2014年5月30日夜23時から、NHK教育テレビで、「バークレー白熱教室 大統領をめざす君のためのサイエンス 第3回 地球温暖化の真実」という番組がありました。カリフォルニア大学バークレー校の物理学者 Richard Muller教授の講義で、2013年4月19日に放送されたものの再放送でした。Mullerという名まえをどう発音するのかよくわからないのですが、ひとまずNHKに合わせて「ムラー」としておきます。

Mullerさんが2008年に出したPhysics for Future Presidentsという本は、日本語では2010年に「今この世界を生きているあなたのためのサイエンス」という2冊本で楽工社から出ています。この本についてわたしは別のブログに[読書メモ]を書きました。2010年にはもう少し詳しいPhysics and Technology for Future Presidentsという本があって、2011-12年に「サイエンス入門」という2冊本で楽工社から出ています。また、このNHKの番組5回シリーズと同じ内容が「バークレー白熱教室講義録 文系のためのエネルギー入門」という本として2013年に早川書房から出ているそうです(わたしはまだ見ていません)。

Mullerさんは地球科学者の間では複数の件で変わった仮説を出した人として知られていました(が、もはや昔の話というべきかもしれません)。さきほど述べた「読書メモ」で少しふれました。ここではその話は省略します。

Mullerさんは、現代の社会での政策決定をはじめとする多くの活動にとって科学の知識が重要だと考えていて、それを意識した授業をしています。それはもっともなことだと思うのですが、そういう授業はとてもむずかしいと思います。政策にかかわる話題を扱いながら、教師自身の政策に関する意見にふれないことも、意見を科学的知見と明確に区別して述べることも、むずかしいのです。この日の番組では、最初の部分が、その前の回の復習という趣旨だったようなのですが、エネルギー政策に関する意見を学生にたずね、コメントしていました。複数の学生の提案をそれぞれオプションとして尊重しながらコメントしていましたが、自分はこれが重要だと思うという意見も述べていました。

この日の本論である地球温暖化の話題では、Mullerさんの政策に関する意見が結論に影響することは少なかったように思います。他方、Mullerさんは最近は自分でも気候の研究にかかわっているのですが、わたしから見てMullerさんの気候に関する理解がなお不充分なのではないかと思われるところもありました。

まず、大気中の二酸化炭素には温室効果があるのだ、というデモンストレーションとして、空気を入れた箱に白熱電球の光をあてて温度をはかっていました。温室効果は大気成分が赤外線を吸収することと射出することでなりたつのですが、Mullerさんの実験は吸収だけを示していたと思います。両方を定量的に示すデモンストレーション実験はなかなかないのです。むしろ重要なのは、実験のあとの講義での、地球大気のエネルギー収支に関連させた温室効果の説明だったと思います。

Mullerさんは、大気中の二酸化炭素の濃度が増加していること、そのおもな原因が人間による化石燃料の消費にあることは疑っていません。また、今では地球温暖化がすでに起きていることと、その原因が人間活動による大気中二酸化炭素増加であることも、確かな知識だと思っているそうです。しかし、数年前には、この2つの点についてはあやしいと考えていたそうです。ひとつには、1970年代には「氷河期が来る」という議論がされていたのに温暖化に話が変わったことが唐突と思われたから、もうひとつには、温暖化が起きているという議論のうちにひどく誇張されたものがあったからだそうです。(Mullerさんが誇張とみなした件のいくつかについてはあとで考えてみます。)

そこでMullerさんはBerkeley Earth (http://berkeleyearth.org/)というプロジェクトを始め、地上気温の観測データから、全地球規模の温度変化の事実を見ました。その際に、温度上昇は観測機器の設置状況や都市のヒートアイランドによる、世界全体を代表しない現象ではないか、という疑いについて検討しました。Mullerさんは講義の中でそういう検討をした研究はそれまでになかったと言っていましたが、そんなことはなく、NOAA のNational Climatic Data Centerの人たちによる研究があります。しかし独立に解析したことには意義があります。その結果は(講義によれば)、設置状況の影響で温度の偏りが生じることはあるが温度の長期変化傾向には差が出なかったそうです。また、都市ヒートアイランドの地点を除外しても。世界平均気温には従来の研究で示されたのと同様な上昇傾向が得られたそうです。

ここまではもっともなのですが、Mullerさんが「温度上昇の原因は『50%以上』どころか100%人間活動由来の二酸化炭素だとわかった」と言ったのは無理のある議論だと思いました。やったことは濃度の時系列と温度の時系列の統計的な比較らしいのですが、その方法でそんな確実なことが言えるはずがないのです。

この部分の講義の中で、気温の時系列には火山噴火に伴う落ちこみがあることを示していました。(その原因の説明のところで「成層圏に吹き上げられた火山灰」という表現がありました。Mullerさんまたは日本語版への訳者が硫酸を主とするエーロゾルを火山灰と同一視してしまったようです。) また、 エルニーニョや北半球の冬の海の温度変化に対応する変化もあると言っていました。そういったものを除いた長期変化と二酸化炭素濃度がよく対応するという話にちがいないのですが、具体的にどういう意味で対応すると言っているかを知るには、Mullerさんたちの論文を詳しく読んで理屈を追う必要がありそうです。論文はhttp://berkeleyearth.org/papers/にあるようです。すみませんが、わたしは詳しく読むことをお約束しません。

さて、学生からの質問のところで(NHKによる日本語ふきかえに)「飲料メーカーの財団」ということばが出てきました。Berkeley Earthプロジェクトの資金源はhttp://berkeleyearth.org/fundersに示されていますが、そのうちのひとつはCharles G. Koch Charitable Foundation でした。Kochはドイツ語ならばコッホですが、アメリカ英語での普通の発音はコウクでCokeと同音なのですね。それで講義を筆記した人が誤解したのだと思います。Koch Industriesという石油精製技術などの会社があって、創業者一族が株をもっています。その一族が作った複数の財団が2005年ごろから、ExxonMobilなどの上場企業(決算報告書にもとづく批判を受けた)に代わって温暖化否定宣伝の主要な資金源になっています。Koch財団がMullerさんのプロジェクトに資金を出した際には、温暖化の事実あるいはその原因が化石燃料であることに否定的な結果を期待しただろうと思われます。しかしMullerさんによれば、財団からの圧力は受けず、予断なしに研究することができたそうです。

さて、Mullerさんのいう「誇張」の問題です。Mullerさんは、地域的な高温、いわゆる「熱波」を地球温暖化のせいにする議論を「まちがいだ」と言いきってしまいます。どうやらMullerさんは、全球平均地上気温の上昇を地球温暖化の定義のように考えていて、その数値よりも大きな温度偏差は地球温暖化とは別ものだと考えているようです。わたしの考えでは、確かに地域的な高温をすべて地球温暖化のせいにしてはいけませんが、地球温暖化は必ずしも世界どこでも一様な温度上昇ではなく地域規模の現象や年々変動にも影響を与えているはずです。ただし、これを説明すること、とくに時間や紙面の限られた場で説明することはむずかしいです。

Mullerさんの「人間はものごとを何かのせいだと述べたがる、温暖化はその『何か』としてたびたび使われている」という議論はもっともだと思います。しかしわたしから見ると、Mullerさんは、ものごとを温暖化のせいであるのかないのかどちらかに割り切りたがる傾向が行き過ぎているように思います。

Mullerさんが示す世界平均気温の集計結果のグラフでは、昔に比べて最近のほうが年々変動の幅が小さくなっています。これは昔の観測データの乏しさのせいである可能性がありますが、「最近のほうが変動が大きくなっている」とは言えないそうです。Mullerさんは、「したがって『温暖化のせいで熱波がふえている』というのはまちがいだ」と言います。この議論には無理があると思います。「熱波」は地域的な気温の変動です。世界平均気温の変動幅がふえなくても地域ごとの気温の変動幅がふえることはありうるので、それを論じるためには地域ごとの気温の変動を検討する必要があります。

海水位変化については、Gore (ゴア)さんが映画「不都合な真実」で海水位が数メートル上がる画像を作って示したとき、それには千年くらいかかるという見通しを添えなかったことについて、誇張したメッセージを伝えてしまったというMullerさんの批判はもっともだと思います。他方、Mullerさんは、今後100年間の見通しをIPCCの(録画時最新だった)第4次報告書をもとに「最悪の場合で60-90cm」とし、それよりも大きな海面上昇を心配することはないとまで言ってしまいました。IPCC第4次報告書では、氷床崩壊が加速する可能性がまだ計算にはいっていないことも述べられていたのですが、Mullerさんはそれに気づかなかったのでしょう。意図的ではないと思いますが、誇張の反対の過小評価にいくらか偏ったと思います。

masudako