気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2010年04月

気候変動研究者による名誉毀損訴訟

気候変動研究者が、新聞社とその編集者・記者などが自分の名誉を毀損したとして、訴訟を起こしました。カナダの話です。情報源はDesmog Blogというブログの記事Climate Scientist Sues National Post (2010年4月21日)で、ここに訴状および弁護士のウェブサイトへのリンクがあります。これをざっと読んだので、速報的にお知らせします。さらに情報がはいったらこのページは書きかえるかもしれません。

2月20日の記事「いわゆるClimategate事件、渡辺(2010)への反論(3)」で話題にしましたが、雑誌『化学』の2010年3月号の渡辺正さんによる「時評」の最後近くで、渡辺さんは「カナダの気候研究者ウィーバー(Weaver)氏が『IPCCのパチャウリ議長は辞任するべきだ』と言った」という趣旨のことを伝えています。その出典は1月27日のNational Postという新聞の記事です。調べてみるとこれは「Climate agency going up in flames」という表題のTerence Corcoran氏の署名入り記事です。(Corcoran氏はeditor兼columnistだそうなので、日本の新聞社ならば「編集委員」というところでしょう。) ところが、ウィーバー氏はそのようなことを言わなかったそうです。そして、2月20日の記事でも紹介したように、Foot氏による同様な記事がのった地元のTimes Colonistという新聞には1月29日にウィーバー氏自身の文章をのせてもらうことができました。またEdmonton Journalのウェブサイトにはほぼ同じものが1月31日づけで出ています。しかしNational Postでは、訂正の機会が与えられなかったようであり、しかも今(4月25日)も検索できる1月31日から2月1日の複数の記事で「ウィーバー氏がパチャウリ議長の辞任を要求している」ことが事実として扱われています。(これらの記事の論調はIPCCをこきおろすものであり、IPCCのうちわの人であるウィーバー氏による批判がその根拠のひとつとされています。)

このほかにも、National Postの記事、とくにCorcoran氏によるものには、ウィーバー氏によれば、自分が言わなかったことを言ったかのように伝えたり、自分が意図しないことを意図しているとみなして非難しているものがあいついだので、名誉毀損とみなして訴訟を起こすことにしたのだそうです。

背景として、カナダには(アメリカ合衆国と同様に)地球温暖化を否定しようとする宣伝機関がいくつも活動しているという事情があります。日本とはだいぶ状況が違うと思います。この件はDesmog Blogの主催者であるHoggan氏の本「Climate Cover-Up」に詳しく書かれており、わたしは読書ノートで紹介しました。また、カナダの新聞社の多くが保守系あるいは市場原理主義のイデオロギーの強い人に支配されているという事情もあるようです。この件はGutstein氏の本「Not a Conspiracy Theory」に詳しく、わたしは別のブログで読書メモとして紹介しました。

なお、National Postのウェブサイトはブログのようになっていて、記事に読者がコメントをつけることができます。ウィーバー氏は、このコメント欄でのウィーバー氏への誹謗中傷も訴訟の対象としています。匿名の書きこみの責任を問うことはむずかしいと思いますが、公開の場にふさわしくない書きこみを容認あるいは放置したウェブサイト管理者の責任を問うつもりなのかもしれません。確かに、科学者への嫌悪を強めた要因として、新聞記事自体とともに、もっと激しいことばを含んだコメント欄の働きは無視できないように思われます。しかし、この名誉毀損が判例として確立すると、違った文脈でもブログ運営者の管理責任追及がきびしくなる心配もあり、ウィーバー氏に好意的であってもこの部分の訴えかたには反対する人もいるようです。

[2010-04-27追記] またウィーバー氏は訴えのうちで、新聞社のウェブサイトから個人ブログなどにコピーされている内容の名誉棄損部分も取り消させることも求めています。これは実現困難だと思いますが、誤報にはその先にも責任があるという原告側の主張としては理解できます。

masudako

いわゆるClimategate (クライメートゲート)とIPCCへの批判、渡辺正氏の「時評」続編について

前に3回にわたって論評した(その第1回にリンクしておきます)渡辺正さんの「時評」の続編が出ました。
* 渡辺 正, 2010: 続・Climategate 事件 -- 崩れゆくIPCC の温暖化神話。化学, 2010年5月号, 66 - 71. (雑誌のウェブサイトで読めます。ただしFlashが必要。)

== 「気温データは闇のなか?」 ==
--- 都市といなか ---
まず、アメリカのNCDC (国立気候データセンター)の上部組織はNASAではなくNOAAです。

次に、文献「5)」
* B.R. Long, 2010: Contiguous U.S. Temperature Trends Using NCDC Raw and Adjusted Data for One-per-State Rural and Urban Station Sets. SPPI Original Paper (27 February 2010). [このリンク先にPDFファイルがある]
は、査読済み論文ではありません。発行元のアメリカのScience and Public Policy Instituteというのは、シンクタンクに分類されると思いますが、温暖化懐疑論の宣伝をする団体と言ってよいと思います。

この文献の論評は、このブログ記事のコメント欄にありました。
Zeke Hausfather氏が、世界の気温データセット(GHCN)に収録されたアメリカ合衆国48州の「都市」と「いなか」の観測点の補正なしのデータを全部使って面積の重みを考慮して集計してみると、両者の差はほとんどないのです。Long氏の採用した地点のデータを使ってみると確かに渡辺さんが図1(a)として引用している図と同じ結果になりますが、これはLong氏が「いなか」の地点を作為的に選択したからにちがいないと推測されます。
Hausfather氏は温暖化は起きていると考えていますが、このBlackboardというブログは、温暖化懐疑論者も参加して、議論がなんとかかみあっている、おもしろいところです。

---「不可解な内容」---
ここにあげられたメールは研究の現場のありのままを述べたもので、陰謀などではありません。

まずNCDCのピーターソン(Peterson)氏のメールです。世界の気候データの一部は公開されていますが、全部がそうではないのです。アメリカ合衆国以外の多くの国は、データを提供する際に再配布制限をつけることが多いのです。公開されたデータだけでわかることよりももう一段精密に調べようと思う研究者は、制限つきでもデータを出してもらうように各国に交渉します。ピーターソン氏が扱っているデータには、NCDCのサービス業務として扱っている公開のもののほかに、研究者として使っている制限つきのものがあるのです。

もとのデータの公開は望ましいのですが、それを研究者に義務づけても逆効果(研究が止まって、もとデータも成果も出てこない)で、制限をつけている諸国の政府に対して要請するべきことです。

最近、イーストアングリア大学が依頼したCRUの研究活動に関する調査のうちひとつ(あとで始まったほう)の報告が出たそうですが(大学の報道発表, ガーディアン紙の報道)、その委員たちはこの事情を理解した議論をしており、イギリス政府にもデータを有料とする政策とデータを公開する政策との間の矛盾があることも指摘しています。

それから、CRUの「ハリー」ことHarris氏のメールです。世界のデータをそろえるには、いろいろな経路で集められたものをいっしょにする必要があります。気温などの観測値に付属していてほしい補助情報が不備なことはよくあります。人間社会のつごうで観測所が移転することがときどきありますが、その情報が観測データといっしょに伝えられなかったり、遅れて伝わったりします。一見同じと思われる地点が同じか違うかは、人が時間をかけて、観測値そのものをよく見たり、さらに地点履歴情報を集めたりして、検討する必要があります。こういう職人仕事ができる人を確保していることこそ、CRUの仕事が高く評価されてきた理由なのです。

== 「IPCCgatesあれこれ」 ==
CRUの事件と違って、ここで論じられているIPCCの報告書への批判が、ウォーターゲート事件に似ているようには思われないのですが....

IPCC第1部会の話題は科学が答えられることを中心に構成されていますが、第2部会の話題は社会から答えを期待されているものを中心に構成されており、不確かさが大きいのを承知でわかった範囲のことがらをまとめた部分もあることを認識しておく必要があると思います。

--- 「Amazongate」 ---
アマゾンの森林の脆弱性の件はややこしい話です。[別のブログの記事]として書きました。

IPCC第4次報告書(AR4)の第2部会の部の参考文献としてWWFとIUCNの報告書があげられていたところは、根拠として査読済み論文にもなっているNepstad氏たちの研究があるそうです。専門家の多くの見解が一致しているかどうかはわたしにはよくわかりませんが、少なくともNepstad氏は、アマゾンの森林は乾燥に弱いというAR4の議論はそのままでよいと言っています。Nepstad氏たちの仕事のうち1999年にNatureに出た論文の主題は確かに火事と伐採ですが、気候の乾燥も火事の確率をふやす要因として論じられています。

人間活動の森林への影響は、第1に伐採や土地利用変化によるものでしょう。しかしそれだから気候変化を無視できるとは言えないでしょう。土地利用変化と気候変化の複合効果もあるのです。(IPCCのわくぐみでそれを論じるのはむずかしいですが。)

2010年3月に出たSamantaほかの論文は、それより前の別の人たちの論文(Saleskaほか, 2007)が「2005年の干ばつでアマゾンの森林はかえってよく茂った」と言っていたことを否定したものです(前の論文の著者は否定になっていないと言っていますが)。その論文のプレスリリース(報道発表)には「森林は乾燥に強い」という見解が含まれており(ただし「めっぽう」のような強調はありません)、それは論文の著者たちの意見であるらしいのですが、論文自体からは読み取れません。渡辺さんは論文を参考文献にあげているのですから、少なくともその要旨はよく読んでいただきたかったです。そうしたらこのような引用のしかたはできなかったと思います。

--- 「Hollandgate」---
Wikipedia英語版の「Criticism of the IPCC AR4」によれば、オランダの海面下の面積の件は、これまでの温暖化によって変化したという話ではなく、今の状態の記述です。平均海面以下は26%で、川の洪水で水没する可能性の高いところを合わせて55%なのです。オランダ政府機関が資料を作成する際に「海面下」の面積比として後者の数字を示してしまい、それをIPCCが引用したのだそうです。別に、高潮水位で水没する面積が(平均海面以下も含めて) 60%という資料もあるそうです。

--- 「Hurricanegate」---
これはIPCCでは第1部会の話題ですが、台風などの熱帯低気圧の件も、実際にややこしい話です。
渡辺さんの話題の最初の部分はこれまでの観測事実の話、終わりの部分はこれからについての予測型モデル実験の話であり、無関係ではないものの、区別して扱う必要があります。

温暖化で台風がどうなるか数値モデルで実験しようとすると、1 kmスケールの個々の積雲から1万kmスケールの地球全体までの空間スケールを同時に扱うことのむずかしさがあります。他方、観測事実からものを言うほうは、これまでの気温上昇がこれから予想される上昇よりも小さいことによる不確かさが大きいです。

これまでの事実はともかく、モデルによる将来見通しとしては、温暖化が進むと強い熱帯低気圧(台風、ハリケーン)の強さがますます強くなることは確かと言ってよいと思います。個数がどうなるかは複雑です。とくに、地域別にみてふえるか減るかは不確かです。

Landsea氏が辞任したあとTrenberth氏たちがまとめたIPCC第4次報告書の記述も、最近Nature Geoscienceに出た論文も、言っていることはあまり違わないとわたしは思います。ただしこの件はわたしは専門的に検討しておらず、ざっと読んだ印象にすぎないことをおことわりしておきます。

== 「対岸の火事?」 ==
延焼しなくてよかったのです。欧米と日本が違っているとき、いつも日本が劣っているとは限りません。昨年11月以来の英米の温暖化に関する言論が異常なのです。温暖化懐疑論のキャッチフレーズを作るのがうまい人がいて、多くのウェブサイトやマスメディアや国会議員までが乗せられてしまいました。宣伝戦となると勝てる科学者はなかなかいません。

しかし、イギリスの国会の委員会の報告や、上に述べた大学の要請による調査の報告が出て、いずれもジョーンズ氏たちの行動は不正でないと認めています。レトリックでなく論理で議論する場では、科学者の議論に理解が得られているのです。

masudako
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