久しぶりに、いわゆる地球温暖化懐疑論の話です。

まず、菊池誠さんのKikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事へのコメント(現在187番)として、「気弱な物理屋」さんが1月30日に指摘され、わたしが(現在188番として)2月4日にコメントした件です。

アメリカのWall Street Jounalに1月26日に、フランスの固体地球物理学者Claude Allègre (アレーグル)さんを筆頭とする科学者(元科学者というべき人もいますが)16人による意見論説「No Need to Panic About Global Warming」が出ました。日本語版ウェブサイトでも、有料ですが、1月30日に「【オピニオン】温暖化は真実か―政治家に求められる合理的な政策判断」として出ています。

題名でいう、温暖化のことで「パニックを起こすべきでない」という主張に限ればもっともです。温暖化問題は重要だと考える人たちのサイトPlanet 3.0でも、この記事が出る前から、「Don't Panic」をモットーにかかげていたのでした。(Planet 3.0ではMichael Tobisさんが1月27日づけの記事[The Wall Street Journal, Again]で論評しています。) わたしは、Allègreほかの意見論説を日本語では読んでおらず、英語でざっと読みましたが、結論は「温暖化のことは気にしなくてよい」と言っているようです。しかし、それに至る理屈はよくわかりませんでした。

これに対して、Kevin Trenberth (トレンバース)さんを筆頭とする気候専門家38人の連名による「Check With Climate Scientists for Views on Climate」という記事が2月1日づけでWall Street Journalのサイトに出ました。紙の新聞にものったのだと思います。また、Skeptical Scienceというブログにも、著者の提供により同じ記事が出ています。これは、前のAllègreほかの論説が「Opinion」という部類だったのに対して「Letters」という投書欄のようなもので文字数制限がきびしかったらしく、論点は次のことだけにしぼられています。

  • 気候のことは、同じ科学者のうちでも、気候の専門家の見解を重視してほしい (いわば「餅は餅屋」)。

  • Allègreほかの論説でTrenberthの発言を引用した部分は、Trenberthの意図をまったく取り違えている。(これは2010年02月20日の記事「いわゆるClimategate事件、渡辺(2010)への反論(3)」で紹介したのと同じ論点です。)



Trenberthさんは大気・海洋の物理を観測データをもとに研究している人で、IPCC第1部会の報告書の編著者のひとりです。連名の半分くらいが同様に気候の物理的基礎の研究者、半分くらいが気候の生態系への影響の研究者(IPCCでは第2部会)、少数ですが温暖化の対策を研究する経済学者(IPCCでは第3部会)もいます。気候科学者と言った場合は気候の物理的基礎の研究者に限ることも多いですが、この場合Allègreほかの論説は温暖化は対策が必要な問題かという政策判断に少し踏みこんでいますから、影響や対策の専門家も含めた集団として反論したのはもっともだと思います。

他方、Allègreほかの16人のうち気候の専門家と言えそうなのはせいぜい3人か4人です。

William Kininmonthさんは引退していますがオーストラリアの気象庁気候部長のような役をつとめた人だそうです。学者というよりも技術系行政官だったと思います。

Henk Tennekesさんも引退していますがオランダの気象研究所長のような役をつとめた人で、大気乱流に関する学問的業績のある人です。予測のむずかしさを指摘しているようです。

Richard Lindzen (リンゼン)さんは70歳をこえましたがMIT (マサチューセッツ工科大学)の教授としては現役です(定年はないらしいです)。大気の力学に関する学問的業績のある人です。地球の気候には変化を小さくする負のフィードバックのしくみがあるのではないかといういくつかの具体的な問いかけをしたことは、気候に関する学問に貢献したと思います。しかしその後は物理に立ち入った議論よりも地球の気候の感度は小さいという信念に基づく議論をするようになってしまったようです。 それで最近も失敗をしていますが、その話はあとにしましょう。

Nir Shaviv さんは天体物理学者で、宇宙線の気候への影響を主張しています。ただしその研究成果は、氷期サイクルの数十万年間か、さらに長い古生代以来の数億年間の気候変動に関するものです。

Allègreほかの論説の内容に立ち入った反論は、William Nordhaus (ノードハウス)さんによるものがあります。わたしはPlanet 3.0のTobisさんによる2月28日づけの記事「Nordhaus’s Rebuttal of the Wall Street Journal 16」で知りました。もと記事はThe New York Review of Booksの3月22日づけ(先づけですが紙版の雑誌の発行日なのでしょう)の記事「Why the Global Warming Skeptics Are Wrong」です。NordhausさんはTrenberthほかの38人にははいっていません。経済学者で、そのうちでは地球温暖化問題に早くから取り組んできた人ですが、イギリスの大蔵省の委託を受けてSternさんが2006年(紙版発行は2007年)にまとめた報告に対しては、それほど急進的な温室効果排出抑制政策は正当化されないと批判した人でもあります。そういう、(わたしの位置からではなく)今の経済体制を基準として比較的穏健と見られる人からも、温暖化はかなり重大な問題だという指摘がされたのです。

- - -

Allègreさんたちは、2月21日にまたWall Street Journalに意見論説「Concerned Scientists Reply on Global Warming」を出しました。前のものよりも詳しいデータを使って論じようとしたようです。

これに対する内容に立ち入った反論は、地球科学者(研究者としての専門は鉱物の地球化学のようですが、気候変動に関する授業を担当することもある) Barry Bickmore (ビックモア)さんによるものがあります。もとはBickmoreさんの個人ブログに出たそうですが、わたしはRealClimateというブログの2月24日の記事「Bickmore on the WSJ response」で読みました。

その話題のうち一つを紹介します。Allègreほかの2回めの論説には、「Reality Versus Alarm」という表題のついた図があります。1989年以後の気温について、観測値をまとめた折れ線と、IPCC報告書による予測を示す直線がいっしょに表示してあります。これを見ると「IPCC 1990」という線が、その後わかった実際の気温の折れ線に比べてだいぶ上のほうに行っています。それで「予測ははずれた」という印象を与えたいようです。しかしこれはIPCCの第1次報告書です。同じ図に表示してある「IPCC 1995, 2001, 2007」の線を見れば (各報告書で幅をもって示している予測をそれぞれ1本の線にしてしまった際の集約のしかたにも疑問は残りますが)、予測と観測値とは大きくははずれていないのです。

- - -

さて、Wall Street Journalとは直接関係ありませんが、Lindzenさんの件です。わたしはRealClimateの3月6日のGavin Schmidt (ガヴィン・シュミット)さんによる記事「Misrepresentation from Lindzen」で知りました。Linzdenさんは2012年2月、イギリス国会下院で参考人として発言しましたが、その中で、「NASA GISSがまとめた全球平均気温は、2008年版と2012年版とで大きく違う。新しい版のほうが気温の上昇が100年あたり0.14℃も大きくなっている。」と指摘し、NASAは温暖化の脅威を強調するために作為的にデータをいじっていると示唆しました。しかし、この気温のデータ編集にはかかわっていないがGISSの研究者であるSchmidtさんによれば、ここで使われた2008年版は陸と海を合わせた気温(正確には海の部分は海面水温)、2012年版は陸だけの気温のデータだったのです。現実に気温の上昇傾向は陸のほうが大きく、それに比べれば2008年版から2012年版への改訂は無視できるほどの違いしかありません。Lindzenさんは、違って当然のものを比べながら、違うのはだれかが不正をしているのだろうと疑っていたのでした。

Skeptical Scienceに「dana1981」さんが3月8日に出した「Lindzen's Junk Science」という記事(大部分は上記のSchmidtさんの記事の写しですが、追加された部分)によれば、Lindzenさんが示したグラフは自分で作ったものではなく、Howard Hayden (ヘイデン)という人が作って公開したものをそのまま使ったのだそうです。

HaydenさんもLindzenさんも、のちにまちがいを認めたそうです。ただし、ファイル名が同じだったのでまちがえたのも無理もないのだと言っているそうです。実際は、ファイル名は途中まで同じですが、終わりの部分には違いがあるそうです。

masudako