クラシック音楽のキーワードを含むトラックバックに直接こたえてはおりませんが、わたしもクラシック音楽のたとえ話をしてみることにします。

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イギリスの孤高の作曲家Richardson (リチャードソン)は第1次大戦の戦場で「6万人の交響曲」を書いた。スコアは1922年に出版されたが、それを演奏できるオーケストラはどこにも存在しなかった。作曲家自身が演奏を試みた練習曲は、パート譜が出版社に託されていたので演奏家もためしてみることができたのだが、すさまじい爆発音が聞こえるだけだった。

第2次大戦直後アメリカ東部のプリンストンで、ハンガリーから来た起業家von Neumann (フォンノイマン)がIAS合奏団を結成し、数人の演奏家を雇ってみたものの、それぞれがパートを練習しているだけで合奏にならなかった。ベルゲンスクール育ちでシカゴに来ていた弦楽教師Rossby (ロスビー)が編み出した「G線上のアリア」[注1]技法が鍵だった。ロサンゼルスでG線技法と系統的編曲法を身につけたCharney (チャーニー)をコンサートマスターに迎えて、ようやく合奏が始まった。しかしRichardsonの第1主題はひとりで演奏するにはむずかしく、第2バイオリンにもG線技法を知る人を確保しなければならなかった。ノルウェーからEliassen (エリアッセン)、入れかわりにFjörtoft (フョルトフト)がやってきた。ビオラPlatzman (プラッツマン)、チェロPhillips (フィリップス)といっしょに音合わせを重ねて、Charneyの「G線上のRichardsonの主題による弦楽四重奏曲」は完成し、世界のあちこちにそれを演奏する楽団がつくられていった。

von Neumannはそれで満足せず、Richardsonの原曲が演奏できるオーケストラがほしかった。Phillipsの弦楽合奏「常動曲」もオーケストラ向けに編曲されるべき素材だと思われた。GFDL合奏団が結成され、IAS合奏団では補欠奏者だったSmagorinsky (スマゴリンスキー)が音楽監督を引き受けることになった。

Smagorinskyは考えた。弦楽器だけでなく、打楽器を入れなければならない。Richardsonの楽譜を理解できる打楽器奏者はどこにいるだろう? 補欠奏者なかまの東京から来ていたGambo (岸保)がピチカートでひいてくれた「雨の曲」を思い出した。あれはもともと打楽器の曲だったはずだ。東京弦楽合奏団のコンサートマスターになってCharneyの曲を演奏していたGamboの縁で、東京スクールの異才Manabe (真鍋)がアメリカ東海岸にやってきた。Manabeは、Richardsonの楽譜から装飾音を取りはらって基本的リズムを浮かび上がらせ、爆発をなんとかおさえこみ、G線技法を使わずに第1主題を再現した。さらに、仙台スクールの教材を参考にしながら、管楽器と打楽器によるブラスバンド演奏を試み、それをとりこんでなんとかオーケストラといえるものを完成させた。

ロッキー山麓には全国音楽院がつくられ、その交響学科には東京スクール正統派でシカゴで教えていたKasahara (笠原)が採用されて、Richardsonのスコアに忠実なオーケストラ演奏ができるようになるための技法を研究した。

西海岸のロサンゼルスには、G線技法の演奏を長時間続けるたびに起きた爆発を防いだ東京弦楽合奏団の調律師Arakawa (荒川)が招かれて、オーケストラ演奏中に爆発を起こす心配のない楽器を設計した。

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それから20年あまりたった1980年ごろには、世界じゅうでRichardsonの交響曲を聞けるようになった。先進国にはそれぞれオーケストラがあり、その演奏が国境を越えて放送されていた。

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さらに20年あまり。日本では、打楽器が主役となった「正二十面体オーケストラ」が結成され、雨の主題と赤道波動の主題が響きあう交響詩「Madden (マデン)とJulian (ジュリアン)のうねり」で世界にデビューした。(Madden とJulianは1970年代にアメリカ全国音楽院で活躍した声楽家である。) Richardsonを越える交響曲を作る試みが続いている。


  • [注1] 「G線上のアリア」という表現は股野(1977)による。

文献

  • Kristine C. HARPER (ハーパー), 2008: Weather by the Numbers -- The Genesis of Modern Meteorology. Cambridge MA USA: MIT Press, 308 pp. [読書ノート]
  • 股野 宏志, 1977: 天気予報 -- その学問的背景と実際的側面. 天気(日本気象学会), 24:587-595. http://www.metsoc.jp/tenki/ の下にPDF版がある。
  • Lewis Fry RICHARDSON, 1922; second edition 2007: Weather Prediction by Numerical Process. Cambridge Univ. Press, 236 pp. [読書ノート]
  • Joseph SMAGORINSKY, 1983: The beginnings of numerical weather prediction and general circulation modeling: Early recollections. Advances in Geophysics 25: 3-37.
  • Spencer WEART (ワート), (2011): General Circulation Models of Climate. (The Discovery of Global Warmingの一部). American Institute of Physics. http://www.aip.org/history/climate/GCM.htm

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