気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年01月

温暖化は止まった?

1970年代から地球温暖化の話題を知っている年寄りにとっては、地球温暖化とは「大気中の二酸化炭素がふえたらどうなるか」という原因から結果に向かう因果関係のことです。二酸化炭素がふえ続けていることは確かですから、地球温暖化が止まったはずはないのです。

しかし、もっと若い人や、年は上でも1988年にIPCCが発足したあとに地球温暖化に関心をもったかたにとっては、地球温暖化とは実際に温度が上がっていることをさすようですね。その立場では、全球平均地上気温が1998年以後に上がっていないとすれば「温暖化が止まった」というのももっともかもしれません。では、実際に上がっていないのでしょうか?

全球平均地上気温は直接観測可能な量ではなく、世界のいろいろな場所で観測された温度を集めて推計されたものです。どうしても不確かさを伴います。とくに、観測が乏しい地域についてどう推定するかという問題があります。ある升目の気温を求めるのに使える観測値がない場合に、たとえばイギリスのハドレーセンターとCRUの推計(HadCRUT)では、平年値(あらかじめ決めた期間の長期平均値)からの偏差が全球平均なみと考えます。アメリカのNASA GISSの推計(GISTEMP)では、まわりの観測のある升目から空間内挿します。(わたしはこの情報を伝聞に基づいて書いており正確ではないかもしれませんが、推計方法はそれぞれの研究者が論文にしているのでそれを読めばわかるはずです。たとえば J. Hansenほか, 2010, Reviews of Geophysics, 48, RG4004, GISSのこのページにPDFファイルがあります。) 観測が乏しいところのうちで重要なのは北極海で、ここの気温平年偏差は全球平均と同じとみなすよりも周囲から内挿したほうが最近は高めに出ます。GISSのほうが最近の気温上昇が大きく出るのは、意図的にしているわけではなく、このような方法の違いによるものです。

1998年は確かにそれまでと比べて異常に全球平均地上気温が高い年でした。これは前年から始まり当年の5月に急に終わった観測史上最大のエルニーニョ現象と関係がある年々変動が、1970年代以来の温暖化傾向に重なったものと考えられています。それ以後毎年「今年は1998年の記録を更新したか」を問題にする人がいます。しかし、温暖化傾向は最高記録だけで決まるものではありません。すべての年の値に直線をあてはめて考えたほうがよいでしょう。そうすると、少なくともGISTEMPを使った場合には、1998年以後のいろいろな7年以上の期間の変化傾向はいずれも増加でした(RealClimateの2008年1月11日のGavin SchmidtさんとStefan Rahmstorfさんによる記事同2009年10月6日のRahmstorfさんの記事)。これは明日香さんほかの「地球温暖化懐疑論批判」[東大IR3S叢書]の議論5でもふれました。他方、HadCRUTを使った場合には、上昇傾向は止まったように見えます。(アメリカ気象学会Bulletinの2009年8月号に出た「State of Climate 2008」という報告[NOAAのウェブサイト参照]のうちイギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分(S22-S23ページ)に気温の1999-2008年の変化傾向の線を入れた図があり、Scienceのニュース記事(Richard A. Kerr, 2009, Science, 326, 28-29)で紹介され、それを桜井邦朋さんが「移り気な太陽[わたしの読書メモ]で引用していました[この部分2011-02-11補足あり]。) なかなかむずかしいところですが、GISTEMPとHadCRUTの違いの原因は上に述べたように見当がついています。

最近、Taminoと名のるブロガーが、気温の時系列から、エルニーニョ、火山、太陽活動の影響を統計的に取り除くことを試みました(ブログ「Open Mind」の2011年1月20日の記事2011年1月21日の記事)。この方法が妥当かどうかは他の研究者による論評を見ないとわかりませんが、その結果によれば、3つの要因に伴うものを除いた気温の時系列は、HadCRUTによっても上昇傾向が続いており(上昇率は半分くらいに落ちますが)、GISTEMPによった場合は上昇率もあまり落ちていません。[2011-02-10補足,2011-02-11訂正: やはりエルニーニョ、火山、太陽、人間活動(エーロゾルを含む)の効果を分けた研究として、Lean and Rind (2009, Geophysical Research Letters)の論文があります。(数値気候モデルではなく経験的方法によるものです。) その結果の図をSpencer Weart (ワート)さんが「温暖化の発見」のウェブサイトの総論のページ(2010年5月改訂)のうしろのほうで紹介しています。]

また、HadCRUTが示すように全球平均気温の上昇傾向がしばらく止まっているとしても、もう少し長い目でみた温暖化予測型シミュレーションの変動幅のうちにおさまっていることは、江守正多さんの2009年の「日経エコロミー」のコラム(国立環境研の江守さんのページ)に示されています。

地球温暖化の因果関係を考えると、地球がエネルギーをためこむことが重要です。地上気温は、3次元の大気・水圏のうちの2次元の表面に見られた特徴にすぎません。大気・水圏の質量の大部分をしめる海洋のたくわえているエネルギーの変化に注目するべきだという考えもあります。ところが海洋内部の観測は、海面水温の観測よりもずっと乏しいので、その変化を精度よく見積もるのはむずかしいことです。

精度のよい観測として、アルゴフロートという無人観測機器によるものが2000年ごろから始まり、2003年ごろから全球をカバーするデータがとれています。それ以後の、海面から深さ700mまでのエネルギーの集計値は、明確な増減の傾向を示していません。別の観測機器を合わせて1993年から2006年までを見れば増加傾向が明らかです(J.M. Lymanほか, 2009, Nature, 465, 334 - 337)。しかし2003年以後は上昇が明確ではありません。これをもとに「温暖化は止まった」という議論をする人もいます。しかし、深さ2000mまでの集計(K. von Schuckmannほか, 2009, Journal of Geophysical Research, 114, C09007, 原稿PDF)では増加傾向があります。

なお、さらに深いところにエネルギーがたまっているという考えもあります。海洋深層の水の動きは遅いので、それに伴うエネルギー輸送はあまり速く進まないと考えられてきました。しかし最近の研究(たとえばS. Masuda [増田周平]ほか, 2010, Science, 329, 319 - 322, 海洋研究開発機構プレスリリース)で、海洋の運動に伴う力学的仕事としてエネルギーが伝わっている可能性も示唆されています。このあたりは研究の前線でまだ専門家の間でも考えがそろっていないところだと思います。

観測データの集計値の記述としては、「地球温暖化は止まった」という表現がもっともだと思われる現象も起きています。他方、原因から出発する立場では、地球温暖化が止まったとは思われません。そして、気候が温暖化傾向のほかに年々変動のゆらぎを含み、また観測値の不確かさもあることを考えると、観測された変化傾向は、地球温暖化が続いていると想定した場合にありそうな範囲からはずれてはいません。「地球温暖化は止まった」という記述を事実と認めるとしても、それは「だからもう地球温暖化は気にしなくてよい」という結論につながるような意味で正しいとは言えません。

今回の議論とは逆に「温暖化は最近加速している」という議論もあるので、次にはそれを検討してみたいと思います。

masudako

炭素循環の数値の読みかた

大気中の二酸化炭素濃度がふえていることと、化石燃料燃焼をはじめとする人間活動との関係を示すのに、次のような情報がよく引用されます。

気象庁の「海洋の炭素循環」のページの「炭素循環の模式図」。もとはIPCC第4次報告書の第1部会の巻の図7.3です。以下「炭素循環の図」とします。

気象庁の「海洋の二酸化炭素吸収量」のページにある「1980年代、1990年代および2000〜2005年の炭素収支」の表。もとはIPCC第4次報告書の第1部会の巻の表7.1です。以下「炭素収支の表」とします。

IPCCの図表と気象庁の図表では数値の桁が違っていますが、表示された数量の単位が、IPCCでは、炭素として、たまりの量は10億トン、流れの量は10億トン/年となっているのを、気象庁では1億トン、1億トン/年と変更したためです。(「炭素として」とことわったのは、二酸化炭素としての量を示す場合もあるからです。二酸化炭素としての数値は、炭素としての数値の44/12 = 約3.7倍になります。)

この図と表は、一連の仕事からとられたもので、表の「1990〜1999年」の列の数値と、図の赤い矢印につけられた数値とが対応しています。詳しくは追い追い述べます。

この図と表は、観測された数値を材料として、質量保存の法則に基づいて整理したものです。地球上の炭素の動きがすべて観測されているわけではありません。しかし、元素間の変換の量は無視できますので、炭素原子に限って質量保存の法則が成り立っていると考えることができます。地球をいくつかの箱に分けて考えたとき、ある期間にそれぞれの箱の中の炭素の質量が変化した量は、その期間にその箱が他の箱との間でやりとりした炭素の質量を受け取ったほうを正として集計したものに等しくなるはずです。この関係を使って直接観測できない質量の流れの数値の範囲を限定することができ、ほかにもいくつかの経験的関係が必要ですが、すべての箱の炭素質量の時間変化とやりとりの量を求めることができたのです。(なお、この図と表は、炭素循環のしくみについて、それぞれのたまりと流れの性質を定性的に指定してはいますが、定量的な因果関係を示すものではありません。)

炭素循環の図では、たまりの量も流れの量も、黒い字と赤い字に分けて書かれています。これは、産業革命前にはまだ人間活動の影響が小さく炭素循環は準定常状態(定常状態で近似できる状態)にあったとみなせるという考えに基づいて、現状(詳しくは1990年代の状態ですがこう呼ぶことにします)を、準定常状態を黒で、現状と準定常状態との差を赤で、分けて示しているのです。

気象庁の図の説明に「黒は自然の循環で収支がゼロであり、赤は人間活動により大気中へ放出された炭素の循環をあらわしている。」とありますが、IPCCの説明では「自然の」と「人間活動により放出された」に対応するnaturalとanthropogenicという語は引用符つきになっており、その意味づけは7.3.1節の本文で説明されています。現状から黒い字の値(自然の準定常状態)をひいたものを仮にすべて人間活動の影響とみなして赤い字で示しただけであって、「人間活動により大気に放出された炭素」を区別して追いかけているわけではないのです。2010年9月26日の記事「炭素循環の中での人為起源二酸化炭素(2) 質量収支の議論とものを追いかけた議論」の用語で言えば質量収支の議論のほうなのです。(それにしても気象庁の図の説明がこのままでは誤解がやみませんので、気象庁ウェブサイトの問い合わせフォームで、次の改訂の機会には説明を補足していただきたいとお願いしておきました。)

この図と表はどういう意味なのか、これまで、2010年9月25日の記事「炭素循環の中での人為起源二酸化炭素(1) たまりと流れ」のコメント欄などで話題にしてきましたが、そこに書ききれなくなったのでここに整理しなおしておきます。

炭素循環の図にはいくつもの箱がかかれていますが、箱でないところからも矢印がかかれているところがあります。炭素収支の表と対応させるため、箱を次のようにまとめなおしてみます。アルファベット記号は英語の頭文字と相互の区別を意識したものです。

* A=大気: 図の「大気」です。
* O=海洋: 図の「海洋の表層」「海洋の生物」「海洋の中層・深層部」の箱を合わせたものです。
* T=陸: 図の「植生・土壌・有機堆積物」と、図には箱として示されていない陸上の水(河川など)を合わせたものです。
* L=岩石圏: 図の「化石燃料」「表層の堆積物」と、図には箱として示されていない岩石圏を含めたものです。化石燃料は採掘して人が管理しているぶんも燃やすまでは岩石圏に属するとみなすことにします。

岩石の風化に伴って、二酸化炭素が大気中から吸収されることを示す矢印と、岩石圏から二酸化炭素が出てくることを示す矢印がありますが、これはいずれも陸上の水つまり「陸」の箱に加わるとします。前者は大気から陸へ、後者は岩石圏から陸への流れに含まれます。

それぞれの箱のたまりの量をS[X]とします。ただしXはA,O,T,Lのいずれかです。箱X1から箱X2への流れの量をF[X1,X2]とします。S[X]が時間とともに変化する量をdS[X]/dtのように書くことにします。また、自然の準定常状態を添え字[n]で、現状と準定常状態との差(人間活動の影響と想定されている)を添え字[m]で現わすことにします。添え字がないのは両者を分けない場合にあたります。 F[X1,X2] = F[n][X1,X2] + F[m][X1,X2]です。

それぞれの箱の炭素の質量保存は、次のように書けます。
dS[A]/dt = F[O,A]-F[A,O] + F[T,A]-F[A,T] + F[L,A]-F[A,L]
dS[O]/dt = F[A,O]-F[O,A] + F[T,O]-F[O,T] + F[L,O]-F[O,L]
dS[T]/dt = F[A,T]-F[T,A] + F[O,T]-F[T,O] + F[L,T]-F[T,L]
dS[L]/dt = F[A,L]-F[L,A] + F[O,L]-F[L,O] + F[T,L]-F[L,T]

定常状態は左辺は0だということです。準定常状態では左辺は0だとみなしますので、次の関係が成り立ちます。
0 = F[n][O,A]-F[n][A,O] + F[n][T,A]-F[n][A,T] + F[n][L,A]-F[n][A,L]
0 = F[n][A,O]-F[n][O,A] + F[n][T,O]-F[n][O,T] + F[n][L,O]-F[n][O,L]
0 = F[n][A,T]-F[n][T,A] + F[n][O,T]-F[n][T,O] + F[n][L,T]-F[n][T,L]
0 = F[n][A,L]-F[n][L,A] + F[n][O,L]-F[n][L,O] + F[n][T,L]-F[n][L,T]

炭素循環の図から数値を入れていくと、次のようになります。
陸から大気へ: F[n][T,A]=1196 [億トン(炭素)/年], F[m][T,A]=16
大気から陸へ: F[n][A,T]=1200(光合成)+2(風化)=1202, F[m][A,T]=26
海洋から大気へ: F[n][O,A]=706, F[m][O,A]=200
大気から海洋へ: F[n][A,O]=700, F[m][A,O]=222
岩石圏から大気へ: F[n][L,A]=0, F[m][L,A]=64
大気から岩石圏へ: F[n][A,L]=0, F[m][A,L]=0
岩石圏から陸へ: F[n][L,T]=2, F[m][L,T]=0
陸から岩石圏へ: F[n][T,L]=0, F[m][T,L]=0
岩石圏から海洋へ: F[n][L,O]=0, F[m][L,O]=0
海洋から岩石圏へ: F[n][O,L]=2, F[m][O,L]=0
陸から海洋へ: F[n][T,O]=8, F[m][T,O]=0
海洋から陸へ: F[n][O,T]=0, F[m][O,T]=0

ただし、F[m][T,A]とF[m][A,T]に割り当てた数値は、それぞれ、土地利用改変による正味の陸から大気への流れ、陸上生態系による吸収の現状と準定常状態の差で、ここで述べた定義ときちんと対応していません。差のF[m][T,A]-F[m][A,T]ならば対応しています。

他方、炭素収支の表は、(気象庁のページの表題との対応はあまりよくありませんが)、大気の箱に注目して、その炭素収支のうち、現状と準定常状態との差(人間活動の影響と想定されている)を示したものです。

*大気中の増加 dS[A]/dt (炭素循環の図には直接対応する数値がありません。1650がこれの過去の値の累積です。)
*化石燃料の燃焼、セメント製造による放出 F[m][L,A] (表で代表値が63、図で64となっているのは数値集計の際のまるめ誤差だと思います。)
*大気−海洋間のフラックス F[m][O,A]-F[m][A,O]
*大気−陸間のフラックス F[m][T,A]-F[m][A,T]

masudako

二酸化炭素濃度に対する気温の定常応答(平衡応答)と過渡応答、気候感度

アルゼンチンに本拠をおくFEUという団体が、地球温暖化に伴って2020年の世界の食料生産はどうなるかという気候影響評価の報告書をアメリカで発表しました[PDFファイル]。英語圏のマスメディアで、「温暖化が進むと食料不足が起きる見こみなので、温暖化防止を急ぐべきだ」という観点や、「温暖化による害を大げさに書きたてて不安をあおるのはけしからん」という観点の報道がされたようです。残念ながら、イギリスの新聞Guardian (ガーディアン)の記事が伝えているように、この報告書は、温暖化に関する科学的見通しの使いかたをまちがえていました。2020年に、大気中の二酸化炭素濃度は410 ppm、他の温室効果気体も二酸化炭素に換算した濃度は490 ppmに達するとしたところまではよいのですが、それに伴って全球平均地上気温が産業革命前を基準として少なくとも+2.4℃だけ高くなるとしてしまったのです。この数値は、温室効果気体濃度490 ppm相当に対する「定常応答」を使ってしまったようです。

[2011-01-21追記: RealClimateのGavin Schimidt (ガヴィン・シュミット)さんによる記事で指摘されていたことですが、FEUの温暖化の見積もりが大きくなりすぎた原因としては、定常応答を使ってしまったことに加えて、温室効果気体濃度490 ppm相当というエーロゾルの効果を含めない見積もりを使ってしまったことも効いています。エーロゾルの効果は複雑ですが、どちらかといえば太陽放射の反射をふやすものであり、予測も困難ですが急に減らせるとは考えにくいので、それを含めるとむしろ二酸化炭素換算410 ppmが妥当な値です。]

こういうまちがいをする人がふえてほしくないので、ここで概念の整理をしておきます。

定常応答
気候システムにとっての外部条件が一定ならば、気候システムにはいるエネルギーと出るエネルギーの量はつりあい、気候システムの保有するエネルギー量は一定値をとると考えられます。気候システムの状態量、たとえば気温は、季節変化、日周期変化、毎日の天気に伴う変化をしていますが、そういう変化を平均してしまえば、(近似としてですが)時間とともに変化しない定常状態にあると考えられます。

気候の変化を理屈から考えていくときは、まず、違った外部条件がそれぞれ長期間持続している場合に気候システムがどういう定常状態に落ち着くかを考え、その定常状態の差を与えた外部条件の違いに対する応答と考えます。現実には外部条件は時間とともに変化しますが、まず話が簡単になる定常状態から考え始めるのです。

ここでは、大気中の二酸化炭素濃度は外部条件とみなすことにします。それが与えられたとき、温度・速度・圧力・大気中の水蒸気量・海洋中の塩分などがどうなるかが気候システムの応答ですが、その代表として全球平均地上気温に注目します。真鍋さんとWetherald (ウェザラルド)さんが1967年に発表した鉛直1次元モデル実験と1975年に発表した3次元大気大循環モデル実験以来、二酸化炭素濃度「2倍」と「1倍」の条件をそれぞれ与えて気候の定常状態を求め、その全球平均地上気温の差を見ることがよく行なわれます。この数値は「二酸化炭素濃度倍増に対する定常応答」です。このような計算が数多くされた結果わかってきたことですが、全球平均地上気温の増加分はほぼ二酸化炭素濃度の対数に比例するので、「1倍」の濃度がたとえば280 ppmであっても350 ppmであっても「倍増」に対する応答の大きさはあまり変わりません。1979年に、乏しい情報から、この数値は1.5℃と4.5℃の間にあると推測されました。たまたまですが、その後の研究の進展によってもこの数値範囲は修正の必要がなさそうです。(ただしここで、水蒸気以外の大気成分、大陸氷床、植生分布は、気候システム内の変数ではなく外部条件とみなしています。)

ここで「定常応答」と表現しましたが、むしろ「平衡応答」(英語ではequilibrium response)のほうがよく使われる用語です。この「平衡」は気候システムのエネルギーの出入りがつりあっていることであって、エネルギー保存の式の時間変化項が0であることとも言えますが、熱力学用語で言えば、熱平衡(熱力学的平衡)ではなく、非平衡定常状態です。わたしは熱平衡とまぎれるのを避けるために「定常」という表現をしますが、世の中で「平衡応答」という用語が使われている場合は、熱力学から見てまちがいだと怒ったりしないで、気象学を勉強してきた人の方言のようなものとして読みかえて理解してくださるようお願いします。

過渡応答
実際には外部条件が時間とともに変化します。それに対する気候システムの応答を過渡応答(英語ではtransient response)といいます。もし気候システムが外部条件の変化に即時に応じるのならば、過渡応答は各時点の定常応答をつないだものになります。しかし実際には遅れがあります。二酸化炭素濃度の変化に対して、気温の変化は定常応答をつないだものより遅れて変化するのです。それは、ふろおけモデルの記事で述べたように、二酸化炭素濃度の変化に伴って変化するのはエネルギーの流れであるのに対して、平均気温はエネルギーのたまりに伴う量だからです。気候システムの中で大気と海洋は常にエネルギーを交換しており、海洋のほうが質量が桁違いに大きいので、ここで重要になるたまりは海洋の内部エネルギーです。

二酸化炭素濃度に対する過渡応答の古典的な数値実験として、Spelman (スペルマン)さんと真鍋さんが1984年に発表したものがあります。大気海洋結合大循環モデルを理想化した海陸分布のもとで動かしました。まず二酸化炭素濃度「1倍」と「4倍」を与えてそれぞれの定常状態を計算します。二酸化炭素濃度4倍増に対する定常応答がわかります。次に、現実にはありえないことですが、「1倍」の実験の途中で突然二酸化炭素濃度を4倍にして、その後の経過を追います。すると気温は、陸と海では陸のほうがやや早く変化しますが、平均して30年後に定常応答の約70%に達します。大気の対流圏と、海洋の表面から深さ約500メートルくらいまでがほぼ同じように定常応答に近づきます。海洋のもっと深いところの暖まりかたはずっとゆっくりしていて、千年くらいかかって定常応答に近づくようです。

この実験はいろいろな点で現実と違いますが、現実にも、「海洋表層の熱容量のために過渡応答は定常応答よりも数十年遅れる」ということが成り立っていると考えられています。なお、流れとたまりの関係を考えればわかると思いますが、遅れると言っても、二酸化炭素濃度の時系列の形が一定の時間だけ遅れて気温に現われるわけではなく、時間軸上でなめらかにされたような形で効いてきます。(また、気温の時系列にはそれに関係のない変動も混ざるでしょう。)

今では多くの研究機関が共通の濃度シナリオに対する過渡応答の計算をしています。たとえば、IPCC第4次報告書第1部会の巻の図10.26には、複数のシナリオについて、上のほうに与えた二酸化炭素その他の濃度、下のほうに得られた全球平均地上気温(複数の数値モデルを使っていることによる幅をもつ)が示されています。FEUがしたような気候影響評価には、このような計算結果(この図という意味ではなくもっと詳しい情報)から2020年付近の10年間ぐらいのところを読み取って使うべきだったのでした。

気候感度
さて、「気候感度」(英語ではclimate sensitivity)ということばもよく使われます。本来は、気候システムが外部条件の変化に対してどれだけ敏感に変化するかという意味です。

今では、とくにことわらなければ、二酸化炭素倍増に対する定常応答をさすことが多くなっています。

昔はそうではありませんでした。わたしが書いて1993年に発表した文章[2011-03-31リンク先変更] (阿部彩子さんと共著で日本気象学会の「気象研究ノート」に出た文章の一部)では、気候感度の数値は、太陽放射の強さ(いわゆる太陽定数)が1%変化したら全球平均気温がどれだけ変わるかをさしています。これはRamanathanさんとCoakleyさんが1978年に出した解説の表現にならったものです(「気象研究ノート」には違う文献をあげてしまいましたが)。

今でも、「二酸化炭素濃度に対する気候感度は太陽定数に対する気候感度とほぼ同じであるはずだ」といった議論をすることがありますが、その場合の気候感度は、対流圏界面(対流圏と成層圏の境)での下向き放射エネルギーフラックス密度の違いに応じた全球平均地上気温の違いをさします。

masudako
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