9月25日の「炭素循環の中での人為起源二酸化炭素(1) たまりと流れ」の記事を書いたときにふれようと思ったが長くなるので省略したのですが、「CO2がふえても温室効果は強まらないという議論(飽和論)への反論」の記事へのおおくぼさんのコメント(18番)に答えようとして必要を感じたので、書いてみることにします。
ほかの分野にもあると思いますが、地球環境科学では、質量やエネルギーの「流れ」と「たまり」のあるシステムを考えることが多いです。そして、そのシステムが「準定常状態にある」、つまり、「流れによってものは入れかわるが、それぞれの部分の流量はほぼ一定であり、たまっている量もほぼ一定である」と考えることが多いです。システムにとっての外部条件がゆっくり変わると、システムの準定常状態は、ずれていきます。
そのようなシステムの簡単な例として、ふろおけ(洗濯おけでも流し台でもかまいませんが)にたまった水を考えることができます。この例は、1972年に出た『成長の限界』という本に示されたシミュレーションをしたドネラ・メドウズ(Donella Meadows)さんの遺著『Thinking in Systems』[読書ノート]の第1章に詳しく説明されていますが、ほかにもいろいろな人が使っていると思います。
【[2016-03-25訂正] メドウズさんの本(日本語版『世界はシステムで動く』も出ました)を読みかえしてみたら、ふろおけは出てくるし、ここで述べるのと同じ数理的構造の話もあるのですが、残念ながら、ふろおけはその構造の例にはなっていませんでした。】
おけの断面の形はなんでもかまいませんが、高さによらず同じ形だとします。そうするとたまっている水の量は水位に比例します。上にたとえば水道の蛇口があって、ある流量(単位時間あたりの質量)で水が供給され続けるとします。おけの底には小さな穴があいていて水が抜けていくとします。出て行く流量は、水位と一定の関数関係にあり、水位が高いほど多いとします(たとえば単純に水位に比例するとすることもできます)。
まず流入量が一定だとします。水位から決まる流出量がこれより小さければ水位は上がり流出量がふえます。大きければ水位は下がり流出量が減ります。結局、水位は、流出量が流入量と等しくなるようなところに落ち着き、定常状態となるでしょう。
もし流入量がゆっくりと増加したとすれば、水位は、それぞれの流入量に対応した準定常状態を保ちながら上がっていくでしょう。
さて、水の出口の穴が少し詰まったとします。水位から流出量を決める関数の形は変わらないが比例係数の数値が小さくなったとしましょう。流入量が変わらなければ、水位が上がり、前よりも高いところで落ち着くはずです。
【[2016-03-25補足] ここで述べた理屈を、大学の授業の教材として用意した別ページ「ふろおけモデル」に、もう少し詳しく書きました。】
温室効果の強化
大気中で温室効果物質がふえることは、地球の大気・水圏をエネルギーの流れとたまりのあるシステムととらえたとき、ふろおけの出口の穴が詰まりぎみになることにたとえることができます。太陽からのエネルギー流入量は基本的に変わりません(地球による吸収率が変わる可能性はありますが)。しかし地球放射(赤外線)によってエネルギーが流出する効率がにぶるので、準定常状態がたまっているエネルギーが多いほうにずれるのです。
もっとも、なぜ温室効果物質がふえるとエネルギーの流出の効率が下がるのかの説明は簡単ではありません。
実際、成層圏の上部に注目すれば、温室効果物質がふえることは、その高さの空気からの地球放射によってエネルギーを宇宙空間に流出させる効率を高めるように働き、したがって準定常状態でのその高さの空気のもつエネルギーのたまりを減らし、その高さの気温を下げるように働きます。
大気中の二酸化炭素量
今度は、炭素の質量のたまりと流れを考えてみます。
人間活動がなくても、植物の光合成とそれでできた有機物の分解などにより、大気と陸・海の間には炭素のやりとりがありますが、これは(季節変化と年々変動をならして集計すると)ほぼつりあっていて、大気中の二酸化炭素の形での炭素の質量のたまりは準定常状態にあったと考えられています。
これは概念としてはふろおけにたとえることができます。ただし、ふろおけの場合は、流入量は水位と無関係で、流出量は水位と決定的に結びついています。炭素のやりとりの場合は、大気にとっての流入量のうちに、大気中の二酸化炭素濃度に依存して変化する部分と、それと無関係で外的条件と考えられる部分が含まれる、という違いがあります。それにしても、「大気中の二酸化炭素がふえると、大気にとっての正味の炭素流出量がふえる(流出量がふえるか流入量が減る)」という因果関係があり、これが負のフィードバックとなって状態を準定常に近づけていると考えられます。
実は9月25日の記事を書いた直前に、スティーヴン・シュナイダー(Stephen Schneider)さんが7月に亡くなる前にオーストラリアで録画されたテレビ番組で地球温暖化に懐疑的な市民の疑問に答えていたのを知りました。http://news.sbs.com.au/insight/episode/index/id/302#transcript に記録があります。この中で「人間活動由来の炭素排出は、自然の海・陸から大気への炭素の流れの3%程度にすぎないのに、重要なのか」という疑問に対して、シュナイダーさんは、ふろおけのたとえを使って答えていました。
masudako
ほかの分野にもあると思いますが、地球環境科学では、質量やエネルギーの「流れ」と「たまり」のあるシステムを考えることが多いです。そして、そのシステムが「準定常状態にある」、つまり、「流れによってものは入れかわるが、それぞれの部分の流量はほぼ一定であり、たまっている量もほぼ一定である」と考えることが多いです。システムにとっての外部条件がゆっくり変わると、システムの準定常状態は、ずれていきます。
そのようなシステムの簡単な例として、ふろおけ(洗濯おけでも流し台でもかまいませんが)にたまった水を考えることができます。この例は、1972年に出た『成長の限界』という本に示されたシミュレーションをしたドネラ・メドウズ(Donella Meadows)さんの遺著『Thinking in Systems』[読書ノート]の第1章に詳しく説明されていますが、ほかにもいろいろな人が使っていると思います。
【[2016-03-25訂正] メドウズさんの本(日本語版『世界はシステムで動く』も出ました)を読みかえしてみたら、ふろおけは出てくるし、ここで述べるのと同じ数理的構造の話もあるのですが、残念ながら、ふろおけはその構造の例にはなっていませんでした。】
おけの断面の形はなんでもかまいませんが、高さによらず同じ形だとします。そうするとたまっている水の量は水位に比例します。上にたとえば水道の蛇口があって、ある流量(単位時間あたりの質量)で水が供給され続けるとします。おけの底には小さな穴があいていて水が抜けていくとします。出て行く流量は、水位と一定の関数関係にあり、水位が高いほど多いとします(たとえば単純に水位に比例するとすることもできます)。
まず流入量が一定だとします。水位から決まる流出量がこれより小さければ水位は上がり流出量がふえます。大きければ水位は下がり流出量が減ります。結局、水位は、流出量が流入量と等しくなるようなところに落ち着き、定常状態となるでしょう。
もし流入量がゆっくりと増加したとすれば、水位は、それぞれの流入量に対応した準定常状態を保ちながら上がっていくでしょう。
さて、水の出口の穴が少し詰まったとします。水位から流出量を決める関数の形は変わらないが比例係数の数値が小さくなったとしましょう。流入量が変わらなければ、水位が上がり、前よりも高いところで落ち着くはずです。
【[2016-03-25補足] ここで述べた理屈を、大学の授業の教材として用意した別ページ「ふろおけモデル」に、もう少し詳しく書きました。】
温室効果の強化
大気中で温室効果物質がふえることは、地球の大気・水圏をエネルギーの流れとたまりのあるシステムととらえたとき、ふろおけの出口の穴が詰まりぎみになることにたとえることができます。太陽からのエネルギー流入量は基本的に変わりません(地球による吸収率が変わる可能性はありますが)。しかし地球放射(赤外線)によってエネルギーが流出する効率がにぶるので、準定常状態がたまっているエネルギーが多いほうにずれるのです。
もっとも、なぜ温室効果物質がふえるとエネルギーの流出の効率が下がるのかの説明は簡単ではありません。
実際、成層圏の上部に注目すれば、温室効果物質がふえることは、その高さの空気からの地球放射によってエネルギーを宇宙空間に流出させる効率を高めるように働き、したがって準定常状態でのその高さの空気のもつエネルギーのたまりを減らし、その高さの気温を下げるように働きます。
大気中の二酸化炭素量
今度は、炭素の質量のたまりと流れを考えてみます。
人間活動がなくても、植物の光合成とそれでできた有機物の分解などにより、大気と陸・海の間には炭素のやりとりがありますが、これは(季節変化と年々変動をならして集計すると)ほぼつりあっていて、大気中の二酸化炭素の形での炭素の質量のたまりは準定常状態にあったと考えられています。
これは概念としてはふろおけにたとえることができます。ただし、ふろおけの場合は、流入量は水位と無関係で、流出量は水位と決定的に結びついています。炭素のやりとりの場合は、大気にとっての流入量のうちに、大気中の二酸化炭素濃度に依存して変化する部分と、それと無関係で外的条件と考えられる部分が含まれる、という違いがあります。それにしても、「大気中の二酸化炭素がふえると、大気にとっての正味の炭素流出量がふえる(流出量がふえるか流入量が減る)」という因果関係があり、これが負のフィードバックとなって状態を準定常に近づけていると考えられます。
実は9月25日の記事を書いた直前に、スティーヴン・シュナイダー(Stephen Schneider)さんが7月に亡くなる前にオーストラリアで録画されたテレビ番組で地球温暖化に懐疑的な市民の疑問に答えていたのを知りました。http://news.sbs.com.au/insight/episode/index/id/302#transcript に記録があります。この中で「人間活動由来の炭素排出は、自然の海・陸から大気への炭素の流れの3%程度にすぎないのに、重要なのか」という疑問に対して、シュナイダーさんは、ふろおけのたとえを使って答えていました。
masudako
放水する勢いは、水位高いほど大きいです。
ただ風呂桶の真下に穴がある場合、出て行く水量と水位は関係ないと思うのですが・・・。
★
温室効果エネルギーの大元は、太陽から地表が吸収したエネルギーです。
他の場所からエネルギーが発生することはないと思います。
温室効果の下向き放射の平均値が増えるということは、地表と大気(&雲)の間で、太陽からのエネルギーが蓄積されるということではないでしょうか?
別の表現をすれば、温室効果ガス(&雲)の吸収量が上がり、同時に放射量も上がったということになるのと思うのですが・・・。