8月28日の「宇宙線がエーロゾル粒子形成に与える影響に関する研究の話」の記事に、9月3日に「tkb48」さん(つくばのかたでしょうか?)からコメントがありました。


寒冷期に入りつつあるのでしょうか?

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宇宙航空研究開発機構の太陽観測衛星「ひので」が、太陽の北極域で磁場が反転し始めた様子を観測することに成功した。

太陽の北極、南極の磁場は約11年周期で反転することが知られているが、今回は予想時期より2年も早いうえ、南極域では反転が見られないなど異例の様相を呈している。地球の環境変動につながる恐れもあるという。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110901-OYT1T01005.htm


URLは読売新聞の記事「地球環境に変動?太陽北極域で異例の磁場反転」(9月1日)です。

「ひので」衛星で得られた新しい知見に関しては、菊池誠さんのkikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事に9月3日に「気弱な物理屋」さんからリンクが示されていたので、JAXAから発表された常田佐久さんのプレゼンテーション資料「『ひので』の観測成果」(pdf, 8月31日)を見ました。

資料の初めのほうの6ページに、黒点数の変動周期はふつう約11年なのですが、それならば2008年ごろに増加するはずなのに、今回は遅れてやっと今年ふえてきた、という話があります。そして「まとめ」の前の15ページに、17世紀以来の黒点数の時系列を示して、黒点数の少ない状態が持続する「太陽活動極小期」に先立って黒点周期がのびるという規則性があるようなので、今度も、五十年から百年くらいの傾向として、極小期に向かっているのかもしれない、という話があります。これは「ひので」の観測自体から言えることではなくて、もっと前からある地上観測のデータに基づく議論です。周期がのびたあと極小期になるというのは、経験的規則性であり、因果関係がつながった理論にはまだなっていないと思います。

「予想時期より早い」の意味はよくわかりませんが、資料の14ページで北極の磁場について「予想された反転の時期より2年早い」と書いてあります。これは11年周期からの予想との比較ではなくて、周期がのびている状況の中での予想との比較なのだと思います。それに対して、南極のほうは反転のきざしが見られないということが、南北非対称なのですね。このような非対称は初めて観測されたということですが、両極の磁場の詳しい観測自体が初めてなので、太陽にとって珍しいことかどうかわかりません。しかし論調から見ると、これほどは詳しくない過去の観測をもとにした太陽専門家の常識にてらして、珍しいことのようです。

地球の磁場に影響を与えることを「地球環境に影響を与える」と言うならば、このような太陽磁場の変動は地球環境に影響を与えることはまちがいないでしょう。

気温などの地上の気候要素への影響については、まず、「ひので」で初めてわかった「非対称性」や「予想より早い反転」がどう影響するかは、なんとも言えないと思います。気候専門家の常識としては、次に述べる、黒点数で代表される太陽活動の影響に比べれば小さいのではないか、と思われます。

黒点数で代表される太陽活動がどう影響するかについては、6月19日に別のところに書いたものを、6月20日の補足を中に組みこんで、この下に再録します。なお、論文へのリンクを修正しました。

== 再録 ==

2009年には太陽黒点がほとんど見えなかった時期もあり、17世紀のMaunder (マウンダー)極小期のように黒点のない時期が続くのではないかと予想する人もいました。その後、黒点数はまたふえてきていますが、ふつう約11年の黒点周期が極小から極小まで約13年にのびており、これが長期続く極小期の前ぶれだと考える人もいます。(ベリリウム同位体などから見た過去の太陽活動を復元すると、長期続く極小期の前には黒点周期がのびているという経験的関係があるのだそうです。)

太陽活動が弱まることは、地球の気候には全体として寒冷化に働くと考えられます。21世紀に太陽活動が弱まると予測されたわけではありませんが、もしMaunder極小期なみに弱まったとしたら、人間活動起源の二酸化炭素などによる温室効果強化を打ち消して、全体として寒冷化になるでしょうか。定性的に考えているだけだとよくわかりません。

そこで定量的シミュレーションが行なわれました。ドイツのポツダム気候影響研究所のFeulner (フォイルナー)さんとRahmstorf (ラームストルフ)さんの論文がアメリカ地球物理学連合(AGU)のGeophysical Research Letters という雑誌に出ました。AGUのウェブサイトのこのページに要旨があり、購読者は本文を取得できます。またRahmstorfさんのサイトに[本文のPDFファイル]があります。

Feulner さん自身による説明がRealClimateというブログに6月19日に出ました。ここにあります。また、Skeptical ScienceというウェブサイトでJohn Cook (クック)さんが紹介記事を書いています。グラフはCookさんが書きなおしたもののほうが見やすいと思います。

CLIMBER-3αという気候モデルによる21世紀のシナリオ実験(IPCCのSRESのA1BおよびA2)を基本として、マウンダー極小期と現在との差に対応するだけ太陽放射を減らした実験を追加しています。マウンダー極小期の太陽放射の強さは2種類の推定を使っていて、変化の大きいほうで、極小期は現代(1950年)よりその0.25%だけ少ないとしました。(なお、火山噴火については、どちらの実験でも、20世紀にあったのと同程度のものがランダムに起こると仮定しています。)

結果は、太陽放射の変化の大きいほうの仮定をすれば、全球平均地上気温に0.3℃程度の効果があります。しかしこの効果は、同じ気候モデルで人為起源温室効果強化による温暖化が2080年ごろに3℃程度と見積もられているのに比べてだいぶ小さいです。

この結論に対して、太陽放射のマウンダー極小期と現代との差はもっと大きかったという議論があるかもしれません。(Feulnerさんたちが採用した値はIPCC第4次報告書で妥当とされた水準です)。また、太陽活動の効きかたとして放射(電磁波)のエネルギーが大気あるいは地表面に吸収されることだけを考えている(たとえば雲の凝結核に影響を与えるようなプロセスを入れていない)ことへの不満もあるかもしれません。そのいずれにしても、原因から結果までの筋道がとおった研究論文が出てきたら検討したいと思います。それまでは、わたしは暫定的にFeulnerさんたちの結果を今の時点での科学によるこの問いへの答えの代表的なものとみなしておきます。

== 再録 ここまで ==

masudako