気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2008年08月

気候変動・千夜一話

このブログの名前は、小倉正さんのご提案により、「気候変動・千夜一話(せんやいちわ)」としました。
短い一話ずつでも良いので、末永く書きつづけられますように、という思いを込めています。シンプルですが、なかなか渋くて、良い名前です。とても気に入っています。
どうぞよろしく!

吉村じゅん

地球温暖化問題は「良性の脅威」である

米本昌平さんの著書「地球環境問題とは何か」(岩波新書、1994年)の46〜48ページに書かれていたことを改めてご紹介します。

それは、「地球環境問題は『良性の脅威』である」という考えです。

米本さんは、かつての米ソ冷戦の状況における核戦争への恐怖を「悪性の脅威」と表現し、それと対比して、地球温暖化に代表されるような環境問題への恐怖を「良性の脅威」と呼びました。核という悪性の脅威の下では、米ソ両国は恐怖感に突き動かされ、「人類史上空前の大規模な科学技術動員」による際限ない軍拡競争を続け、その結果、人類は大量の核兵器を保有するに至りました。冷戦がすっかり過去の歴史になってしまった現代においても、人類は、潜在的な核戦争の脅威のみならず、現実の核拡散の脅威に直面したままです。一方、もし地球温暖化や環境汚染への恐怖が過剰に煽りたてられ、延々とその対策に追い立てられたとしても、後世の人類に残されるのは「省エネルギーや公害防止に対するノウハウとその装置の山である」、というわけです。

この本が出版されてから、もう14年たちましたが、米本さんの分析は色あせるどころか、逆に説得力を増しているように感じられます。例えば、油田の枯渇やピークオイルの問題は1990年代にはあまり深刻には受け止められていなかったと思いますが、今では石油価格が高水準を続けていることとあわせて、重大な問題として広く認識されるようになりました。温暖化防止を目的として各国が必死に脱化石燃料に向けた努力を続けるとすれば、結果として、石油の需給も緩和し、ピークオイルの諸問題も解決に向かうことになるわけです。他にも、温暖化対策として多くの人が自家用車の利用をやめれば、交通事故などの深刻な社会問題を軽減することになりますし、温暖化への適応策にしても食料確保の努力や水害対策は、気候変動の有無に関わらず大きな意義があります。

もちろん、「温暖化対策」の大義名分のもとに、原発建設が強硬に推進されたり、エタノール燃料を生産するために(貴重な食べ物であるはずの)トウモロコシが大量につぎ込まれたりといった現状もありますので、いいことばかりじゃないわけですが・・・。

1988年頃から現在に至るまで、マスメディアでは地球環境問題が繰り返し報じられ、日本の政府でも建前上はその重要性を認めつつも、実際に打ち出される政策は(私個人の印象ですが)なまぬるいものばかりでした。いよいよ大きくなってきた「良性の脅威」を前にして、今後は、社会全体が本格的な脱化石燃料へと突き動かされることを期待します。

米本さんの本の一節(48ページ)を引用しておきます:
「現代社会は、地球環境問題という新しい課題を発見し、これへの対応をやれるだけやってみたらよい。こういう視角から社会も国も企業も個人も揉まれ、もう一段高い質の社会に到達すればよいのである。世界がこの良性の恐怖から当分醒めないことを望むのみである。」

最後の一文は、地球温暖化の科学には不確実性があるため、じつは正しくないかもしれないという可能性を念頭に置いたものですが、この本の出版後は(不確実性はまだ残っているものの)温暖化シミュレーション関連の技術、気候変動の要因推定、気候変動の原因となる各種放射強制力の見積もり、といった分野で大きな進歩がありました。その意味では、この良性の恐怖から醒めてしまう心配はいりません。念のため。

吉村じゅん

このブログについて

このブログは、地球温暖化の科学にたずさわる研究者たちが日常をつづる日記です。
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・masudako
・吉村じゅんきち

研究活動やその関連で忙しい人たちが余暇を利用して書いているものですので、残念ですが、コメントやトラックバックには返答を書かないことを原則としています。コメント欄やトラックバック欄には目を通すことを基本としていますが、ときには、すべてを読むだけの時間的余裕がない場合もありますので、あらかじめご理解ねがいます。なお、このブログは、執筆者の所属とは無関係に、それぞれの個人的見解を述べるものです。

もしよろしければ、すえながくご愛読ください。

2008年8月10日
吉村じゅん


【追記メモ 2008年12月7日17時】
執筆者紹介へのリンクを追加しました。(吉村じゅんきち)

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