気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

見通しが持てるのはグローバル気候、経験するのはローカル気候

英語圏のことわざに
“Climate is what we expect, weather is what we get.”

([仮訳] わたしたちが期待するものは気候ですが、実際に得るものは天気です。)

というのがあって、気候・気象の話題によく出てきます。新しく出たDavid Randall (ランドール)さんの気候システム入門書「Atmosphere, Clouds, and Climate [わたしの読書メモ]の出だしでこれが使われていて、Robert Heinlein (ハインライン)さんのことばだと書かれていました。少し調べたところ、1973年に出た「Time Enough for Love」 (日本語題名は「愛に時間を」)というSFにあるらしいです。これがもし気候や気象が重要な役割をする作品ならばすぐ読んでみたくなるのですが、どうもそうではないようなので、この表現が小説の中でどういう役割で使われているのか確かめておりません。

わたしはこの表現を次のように理解します。(「期待」ということばを統計学でいう「期待値」のほうに引き寄せた解釈になっています。) たとえばこれまで行ったことのないところに来年数日間の旅行をする予定をたてているとします。来年行ったとき経験するのは、その数日間のそれぞれの日の天気です。しかし、今から来年の毎日あるいは週ごとの天気予報はできません。予備知識として持てるのは、その土地のその季節の過去の経験に基づく平均気温とか、気温の変動幅とか、降水確率とかの気候情報です。行ったときにはその気候の母集団からランダムに選ばれた要素が出現するだろうと考えて備えることになるでしょう。

さて、気候変化に関して何がわかっているかについて、気候変化の専門家とそれ以外の人(気候変化以外のものごとの専門家を含む)との間で、議論がかみあわないことがあります。その理由を考えてみて、いわば次のような問題があることに気づきました。
見通しが持てるのはグローバル気候、経験するのはローカル気候

さきほどの気候と天気の違いは視野に入れる時間スケールの違いとみなせますが、今度のは、空間スケールの違いです。

人がからだで感じる気候要素たとえば気温は、その場のローカルな気温です。観測機器たとえば温度計を使うとしても、それが直接測定するのはローカルな気温です。(観測に基づくグローバル平均気温はたくさんの観測値を集計して得られたものです。) 生態系や人間社会に影響を与える気候要素も多くの場合ローカルなものでしょう。人間社会が将来の気候変化について見通しを持ちたいと思ったとき、ほしいのはローカルな気候の変化の見通しであることが多いでしょう。(それは必ずしも自分の住むところについてとは限らず、原料を供給してくれるところ、製品を買ってくれるところ、競争相手がいるところなどかもしれませんが。)

ところが、気候の理論やそれに基づくシミュレーションによってこの期待にこたえるのはなかなかむずかしいのです。グローバルな気候システムのエネルギー収支をずらす要因は、わりあい少数個にしぼりこむことができます。それぞれの要因がどう働くかについて理屈で考えることもできます。ところが、気候システムのローカルな各部分の変化は、グローバルな変化要因に加えて、ある部分から他の部分にエネルギーが移ることによっても起こりうるので、さまざまな可能性があって、過去の変化の原因を説明することも、将来の変化の見通しをもつことも、グローバルな気候の場合よりもむずかしいのです。

研究を続ければ、ローカルな気候の見通しの精度は、少しずつ高まっていくと思います。しかし、将来とも、グローバルな気候の見通しよりも大きな不確かさをもつでしょう。ただし、不確かさが大きいということは何もわからないのと同じではありません。不確かさを承知のうえで判断の参考にしていく方法をくふうしていくべきなのだと思います。

masudako

SPEEDIについてこのごろ思うこと

2012年6月11日のNHKニュースで「SPEEDIで実測も非公表」という報道がありました。


2011年3月15日に、文部科学省が、福島第1原子力発電所の北西のほうに人を出して放射線量を観測したところ、発電所北西約20kmの浪江町内の地点で330マイクロシーベルト毎時の線量を観測したのですが、この調査に行くという判断にはSPEEDIの結果を参考にしていたにもかかわらずそのことを発表せず、そのSPEEDIの計算結果を発表することも4月25日までしなかった、という話です。

この記事をめぐってはtwitter上で議論がありました。わたしは追いかけていませんでしたが、「政府は情報を隠した。けしからん。」という論調のものが多かったと思います。しかし、違った論調もありました。たとえば「Togetter」の「ニュース『SPEEDIで実測も非公表』はちょっとおかしい」 というJokeJokerMさんがまとめた記事があります。

まず、現地で観測した線量について、「現地の対策本部には報告せず、自治体にも伝わらなかった」というのは確かにまずかったことですが、NHKの見出しの「実測も非公表」はへんだ、という点ではJokeJokerMさんの発言がもっともだと思います。実測された放射線量の数値は「報道機関に資料を配付し、インターネットで公開した」うちに含まれたのでした。

次にSPEEDIの計算値は、文部科学省が線量を観測する人を出すという意思決定に充分参考になったのならば、住民が避難するという意思決定にも提供するべきではなかったか、という問題があります。これはむずかしいところですが、当時、放射性物質放出量がわかっておらず、できるのは単位量放出(あるいは勝手に考えたシナリオによる放出)を仮定した計算であり、それを観測された線量と突き合わせることもまだできていなかったことを考えると、まず現地観測することだけを決定したのはもっともだと思います。ただし、現地で概算の観測値が得られた段階で、計算値の分布と組み合わせた情報を現地の自治体などに提供したほうがよかったとは思います。役所が現地に送った人に与えた権限が小さすぎたのかもしれません。

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ところで今(2012年6月17日)、福井県の大飯(おおい)原子力発電所の再稼働について、すでにいくつかの意思決定がされ、少しだけが残っています。

ここまで来ているならば、当然、(陸上の放射性物質移動まで組みこんだSPEEDIで人が受ける線量までシミュレートするか、気象だけのモデルで大気中の輸送だけシミュレートするかどちらかはわかりませんが)、大飯からの単位量放出で放射性物質がどのように広がるかのシミュレーションを日常的に(たとえば毎日毎時)やって結果を公開するぐらいのことはすでにやっているのだと思っていました。 2011年3月にSPEEDIが役にたたないと判断されたのは、住民や自治体に単位量放出シミュレーションの意味をわかってもらうのがたいへんだからなのです。事故などがないうちから単位量放出シミュレーションを見慣れていれば、いざというときに誤解を招かずに意味を伝えることができます。しかし、まだだれもやっていないようですね。

原子力規制庁あるいは規制委員会に関する法律が成立せず、暫定的に経済産業省に残っている原子力安全保安院や文部科学省に残っている原子力安全課にはぎりぎりの予算しかついていないので新しい仕事を始めることができないのかもしれません。暫定ばかりでも困りますが、もし新体制ができなくても発電所を稼動させる可能性を認めるのならば、新体制ができなくてもシミュレーションを開始せよという決定をしてほしいと思います。シミュレーションさえすれば発電所を稼動させてよいという条件になってしまうのもまずいですが。

masudako

福島原子力事故による放射性物質の広がりかたに関する情報源

福島第1原子力発電所の事故で放出された放射性物質については、さまざまな情報がありますが、わたしには追いかけきれておりません。

ただし、情報源へのリンクをまとめたものを知りましたので、簡単に紹介いたします。

大気による放射性物質の輸送のシミュレーションの報告については、TwitterのID「knj961」の匿名のかたが、ご自分がTwitterで紹介したものをまとめて、次のようなページを作っておられます。ページの後半には、観測された放射線量の情報へのリンクもあります。
『福島第一原発事故による放射性物質の大気拡散』参考資料まとめ
http://togetter.com/li/273754


土壌・農作物への影響については、農業環境技術研究所の次のページに、資料へのリンクがあります。
原子力発電所事故等による土壌・農作物の放射能汚染に関する情報ポータル
http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/radio_portal.html


masudako

続・太陽活動が弱まるとどのくらい気温が下がるか

2011年9月6日の記事太陽活動が弱まるとどのくらい気温が下がるかの見積もりの話題の続きです。

2012年4月19日、国立天文台から太陽観測衛星「ひので」、太陽極域磁場の反転を捉えたという発表がありました。昨年報道された「ひので」のデータの解析と、並行して行なわれた数値シミュレーションの結果がまとまったということのようです。

とくに今回の発表で重要なのは、太陽の北極付近では磁場が逆転しようとしているようだが、南極付近では逆転するようすが見られないということです。ふだんの太陽の磁場のふるまいは、だいたい自転軸に一致した軸をもつ1本の磁石のような「双極子磁場」でよく代表され、その双極子磁場の強さは変動し、約11年ごとにN・S極が反転する、というふうに認識されてきました。厳密にいうと実際の磁場は双極子磁場だけではないのですが、ふだんはその違いはあまり問題にならないのです。ところが今年はその違いが大きくなっています。もし北極で逆転して南極ではそのままだとすると、北極と南極が同符号で自転軸と直角の方向に逆符号の磁極があるような「四重極子」のほうが双極子よりも強いことになりそうです。これは観測されている限りでは珍しいことです。

この双極子磁場の弱まりは、太陽黒点がほとんど見られなかった17世紀のMaunder (マウンダー)極小期と似ているかもしれません。黒点数の少ない時期は太陽から来るエネルギーも少なめであり、地球(少なくともヨーロッパなど)の気候の証拠から見ても寒冷な時期にあたるようです。

そこで、今おこりつつある太陽の変化は、地球の気候を寒冷化させるように働く可能性があると推測するのはもっともですが、双極子磁場が充分弱まるかどうかも、それに伴って太陽から来るエネルギーが減るかも、まだ確定したわけではありません。

もし実際に減ったらどれくらいの寒冷化が起こるかについては、Maunder極小期を想定した研究が参考になります。9月6日の記事の後半で紹介したFeulner (フォイルナー)さんの数値実験(詳しくは9月6日の記事のリンク先を参照)によれば、21世紀の間には人間活動起源の温室効果強化で約3℃の温暖化が起きる見通しですが、Maunder極小期なみの太陽活動低下が重なるとそれが0.3℃くらい弱まります。このほかにも研究がされていると思いますが、わたしはまだつかんでおりません。(そちらの新情報を期待されたかたには、すみません。)

【太陽活動から気候への影響の経路として、Feulnerさんなど多くの気候モデル研究者の計算では、太陽が出す電磁波(光)のエネルギーの変化によって大気のエネルギー収支がずれることを考えています。それ以外にも有効な経路があるかもしれません。わたしは、産業革命以前については、太陽磁場の変化が大気中の電磁場に影響し、大気中の窒素酸化物の生成量を変化させ、雲・降水に影響する、という道筋がありうると思います。ただし産業革命以後は、燃焼による窒素酸化物がたくさん排出されていますから、それ自体が気候をいくらか変化させてしまったはずですが、この経路による太陽活動のシグナルは見えないだろうと思います。】

masudako

Fred Singer氏、温暖化否定論者とたもとを分かつ(?!)

S. Fred Singer (シンガー)さんは、地球温暖化問題を否定する宣伝活動の先頭に立っている人だと思います。Naomi Oreskes (オレスケス)さんとErik Conway (コンウェイ)さんの、英語ではMerchants of Doubt [わたしの読書ノート]、日本語では「世界を騙しつづける科学者たち」という題で出ている本でも、Frederick Seitz (サイツ)さん(故人)とならんで、主要な批判対象となっています。

ところがこのSingerさんが、American Thinkerという雑誌に出した記事(日付が2つありますが、ネットに出たのが2012年2月29日で、紙版が3月16日号のようです) 「Climate Deniers Are Giving Us Skeptics a Bad Name」で、懐疑論者(skeptics)と否定論者(deniers)は違うのであり、自分は懐疑論者だが否定論者ではないのだと言い出しました。

記事の中ではIPCCをたっぷり批判していますが(わたしとしては納得がいかないところが多いですが)、そのあとで、次のような否定論の例をあげて、そのような議論は正しくないのだと言っています。

  • 「温室効果は熱力学第2法則に反するのでありえない」

  • 「CO2濃度は今よりも19世紀のほうが高かった」

  • 「CO2濃度の上昇は、温度が上がった結果、海水にとけていたものが出てきたせいだ」

  • 「大気中のCO2の量はわずかなので全球規模の気温に影響を与えるはずがない」

  • 「毎年大気に加わる二酸化炭素は自然起源のほうが人為起源よりもずっと多い」

  • 「火山噴火によって大気に加わる二酸化炭素のほうが人為起源よりも多い」


ここにあげたような主張をもっているみなさん、Singerさんはもはやあなたがたの身方ではありません。

masudako
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