気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2010年05月

「化学」に「地球温暖化の考え方」

化学同人の雑誌「化学」6月号に「時評」として「地球温暖化の考え方」という記事を書きました。
http://www.kagakudojin.co.jp/kagaku/でオンラインで読めます。ただしブラウザにFlash対応機能が必要です。

渡辺正さんの3月号・5月号の「時評」に反論したいと言ったことから始まった話でしたが、詳しい反論はこのブログに書きましたので、雑誌記事のほうでは反論は簡単にしました。地球温暖化の認識はまず理論的見通しとして発達してきたことの説明に重点をおきました。

masudako

読売新聞社説「地球温暖化 科学的な根拠の検証が急務だ」について

読売新聞(東京) 5月4日朝刊に、「地球温暖化 科学的な根拠の検証が急務だ」という社説(http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100503-OYT1T00811.htm )が出ました。

大部分はもっともだと思います。しかし、いくつか、事実関係を確認しないで書かれたのではないかと思われるところがあり、残念です。

まず、IPCCの報告書についてです。

次々に、根拠の怪しい記述が見つかっている。


英語圏の新聞などが次々に「根拠があやしい」という指摘をしているのですが、このうちには、疑いのほうの根拠があやしいものも多いです。わたしの知る限りでは、はっきりまちがいと認められたのは、ヒマラヤの氷河の将来見通しの件と、オランダの海面下の面積(現状)の記述の件だけです。

現在の報告書に対し出ている疑問の多くは、温暖化による影響の評価に関する記述だ。「ヒマラヤの氷河が2035年に消失する」「アフリカの穀物収穫が2020年に半減する」といった危機感を煽(あお)る内容で、対策の緊急性を訴えるため、各所で引用され、紹介されてきた。しかし、環境団体の文書を参考にするなど、IPCCが報告書作成の際の基準としていた、科学的な審査を経た論文に基づくものではなかった。


「ヒマラヤの氷河が2035年に消失する」という記述が、根拠のないものであり、それをのせてしまったのが失敗だったことは確かです。

他方、アフリカの農業の件は、IPCCの報告書(第2部会)の要約のアフリカのところで「いくつかの国では、天水農業における収量は、2020年までに最大50%まで減少し得る」と述べられています。「いくつかの国では」や「最大」を省略してアフリカ全体に関する数値であるかのように伝えたのは、IPCCではなくて別の人のしわざです。(危機感をあおるためか、IPCCが危機感をあおっていると非難するためか、単なる不注意だったのかはわかりません。)

また、IPCCの参考文献は、査読を経た科学論文に限っているわけではありません。環境団体の文書を参考にすること自体はルールからはずれてはいません。各国政府や民間企業による文書も使われることがあります。ただし、査読を経た科学論文以外のものを使う場合は編著者による確認が必要です。ヒマラヤの氷河の件ではこの確認ができていませんでした。
==

それから、温暖化の事実に関することです。
この10年、温室効果ガスは増える一方なのに気温は上がっていない矛盾を、温暖化問題で主導的な英国の研究者が公的に認めたのはその例だ。


[2010-05-07夜、ここから下を改訂しました。引用対象をふやしました。問Bの部分に関しては論旨を変えていないはずです。]

これはジョーンズ(Jones)さんがBBCのインタビューに答えた件http://news.bbc.co.uk/2/hi/8511670.stm だと思われます。

気温の変化傾向を論じようとするとき、対象期間が短いと、偶然見かけの変化傾向が見える可能性が高くなります。この分野で標準的とされる統計的基準を使うと、10年くらいのデータで変化傾向を論じるのはむずかしいと判断されるのです。

インタビューではまず問Aで、もっと長い期間の変化傾向の話がありました。その答えのあとにつけられた表の最後の項目として、1975年から2009年の35年間の変化傾向が正で統計的に有意であることが示されています。

それに続く部分を仮に訳してみます。

問B: 1995年から今までの間には統計的に有意な全球温暖化が見られないということに同意しますか?

答: はい。ただしそれだけのことです。わたしも1995年から2009年までの期間の変化傾向を計算しました。この変化傾向の値(10年あたり0.12℃)は正ですが、95%の有意水準で有意ではありません。この正の変化傾向は有意水準にかなり近いです。科学的な意味での統計的有意性を得ることは、長期間についてならばずっと可能性が高くなりますが、短期間ではずっと可能性が低くなります。


問C: 2002年1月から今までの間には統計的に有意な全球寒冷化が見られたということに同意しますか?

答: いいえ。この期間は1995年から2009年までよりもさらに短いです。今度は、変化傾向の値は負(10年あたり -0.12℃)ですが、統計的に有意ではありません。


「ジョーンズさんが1995年以後温暖化が止まったことを認めた」という噂は、問Bの答えの「統計的に有意な気温上昇が見られない」をだれかが「気温上昇が見られない」と伝えた記事に基づくらしいのですが、これは明らかに不適切な省略です。

「15年」でなく「10年」という話ならば、根拠は問Cの答えの変化傾向の計算値が負であることなのかもしれません。しかし、この数値は「統計的に有意ではない」ことが確認されており、しかもそのほかの議論はありません。これを「ジョーンズさんが気温が上がっていないことを認めた」と伝えるのは無理があります。

社説のいう「英国の研究者が...認めた」の根拠がこの記事だと確認したわけではないので、まとはずれでしたら、すみません。

masudako
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
  • ライブドアブログ