/nuclear_power-climate_change_jp.pdf
英語版:
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_src/2014/nuclear_power-climate_change_enver2.pdf

ハンセン氏らの書簡については、下記のページをご参照ください。

日本語版:
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_src/2014/Hansen_letter_japanese.pdf
英語版:
https://plus.google.com/104173268819779064135/posts/Vs6Csiv1xYr

私たちは、国内外で温暖化問題の研究に従事、あるいは強い関心を持つ方々にも、本文の主旨と内容に賛同して頂ける場合には、名前を連ねていただければと考えております。ご賛同頂ける方は、下記ページにアクセスして、英語で姓、名、研究分野、所属を記入していただけると自動的に賛同者リストに登録されます

https://ssl.form-mailer.jp/fms/ffb5047d284413

なお、2014年1月30日に、ハンセン氏らへまず意見書のみを送付いたしました。皆様のご署名は、後日まとめてハンセン氏らへ再送および公開をさせていただきます。

ご協力を何とぞよろしくお願いいたします。

2014年1月31日

明日香壽川(東北大学 東北アジア研究センター/環境科学研究科 教授)
朴勝俊(関西学院大学 総合政策学部 准教授)
西村六善(元外務省地球環境問題大使)
諸富徹(京都大学 経済学研究科・経済学部 教授)
========== 引用 ここまで ==========

masudako

IPCC第5次報告書 第1部会の部が完成

IPCCの第5次評価報告書のうち第1作業部会のぶんが発表されたことは[2013年10月17日の記事]で紹介しましたが、その時点では、まだ未完成版でした。2014年1月30日に、完成版がウェブサイトに置かれました。ひとまず、どのように置かれているかを見ましたので紹介します。

IPCCのウェブサイトhttp://www.ipcc.ch (2014年1月31日現在)で「Fifth Assessment Report (AR5)」を選択して開くと、「Climate Change 2013: The Physical Science Basis」の本の表紙のようなものと、右に3つの枠があります。

この本の表紙が、第1作業部会報告書のページへのリンクです。そこへ進むと、「Summary for Policymakers」「AR5」の2つのオレンジ色の四角があります。「Summary for Policymakers」のリンク先は政策決定者向け要約(SPM)のPDFファイルです。「AR5」のリンクはひとつ前にもどってしまいます。

オレンジ色の四角の下には「Quick Links」という水色の四角があり、その下(外)に次のリンクがならんでいます。
- SPM Errata ... (PDFへのリンク) 「政策決定者向け要約」の正誤表。
- Full Report (375MB) ... (PDFへのリンク) 報告書全体をまとめたファイル(完成版)。ファイルサイズが大きいので、次に述べる章別のファイルのほうが扱いやすいと思います。
- Background on AR5 ... (別のウェブページへのリンク) 第5次報告書作成過程の説明や関連資料があります。
- More on Working Group I (WGI) report ... 次に述べる第1部会のウェブサイトへのリンクです。

また右側には「Report by Chapters」という枠があって、報告書本体の章別のPDFファイルがあります。その内容が1月30日に「FinalDraft」(2013年6月7日現在の原稿)から「FINAL」(完成版)にかわりました。技術的要約(TS)や付録(Annex)もあります。報告書全体をまとめたファイルはこの枠にはなくなりました。なお、9月の総会で求められた修正点が書かれた「Changes to the Underlying Scientific/Technical Assessment (IPCC-XXVI/Doc.4) 」というファイルは残されていますが、これまでの作業過程を知りたい場合以外は必要ありません。

別にhttp://www.climatechange2013.orgというウェブサイトがありますが、これはIPCC第1部会のサイトです。上記の「More ...」からもここに来ます。
Reportのページに進み、さらにChapter/Annex Downloadに進むと、各章別のPDFファイルがあります(IPCC本部のウェブサイトにあるのと同じです)。また、各章の補足材料(Supplementary Material)のPDFファイルとデータファイルのzipアーカイブもあります(これは本部のほうにはないようです)。またGraphicsというところには報告書で使われた図のファイルがあります(本部にはSPMの図だけがあるようです)。

左側に「REPORT」という水色の四角があり、その下に箇条書きがあります。その下に列挙されたうち、Drafts and Review Materialsというもののリンク先のページを開いてみます。すると注意書きがあって合意を求められるのでそれに応じて進むと、その先のページには6月7日現在のFinal Draftがあります。List of Substantive Edits (interim document, 30 January 2014)というファイルが新しく、Final Draftから完成版までの変更の要点が書かれているようです。

ここでまたDrafts and Review Materialsのリンクの先を見にいくと、Final Draftよりも前の段階の第1次、第2次の原稿と、それに対して寄せられたコメント、それへの応答のファイルがあります。

リンク構成がわかりにくくなっていますが、おそらくこれは暫定的構成で、今後修正されて少し変わると思います。

masudako

台風と地球温暖化の関係はなくはないが単純ではない

2013年台風30号、国際名Haiyan (ハイエン)、フィリピン名Yolanda (ヨランダ)は、フィリピン中部に大きな被害をもたらしました。共同通信の「47ニュース」(2013-11-14 10:57)によれば「フィリピンの国家災害対策本部は、台風30号により2357人の死亡を確認と発表」したとのことです。この台風に関する情報はあちこちで整理されている途上と思います。わたしがこれまでに見た範囲では、国立情報学研究所の北本 朝展さんによる「デジタル台風」の中の「2013年台風30号(ハイエン|HAIYAN)」のページの情報がしっかりしていると思いました。ただしこれは、そこに書かれた日時(わたしが見た時点では2013年11月10日18時)までに得られた気象情報と報道をもとに北本さんが考えたこととして理解する必要があります。

11月11日から、気候変動枠組み条約締約国会議が、ポーランドのワルシャワで開かれています。その会議でのこの台風の件にふれた演説が話題になりました。最初に見た英語の記事で講演者の名まえが「Sano」とあったので「佐野さん?」と思ったのですが、フィリピン政府のこの会議への代表のSaño (サニョ)さんでした。検索してみると、フィリピン政府のClimate Change CommissionのCommissioner (国の行政委員会として「気候変動委員会」があってその委員長なのでしょう)で、紹介ウェブページが見つかりました。環境・天然資源保護のNGO活動歴のあるかたで、自然科学者ではないようです。今回の報道によれば親族に被災者がいるそうで、感情のこもった演説になったのも無理もないと思います。

こういう話題が出てくると「今度の強い台風は地球温暖化のせいなのか?」という議論がよく起こります。残念ながら、この問いはYesともNoとも答えようがない問いです。気候の変動には、人間がいなくても起こる自然の変動に、人間活動が排出した二酸化炭素そのほかの影響が重なっています。個別の台風について、人間活動由来の気候変動がどれだけきいているかをよりわけて論じることは残念ながら不可能です。(次に述べる統計的関係から確率的推測はできる可能性がありますが。)

科学的に答えられる可能性があるのは、「地球温暖化が進むと、このような強い台風の頻度がふえるか?」という構造の問いについてです。たとえば、ある強さ以上の台風がくる確率が、これまでは「60年に1回」だったが、これからは「30年に1回」に高まる、というような構造のことが言えるかもしれません。(ここに示した数値は単なる例で、実際にそうだと主張するものではありません。)

これまでの観測事実の統計によって、因果関係の論証はできませんが、推測はできる可能性があります。幸い、フィリピンに達する台風に関しては、約百年間の質のそろった観測データがあります。イエズス会が、19世紀末のスペイン領だったころにマニラ天文気象台(Manila Observatory)で観測を始め、アメリカ領の時代には植民地政府の公認を得て当時の「フィリピン気象局」(Philippine Weather Bureau)を運営していたのです。このフィリピン気象局のデータ報告書を再発見した海洋研究開発機構の久保田尚之(ひさゆき)さんの研究(Kubota and Chan, 2009)によれば、2005年までの約百年間に、台風の明確な増加・減少傾向は見られません。自然変動と考えられているENSO (エルニーニョ・南方振動)およびPDO (太平洋十年規模振動)に関連する振動的変化は見えています。この百年間に全球平均地上気温は上昇しているのですが、台風はそれに明確に応答した変化をしていないのです。(ただし、注目する地域を変えると何かの関係が見られる可能性は残っています。)

では将来についてはどうか。これは理論とシミュレーションに頼るしかないので不確かさが大きいですが、IPCC第5次報告書(第1部会、暫定版)を見ると、全世界規模で見て、温暖化に伴って、熱帯低気圧の極大の風速や降雨強度は強まる可能性が高いという見通しが示されています。ただし、弱いものまで含めた総数は、変わらないか、むしろ減る可能性が高いとされています(TS 5.8.4節、図TS.26)。

わたしはまだサニョさんの演説の内容を詳しく確認していないのですが、報道を見る限り、(今度の台風を直接的に温暖化と関連づけるのではなく)「温暖化が進むとこのような災害をもたらしうる台風がふえるので、温暖化をくいとめるべきだ」という趣旨のようです。それならば、まだ科学的確信度が高くはありませんが、理屈はもっともだと思います。

文献

  • Hisayuki Kubota and Johnny C. L. Chan, 2009: Interdecadal variability of tropical cyclone landfall in the Philippines from 1902 to 2005, Geophysical Research Letters, 36, L12802, doi:10.1029/2009GL038108.


masudako

『地球温暖化懐疑論批判』(明日香ほか, 2009年)の文献リスト

次の文書が世に出てから4年あまりたちました。

  • 明日香 壽川, 河宮 未知生, 高橋 潔, 吉村 純, 江守 正多, 伊勢 武史, 増田 耕一, 野沢 徹, 川村 賢二, 山本 政一郎, 2009年: 地球温暖化懐疑論批判 (IR3S/TIGS叢書 1)。 東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)・ 東京大学地球持続戦略研究イニシアティブ(TIGS)。80ページ。

この文書は今では紙では配布されておらず、また「IR3S/TIGS叢書」のウェブページhttp://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/sosho/での直接の紹介がなくなってしまいましたが、PDFファイルはあいかわらず置かれています。[2018-07-15補足: その後、IR3SのサイトではPDFファイルがみつからなくなりました。第1著者の明日香さんのサイトのhttp://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/database.htmlのページにPDFファイルが置かれています。]

この文章は、2006年ごろから書き始められて2009年5月に原稿改訂がしめきられたもので、いまから見ると、過去のものという気がすることもあります。いま書くとしても、基本的主張は変わらないと思いますが、どのような温暖化懐疑論の文献に対する批判が必要だと考え、どのような学術文献を参照して議論を組みたてるかは、変わってくると思います。そのような取り組みをだれかがするかもしれませんが、わたしからお約束することは残念ながらできません。他方、執筆時期 を考慮して、歴史的文献(というのはおおげさな表現ですが)として見てくだされば、有用なこともあると思います。

ところが、歴史的文献として使うためには参考文献が確認できることが重要ですが、「参考文献」としてあげられたウェブ上の情報のアドレス(URL)が変わったところがあちこちあります。発信者が発信しつづけている場合でも、別のウェブサイトに移ったり、ウェブサイトの構成が変わったりしたことがありました。(わたしが公開していたページもひとつ採用されていますが、それを置いていたサイトをひきはらったので、移動しています。) もとのページが見つからなかったものの一部は、「インターネット・アーカイブ」でコピーが見つかりましたが、残念ながらそこでも見つからなかったものも少数ながらありました。2009年版の文書を読むかたが参考文献をたどれるようにしておいたほうがよいと思いますので、URLを改訂した参考文献リストを、わたしの個人ウェブサイト中のhttp://macroscope.world.coocan.jp/ja/reading/asuka_hoka_2009_ref.htmlに置きました。今後、定期的ではありませんが気づいたときには改訂するつもりです。移動するかもしれませんが、わたしが個人ウェブサイトを維持している限りは上記のところから行き先がわかるようにするつもりです。

2009年5月の時点で有効だったURL (いくつか確認もれがあるようですが)が4年半の間にどれだけ変わったか、という例とみることもできるかもしれません。資料として使われる情報を発信するウェブサイトでは、文書のアドレスがなるべく変わらないようにするべきです。World Wide Webを始めた人であるTim Berners-Leeさんの「クールなURIは変わらない (Cool URIs don't change)」という文書での提案が参考になると思います(必ずしもすぐその提案どおりにしようとは思わないのですが)。論文はDOI (ditigal object identifier)参照がよさそうです(「doi:」を「http://dx.doi.org/」に変えるとウェブ上でたどれます。ただし今回のリストはDOIを書いた項目と書いてない項目が不ぞろいのままです)。

[2018-07-15改訂] ここに、原本PDF (東大IR3Sウェブサイト内)へのリンクを示していましたが、リンク先のファイルがなくなったので、リンクをやめ、ファイル構成を示すだけにします。

  • 一括ダウンロード (all.pdf、5,707KB)
  • 分割ダウンロード

    • 表紙・はじめに・CONTENTS (chap0.pdf、2,628.6KB)
    • 第1章 温暖化問題における「合意」 (chap1.pdf、318.5KB)
    • 第2章 温暖化問題に関するマスコミ報道 (chap2.pdf、188.6KB)
    • 第3章 温暖化問題の科学的基礎 (chap3.pdf、1,408.5KB)
    • 第4章 温暖化対策の優先順位 (chap4.pdf、337.6KB)
    • 第5章 京都議定書の評価 (chap5.pdf、360.4KB)
    • 最後に・参考文献 (last.pdf、793.3KB)


masudako

「地球温暖化は止まった?」または「hiatus」

すでに「温暖化は止まった?」(2011年1月31日)「続・温暖化は止まった?」(2011年12月18日)の記事で話題にしたことですが、最近15年ほどの全球平均地上気温の変化は、その前の20年ほどの上昇と比べて、だいぶ小さいです。もし「地球温暖化」を「全球平均地上気温の上昇」で定義するとすれば【わたしはこの定義はうまくないと思うのですが】、「地球温暖化は止まっている」という記述は正しいということができると思います。しかし、気候変化を因果関係のほうから考える人の多くは、地球温暖化をひきおこす原因が止まっているとは考えにくいので、今「止まっている」のは一時的な現象であり温度上昇は再開するだろうと予想しています。

近ごろ気候変化の専門家のあいだで、この「温度上昇の停滞」をさして「hiatus」という表現が使われています。これはラテン語で「ヒアトゥス」ですが、英語の中では「ハイエイタス」と読むのだそうです。
このブログの直前の記事「IPCC第5次報告書はどこまで出ているか」で紹介したIPCC第5次報告書の第1部会の部の技術的要約(TS)では、囲み記事の題名として「Box TS.3: Climate Models and the Hiatus in Global-Mean Surface Warming of the Past 15 years」(TSの囲み3番: 気候モデルと、最近15年間の全球平均地上気温上昇のhiatus) という形で使われています。
2007年に出たIPCC第4次報告書では(出てきそうなところを見た限りでは)この用語は使われていません。わたしが見落としている可能性はありますが、そのころ、気候変化専門家は、だれもhiatusという用語を使っていなかったと思います。温度上昇の停滞はすでに認識されていたのですが、とくに現象の名まえはつけられていなかったのです。

【わたしはたまたま学生のころ(1970年代)にhiatusという語を本で読んだことはありました。(日本語の文章中にわざわざ原語つづりで書いてあったと思います。耳から聞いたことはありませんでした。) ひとつは、地質学で、水の底での泥などの堆積が一時的に止まることをさします。堆積物は古気候の記録であるという立場で見ると、このhiatusは記録の欠損であり、気候の変化の停滞とは違います。もうひとつは、言語学のうちの発音に関する話題で、母音が子音をはさまずにならび、それぞれ独立に発音されることをさします。わたしのかんちがいでなければ、hiatusという語自体の「ia」の部分がその例になっています。「iha」のように中間に子音がはいるのでも、「ヤ」のようにくっついて発音されるのでもなく、「イア」のように発音されるのです。このような発音をする際には、iとaの間に何かをはさもうとしながら実際には何もはさまない、というような意識が働いている、と考えられたので、このような用語が使われたのだろうとわたしは推測しています。この意味と気候の変化の停滞との間ではとても連想が働きません。】

わたしは、地球温暖化を、定常状態ではなく時間変化を含めて考える際には、地表面あるいはその付近のごく薄い層に対応する地上気温ではなく、気候システム(大気・海洋・雪氷などをあわせたもの)のもつエネルギーに注目するべきだと思います。これまで・これから数十年の時間スケールでの気候システムのもつエネルギーの変化の大部分は、海洋の温度変化と、雪氷の凍結融解により、どちらかというと海洋の温度変化が大きな割合をしめます。

海洋の(表面でなく)内部の温度の観測は、気象観測よりもずっと少ないのですが、これまでに船から機器をおろして観測したものを丹念に総合する努力が行なわれてきました。2000年以後はアルゴ(Argo) フロートという無人観測機器が加わり、観測はだいぶ充実してきました。それをもとに、海洋にたくわえられたエネルギーの変化の推計が、世界のいくつかの研究グループによって行なわれています。

そのひとつがアメリカ合衆国海洋大気庁(NOAA)国立海洋データセンター(NODC)のグループです。NODCのウェブサイトは(10月16日現在)アメリカ連邦政府予算が執行停止中のため更新されていないそうですが、幸い公開は続けられていました。「Global Ocean Heat and Salt Content」のページhttp://www.nodc.noaa.gov/OC5/3M_HEAT_CONTENT/の図の部分の「3」を選択してみると、全世界の海のエネルギー量(1955-2006年の平均を基準とした偏差、5年移動平均)が、海面から深さ700メートルまでと、海面から深さ2000メートルまでとの比較で示されています。これはLevitusほか(2012)の論文で述べられた集計の期間を延長したものだそうです。グラフの0-700mの線は2005年ごろから上昇がにぶっていますが、0-2000mはにぶらずに上昇が続いています。

Abrahamほか(2013)のレビュー論文には、これを含む複数の研究グループの成果がまとめられています。そのうちの図15がわかりやすいと思いますが、これは先ほどのと同じNODCのLevitusたちの結果を1980年以後について表示したものです。ただし、0-700mの全期間と、0-2000mの2005年以後については、細かい時間刻み(3か月)の値が表示されています。この図は、Real Climateブログに2013年9月25日に出たStefan Rahmstorfさんによる記事「What ocean heating reveals about global warming?」にも、「Changes in the heat content of the oceans. Source: Abraham et al., 2013.」として紹介されています。

エネルギー量がふえているのにもかかわらず全球平均地上気温や海面水温が上がっていないのはどんなしくみによるものなのか、いろいろな研究が行なわれています。まだ決定的な答えは得られていませんが、気候システム、そのうちでも海洋が、システム外からの強制作用がなくても起こしうるような内部変動が重要であるとは言えそうです。

一例として、東京大学の大気海洋研究所(AORI)の渡部 雅浩さんほかによる論文(Watanabeほか, 2013)が出ました。その論点はAORIのウェブサイトに2013年7月22日に「 学術ニュース 」として出た近年の地球温暖化の停滞は海洋熱吸収の増大によるものかという記事でも紹介されています。

大気海洋結合の気候モデルによるシミュレーションでは通常、気候システムの内部変動は現われますが、その位相(注目している場所の水温がいつ高くなるかなど)は現実と合いません。よく似た初期条件から複数のシミュレーションを行なう「アンサンブル実験」をすると、内部変動の位相がさまざまなものが現われます。

渡部さんたちは、MIROC5という気候モデルでアンサンブル実験を行ない、アンサンブルのメンバーのうちで結果として全球平均地上気温の上昇が少なかったものはどういう性質をもっているかを調べました。そのうち海面水温(1961-1990年の平均を基準とした2001-2010年の偏差)の分布が図3a (「学術ニュース」のウェブページでも図3a)に示されています。北太平洋の低緯度で負、中緯度で正、高緯度で負となっており、PDO (太平洋十年規模振動)として知られた特徴を示しています。なお、観測による2001-2010年の海面水温の偏差が「学術ニュース」の図3bに示されています(論文自体にはない)。こちらは、北大西洋の高温、南大洋の低温が目立ちますが、北太平洋について見ると図3aと同様な特徴が見られます。このような解析から、気候システムがもつエネルギーはふえているのに全球平均地上気温が上がらない事態が起きた要因として、PDOが、全部ではないが、ひと役買っているだろうと考えているわけです。

他方、アメリカのスクリプス海洋研究所の(ハワイ大学の国際太平洋研究センター(IPRC)から異動) 小坂 優さんと謝 尚平さんの論文(Kosaka and Xie, 2013)も出ました。こちらの理屈をわたしはまだ追いきれていないのですが、ENSO (エルニーニョ・南方振動)が重要だと言っています。

PDOとENSOは同じ現象ではありません。ENSOは、大気の変動としては全球におよびますが、海洋の変動は熱帯太平洋に集中しています。他方、PDOのほうは中高緯度が重要です。たとえば、北太平洋で冬に冷やされた水がどこまで沈むかに関係しているでしょう。統計的解析で、PDOとENSOが統計的に独立と仮定して解析しても、それぞれに対応するモードが見られます。(完全独立とみなすのが最適なとらえかたかどうかはわかりませんが、完全従属ではありません。)

原因をひとつにしぼる必要はないので、おそらくどちらも働いているのだと思います。このほかのしくみもあるかもしれません。それぞれの寄与を明確にする必要があるならば、さらに研究が必要です。

文献

  • J. P. Abraham, M. Baringer, N.L. Bindoff, T. Boyer, L.J. Cheng, J.A. Church, J.L. Conroy, C.M. Domingues, J.T. Fasullo, J. Gilson, G. Goni, S.A. Good, J.M. Gorman, V. Gouretski, M. Ishii, G.C. Johnson, S. Kizu, J. M. Lyman, A.M. Macdonald, W.J. Minkowycz, S.E. Moffitt, M.D. Palmer, A.R. Piola, F. Reseghetti, K. von Schuckmann, E. Trenberth, I. Velicogna, J.K. Willis, 2013: A review of global ocean temperature observations: Implications for ocean heat content estimates and climate change. Reviews of Geophysics, 51:450-483. doi: 10.1002/rog.20022

  • Y. Kosaka and S.-P. Xie, 2013: Recent global-warming hiatus tied to equatorial Pacific surface cooling. Nature, 501:403-407. doi:10.1038/nature12534.

  • S. Levitus, J. I. Antonov, T. P. Boyer, O. K. Baranova, H. E. Garcia, R. A. Locarnini, A.V. Mishonov, J. R. Reagan, D. Seidov, E. S. Yarosh, M. M. Zweng, 2012: World Ocean heat content and thermosteric sea level change (0-2000 m) 1955-2010. Geophysical Research Letters, 39, L10603, doi:10.1029/2012GL051106. 研究室の著作リストhttp://www.nodc.noaa.gov/OC5/indpub.htmlにPDFファイルがある。

  • M. Watanabe, Y. Kamae, M. Yoshimori, A. Oka, M. Sato, M. Ishii, T. Mochizuki, and M. Kimoto, 2013: Strengthening of ocean heat uptake efficiency associated with the recent climate hiatus. Geophysical Research Letters, 40:3175-3179. doi:10.1002/grl.50541



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