「CO2による吸収は飽和しているからCO2がふえても温暖化しない」という議論(ここでは仮に「飽和論」と呼びます)について、東京大学IR3SからIR3S/TIGS叢書として公開されている「地球温暖化懐疑論批判」では議論27として、東北大学の明日香さんのサイトから公開している「地球温暖化懐疑論へのコメント Ver.3.0」では議論26として、反論しました。
最近、その反論を名指しで反論する記事を見かけました。あるブログの古い記事に対するコメントになっており、そこで議論を続けるのはあまり適当でないと思いましたので、ここに移って論じることにします。
この記事は上記の2つの文書の著者を代表する立場で書いてはおりません。また、この記事は、知識を整理することをブログの履歴を明示することよりも重視し、とくにことわらずに改訂する可能性があることを、あらかじめおことわりします。
飽和論への反論は、大きく分けて次の3点があります。ただし第3点は「地球温暖化懐疑論批判」や「地球温暖化懐疑論へのコメント」では省略しました。
第1点のしくみの大筋を説明します [この部分、助言をいただいて加筆しました。2010-09-16][さらに加筆・改訂しました。2010-10-01]。
まず、放射を吸収する物質は放射を射出する物質でもあり、波長別にみて吸収率と射出率は等しいです。以下、地球放射(地表と大気の両方を含む)の波長域の電磁波を吸収・射出する能力をもつ分子を仮に「吸収体分子」と呼びます。
吸収体分子が吸収した放射のエネルギーは、まず吸収体分子の振動(または回転)のエネルギーになりますが、分子どうしの衝突によって、それを含む空気の内部エネルギー(分子運動のエネルギーの総体)に移っていきます。これが、放射を吸収して気温が上がるということです。あらためて、内部エネルギーの一部が吸収体分子の振動のエネルギーになり、その振動に見合った波長の放射として出て行きます。これが、放射を射出して気温が下がることにあたります。いったん内部エネルギーに変わるので、吸収される放射と射出される放射は同じ波長とは限りません。
放射が通る経路の長さが同じでも、吸収体の濃度が高いと、吸収体分子にぶつかって吸収され、内部エネルギーとなり、あらためて吸収体分子から射出される、ということが起こる回数が多くなります。その結果として、温室効果が強まる、つまり地表面温度と地球の有効放射温度(地球から宇宙に出て行く放射の代表温度)との違いが大きくなるのです。
さて、今回見かけた飽和論を主張しているかたは、CO2による吸収の強い15μm付近の波長域に注目し、観測例の論文(それ自体は飽和論ではない)を参照して「観測値では地表からの上向き放射の地球放射と大気からの下向きの大気放射は同じ値」と述べておられます。この観測事実自体はもっともです。地表に届くこの波長域の下向きの放射は低い(地表に近い)ところから来ているので、そこの気温と地表面温度との違いは少なく、また(この波長域に限った)大気の射出率(同じ温度の黒体放射に対する実際の放射の比率)は1に近いので、上向きと下向きの放射の大きさはあまり違いません。
しかし、温室効果を反映しているのはこの違いではなくて、大気上端から外に出て行く上向き地球放射と、大気から地表面に向かう下向き大気放射とが違うことなのです。同じ大気のうちでも、宇宙空間に出て行く放射を出しているところと、地表面に向かう放射を出しているところの温度は違ってよく、したがってそこから出る大気放射の大きさは違ってよいのです。この違いは、地球放射が吸収・射出をくりかえす回数がふえるほど大きくなります。
第2点に関しては、CO2による吸収は15μm帯ばかりではないことと、15μm帯周辺(とくに短波長側)での水蒸気による吸収は飽和していないことに注意してほしいと思います。ただし、吸収の強さは波長の非常に細かな違いでも大きく違いますので、文献やウェブサイトに図の形で示されたものは、専門家が注意深く作ったものであっても、必ずしも正確な数値を示していません。(すなおに吸収率のグラフを作ると、横軸のわずかな長さのうちに縦軸の値が大きく変化するので、ほとんど真っ黒になる部分もあります。そういう波長域こそ、吸収率が吸収体濃度に敏感なところなのです。) 本気で数値を知りたいのならば専門家向けの数値データ集を見る必要があります。数値自体ではなくその大まかな特徴をよく表わしていると思われる図として、1分子あたりの波長別吸収能力については浅野「大気放射学の基礎」の本の図3.1 (Bohren and Clothiauxの本より)、大気全層の成分別波長別透過率(地球放射の波長域では「1-吸収率」と見てよい)については同じ本の図2.8 (Pettyの本より)などをごらんください。
第3点は、1955年ごろにPlassという人の研究で明らかになったことで、その話はWeart (ワート) 「温暖化の発見とは何か」の第2章に出てきます。地上の気圧のもとで計測された吸収率をそのまま大気に適用すると吸収が過大評価になりがちで、精密な計算には大気放射学の基礎の本で「不均質大気」と呼ばれている扱いが必要になるのです。
文献
masudako
最近、その反論を名指しで反論する記事を見かけました。あるブログの古い記事に対するコメントになっており、そこで議論を続けるのはあまり適当でないと思いましたので、ここに移って論じることにします。
この記事は上記の2つの文書の著者を代表する立場で書いてはおりません。また、この記事は、知識を整理することをブログの履歴を明示することよりも重視し、とくにことわらずに改訂する可能性があることを、あらかじめおことわりします。
飽和論への反論は、大きく分けて次の3点があります。ただし第3点は「地球温暖化懐疑論批判」や「地球温暖化懐疑論へのコメント」では省略しました。
- 1. 吸収が飽和している波長域についても、吸収物質量が多いほど熱放射が宇宙空間に出て行くまでに吸収・射出をくりかえす回数がふえるので温室効果は強まる。
- 2. CO2による吸収のある波長域のうちには、水蒸気その他の効果を合わせても飽和していない波長域がある。
- 3. 地表付近と成層圏とでは圧力の桁が違う。圧力が高いほど、分子間の衝突によるエネルギー交換が起きやすいので、波長の軸の中での吸収線の幅は広くなる。したがって成層圏のCO2による吸収は地表付近の気圧の場合よりも飽和しにくい。
第1点のしくみの大筋を説明します [この部分、助言をいただいて加筆しました。2010-09-16][さらに加筆・改訂しました。2010-10-01]。
まず、放射を吸収する物質は放射を射出する物質でもあり、波長別にみて吸収率と射出率は等しいです。以下、地球放射(地表と大気の両方を含む)の波長域の電磁波を吸収・射出する能力をもつ分子を仮に「吸収体分子」と呼びます。
吸収体分子が吸収した放射のエネルギーは、まず吸収体分子の振動(または回転)のエネルギーになりますが、分子どうしの衝突によって、それを含む空気の内部エネルギー(分子運動のエネルギーの総体)に移っていきます。これが、放射を吸収して気温が上がるということです。あらためて、内部エネルギーの一部が吸収体分子の振動のエネルギーになり、その振動に見合った波長の放射として出て行きます。これが、放射を射出して気温が下がることにあたります。いったん内部エネルギーに変わるので、吸収される放射と射出される放射は同じ波長とは限りません。
放射が通る経路の長さが同じでも、吸収体の濃度が高いと、吸収体分子にぶつかって吸収され、内部エネルギーとなり、あらためて吸収体分子から射出される、ということが起こる回数が多くなります。その結果として、温室効果が強まる、つまり地表面温度と地球の有効放射温度(地球から宇宙に出て行く放射の代表温度)との違いが大きくなるのです。
さて、今回見かけた飽和論を主張しているかたは、CO2による吸収の強い15μm付近の波長域に注目し、観測例の論文(それ自体は飽和論ではない)を参照して「観測値では地表からの上向き放射の地球放射と大気からの下向きの大気放射は同じ値」と述べておられます。この観測事実自体はもっともです。地表に届くこの波長域の下向きの放射は低い(地表に近い)ところから来ているので、そこの気温と地表面温度との違いは少なく、また(この波長域に限った)大気の射出率(同じ温度の黒体放射に対する実際の放射の比率)は1に近いので、上向きと下向きの放射の大きさはあまり違いません。
しかし、温室効果を反映しているのはこの違いではなくて、大気上端から外に出て行く上向き地球放射と、大気から地表面に向かう下向き大気放射とが違うことなのです。同じ大気のうちでも、宇宙空間に出て行く放射を出しているところと、地表面に向かう放射を出しているところの温度は違ってよく、したがってそこから出る大気放射の大きさは違ってよいのです。この違いは、地球放射が吸収・射出をくりかえす回数がふえるほど大きくなります。
第2点に関しては、CO2による吸収は15μm帯ばかりではないことと、15μm帯周辺(とくに短波長側)での水蒸気による吸収は飽和していないことに注意してほしいと思います。ただし、吸収の強さは波長の非常に細かな違いでも大きく違いますので、文献やウェブサイトに図の形で示されたものは、専門家が注意深く作ったものであっても、必ずしも正確な数値を示していません。(すなおに吸収率のグラフを作ると、横軸のわずかな長さのうちに縦軸の値が大きく変化するので、ほとんど真っ黒になる部分もあります。そういう波長域こそ、吸収率が吸収体濃度に敏感なところなのです。) 本気で数値を知りたいのならば専門家向けの数値データ集を見る必要があります。数値自体ではなくその大まかな特徴をよく表わしていると思われる図として、1分子あたりの波長別吸収能力については浅野「大気放射学の基礎」の本の図3.1 (Bohren and Clothiauxの本より)、大気全層の成分別波長別透過率(地球放射の波長域では「1-吸収率」と見てよい)については同じ本の図2.8 (Pettyの本より)などをごらんください。
第3点は、1955年ごろにPlassという人の研究で明らかになったことで、その話はWeart (ワート) 「温暖化の発見とは何か」の第2章に出てきます。地上の気圧のもとで計測された吸収率をそのまま大気に適用すると吸収が過大評価になりがちで、精密な計算には大気放射学の基礎の本で「不均質大気」と呼ばれている扱いが必要になるのです。
文献
- 浅野 正二, 2010: 大気放射学の基礎。朝倉書店。
- S.R. Weart (ワート), 2003, 日本語版2005: 温暖化の<発見>とは何か。みすず書房。
masudako
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke03.html
炭酸ガスの吸収波長15μmに隣接した飽和していない波長域はありません。長波長側は隣接部分が完全に水蒸気に吸収されています。短波長側は水蒸気の吸収率は100%ではありませんが、かなり吸収しているので、炭酸ガスと水蒸気の吸収効果を合わせた吸収線は炭酸ガス単独の場合よりも左側にずれています。従って、濃度が倍増しても吸収の余地はほとんどありません。
http://feliscatus.web.fc2.com/spectra.html
1900年頃に大気上端までの量に相当する炭酸ガスを空気に加えた管に赤外線を通し、同様にその2倍の炭酸ガスを加えた管の場合と比較する実験が行われました。結果は通過した赤外線の量はほとんど変わらないというものでした。これにより、当時の科学者たちはアレニウスによる「炭酸ガスが倍増すると温暖化する」という説は論破されたと考えました。
Pettyの図では0.1気圧になると1気圧の場合よりも炭酸ガスの吸収ピークが小さくなり、幅も狭くなっています。一見、成層圏では飽和しにくく見えるのですが、この図はわずか1mの空気柱での結果です。100m、1000mになると0.1気圧の成層圏19kmでも飽和してしまいます。
http://www.sundogpublishing.com/fig9-13.pdf
人工衛星ニンバスからは炭酸ガスが吸収する15μmの波長で見ると、-53℃の成層圏下部が見えています。
http://www.warwickhughes.com/papers/barrett_ee05.pdf
、-53℃という非常に低い温度になると飽和するだけの炭酸ガスがあったとしても15μmの赤外線を吸収できないようです。
ということで、対流圏だけでなく、成層圏でも炭酸ガス濃度の増加による15μmの赤外線の吸収の余地はありません。