気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年03月

「MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説」は改訂版を見よ

表題の記事を参照したいかたは、必ず改訂版[英語オリジナルサイトはここ]をごらんください。

[2011-03-17 追記] 改訂版のarc@dmzさんほかによる日本語訳MIT原子力理工学部による改訂版・福島第一原発事故解説があります。

[注(2011-03-16): 改訂版(英語)のページにJapaneseと書かれたリンクがありますが、その先にあるのは旧版の日本語訳です。改訂版の内容になっていないのでご注意ください。 2011-03-18 これはなくなりました。]

***

Brave New Climateというブログがあります。オーストラリアのBarry Brook (ブルック)さんがやっています。地球温暖化問題を論じるウェブ上のグループでの評判では、地球温暖化の科学の理解はしっかりしているそうです。しかし主題はむしろ温暖化問題を解決する手段で、そのうちでも原子力をひいきしていることが特徴となっているブログです。

3月11日に起きた東北日本の地震に伴う福島の原子力発電所の事故についても、Brookさんはさっそくとりあげています。参考になりますが、ちょっと楽観しすぎているのではないかと感じられるところもありました。

とくに、13日に投稿されたFukushima Nuclear Accident - a simple and accurate explanationという記事は、確かにわかりやすそうなので読んでみたくなりますし、山中翔太さんによる日本語訳「福島原発事故-簡潔で正確な解説」(PDFファイル)も置かれています。これは、アメリカのMIT (マサチューセッツ工科大学)の研究員のJosef Oehmen (ドイツ語圏の出身なのでヨーゼフ・エーメンと読むのでしょう)博士による文章をそのまま紹介したものです。
[注(2011-03-17): その後、Brookさんのブログの上記記事は改訂版の内容にさしかえられたようです。その記事からリンクされた山中さんの日本語訳はversion 3になり基本は旧版の訳ですが改訂版にもふれられています。]

ところがこの記事について、温暖化問題を論じるウェブ英語圏のあるグループのメンバーが、あまり正確でないようだと言っていました。Oehmenさんは工学系の博士ではあるが原子力が専門ではないことも指摘していました。

わたしは原子力についての専門知識はありませんが、ざっと読んでみて、外にもれる放射性物質のうちセシウムとヨウ素の量はわずかでありその他のものは短時間で消えるとしているところなどはまずいと思いました。

上記グループの情報でOehmenさんのウェブページがわかりましたがそれは著作リストでした。著作の表題にはリスク管理というキーワードが使われてはいますが、ものづくり企業が材料供給を確実に得るしくみなどを研究しているようです。そのページの初めのほうに「CV」というリンクがあります。履歴書ですね。そのリンク先はLAI (Lean Advancement Initiative)という研究室のサイトのうちでOehmenさんを紹介するページですが、そこに今回の記事に関することわりがきがありました。ざっと訳してみます。[その後も少し書きかえがありましたがこれは2011-03-16現在の内容です。]

Josefは「日本の原子炉についてわたしが心配していないわけ」というエッセイの著者です。それは彼が日本にいる親族に送った電子メールでした。彼のいとこがそれを自分のブログにポストしてから、それはウィルスのように広まりました。


その投稿が引き起こした関心にこたえるとともに、時を得た正確な情報に対する明らかな需要にこたえるため、MITの人々によるチームが働いています。もとのブログ記事はMITの原子核理工学科(NSE)の教職員のチームが管理するサイトに移されました。新しく発足したMIT原子核理工学科の原子核情報ハブをごらんください。


報道機関からの問い合わせはMITの報道室(News Office)にしてください。


「原子核情報ハブ」のウェブサイトには、Oehmenさんの記事の改訂版 Modified version of original post written by Josef Oehmenもあり、さらに別の記事もあります。

最初に投稿されたMorgsatlargeというブログのOehmenさんの記事のあったところの内容は、「原子核情報ハブ」へのリンクとOehmenさんによる事情説明に置きかえられています。

ここまで見てから、ウェブの日本語圏を見てみたところ、Oehmenさんの記事を参照しているところがあちこち見られました。

Wikipedia日本語版の「福島第一原子力発電所事故」は、「専門家からの指摘」という節で、山中さんの日本語訳に基づいた記述をしていました。そのままではまずいと思いましたので、わたしが、MITの改訂版に沿って書きかえました。

また、この「気候変動・千夜一話」と同じライブドアのホストにあるA Successful Failureというブログで、LM-7さんが3月14日「MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説」という表題で山中さんとは別の日本語訳をしておられます。これもBrave New Climateにあったものに基づいているそうです。これはライブドアのブログまとめのサイトBlogosにも同じ表題の記事で出ています。いずれも、専門家のチェックがはいる前の旧版の訳です。
[以下2011-03-17改訂] 改訂版のarc@dmzさんほかによる日本語訳「MIT原子力理工学部による改訂版・福島第一原発事故解説」へのリンクが追加されました。LM-7さんも訳に参加されたとのことです。

まだ旧版の訳が出まわっています。旧版は、しろうとによる解説としてはよくできたものですが、専門家によるものではなく、いくつか不正確なところがあり、危険を軽視するほうに偏る傾向があった、ということにご注意ください。

[2011-03-29追記, 2011-03-31改訂] Oehmenさんの記事が広まってしまった件は、イギリスのNew Scientistという雑誌のサイトのFerris Jabrさんによる3月21日づけの記事でもとりあげられました。MITの大学新聞Techにも3月29日づけの記事があります。また、Brave New Climateの3月29日づけの記事として、Oehmenさん自身による、「自分がもし別人として自分の投稿を見たら信頼しただろうか」という考察Would I have believed myself?が出ています。

masudako

『パリティ』3月号の温暖化問題の企画と松田卓也さんの評論へのコメント

丸善から出ている物理の月刊誌『パリティ』で、3月号から、「温暖化問題、討論のすすめ」という企画を始めるのだそうです。

企画の趣旨はもっともだと思います。『パリティ』の対象である広い意味の物理には地球の物理を含んでおり地球温暖化のしくみもその中に当然含まれる話題ですし、社会の意思決定の中で科学はどういう役割を果たすのかという議論は必要なことだと思います。

ただし、物理の雑誌なのですから、気候のしくみが物理を基礎としてどこまでわかったのかを確認するところから始めてほしいと思います。ちょうど『パリティ』が提携しているアメリカ物理学協会(AIP)のPhysics Today』の2011年1月号にRaymond Pierrehumbert (ピエールハンバート)さんによる解説「Infrared radiation and planetary temperature」(赤外放射と惑星の温度)が出ています(Physics Todayの記事は有料ですが、著者のウェブサイトの著作リストのページも参照)。これは、著者が昨年末に出したばかりの専門教科書 Principles of Planetary Climate [わたしの読書メモ]の要点でもあり、地球に限らず惑星の大気の温度がどう決まるかに関しての、力のはいった解説です。『パリティ』にはぜひこれの日本語訳をのせてほしいと思います。このところPhysics Todayからの翻訳記事は1年くらい遅れてのるようですが、これはなるべく早くしてほしいと思います。急いだために内容が不正確になっても困りますが。

企画の第1回(3月号53-57ページ)は、宇宙物理学者の松田卓也さんによる「地球温暖化と現代科学の問題点」という記事です。松田さんは「ジャパン・スケプティックス」の会長でもあるそうです。この会は「超自然現象を批判的・科学的に究明する会」で、ここでのskepticsは、世の中に広まっている超能力やUFOなどに関する話に対して懐疑的であることをさします。(蛇足ながら、温暖化に対する懐疑を主な主張とする団体ではありません。) また松田さんが神戸大学の教授だったころのウェブページには、「松田卓也が斬る」という疑似科学批判のページがあり、超能力やUFOの話題のほか、「相対論はまちがっている」という主張に対して科学ではなく疑似科学だという判断をくだしています。

今回松田さんはおもに、松田さんの表現によれば「気候ゲート」、つまり2009年11月のイギリスのイーストアングリア大学(UEA)のCRU(気候研究所)の電子メール暴露を話題にしています。暴露事件ではなくて暴露された電子メールに書かれていたことのほうです。(「ゲート」がウォーターゲート事件になぞらえたものだとすると、これは盗聴の標的となった民主党職員の言動をあげつらうことにあたるでしょう。)

暴露されたメールに見られるCRUのJones (ジョーンズ)さんやアメリカのMann (マン)さんの温暖化懐疑論者に対する論評は、松田さんの「こりない紳士たち」という文章の「相対論は間違っているという疑似科学」に対する論評とそっくりです。彼らは一般の人むけの解説を書くけれども、査読済みの論文を出していない、あるいは出していてもその学術雑誌では査読がしっかり行なわれているかどうかあやしい、したがって科学の知見として彼らの言うことは重視しなくてよい、という理屈です。2005年にMcIntyre (マッキンタイア)とMcKitrick (マッキトリック)の論文の一つが地球物理の学術雑誌Geophysical Research Lettersに出たあとは、この論法は形式的には成り立たなくなり、論文の中身に踏みこんだ評価が必要になります。しかしそれ以前のJonesさんたちのMcIntyreさんたちに対する態度に関する限り、松田さんは当然賛同されるだろうとわたしには思えました。

ところが松田さんは逆に、Jonesさんを含む、松田さんの表現によれば「正統派」の気候科学者に、疑似科学の疑いをかけているのです。わたしもその「正統派」の一員とみなされていると思うので、反論しないわけにいきません。

松田さんはJonesさんたちの行動を「現代科学の基本的なモラルを踏みにじっている」と決めつけていますが、その判断材料として、Mosher (モシャー)・Fuller (フラー)の『Climategate』という本 (日本語版が『クライメートゲート事件』として出ているものの英語原本)[わたしの読書ノート]の著者たちの解釈をそのまま事実とみなしているようです。しかし、この著者たちは科学者とコミュニケーションしないまま勝手に解釈しているので、かなりのかんちがいがあります。直接この本に対するものではありませんが、渡辺正さんによる『化学』2010年3月号の評論に対する反論としてわたしがこのブログに書いたもの(1)(2)(3)をごらんください。またこの事件に関しては、日本語訳はまだありませんが、Fred Pearce (ピアス)さんによる『Climate Files』という本[わたしの読書メモ]も出ています。わたしはPearceさんの解釈にもすべて賛成するわけではありませんが、Mosher・Fullerの本に比べればだいぶもっともだと思います。

Jonesさんたちの行動については、イギリス国会の委員会をはじめいくつかの調査がされました。別のブログ記事に一覧にしておきました。基本的に科学者倫理に反するようなことはなかった、という評価になっています。ただし情報公開法によるデータ請求に対して消極的だったことのうち一部は(時効で法的判定がされていませんが)違反であった可能性があります。とは言っても、データ提供元(当のイギリス政府も含む)から公開しない約束でもらっていたデータもあり、公開できるものとできないものをよりわけるのもたいへんだったという事情もありました。また、Pearceさんの本に出てきますが、それ以前の一部の温暖化懐疑論者の科学者に対する非難のうちには明らかに悪意と思われるもの(1996年のFrederick Seitzさん・Fred SingerさんなどによるCRU卒業生のBen Santerさんへのいじめなど)があったので、Jonesさんたちにとっては、しつこく請求してくるMcIntyreさんたちも悪意で業務妨害をしかけているのだろうと想定したくなる不幸な経緯もありました。

次に、仮にJonesさんたちに不正があったとしても、それで気候にかかわる科学全体が大きくゆらぐわけではありません。JonesさんはIPCC第4次報告書のひとつの章の編著者でしたが、報告書全体を取りしきっていたわけではないのです。Mosher・Fullerは「チーム」が不正をしたという強い疑いを含む記述をしていますが、「チーム」はJonesさんやMannさんなどの限られた顔ぶれをさしており、気候にかかわる科学者全体をさしていません。もし「チーム」に重大な不正があるにもかかわらず気候にかかわる科学者たちが全体としてそれを許す態度をとっているとしたら確かにまずいことです。わたしはそうではなかったと思いますが、この事件をきっかけに気候に関する科学全体が疑われる可能性があるとしたら理屈はそのようなものに限られると思います。なお、Mosher・Fullerは、IPCCの言う温暖化の見通しについても、IPCCの記述よりも不確かさが大きいとは言いますが、基本から否定してはいないのです。

ところで、前にも述べましたが、温暖化懐疑論者のうちには、自分の示す材料どうしでつじつまが合わないことさえかまわず、IPCCなどの信頼をそこねることならばなんでもならべたてる人がいます(「なんでも」というのは読む側の印象であり、書く側では何かの基準を持って取捨選択しておられるのかもしれませんが)。「CRUの事件によって、温暖化するという見通しはウソであることがわかった」などという言説はそういう人たちによるものであって、それはMosher・Fullerの解釈を事実と認めたとしても裏づけられるものではありません。(松田さんの主張はそういうとんでもないものではないと思いますが、別の人のとんでもない言説の部品として使われることはありそうなので、注意しておきます。)

[この記事は、まだ、情報の追加や、表現のへたなところの修正など、書きなおしをすると思います。どうか不正な改竄[ざん]だとお考えにならないようにお願いします。]

masudako
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