気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2009年02月

Re: 地球寒冷化、はじまる???

こんばんは、じゅんきちです。前回のブログ記事(リンク)には多大な反響をいただき、どうもありがとうございました。日経新聞の影響力の大きさを(今さらながら)思い知りました。

さて、2月2日の日経の報道に関連したフォローアップと思われる記事が2月16日付の日経新聞朝刊に載ったと聞き、じっくり読んでみました(記事の見出しは「近未来の気候 精密予測」、小見出しは「気温など自然変動 反映」「温暖化対策づくりに活用」)。東京大学気候システム研究センターなどの研究グループによる気候モデルを用いた近未来気候予測の取り組みを紹介するもので、短期的には自然変動の影響で当面は気温上昇が緩やかになるものの、長期的な温暖化傾向が止まるわけではない、といった予測結果を伝える内容です。私自身はこの研究に関わっているわけではないので詳細は把握していませんが、モデル計算の初期条件の作り方(データ同化)が自然変動を正しく表現するためには重要であるといった点も説明されており、妥当な科学報道として評価できると思います。掲載された図の下半分を引用しておきます。

日経新聞2月16日掲載の図より

2005〜2020年の曲線部分が新手法による全球平均気温変動の予測結果を示すものです。これによると、2010年頃まで寒冷化し、その後は温暖化傾向に戻っていますので、「当面、寒冷化」という表現も間違ってはいないことになります。ただし、以前も書きましたが、このような近未来予測の信頼性がどれほど高いか(低いか)は今後の検討課題と言うべきでしょうから、予測が当たるかどうかは分かりません。

1960〜2008年頃の曲線は読み取りづらいですが、実測された気温データと、新手法による予測結果を併せて示したものだと思います。過去の気候について「予測」と呼ぶのは変ですが、予測と同じ手法による計算結果のはずです(つまり、予測開始時点以降の実測データは使わない=「知らない」ことにする)。ちなみに業界用語では、過去の変動を再現しようとする実験を「ハインドキャスト (hindcast)」と呼ぶことが多いです(事前の「予報」「予測」を意味する "forecast" をもじってできた言葉なのでしょう)。

前回のブログのコメント欄では、pekohさんから、気候モデルの予測精度の検証の方法のひとつとして「ハインドキャスト」があるというご指摘がありました。上のグラフを見る限りでは、ハインドキャストがうまくいったのかどうか判断できませんが、記事中では2005〜2008年の計算結果について「観測値とよく一致」と紹介されており、成功しているという認識のようです。

ところで、UK Met Officeのウェブサイトでも、気候の近未来予測についてのプレス発表があったのでリンクを張っておきます。こちらでは、2008年に比べて2009年の方が少し高温になると予想しているようです。
"2009 is expected to be one of the top-five warmest years on record ..."

先日のコメント欄で、「21世紀の全球平均気温がIPCC予測よりも低い理由」について私が思うところを書くつもり、と予告していました。まず、基礎的な認識としては、2007年のIPCC第4次評価報告書で用いられた将来気候の予測では、近未来予測のような初期条件の作り方は採用していませんでしたので、気候システムに内在する自然変動のタイミングは合わなくても当然です(もし合っていても、それは偶然にすぎない)。そして、多数のシミュレーション結果の平均(業界用語で「アンサンブル平均」)をとると、自然変動はならされて目立たなくなってしいます。

また、一般論として、実際に起きた気候変動を「後付け」の理由で説明することは、事前に予測することに比べればずっと容易だと思います。例えば、1998年のエルニーニョ現象は観測史上最大規模で、海面水温のみならず陸上の気温をも顕著に上昇させる効果があったため、それ以降の年は少しくらい高温でも目立たなくなってしまったという事実を指摘できます。それ以外にも気候システムに内在する自然変動としては、PDO(太平洋の十年規模振動)やAMO(大西洋の数十年規模振動)といった現象が知られており、これらを組み合わせることにより、IPCC第4次評価報告書で示された「アンサンブル平均」よりも低温となった理由のかなりの部分を説明できるでしょう(未確認ですが・・・)。

いずれにしろ、今後、各国の研究グループが近未来予測に関する検証作業を進めていく中で、気候モデルによる10年規模の気候変動の表現がどの程度の信頼性を持つものかが明らかになっていくでしょう。

念のため補足しますと、10年規模の近未来の自然変動がどれほど予測可能なのかよく分かっていないのに、なぜ100年程度先の気候シミュレーション結果には(不確実性の幅の範囲ですが)ある程度の自信を持っているかというと、想定される自然変動の大きさに比べて、人為起源の強制力(例えばCO2濃度が450ppm超の場合)の大きさが圧倒的になると考えているからです。

近未来予測については、もう少し紹介したいこともあるのですが、それはまた次回ということで。

吉村じゅんきち


地球寒冷化、はじまる???

こんばんは、じゅんきちです。先日の日経新聞(2009年2月2日付 朝刊)科学面に「地球の気候 当面『寒冷化』」と題した、ちょっと不思議な記事が載りました。私なりの解釈をまじえて紹介すると、

◇最近約10年間に観測された地球の平均気温には上昇傾向が見られず、2008年の平均気温は21世紀に入ってから最低を記録した。
◇2007年のIPCC第4次評価報告書に掲載されている複数の気候モデルシミュレーション結果を平均したグラフでは、温室効果ガス濃度上昇にともないほぼ一貫して気温が上昇を続けることになっており、実際に観測された変化傾向とは異なっている。
◇シミュレーション結果と違う傾向が出現した原因としては、太平洋10年規模振動(PDO)と呼ばれる現象に代表されるような、気候システムに内在する自然変動による低温現象が有力視されている。
◇当面、地球の気温は寒冷化に向かう(あるいは横ばいになる)可能性があるが、その後は、(IPCCの長期的な見通しが正しければ)再び温暖化傾向が現れることになるだろう。IPCCに参加する研究者は、自然変動の発生時期を考慮に入れた近未来予測にも乗り出している。

というような内容です。こうやって要約してみると、自然現象と人為的影響の両方を慎重に考慮しなければならないという気候科学の常識に合致しており、まともな科学ニュースのように見えます。しかし、この記事をよく読んでみると、何だかとても奇妙なのです!!

コメントがおかしい・・・

記事本文の横に「専門家の見方」として、江守正多氏(国立環境研)と赤祖父俊一氏(アラスカ大学名誉教授)のコメントが載っています。江守さんのコメントでは、IPCC報告書に載った将来気候のシミュレーション結果では平均操作のために自然変動がならされてしまい直線的な上昇を示すので、最近の観測データと食い違って見えるが、IPCCの予測が外れたとの批判は当たらない、といった的確な解説が述べられています。しかし、赤祖父先生のコメントは、率直に言うととても乱暴な議論で、有力な全国紙である日経新聞に掲載すべき水準ではありません。とくに、「IPCCは予測の誤りを認め、直ちに公表すべきではないか」という一節は明らかに変です。そもそもIPCC第4次評価報告書に載っているのは10年規模の近未来予測を意図したものではありませんし、IPCCでは査読付き科学論文を根拠として評価をおこなうことになっているのですが、「予測の誤り」を指摘するような論文は私が知るかぎり皆無で、誤りを認めなければならない理由はありません。ですので、もし何かの手違いで赤祖父先生がIPCC議長に就任するようなことがあったとしても、予測の誤りを認めるような報告書を発表することは不可能なのです!!

日経の記者さんは、温暖化論者と懐疑論者のコメントを並べてバランスを取ったつもりなのでしょうが、ちょっとお粗末と言わざるをえません。赤祖父先生の主張のうち、論拠が不明確な部分については、記者さんはプロとしての責任を持って、突っ込んで問いただすべきです。もし、それでも明確な論拠を聞き出すことができないのであれば、その部分のコメントはボツにするしかありません。

念のため補足しておきますが、赤祖父先生はオーロラの研究では世界的権威の高名な学者で、ご専門の分野では研究者として素晴らしい活躍をしてこられた方です。ただ、今回のコメントを含め、地球温暖化に対する懐疑的な議論については、根拠不明確な主張が多い、と言わざるをえません。

取材源の秘匿!?

ジャーナリストにとって取材源秘匿の権利は大事な原則のひとつだそうですが、いくらなんでも科学ニュースで専門家の見解を報じる際には、取材源を隠さなければならない理由はないはずです。しかし、今回の記事では「専門家の間で気候は当分寒冷化に向かうとの見方が強まってきた」「気温低下の原因として専門家が有力視しているのが、海の自然変動の影響」といった記述があるのに、その「専門家」というのが誰のことかがまったく書かれていないのです! 観測された全球平均気温とIPCCによる将来予測を重ねたグラフについても、出所が示されていません。たぶん「匿名の専門家」の助言にもとづいて日経の社内で作った図ということなのでしょうが、故意に曖昧にしているようです。日経のデスクさんは、なぜこんな怪しげな記事を載せることを認めたのでしょうか。

短期的な気候変動では自然要因も重要である、という点については専門家の総意と言えますが、「当分寒冷化に向かうとの見方」を表明している気候科学の専門家が本当にいるのかどうかは不明です。まさか気候科学の専門家ではない人に取材して書いた記事ではあるまいか、と邪推してみたくもなります。

世紀の低温記録!?

この記事では、大きい白抜きの活字で「昨年の気温、21世紀で最低」と書かれています。しかし、2001〜2008年という8個のデータ中、たまたま2008年の数値が最低だったからといって、科学的な観点ではニュースバリューはありません。1990年代後半から平均的にはずっと高温の状態が続いている、という事実の方がはるかに意味のある情報です。気象庁の最新データでも、2008年の世界平均気温は歴代10位(1891年の統計開始以降)に入る高さになっています(リンク)。ちなみに、陸域のみの地上気温データを用いた場合は、歴代8位(1880年の統計開始以降)の高さになります(リンク)。

ラジオで武田邦彦氏が「寒冷化うんぬん」と述べていたというのも、これと似たような話かもしれませんね。

綾波シンジさんのブログで「温暖化はとまった?のか?」と題して、自然変動(PDO)と全球平均気温との関係を探った興味深い記事がありますので、リンクしておきます(問題提起編説明編)。

では、また。

吉村じゅんきち
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