6月24日の記事の続きで、IPCCの「再生可能エネルギー源と気候変動緩和に関する特別報告書」(SRREN)についてです。ここで「緩和」というのは英語のmitigationの訳語で、わたしが自分で用語を選べるときは「軽減」としていますが、地球温暖化の原因を弱めること、つまり基本的には二酸化炭素その他の温室効果気体の排出を減らす(あるいは吸収をふやす)ことをさします。これはIPCCでは第3作業部会の課題ですが、そのうちでとくに、いわゆる「再生可能エネルギー」または「自然エネルギー」がどれだけの役割をもちうるかの知見を整理したわけです。
報告書は、ドイツにあるIPCC第3部会技術支援班のサイトのこのウェブページの下に英語のPDFファイルの形で置かれていて、文章は最終版だそうですが、まだ通しのページ番号と索引がついていません。完成するのは(5月当時は8月の予定とされていましたが) 10月中の予定だそうです。
わたしのこれを読む作業も思ったほど進んでいないのですが、ひとまずご報告します。
SRRENには、IPCC報告書の最近の慣例に従って、2種類の要約がつけられています。SPM (政策決定者向け要約)は、IPCCの総会で各国政府代表によって文章表現を含めて承認される対象になっているものです。TS (技術的要約)は、本文と同様、SPMが総会で修正された場合はそれに合わせた修正が要求される場合もありますが、基本的には内容の専門家である著者の集団が書いたものがそのまま出ます。
日本語では、環境省の「地球温暖化の科学的知見」のページの「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に関する部分の中に、SRRENの「概要」というリンクがあり、プレゼンテーションファイルをPDF形式にしたものがあります。これは基本的にはSPMに基づいていますが、再生可能エネルギーを種類別に説明したところはTSに基づいています。
また、同じサイトの報道発表資料の中の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第33回総会の結果について(お知らせ)」には5月17日当時の報告があります。この中にある「別添資料2」は上記の「概要」と実質同じもののようです(「概要」のほうがファイルサイズが小さくいくらか形式が整えられているようなのでそちらを見たほうがよいと思います)。「別添資料1」は環境省と経済産業省の連名の文書ファイルで、SPMをさらに要約したもののようです。
ひとまず、下に、この「別添資料1」に従ってSPMの各節の見出しを日本語で示し、かっこ内に、対応する本文の章の番号を示します。TSの節は本文の章に1対1に対応しています。
1. イントロダクション
2. 再生可能エネルギーと気候変動 (1章)
3. 再生可能エネルギーの技術と市場 (2-7章)
4. 現在および将来のエネルギーシステムへの統合 (8章)
5. 再生可能エネルギーと持続可能な発展 (9章)
6. 緩和ポテンシャルとコスト (10章)
7. 政策、実施および財政支援 (11章)
8. 再生可能エネルギーに関する知見の向上
報告書全体の構成は、第1章が地球温暖化と再生可能エネルギーにかかわる問題の総論的展望、第2章から第7章までが再生可能エネルギーの種類別にどんな技術があってどれだけ普及しているかの展望、第8章から第11章までが再生可能エネルギー全体としてどんな役割を果たしうるか、またそのためにはどんな政策が必要と考えられるかを論じています。
再生可能エネルギーの種類は次のように分けられています。日本語表現は環境省の「概要」に合わせました。
*バイオエネルギー (2章)
*直接的太陽エネルギー (3章)
*地熱エネルギー (4章)
*水力 (5章)
*海洋エネルギー (6章)
*風力エネルギー (7章)
報告書全体は1400ページ以上あって読みきれず、SPMの要約はすでにありますので、わたしはTS(178ページ)を読むことにしましたが、それも全体はまだ読めず、第1節と第10節を読んだところです。TSの第1節は問題点の要約としてとても参考になるのですが、さらに要約して紹介することはむずかしいです。
TSの第10節つまり本文第10章は、地球温暖化軽減のために再生可能エネルギーはどれだけの役割を果たすか、またそれにはどれだけの費用がかかるかの評価です。
IPCCとして計算をしたわけではなく、世界のあちこちの組織で行なわれている、16種類の全球エネルギー経済モデルや統合アセスメントモデルによる164件の将来(2050年まで)シナリオを集めて検討しました。シナリオのうちには、温暖化軽減のための政策的措置を想定したものもあれば、しないものもあります。
まず10.2節では、164件のシナリオからなる集団の特徴を見ています。ただし、ランダムサンプルではないので統計的特徴について強いことは言えません。
CO2排出量と二酸化炭素回収隔離貯留(CCS)なしの化石燃料消費量との間には明確な直線的関係が認められますが、CO2排出量と再生可能エネルギー使用量との間には、負の相関が見られるものの、関係はあまり明確ではありません。それは、ひとつには、世界のエネルギー需要の将来見通しがまちまちだからで、もうひとつには、CO2排出の少ないエネルギー源として、再生可能エネルギー、原子力、CCSつきの化石燃料利用の3つをどのような割合で使うかの見通しがまちまちだからです。
地球温暖化軽減をねらった政策のないシナリオでも、再生可能エネルギーの利用はふえると予想されており、とくに発展途上国での増加が大きいと見こまれます。
10.3節から先では、164件のシナリオのうちで4件をとりあげて詳しく見ます。代表はシナリオの多様性をなるべく表現できるように選んだそうです。温暖化軽減政策のない基準事例としては、OECDの国際エネルギー機関(IEA)によるWorld Energy Outlook 2009 (WEO2009)のbaselineシナリオをとりあげています。ほかの3つはCO2濃度目標を達成するように考えられたシナリオで、それぞれ別々の研究チームによるものであり、濃度目標も厳密に同じではありません。
そのひとつが、この章の著者集団にも加わっているグリーンピースのTeske (テスケ)さんが中心になった「Energy [R]evolution 2010」です(以下SRRENでの表現にならってER2010と略します)。これはグリーンピース単独ではなく、ヨーロッパ再生可能エネルギー会議(EREC )との共同研究で、ドイツの宇宙航空研究開発機構(DLR)の人も著者にはいっています。SRRENからはEnergy Efficiencyという学術雑誌の論文になったもの(Teske, Pregger, Simon, Naegler, Graus and Lins, 2010) が参照されています。この研究の複数のシナリオのうちから、温室効果気体濃度をCO2換算で450 ppm以内におさえるシナリオがとりあげられています。
もうひとつは、アメリカのEnergy Modeling Forumという研究組織の22番の研究課題の中で行なわれた、MiniCAMというモデルを使って温暖化の放射強制を2.6 W/m2以内におさえるというシナリオで、Calvinほか(2009)の論文になっています。
それから、ドイツのポツダム気候影響研究所のReMIND RECIPEというモデルによるCO2濃度を450 ppm以内におさえるシナリオで、Ludererほか (2009)の報告書になっています。その後Climatic Changeという雑誌の論文にもなったようです。
2050年の世界のエネルギー消費のうち、再生可能エネルギーがしめる割合は、baselineシナリオでは現在とほぼ同じ15%ですが、ER2010では77%です。他の2つのシナリオはその中間になっています。他のシナリオと比べてのER2010の特徴は、原子力(の拡大)にもCCSにも頼らないとしていることで、そうすれば再生可能エネルギーの割合が大きくなるのは当然のことです。ただし再生可能エネルギーの種類別にみると、バイオマスエネルギーの拡大が大きいのはER2010ではなくMiniCAMのシナリオです。ER2010チームはバイオマス栽培のために自然植生をそこなうべきでないと考えたのだと思います。
費用の見積もりにはいろいろ不確かなところがありますが、10.5節で、今できる範囲で、設備の建設、維持管理、撤去と、燃料費を含めたライフサイクル型の費用の評価をしています。ただしエネルギー供給・利用システムへの統合(8章)、社会開発(9章)、政策的手段(10章)の費用はここでは考慮していません。これまで数十年に(水力を除いて)費用が低下しており、その原因はまだよく分析されていませんが、学習曲線として扱うことができます。
4つのシナリオで必要になる再生可能エネルギーへの投資額は、(2030年までの) 10年ごとに1.5兆ドルから7兆ドルと見積もられており、最大でも世界のGDP合計の1%よりも小さいとコメントされています。いちばん小さいのは温暖化軽減策を考えないbaselineシナリオの場合です。いちばん大きいのはReMIND RECIPEというチームのシナリオで、太陽エネルギー利用として集光型太陽熱発電を考えず太陽電池だけを想定しているという注がついています。ER2010の数値はTS本文にありませんがグラフから概算すると4兆ドル台とみられます。
10.6節では、気候変化と健康に関する外部費用(被害)について、各種の再生可能エネルギーを、化石燃料(石炭と天然ガスによる火力発電)と比較して示しています。全般に再生可能エネルギーは化石燃料よりも外部費用が少ないですが、例外もあります。なお原子力については、まれな事故の場合に費用が大きくなるので数値としてならべて示すのがむずかしいとコメントされています。
次はいつになるかわかりませんが、TSの別の部分を読んで紹介したいと思います。
masudako
報告書は、ドイツにあるIPCC第3部会技術支援班のサイトのこのウェブページの下に英語のPDFファイルの形で置かれていて、文章は最終版だそうですが、まだ通しのページ番号と索引がついていません。完成するのは(5月当時は8月の予定とされていましたが) 10月中の予定だそうです。
わたしのこれを読む作業も思ったほど進んでいないのですが、ひとまずご報告します。
SRRENには、IPCC報告書の最近の慣例に従って、2種類の要約がつけられています。SPM (政策決定者向け要約)は、IPCCの総会で各国政府代表によって文章表現を含めて承認される対象になっているものです。TS (技術的要約)は、本文と同様、SPMが総会で修正された場合はそれに合わせた修正が要求される場合もありますが、基本的には内容の専門家である著者の集団が書いたものがそのまま出ます。
日本語では、環境省の「地球温暖化の科学的知見」のページの「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に関する部分の中に、SRRENの「概要」というリンクがあり、プレゼンテーションファイルをPDF形式にしたものがあります。これは基本的にはSPMに基づいていますが、再生可能エネルギーを種類別に説明したところはTSに基づいています。
また、同じサイトの報道発表資料の中の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第33回総会の結果について(お知らせ)」には5月17日当時の報告があります。この中にある「別添資料2」は上記の「概要」と実質同じもののようです(「概要」のほうがファイルサイズが小さくいくらか形式が整えられているようなのでそちらを見たほうがよいと思います)。「別添資料1」は環境省と経済産業省の連名の文書ファイルで、SPMをさらに要約したもののようです。
ひとまず、下に、この「別添資料1」に従ってSPMの各節の見出しを日本語で示し、かっこ内に、対応する本文の章の番号を示します。TSの節は本文の章に1対1に対応しています。
1. イントロダクション
2. 再生可能エネルギーと気候変動 (1章)
3. 再生可能エネルギーの技術と市場 (2-7章)
4. 現在および将来のエネルギーシステムへの統合 (8章)
5. 再生可能エネルギーと持続可能な発展 (9章)
6. 緩和ポテンシャルとコスト (10章)
7. 政策、実施および財政支援 (11章)
8. 再生可能エネルギーに関する知見の向上
報告書全体の構成は、第1章が地球温暖化と再生可能エネルギーにかかわる問題の総論的展望、第2章から第7章までが再生可能エネルギーの種類別にどんな技術があってどれだけ普及しているかの展望、第8章から第11章までが再生可能エネルギー全体としてどんな役割を果たしうるか、またそのためにはどんな政策が必要と考えられるかを論じています。
再生可能エネルギーの種類は次のように分けられています。日本語表現は環境省の「概要」に合わせました。
*バイオエネルギー (2章)
*直接的太陽エネルギー (3章)
*地熱エネルギー (4章)
*水力 (5章)
*海洋エネルギー (6章)
*風力エネルギー (7章)
報告書全体は1400ページ以上あって読みきれず、SPMの要約はすでにありますので、わたしはTS(178ページ)を読むことにしましたが、それも全体はまだ読めず、第1節と第10節を読んだところです。TSの第1節は問題点の要約としてとても参考になるのですが、さらに要約して紹介することはむずかしいです。
TSの第10節つまり本文第10章は、地球温暖化軽減のために再生可能エネルギーはどれだけの役割を果たすか、またそれにはどれだけの費用がかかるかの評価です。
IPCCとして計算をしたわけではなく、世界のあちこちの組織で行なわれている、16種類の全球エネルギー経済モデルや統合アセスメントモデルによる164件の将来(2050年まで)シナリオを集めて検討しました。シナリオのうちには、温暖化軽減のための政策的措置を想定したものもあれば、しないものもあります。
まず10.2節では、164件のシナリオからなる集団の特徴を見ています。ただし、ランダムサンプルではないので統計的特徴について強いことは言えません。
CO2排出量と二酸化炭素回収隔離貯留(CCS)なしの化石燃料消費量との間には明確な直線的関係が認められますが、CO2排出量と再生可能エネルギー使用量との間には、負の相関が見られるものの、関係はあまり明確ではありません。それは、ひとつには、世界のエネルギー需要の将来見通しがまちまちだからで、もうひとつには、CO2排出の少ないエネルギー源として、再生可能エネルギー、原子力、CCSつきの化石燃料利用の3つをどのような割合で使うかの見通しがまちまちだからです。
地球温暖化軽減をねらった政策のないシナリオでも、再生可能エネルギーの利用はふえると予想されており、とくに発展途上国での増加が大きいと見こまれます。
10.3節から先では、164件のシナリオのうちで4件をとりあげて詳しく見ます。代表はシナリオの多様性をなるべく表現できるように選んだそうです。温暖化軽減政策のない基準事例としては、OECDの国際エネルギー機関(IEA)によるWorld Energy Outlook 2009 (WEO2009)のbaselineシナリオをとりあげています。ほかの3つはCO2濃度目標を達成するように考えられたシナリオで、それぞれ別々の研究チームによるものであり、濃度目標も厳密に同じではありません。
そのひとつが、この章の著者集団にも加わっているグリーンピースのTeske (テスケ)さんが中心になった「Energy [R]evolution 2010」です(以下SRRENでの表現にならってER2010と略します)。これはグリーンピース単独ではなく、ヨーロッパ再生可能エネルギー会議(EREC )との共同研究で、ドイツの宇宙航空研究開発機構(DLR)の人も著者にはいっています。SRRENからはEnergy Efficiencyという学術雑誌の論文になったもの(Teske, Pregger, Simon, Naegler, Graus and Lins, 2010) が参照されています。この研究の複数のシナリオのうちから、温室効果気体濃度をCO2換算で450 ppm以内におさえるシナリオがとりあげられています。
もうひとつは、アメリカのEnergy Modeling Forumという研究組織の22番の研究課題の中で行なわれた、MiniCAMというモデルを使って温暖化の放射強制を2.6 W/m2以内におさえるというシナリオで、Calvinほか(2009)の論文になっています。
それから、ドイツのポツダム気候影響研究所のReMIND RECIPEというモデルによるCO2濃度を450 ppm以内におさえるシナリオで、Ludererほか (2009)の報告書になっています。その後Climatic Changeという雑誌の論文にもなったようです。
2050年の世界のエネルギー消費のうち、再生可能エネルギーがしめる割合は、baselineシナリオでは現在とほぼ同じ15%ですが、ER2010では77%です。他の2つのシナリオはその中間になっています。他のシナリオと比べてのER2010の特徴は、原子力(の拡大)にもCCSにも頼らないとしていることで、そうすれば再生可能エネルギーの割合が大きくなるのは当然のことです。ただし再生可能エネルギーの種類別にみると、バイオマスエネルギーの拡大が大きいのはER2010ではなくMiniCAMのシナリオです。ER2010チームはバイオマス栽培のために自然植生をそこなうべきでないと考えたのだと思います。
費用の見積もりにはいろいろ不確かなところがありますが、10.5節で、今できる範囲で、設備の建設、維持管理、撤去と、燃料費を含めたライフサイクル型の費用の評価をしています。ただしエネルギー供給・利用システムへの統合(8章)、社会開発(9章)、政策的手段(10章)の費用はここでは考慮していません。これまで数十年に(水力を除いて)費用が低下しており、その原因はまだよく分析されていませんが、学習曲線として扱うことができます。
4つのシナリオで必要になる再生可能エネルギーへの投資額は、(2030年までの) 10年ごとに1.5兆ドルから7兆ドルと見積もられており、最大でも世界のGDP合計の1%よりも小さいとコメントされています。いちばん小さいのは温暖化軽減策を考えないbaselineシナリオの場合です。いちばん大きいのはReMIND RECIPEというチームのシナリオで、太陽エネルギー利用として集光型太陽熱発電を考えず太陽電池だけを想定しているという注がついています。ER2010の数値はTS本文にありませんがグラフから概算すると4兆ドル台とみられます。
10.6節では、気候変化と健康に関する外部費用(被害)について、各種の再生可能エネルギーを、化石燃料(石炭と天然ガスによる火力発電)と比較して示しています。全般に再生可能エネルギーは化石燃料よりも外部費用が少ないですが、例外もあります。なお原子力については、まれな事故の場合に費用が大きくなるので数値としてならべて示すのがむずかしいとコメントされています。
次はいつになるかわかりませんが、TSの別の部分を読んで紹介したいと思います。
masudako