気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年05月

「環境技術」地球温暖化特集号

環境技術学会(http://www.jriet.net/)という学会があります。わたしは会員ではないのですが、その雑誌「環境技術」(http://www.jriet.net/magazine/index.html)で「地球温暖化を評価する技術と課題」に関する特集をするということで頼まれて解説を書きました。学会ウェブサイトの特集号の目次から、特集の部分を引用しておきます。

この雑誌の記事はオンラインに置かれていません。研究論文は数か月のうちにJ-Stageのhttp://www.jstage.jst.go.jp/browse/jriet/-char/ja/の下に置かれていますが、特集記事はそれに含まれないようです。わたしは特集号はもらいましたが他の号を読みたくて、東京付近の公共図書館にあるかどうか少し調べてみたところ、東京都立多摩図書館(立川)に(目録情報によれば)あります。もちろん、環境技術学会から直接購入することはできます。

== 引用 ==
「環境技術」2011年4月号
[特集のねらい] 「「地球温暖化」を評価する技術と課題」特集
‥‥大阪工業大学 駒井幸雄
[特集記事] 地球温暖化の科学的認識はどのように発達してきたか
‥‥(独)海洋研究開発機構 増田耕一
[特集記事] 人工衛星による温室効果気体の全球分布観測技術とその展望
‥‥東京大学大気海洋研究所 今須良一
[特集記事] 過去における地球規模の気候変動
‥‥国立極地研究所 川村賢二
[特集記事] 地球全体の平均気温の評価手法
‥‥気象庁気象研究所 石原幸司
[特集記事] 氷床質量収支に関する研究の現状と課題−衛星データによるグリーンランド氷床と南極氷床の最近の変動−
‥‥国立極地研究所 三浦英樹
[特集記事] 気候モデルとそれによるシミュレーション
‥‥(独)海洋研究開発機構 近藤洋輝
== 引用 ここまで ==

masudako

原子力事故を受けて、気象学者は何をしたらよいか(個人的考え)

(個人的考えですので、個人ブログに書くべきかとも考えましたが、すでにここに書いたこととも関係するのでここに出します。)

地震に伴って起きた原子力発電所の事故を受けて、気象学を専門とする者として何をするべきか考えました。

申しわけないとも思いますが、わたし自身は、この事故に直接詳しくかかわるつもりはありません。この事故をきっかけとして地球温暖化問題を含む世界の資源・環境問題の緊急性がましたと思うので、自分の精力はそちらに振り向けたいのです。

CO2排出を抑制する手段として原子力に期待できる度合いが下がりましたから、温暖化を軽減することがむずかしくなりました。まず、避けられない温暖化への適応策を急がなければなりません。また、温暖化軽減とエネルギー安全保障の両目的のために、エネルギー資源の最終需要を減らすこと、エネルギー利用効率を上げること、エネルギーの源をいわゆる自然エネルギー(更新可能エネルギー)に切りかえることを並行して進めなければなりません。気候への適応の目標を知るためにも、自然エネルギーの供給量を時空間的分布を含めて知るためにも、エネルギー需要の無視できない割合を占める冷暖房需要の量をつかむためにも、気象学者だけではやりつくせない仕事があります。気象学者の役割はむしろ、気象を専門としない多くの人との間で、こういった目的に役にたつ気象の知識や情報を共有できるようにすることだと思います。

もちろん、事故そのものに関連した気象学者の仕事もあります。自分でかかわるつもりがないのに発言することにためらいはありますが、わたしなりに何が大事かをあげておきたいと思います。

放射性物質による人への害を最小限にくいとめるためには、発電所から放出された放射性物質がどこにどれだけ広がったかをつかむ必要があります。もしこれから放出された場合にどう広がるかの予測という課題もありますが、その準備という意味も含めて、これまでに実際にどれだけ広がったかを知ることが必要です。そのために、放射線量の計測値も重要です。(その多くは文部科学省の「東日本大震災関連情報」のページにまとめられていますが、そこに含まれない情報もあるでしょう。たとえば福島大学放射線計測チームによる調査もあります。) しかしその調査地点の密度にも限りがありますし、放射性物質がどのように広がったかを考えるためにも、この地域で風がどのように吹いたか、雨がどのように降ったかを詳しく調べるべきです。その基本は、気象庁が行なっている定常観測です。気象庁は、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)関連ポータルサイトから情報を出しています。その福島地方気象台のホームページも被災地に重点を置いたものになっています。しかし、気象庁の観測網は日本全国を見渡す目的にはじゅうぶんなのですが、県内を市町村スケールで見るにはあらいものです。気象庁以外にも気象観測をしているところはあります。地方自治体(消防関係、大気環境関係)や河川・港・道路・鉄道などの管理者はそれぞれ定常観測をしているでしょう。教育・研究機関でも観測をしているところがあるでしょう。(たとえば、福島大学では、昨年気象レーダーを設置し、業務でなく教育研究用であり、地形エコーなども除かれていないことに注意が必要ですが、このウェブページで画像を公開しています。また、上記放射線計測チームのページのリンク先には、放射線計測を追加したラジオゾンデによる上空の気象観測を4月15日から行なっているとあります。)

このように多様な気象と放射線の観測値を散逸しないうちに集めていっしょに検討できるようにするという課題があります。これはどの単独の機関の手にも負えないことだと思います。データの整理に時間をさく意欲のあるかたはおられると思います。あと必要なことは、政府が、省を越えた内閣のレベルで、どこにデータを集めるかを決め、その組織(仮にデータセンターとします)で能力と意欲のある人を雇える予算をつけ、各官庁やその傘下の機関にデータをデータセンターに提出するように指示することだと思います。(データセンターを構成するには、情報基盤の提供者と、その上に置かれる知識の提供者とが、別々の機関から参加する必要があるかもしれません。)

ここまで、意識的に観測データに限って述べました。シミュレーション結果もいっしょに使えたほうがよいのですが、シミュレーションのモデルを評価するためにも観測データが必要なので、観測データのほうが優先順位が高いという考えによります。

気象学会理事長が気象学会ウェブサイトに3月21日(PDF)4月12日(PDF)に出した会員向けメッセージが、「情報を隠せ」という意味だと受け取られたことは残念なことです。これは、「ゴミ情報を出すな」という意味だととってほしいと思います。(ただし、この「ゴミ情報」は廃棄物に関する情報という意味ではなく価値の低い情報という意味です。) 放射性物質の大気による輸送のシミュレーションは、全球規模では気象庁が、福島付近のローカル規模ではSPEEDIチーム(原子力安全技術センター)が行なっており、研究者が急にがんばってもそれを越える質のものは出せそうもないのでした。(もしずっと高い質のシミュレーションができるのならば出すべきだったと思います。)

今からふりかえって残念なのは、気象庁とSPEEDIのデータがもっと早く公開されるように、気象学者が積極的役割を果たせなかったことです。SPEEDIについては前の記事で紹介したように、内閣府と文部科学省のどちらが担当するかなかなか決まらなかったようです。内容の見当がついている気象学者が率先して「どちらでもよいから早く決めてほしい」と、おそらく内閣官房レベルに要請するべきだったのでしょう。あるいは、もし能力があれば、「一般の人々への発信は自分たちで引き受けるから、なまデータを提供してほしい」と言うこともできたと思います(実際それだけの能力のある気象学者がいたかどうかは疑問ですが)。気象庁についても同様だと思います。気象庁には、能力のうえでは気象学者と言える人がおおぜいいますが、気象研究所を除いて行政機関であり、あらかじめ決められたように観測・予報をするのが本業です。ただしその業務の技術を向上させることも任務となっています。日本の気象庁はいったん業務としたことは律儀に続けることで世界的定評があると言ってよいと思います。南極のいわゆるオゾンホールの発見への貢献も、エルニーニョ現象のシグナルが西太平洋にもあることの発見への貢献も、質のよい観測が継続されたからできたのです。したがって、気象庁が業務が追加されることに臆病になるのは当然なのです。今の担当者がボランティア的な気持ちで引き受けてしまい、それが業務とみなされたら、後任者は勤務時間で処理しきれない業務をかかえてしまうおそれがあります。言いかたが乱暴ですみませんが、気象庁に当然の災害対応に加えて超過負担をしてもらいたかったら外圧をかけるしかありません。やはり内閣のレベルで、国土交通大臣を動かす必要があったと思います。

これからでも必要だと思うのは、気象庁やSPEEDIの計算結果の意味を、一般の人々に正確に知ってもらうことです。残念ながら、役所の発表は説明がじゅうぶんではなく、マスメディアの報道は省略が多いです。科学者を中心とする有志で、解説を整備するとよいのではないかと思います。申しわけありませんが、わたしはその活動に主体としてかかわる元気がありません。ただし、言い出したからには、主体となるかたが現われるまでの議論の場を用意したいと思います。このブログ「気候変動・千夜一話」はコメント欄の字数制限がきびしいので、準備中であった別のブログ「気候の門」に、放射能移流拡散モデルを理解するためにという短い記事を置きました。関心のあるかたはその記事にコメントをつけてくださいますようお願いします。(コメントは管理者の承認が必要なように設定されていることがありますので、すぐ公開されなくても1日程度お待ちください。もしかするとわたしが操作を誤ってコメントを消してしまうこともありうるので、1日以上現われなかったらまたコメントするか「紹介」ページに書いた管理者アドレスにお問い合わせください。)

[2014-05-04 追記] この記事を書いた際に用意した別ブログ「気候の門」は、結局あまり使われないままになっていましたので、2014年4月下旬に、廃止しました。

masudako
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