IPCCは、5〜6年に一度の総合的な評価報告書のほかに、主題別の特別報告書を出すことがあります。今年5月に、「再生可能エネルギー源と気候変動緩和に関する特別報告書」が出ました。IPCCのウェブサイトhttp://www.ipcc.ch/からリンクされていますが、実際に置かれているウェブサイトはhttp://srren.ipcc-wg3.de/で、ドイツにあるIPCC第3作業部会技術支援班が担当しているようです。報告書本文は文章としては完成したそうですが、索引づくりと出版物としての体裁を整える作業が残っており完成は8月の予定だそうです。日本語では、環境省のウェブサイトのIPCC第33回総会の報告の中に簡単な紹介があります。

この報告書は、わたしの(今年4月以来の)仕事に関係が深いので、正式版が出る予定の8月をめどに、内容を読んで論評したいと考えています。しかし暫定的PDFファイルで1544ページもあるので、全部詳しく読むのではなく拾い読みすることになるでしょう。

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さて、この報告書の著者にこんな人がはいっていてよいのかと怒っている人たちがいます。地球温暖化は重要な問題だと考えている人のうちにもそういう議論をする人がいますが、もとはどうやら、温暖化懐疑論者として知られるカナダのMcIntyre (マッキンタイア)さんがブログで書いたことのようです。

この報告書の第10章の著者(lead author)のひとり、Sven Teske (テスケ)さんの所属はGreenpeace (グリーンピース)です。しかも、この章で重視された文献の中にTeskeさん自身が著者となったものがありました。それで、McIntyreさんは、IPCCの報告書は環境NGOに支配された偏ったものになっていると主張しました。(IPCC第3部会はメンバーを総入れかえして出直すべきだとまで言ったそうです。)

しかし、確かに著者にはGreenpeaceのようなNGOに所属する人が含まれていますが、企業に所属する人も含まれています。同じ10章のlead authorであるRaymond M. Wright (ライト)さんの所属はPetroleum Corporation of Jamaicaつまりジャマイカの石油会社です(公社というべきものかもしれませんが)。本全体では、石油メジャーのひとつChevron (シェブロン)の人が3人含まれています(うちひとりは地熱の部門であることが明示されていますが)。執筆陣が環境NGOに偏っているとは言いがたいです。(もと鉱山会社経営者のMcIntyreさんの気持ちになれば、自分のなかまが著者陣にはいっていることは偏りとは感じず、異質な集団の人だけが気になるのは、当然かもしれません。しかしそれは社会全体の立場でIPCCの著者陣を評価する際に通用する言い分ではありません。)

また、Teskeさんが著者となった文献は、Greenpeaceの出版物ではなく、Energy Efficiencyという学術雑誌に出た論文であり、他の共著者の所属は大学やドイツ宇宙航空センターなどです。

  • S. Teske, T. Pregger, S. Simon, T. Naegler, W. Graus, and C. Lins, 2010. Energy [R]evolution 2010 -- a sustainable world energy outlook. Energy Efficiency, 4:409-433. doi:10.1007/s12053-010-9098-y.
    http://www.springerlink.com/content/nu354g4p6576l238/fulltext.pdf


Teskeさんが著者のひとりとなった章で、自分が著者となった文献を重要な材料として扱っていることが、公正という面から疑問があるというのは、一面でもっともです。

しかし、IPCCのしくみのもとで、こういう構造の事態が生じるのは避けがたいことです。IPCCはまず各章の著者としてその主題に関する学問状況の展望ができる人を選びます。人を選ぶおもな根拠は著作物です。したがってIPCCの著者に選ばれる人はふつうその対象となる分野の文献の著者であり、その文献が客観的に見ても総合報告で参照するのに適したものであることがよくあるのです。IPCCの報告書作成は法律家の価値観ではなく科学者の価値観に基づいているので、利害相反の可能性を避けることよりも、現在の科学的知見をカバーすることを重視します。

もし利害相反によって内容が偏るおそれを避けることを優先するとしても、各章の著者にその章で扱う文献の著作者を入れないことは現実的ではないでしょう。自分の著作物が採用されたら著者陣からおりるというルールにしたら、著者がたびたび交代することになって報告書の完成が遅れることになるでしょう。著者ひとりひとりが自分の著作物を積極的に売りこむことは遠慮するべきだと思いますが、もし、おおぜいの著者からなるグループに対してそのメンバーのだれの著作も入れてはいけないというルールにしたら、おそらく現在の科学的知見を展望するという目的に対して貧弱なまとめになってしまうでしょう。

[2011-06-25加筆: IPCCの著者はほかに本業のある人のボランティアですから、IPCCの著者である間は本業のほうでの著作活動を制限するとしたら著者のなり手がいなくなるでしょう。著者をフルタイムで雇ってしまえば制限できるかもしれませんが、そのためには各国からIPCCへの分担金を何十倍にもする必要があります。]、

報告書の公正さに疑問を述べる人もいるが、それに反論する人もいる、ということも事実として認めたうえで、それなりの価値のあるものとして報告書を見ていくしかないのだろうと思います。

masudako