アメリカで、ちょっとややこしいことが起きました。まだ全貌がよくわかりません。
日本語での報道としては、AFPBBの2012年02月27日の記事(「トップ > 環境・サイエンス・IT > 環境 > 記事」の下、発信地:ワシントンD.C./米国) 「気候変動否定派、米学校教育へ関与する動き発覚」があります。
シカゴに本拠をおくHeartland Instituteは、保守系シンクタンクとされていますが、地球温暖化問題を否定する宣伝活動をよくやっているところです。IPCCに対抗する「NIPCCの報告書」を出す主体のひとつになったり、「ICCC」という会議を主催したりしています。そのPresident (日本流にいえば社団法人の理事長というところでしょう)のJoseph Bast (バスト)さんと役員で元宇宙飛行士のHarrison Schmitt (ハリソン・シュミット)さんが1年ほど前に北極海の海氷が最近30年間に減っていないと強弁したことは、2011年2月10日の記事「悲しいつまみ食い (Harrison SchmittとHeartland Institute)」で紹介しました。
さて、2012年2月14日に、Desmog blogというブログに、「Heartland Insider Exposes Institute's Budget and Strategy」という記事が出ました。そこにはHeartland Insiderと名のる匿名の人から提供された複数のPDF文書がリンクされていました。その文書群はHeartland Instituteの役員会の議題資料らしいもので、Heartland Instituteの資金供給源が示されており(そのうちいちばん大口の寄付をしている個人の名まえは匿名でしたが)、また、学校教育に食いこんで「気候変動のことはまだよくわかっていないのだ」という認識を広めようとする戦略などが書かれていました。
翌15日に、Heartland Instituteのウェブサイトにその職員のJim LakelyさんによるHeartland Institute Responds to Stolen and Fake Documentsという記事が出ました。文書のうちひとつ、「Confidential Memo: 2012 Heartland Climate Strategy」(以下「戦略文書」としておきます)はHeartland Instituteによるものではなくニセ物であるとしています。その他については、厳密に同じものであるかは未確認だとしながらも、内部文書であることを認め、「盗まれた」としています。
2月20日に、Peter Gleick (グライク)さんが、1年前にHeartland Instituteの海氷に関する主張を批判する記事を出したのと同じHuffington Postというサイトに、「The Origin of the Heartland Documents」という記事を出しました。そこでGleickさんが言っていることがほんとうだとすると、Heartland Insiderを名のってDesmog blogに文書を送ったのはGleickさんだったようです。
Gleickさんによれば、2012年の初め、匿名の人がGleickさんに「戦略文書」を送りつけてきたのだそうです。(紙の郵便なのか電子メールなのかは必ずしもはっきりしません。) Gleickさんはその情報が正確なものか確かめようという意図で、他人(Heartland Instituteの役員か出資者と思われる)の名まえを使ってHeartland Instituteに電子メールを送り、他の文書を取り寄せたのだそうです。そして、他の文書と内容のつじつまが合うので「戦略文書」も本物だろうと推測し、合わせてDesmog blogに送ったのだそうです。
Gleickさんは水資源の研究者で、Pacific Instituteという民間非営利の研究所のPresident (理事長)をしています。[このページ]にGleickさんの紹介があります。Gleickさん以外のPacific Instituteの人たちは、20日の記事を見るまで事件のことは知らなかったようです。Pacific Instituteのウェブサイトを3月6日に見たところでは2月27日づけの「PACIFIC INSTITUTE BOARD OF DIRECTORS STATEMENT」という記事がありました。Gleickさんは自主的に休職となっているそうです。そしてPacific InstituteのBoard (評議員会)は別の(それまで職員ではなかった)人を「Acting Executive Director」(専務理事代行というところでしょうか)に選んで業務を続けているそうです。
Gleickさんは、[前の記事]で述べた38人の気候専門家のひとりでもありますが、気候変化が水資源に及ぼす影響を研究し、IPCCでは第2部会に貢献している科学者です。
なおGleickさんはAmerican Geophysical Union (アメリカ地球物理学連合)という学会の倫理委員長をしていましたが、20日よりも前に、とくに理由は述べずにその委員長と委員を辞任しています。
Gleickさんはしばらく人まえに現われませんでしたが、3月9日のJeremy Millerさんの記事「Pacific Institute’s Peter Gleick Breaks Silence」によれば、おそらくその前日に、カリフォルニアの水資源政策の会議で講演したそうです。もちろん水資源政策に関する講演で、事件のことにはふれなかったそうです。
Gleickさんが他人の名まえをかたったことは道徳的に悪いことだと本人も反省しているそうですが、法律の立場から見て違法かどうかは判断が分かれるところのようです。Curtis Brainardさんが3月1日の記事「Heartland, Gleick, and Media Law -- Experts weigh in on leaks and deceptive tactics」で論じています。
さて、「戦略文書」について、GleickさんもHeartland Instituteもうそをついていないとすれば、どちらでもない第3者が作ったニセ物だということになります。結果としてGleickさんもHeartland Instituteも信用を落としてしまったところから見ると、おそらくニセ物を作った人は、どちらの身方でもなく、両方とも嫌いだったか、あるいは愉快犯だったように思われます。
Gleickさん自身がニセ物を作ったのではないかと疑う人もいます。Heartland Instituteの温暖化否定宣伝のひどさに怒り、それをたたきつぶすためならば、自分が科学者としての信頼を失うことさえためらわなくなっていたということは考えられなくはありません。しかし、Pacific Instituteの仕事を捨てる準備をしていなかったと思われるところから見て、そこまで捨て身だったことは考えにくいと思います。
他方、Heartland Instituteがうそをついていて「戦略文書」が実は本物であると疑う人もいます。こちらはHeartland Instituteの強弁の実績からはありそうなことなのですが、「文書の中の『anti-climate』などという表現はHeartland Instituteの立場で使うはずがない」という指摘ももっともな気がします。
したがって、暫定的に、やはり第3者が作ったニセ物である可能性が高い、と考えておきます。
masudako
日本語での報道としては、AFPBBの2012年02月27日の記事(「トップ > 環境・サイエンス・IT > 環境 > 記事」の下、発信地:ワシントンD.C./米国) 「気候変動否定派、米学校教育へ関与する動き発覚」があります。
シカゴに本拠をおくHeartland Instituteは、保守系シンクタンクとされていますが、地球温暖化問題を否定する宣伝活動をよくやっているところです。IPCCに対抗する「NIPCCの報告書」を出す主体のひとつになったり、「ICCC」という会議を主催したりしています。そのPresident (日本流にいえば社団法人の理事長というところでしょう)のJoseph Bast (バスト)さんと役員で元宇宙飛行士のHarrison Schmitt (ハリソン・シュミット)さんが1年ほど前に北極海の海氷が最近30年間に減っていないと強弁したことは、2011年2月10日の記事「悲しいつまみ食い (Harrison SchmittとHeartland Institute)」で紹介しました。
さて、2012年2月14日に、Desmog blogというブログに、「Heartland Insider Exposes Institute's Budget and Strategy」という記事が出ました。そこにはHeartland Insiderと名のる匿名の人から提供された複数のPDF文書がリンクされていました。その文書群はHeartland Instituteの役員会の議題資料らしいもので、Heartland Instituteの資金供給源が示されており(そのうちいちばん大口の寄付をしている個人の名まえは匿名でしたが)、また、学校教育に食いこんで「気候変動のことはまだよくわかっていないのだ」という認識を広めようとする戦略などが書かれていました。
翌15日に、Heartland Instituteのウェブサイトにその職員のJim LakelyさんによるHeartland Institute Responds to Stolen and Fake Documentsという記事が出ました。文書のうちひとつ、「Confidential Memo: 2012 Heartland Climate Strategy」(以下「戦略文書」としておきます)はHeartland Instituteによるものではなくニセ物であるとしています。その他については、厳密に同じものであるかは未確認だとしながらも、内部文書であることを認め、「盗まれた」としています。
2月20日に、Peter Gleick (グライク)さんが、1年前にHeartland Instituteの海氷に関する主張を批判する記事を出したのと同じHuffington Postというサイトに、「The Origin of the Heartland Documents」という記事を出しました。そこでGleickさんが言っていることがほんとうだとすると、Heartland Insiderを名のってDesmog blogに文書を送ったのはGleickさんだったようです。
Gleickさんによれば、2012年の初め、匿名の人がGleickさんに「戦略文書」を送りつけてきたのだそうです。(紙の郵便なのか電子メールなのかは必ずしもはっきりしません。) Gleickさんはその情報が正確なものか確かめようという意図で、他人(Heartland Instituteの役員か出資者と思われる)の名まえを使ってHeartland Instituteに電子メールを送り、他の文書を取り寄せたのだそうです。そして、他の文書と内容のつじつまが合うので「戦略文書」も本物だろうと推測し、合わせてDesmog blogに送ったのだそうです。
Gleickさんは水資源の研究者で、Pacific Instituteという民間非営利の研究所のPresident (理事長)をしています。[このページ]にGleickさんの紹介があります。Gleickさん以外のPacific Instituteの人たちは、20日の記事を見るまで事件のことは知らなかったようです。Pacific Instituteのウェブサイトを3月6日に見たところでは2月27日づけの「PACIFIC INSTITUTE BOARD OF DIRECTORS STATEMENT」という記事がありました。Gleickさんは自主的に休職となっているそうです。そしてPacific InstituteのBoard (評議員会)は別の(それまで職員ではなかった)人を「Acting Executive Director」(専務理事代行というところでしょうか)に選んで業務を続けているそうです。
Gleickさんは、[前の記事]で述べた38人の気候専門家のひとりでもありますが、気候変化が水資源に及ぼす影響を研究し、IPCCでは第2部会に貢献している科学者です。
なおGleickさんはAmerican Geophysical Union (アメリカ地球物理学連合)という学会の倫理委員長をしていましたが、20日よりも前に、とくに理由は述べずにその委員長と委員を辞任しています。
Gleickさんはしばらく人まえに現われませんでしたが、3月9日のJeremy Millerさんの記事「Pacific Institute’s Peter Gleick Breaks Silence」によれば、おそらくその前日に、カリフォルニアの水資源政策の会議で講演したそうです。もちろん水資源政策に関する講演で、事件のことにはふれなかったそうです。
Gleickさんが他人の名まえをかたったことは道徳的に悪いことだと本人も反省しているそうですが、法律の立場から見て違法かどうかは判断が分かれるところのようです。Curtis Brainardさんが3月1日の記事「Heartland, Gleick, and Media Law -- Experts weigh in on leaks and deceptive tactics」で論じています。
さて、「戦略文書」について、GleickさんもHeartland Instituteもうそをついていないとすれば、どちらでもない第3者が作ったニセ物だということになります。結果としてGleickさんもHeartland Instituteも信用を落としてしまったところから見ると、おそらくニセ物を作った人は、どちらの身方でもなく、両方とも嫌いだったか、あるいは愉快犯だったように思われます。
Gleickさん自身がニセ物を作ったのではないかと疑う人もいます。Heartland Instituteの温暖化否定宣伝のひどさに怒り、それをたたきつぶすためならば、自分が科学者としての信頼を失うことさえためらわなくなっていたということは考えられなくはありません。しかし、Pacific Instituteの仕事を捨てる準備をしていなかったと思われるところから見て、そこまで捨て身だったことは考えにくいと思います。
他方、Heartland Instituteがうそをついていて「戦略文書」が実は本物であると疑う人もいます。こちらはHeartland Instituteの強弁の実績からはありそうなことなのですが、「文書の中の『anti-climate』などという表現はHeartland Instituteの立場で使うはずがない」という指摘ももっともな気がします。
したがって、暫定的に、やはり第3者が作ったニセ物である可能性が高い、と考えておきます。
masudako