前に3回にわたって論評した(その第1回にリンクしておきます)渡辺正さんの「時評」の続編が出ました。
* 渡辺 正, 2010: 続・Climategate 事件 -- 崩れゆくIPCC の温暖化神話。化学, 2010年5月号, 66 - 71. (雑誌のウェブサイトで読めます。ただしFlashが必要。)

== 「気温データは闇のなか?」 ==
--- 都市といなか ---
まず、アメリカのNCDC (国立気候データセンター)の上部組織はNASAではなくNOAAです。

次に、文献「5)」
* B.R. Long, 2010: Contiguous U.S. Temperature Trends Using NCDC Raw and Adjusted Data for One-per-State Rural and Urban Station Sets. SPPI Original Paper (27 February 2010). [このリンク先にPDFファイルがある]
は、査読済み論文ではありません。発行元のアメリカのScience and Public Policy Instituteというのは、シンクタンクに分類されると思いますが、温暖化懐疑論の宣伝をする団体と言ってよいと思います。

この文献の論評は、このブログ記事のコメント欄にありました。
Zeke Hausfather氏が、世界の気温データセット(GHCN)に収録されたアメリカ合衆国48州の「都市」と「いなか」の観測点の補正なしのデータを全部使って面積の重みを考慮して集計してみると、両者の差はほとんどないのです。Long氏の採用した地点のデータを使ってみると確かに渡辺さんが図1(a)として引用している図と同じ結果になりますが、これはLong氏が「いなか」の地点を作為的に選択したからにちがいないと推測されます。
Hausfather氏は温暖化は起きていると考えていますが、このBlackboardというブログは、温暖化懐疑論者も参加して、議論がなんとかかみあっている、おもしろいところです。

---「不可解な内容」---
ここにあげられたメールは研究の現場のありのままを述べたもので、陰謀などではありません。

まずNCDCのピーターソン(Peterson)氏のメールです。世界の気候データの一部は公開されていますが、全部がそうではないのです。アメリカ合衆国以外の多くの国は、データを提供する際に再配布制限をつけることが多いのです。公開されたデータだけでわかることよりももう一段精密に調べようと思う研究者は、制限つきでもデータを出してもらうように各国に交渉します。ピーターソン氏が扱っているデータには、NCDCのサービス業務として扱っている公開のもののほかに、研究者として使っている制限つきのものがあるのです。

もとのデータの公開は望ましいのですが、それを研究者に義務づけても逆効果(研究が止まって、もとデータも成果も出てこない)で、制限をつけている諸国の政府に対して要請するべきことです。

最近、イーストアングリア大学が依頼したCRUの研究活動に関する調査のうちひとつ(あとで始まったほう)の報告が出たそうですが(大学の報道発表, ガーディアン紙の報道)、その委員たちはこの事情を理解した議論をしており、イギリス政府にもデータを有料とする政策とデータを公開する政策との間の矛盾があることも指摘しています。

それから、CRUの「ハリー」ことHarris氏のメールです。世界のデータをそろえるには、いろいろな経路で集められたものをいっしょにする必要があります。気温などの観測値に付属していてほしい補助情報が不備なことはよくあります。人間社会のつごうで観測所が移転することがときどきありますが、その情報が観測データといっしょに伝えられなかったり、遅れて伝わったりします。一見同じと思われる地点が同じか違うかは、人が時間をかけて、観測値そのものをよく見たり、さらに地点履歴情報を集めたりして、検討する必要があります。こういう職人仕事ができる人を確保していることこそ、CRUの仕事が高く評価されてきた理由なのです。

== 「IPCCgatesあれこれ」 ==
CRUの事件と違って、ここで論じられているIPCCの報告書への批判が、ウォーターゲート事件に似ているようには思われないのですが....

IPCC第1部会の話題は科学が答えられることを中心に構成されていますが、第2部会の話題は社会から答えを期待されているものを中心に構成されており、不確かさが大きいのを承知でわかった範囲のことがらをまとめた部分もあることを認識しておく必要があると思います。

--- 「Amazongate」 ---
アマゾンの森林の脆弱性の件はややこしい話です。[別のブログの記事]として書きました。

IPCC第4次報告書(AR4)の第2部会の部の参考文献としてWWFとIUCNの報告書があげられていたところは、根拠として査読済み論文にもなっているNepstad氏たちの研究があるそうです。専門家の多くの見解が一致しているかどうかはわたしにはよくわかりませんが、少なくともNepstad氏は、アマゾンの森林は乾燥に弱いというAR4の議論はそのままでよいと言っています。Nepstad氏たちの仕事のうち1999年にNatureに出た論文の主題は確かに火事と伐採ですが、気候の乾燥も火事の確率をふやす要因として論じられています。

人間活動の森林への影響は、第1に伐採や土地利用変化によるものでしょう。しかしそれだから気候変化を無視できるとは言えないでしょう。土地利用変化と気候変化の複合効果もあるのです。(IPCCのわくぐみでそれを論じるのはむずかしいですが。)

2010年3月に出たSamantaほかの論文は、それより前の別の人たちの論文(Saleskaほか, 2007)が「2005年の干ばつでアマゾンの森林はかえってよく茂った」と言っていたことを否定したものです(前の論文の著者は否定になっていないと言っていますが)。その論文のプレスリリース(報道発表)には「森林は乾燥に強い」という見解が含まれており(ただし「めっぽう」のような強調はありません)、それは論文の著者たちの意見であるらしいのですが、論文自体からは読み取れません。渡辺さんは論文を参考文献にあげているのですから、少なくともその要旨はよく読んでいただきたかったです。そうしたらこのような引用のしかたはできなかったと思います。

--- 「Hollandgate」---
Wikipedia英語版の「Criticism of the IPCC AR4」によれば、オランダの海面下の面積の件は、これまでの温暖化によって変化したという話ではなく、今の状態の記述です。平均海面以下は26%で、川の洪水で水没する可能性の高いところを合わせて55%なのです。オランダ政府機関が資料を作成する際に「海面下」の面積比として後者の数字を示してしまい、それをIPCCが引用したのだそうです。別に、高潮水位で水没する面積が(平均海面以下も含めて) 60%という資料もあるそうです。

--- 「Hurricanegate」---
これはIPCCでは第1部会の話題ですが、台風などの熱帯低気圧の件も、実際にややこしい話です。
渡辺さんの話題の最初の部分はこれまでの観測事実の話、終わりの部分はこれからについての予測型モデル実験の話であり、無関係ではないものの、区別して扱う必要があります。

温暖化で台風がどうなるか数値モデルで実験しようとすると、1 kmスケールの個々の積雲から1万kmスケールの地球全体までの空間スケールを同時に扱うことのむずかしさがあります。他方、観測事実からものを言うほうは、これまでの気温上昇がこれから予想される上昇よりも小さいことによる不確かさが大きいです。

これまでの事実はともかく、モデルによる将来見通しとしては、温暖化が進むと強い熱帯低気圧(台風、ハリケーン)の強さがますます強くなることは確かと言ってよいと思います。個数がどうなるかは複雑です。とくに、地域別にみてふえるか減るかは不確かです。

Landsea氏が辞任したあとTrenberth氏たちがまとめたIPCC第4次報告書の記述も、最近Nature Geoscienceに出た論文も、言っていることはあまり違わないとわたしは思います。ただしこの件はわたしは専門的に検討しておらず、ざっと読んだ印象にすぎないことをおことわりしておきます。

== 「対岸の火事?」 ==
延焼しなくてよかったのです。欧米と日本が違っているとき、いつも日本が劣っているとは限りません。昨年11月以来の英米の温暖化に関する言論が異常なのです。温暖化懐疑論のキャッチフレーズを作るのがうまい人がいて、多くのウェブサイトやマスメディアや国会議員までが乗せられてしまいました。宣伝戦となると勝てる科学者はなかなかいません。

しかし、イギリスの国会の委員会の報告や、上に述べた大学の要請による調査の報告が出て、いずれもジョーンズ氏たちの行動は不正でないと認めています。レトリックでなく論理で議論する場では、科学者の議論に理解が得られているのです。

masudako