1970年代から地球温暖化の話題を知っている年寄りにとっては、地球温暖化とは「大気中の二酸化炭素がふえたらどうなるか」という原因から結果に向かう因果関係のことです。二酸化炭素がふえ続けていることは確かですから、地球温暖化が止まったはずはないのです。
しかし、もっと若い人や、年は上でも1988年にIPCCが発足したあとに地球温暖化に関心をもったかたにとっては、地球温暖化とは実際に温度が上がっていることをさすようですね。その立場では、全球平均地上気温が1998年以後に上がっていないとすれば「温暖化が止まった」というのももっともかもしれません。では、実際に上がっていないのでしょうか?
全球平均地上気温は直接観測可能な量ではなく、世界のいろいろな場所で観測された温度を集めて推計されたものです。どうしても不確かさを伴います。とくに、観測が乏しい地域についてどう推定するかという問題があります。ある升目の気温を求めるのに使える観測値がない場合に、たとえばイギリスのハドレーセンターとCRUの推計(HadCRUT)では、平年値(あらかじめ決めた期間の長期平均値)からの偏差が全球平均なみと考えます。アメリカのNASA GISSの推計(GISTEMP)では、まわりの観測のある升目から空間内挿します。(わたしはこの情報を伝聞に基づいて書いており正確ではないかもしれませんが、推計方法はそれぞれの研究者が論文にしているのでそれを読めばわかるはずです。たとえば J. Hansenほか, 2010, Reviews of Geophysics, 48, RG4004, GISSのこのページにPDFファイルがあります。) 観測が乏しいところのうちで重要なのは北極海で、ここの気温平年偏差は全球平均と同じとみなすよりも周囲から内挿したほうが最近は高めに出ます。GISSのほうが最近の気温上昇が大きく出るのは、意図的にしているわけではなく、このような方法の違いによるものです。
1998年は確かにそれまでと比べて異常に全球平均地上気温が高い年でした。これは前年から始まり当年の5月に急に終わった観測史上最大のエルニーニョ現象と関係がある年々変動が、1970年代以来の温暖化傾向に重なったものと考えられています。それ以後毎年「今年は1998年の記録を更新したか」を問題にする人がいます。しかし、温暖化傾向は最高記録だけで決まるものではありません。すべての年の値に直線をあてはめて考えたほうがよいでしょう。そうすると、少なくともGISTEMPを使った場合には、1998年以後のいろいろな7年以上の期間の変化傾向はいずれも増加でした(RealClimateの2008年1月11日のGavin SchmidtさんとStefan Rahmstorfさんによる記事、同2009年10月6日のRahmstorfさんの記事)。これは明日香さんほかの「地球温暖化懐疑論批判」[東大IR3S叢書]の議論5でもふれました。他方、HadCRUTを使った場合には、上昇傾向は止まったように見えます。(アメリカ気象学会Bulletinの2009年8月号に出た「State of Climate 2008」という報告[NOAAのウェブサイト参照]のうちイギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分(S22-S23ページ)に気温の1999-2008年の変化傾向の線を入れた図があり、Scienceのニュース記事(Richard A. Kerr, 2009, Science, 326, 28-29)で紹介され、それを桜井邦朋さんが「移り気な太陽」[わたしの読書メモ]で引用していました[この部分2011-02-11補足あり]。) なかなかむずかしいところですが、GISTEMPとHadCRUTの違いの原因は上に述べたように見当がついています。
最近、Taminoと名のるブロガーが、気温の時系列から、エルニーニョ、火山、太陽活動の影響を統計的に取り除くことを試みました(ブログ「Open Mind」の2011年1月20日の記事、2011年1月21日の記事)。この方法が妥当かどうかは他の研究者による論評を見ないとわかりませんが、その結果によれば、3つの要因に伴うものを除いた気温の時系列は、HadCRUTによっても上昇傾向が続いており(上昇率は半分くらいに落ちますが)、GISTEMPによった場合は上昇率もあまり落ちていません。[2011-02-10補足,2011-02-11訂正: やはりエルニーニョ、火山、太陽、人間活動(エーロゾルを含む)の効果を分けた研究として、Lean and Rind (2009, Geophysical Research Letters)の論文があります。(数値気候モデルではなく経験的方法によるものです。) その結果の図をSpencer Weart (ワート)さんが「温暖化の発見」のウェブサイトの総論のページ(2010年5月改訂)のうしろのほうで紹介しています。]
また、HadCRUTが示すように全球平均気温の上昇傾向がしばらく止まっているとしても、もう少し長い目でみた温暖化予測型シミュレーションの変動幅のうちにおさまっていることは、江守正多さんの2009年の「日経エコロミー」のコラム(国立環境研の江守さんのページ)に示されています。
地球温暖化の因果関係を考えると、地球がエネルギーをためこむことが重要です。地上気温は、3次元の大気・水圏のうちの2次元の表面に見られた特徴にすぎません。大気・水圏の質量の大部分をしめる海洋のたくわえているエネルギーの変化に注目するべきだという考えもあります。ところが海洋内部の観測は、海面水温の観測よりもずっと乏しいので、その変化を精度よく見積もるのはむずかしいことです。
精度のよい観測として、アルゴフロートという無人観測機器によるものが2000年ごろから始まり、2003年ごろから全球をカバーするデータがとれています。それ以後の、海面から深さ700mまでのエネルギーの集計値は、明確な増減の傾向を示していません。別の観測機器を合わせて1993年から2006年までを見れば増加傾向が明らかです(J.M. Lymanほか, 2009, Nature, 465, 334 - 337)。しかし2003年以後は上昇が明確ではありません。これをもとに「温暖化は止まった」という議論をする人もいます。しかし、深さ2000mまでの集計(K. von Schuckmannほか, 2009, Journal of Geophysical Research, 114, C09007, 原稿PDF)では増加傾向があります。
なお、さらに深いところにエネルギーがたまっているという考えもあります。海洋深層の水の動きは遅いので、それに伴うエネルギー輸送はあまり速く進まないと考えられてきました。しかし最近の研究(たとえばS. Masuda [増田周平]ほか, 2010, Science, 329, 319 - 322, 海洋研究開発機構プレスリリース)で、海洋の運動に伴う力学的仕事としてエネルギーが伝わっている可能性も示唆されています。このあたりは研究の前線でまだ専門家の間でも考えがそろっていないところだと思います。
観測データの集計値の記述としては、「地球温暖化は止まった」という表現がもっともだと思われる現象も起きています。他方、原因から出発する立場では、地球温暖化が止まったとは思われません。そして、気候が温暖化傾向のほかに年々変動のゆらぎを含み、また観測値の不確かさもあることを考えると、観測された変化傾向は、地球温暖化が続いていると想定した場合にありそうな範囲からはずれてはいません。「地球温暖化は止まった」という記述を事実と認めるとしても、それは「だからもう地球温暖化は気にしなくてよい」という結論につながるような意味で正しいとは言えません。
今回の議論とは逆に「温暖化は最近加速している」という議論もあるので、次にはそれを検討してみたいと思います。
masudako
しかし、もっと若い人や、年は上でも1988年にIPCCが発足したあとに地球温暖化に関心をもったかたにとっては、地球温暖化とは実際に温度が上がっていることをさすようですね。その立場では、全球平均地上気温が1998年以後に上がっていないとすれば「温暖化が止まった」というのももっともかもしれません。では、実際に上がっていないのでしょうか?
全球平均地上気温は直接観測可能な量ではなく、世界のいろいろな場所で観測された温度を集めて推計されたものです。どうしても不確かさを伴います。とくに、観測が乏しい地域についてどう推定するかという問題があります。ある升目の気温を求めるのに使える観測値がない場合に、たとえばイギリスのハドレーセンターとCRUの推計(HadCRUT)では、平年値(あらかじめ決めた期間の長期平均値)からの偏差が全球平均なみと考えます。アメリカのNASA GISSの推計(GISTEMP)では、まわりの観測のある升目から空間内挿します。(わたしはこの情報を伝聞に基づいて書いており正確ではないかもしれませんが、推計方法はそれぞれの研究者が論文にしているのでそれを読めばわかるはずです。たとえば J. Hansenほか, 2010, Reviews of Geophysics, 48, RG4004, GISSのこのページにPDFファイルがあります。) 観測が乏しいところのうちで重要なのは北極海で、ここの気温平年偏差は全球平均と同じとみなすよりも周囲から内挿したほうが最近は高めに出ます。GISSのほうが最近の気温上昇が大きく出るのは、意図的にしているわけではなく、このような方法の違いによるものです。
1998年は確かにそれまでと比べて異常に全球平均地上気温が高い年でした。これは前年から始まり当年の5月に急に終わった観測史上最大のエルニーニョ現象と関係がある年々変動が、1970年代以来の温暖化傾向に重なったものと考えられています。それ以後毎年「今年は1998年の記録を更新したか」を問題にする人がいます。しかし、温暖化傾向は最高記録だけで決まるものではありません。すべての年の値に直線をあてはめて考えたほうがよいでしょう。そうすると、少なくともGISTEMPを使った場合には、1998年以後のいろいろな7年以上の期間の変化傾向はいずれも増加でした(RealClimateの2008年1月11日のGavin SchmidtさんとStefan Rahmstorfさんによる記事、同2009年10月6日のRahmstorfさんの記事)。これは明日香さんほかの「地球温暖化懐疑論批判」[東大IR3S叢書]の議論5でもふれました。他方、HadCRUTを使った場合には、上昇傾向は止まったように見えます。(アメリカ気象学会Bulletinの2009年8月号に出た「State of Climate 2008」という報告[NOAAのウェブサイト参照]のうちイギリスのハドレーセンターのKnightさんたちによる部分(S22-S23ページ)に気温の1999-2008年の変化傾向の線を入れた図があり、Scienceのニュース記事(Richard A. Kerr, 2009, Science, 326, 28-29)で紹介され、それを桜井邦朋さんが「移り気な太陽」[わたしの読書メモ]で引用していました[この部分2011-02-11補足あり]。) なかなかむずかしいところですが、GISTEMPとHadCRUTの違いの原因は上に述べたように見当がついています。
最近、Taminoと名のるブロガーが、気温の時系列から、エルニーニョ、火山、太陽活動の影響を統計的に取り除くことを試みました(ブログ「Open Mind」の2011年1月20日の記事、2011年1月21日の記事)。この方法が妥当かどうかは他の研究者による論評を見ないとわかりませんが、その結果によれば、3つの要因に伴うものを除いた気温の時系列は、HadCRUTによっても上昇傾向が続いており(上昇率は半分くらいに落ちますが)、GISTEMPによった場合は上昇率もあまり落ちていません。[2011-02-10補足,2011-02-11訂正: やはりエルニーニョ、火山、太陽、人間活動(エーロゾルを含む)の効果を分けた研究として、Lean and Rind (2009, Geophysical Research Letters)の論文があります。(数値気候モデルではなく経験的方法によるものです。) その結果の図をSpencer Weart (ワート)さんが「温暖化の発見」のウェブサイトの総論のページ(2010年5月改訂)のうしろのほうで紹介しています。]
また、HadCRUTが示すように全球平均気温の上昇傾向がしばらく止まっているとしても、もう少し長い目でみた温暖化予測型シミュレーションの変動幅のうちにおさまっていることは、江守正多さんの2009年の「日経エコロミー」のコラム(国立環境研の江守さんのページ)に示されています。
地球温暖化の因果関係を考えると、地球がエネルギーをためこむことが重要です。地上気温は、3次元の大気・水圏のうちの2次元の表面に見られた特徴にすぎません。大気・水圏の質量の大部分をしめる海洋のたくわえているエネルギーの変化に注目するべきだという考えもあります。ところが海洋内部の観測は、海面水温の観測よりもずっと乏しいので、その変化を精度よく見積もるのはむずかしいことです。
精度のよい観測として、アルゴフロートという無人観測機器によるものが2000年ごろから始まり、2003年ごろから全球をカバーするデータがとれています。それ以後の、海面から深さ700mまでのエネルギーの集計値は、明確な増減の傾向を示していません。別の観測機器を合わせて1993年から2006年までを見れば増加傾向が明らかです(J.M. Lymanほか, 2009, Nature, 465, 334 - 337)。しかし2003年以後は上昇が明確ではありません。これをもとに「温暖化は止まった」という議論をする人もいます。しかし、深さ2000mまでの集計(K. von Schuckmannほか, 2009, Journal of Geophysical Research, 114, C09007, 原稿PDF)では増加傾向があります。
なお、さらに深いところにエネルギーがたまっているという考えもあります。海洋深層の水の動きは遅いので、それに伴うエネルギー輸送はあまり速く進まないと考えられてきました。しかし最近の研究(たとえばS. Masuda [増田周平]ほか, 2010, Science, 329, 319 - 322, 海洋研究開発機構プレスリリース)で、海洋の運動に伴う力学的仕事としてエネルギーが伝わっている可能性も示唆されています。このあたりは研究の前線でまだ専門家の間でも考えがそろっていないところだと思います。
観測データの集計値の記述としては、「地球温暖化は止まった」という表現がもっともだと思われる現象も起きています。他方、原因から出発する立場では、地球温暖化が止まったとは思われません。そして、気候が温暖化傾向のほかに年々変動のゆらぎを含み、また観測値の不確かさもあることを考えると、観測された変化傾向は、地球温暖化が続いていると想定した場合にありそうな範囲からはずれてはいません。「地球温暖化は止まった」という記述を事実と認めるとしても、それは「だからもう地球温暖化は気にしなくてよい」という結論につながるような意味で正しいとは言えません。
今回の議論とは逆に「温暖化は最近加速している」という議論もあるので、次にはそれを検討してみたいと思います。
masudako