気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年09月

「科学技術社会論研究」地球温暖化問題特集号

科学技術社会論学会(http://www.jssts.jp/)という学会の論文誌「科学技術社会論研究」は、ほぼ1年に1冊出ており、玉川大学出版部(http://tamagawa.hondana.jp/)から単行本扱いで出版されています。

これの第9号が出ました。大部分が地球温暖化問l題の特集です。[出版社による本の紹介のページ]から、目次を引用しておきます。(箇条書きの表現を少し変えました。)

== 引用 ==
目次
特集=地球温暖化問題
* 地球温暖化問題の諸側面……宗像慎太郎
* 温暖化リスクコミュニケーション……江守正多
* 気候変動と市民理解……青柳みどり
* 地球温暖化リスクの伝達の実践の試み ― メディア関係者との意見交換と市民対象の双方向型シンポジウム……高橋潔,杉山昌広,江守正多,沖大幹,長谷川利拡,住明正,福士謙介,青柳みどり,朝倉暁生,松本安生
* 研究者・メディア間の温暖化リスクコミュニケーション促進に向けた対話型フォーラムの可能性……三瓶由紀,江守正多,青柳みどり,松本安生,朝倉暁生,高橋潔,福士謙介,住明正
* 地球温暖化の科学とマスメディア ― 新聞報道によるIPCC像の構築とその社会的含意……朝山慎一郎,石井敦
* 科学的な不確実性の認識が地球温暖化対策に対する大学生の意思決定に及ぼす影響……松本安生
* 地球温暖化問題へのセカンドオピニオン……伊藤公紀,小川隆雄
* 地球温暖化問題に関するひとつの展望……増田耕一
論文
* 科学論争におけるステークホルダーのフレーミング分析 ― 魚介類摂食に関する米国の論文誌上の論争を事例として……上野伸子,藤垣裕子
短報
* 再帰的近代化における普遍性と多元性の問題 ― 地域の環境や伝統を再検討するための参照枠の在り方とは……萩原優騎
学会の活動
投稿規定
執筆要領
== 引用 ここまで ==

最初の宗像(むなかた)さんの文章は、編集委員として特集の趣旨を説明したものです。投稿された原稿はもっと多く、広い範囲の話題にわたっていたそうですが、査読を経て学会誌に出版する価値があると判断された論文にしぼった結果、たまたまリスクコミュニケーション関係の論文が多くなってしまったそうです。

わたしは温暖化問題の総論を書きました。原稿を出したのが2年前、査読者の意見を参考に改訂を加えて出したものについて編集委員会で掲載決定されたのが1年前でした。ほかのどなたかの原稿について、著者による改訂か、編集委員会での判断に時間がかかったようです。

残念ながらわたしはほかに読みかけのものがいくつもあるので、自分以外の論文についての論評は、とうぶんいたしません。

masudako

続・宇宙線がエーロゾル粒子形成に与える影響に関する研究の話

[8月28日の記事]の続きです。

9月26日、RealClimateブログに、雲凝結核となるエーロゾルを研究しているJeffrey Pierce (ピアス)さんによる記事Cosmic rays and clouds: Potential mechanisms (宇宙線と雲: どんなしくみが考えられるか)が出ました。

CERNのCLOUD実験の動機になっているのは、(太陽変動→)宇宙線→イオン→大きさ1ナノメートル程度の硫酸エーロゾル粒子→雲凝結核(大きさ50ナノメートル程度のエーロゾル粒子)→雲という因果関係です。Pierceさんはこれを「雲・エーロゾルの晴天仮説」と呼んでいます。もともと雲がないところで、凝結核が多いほうが雲粒ができやすいという考えです。

深井 有 (2011) 『気候変動とエネルギー問題』(中公新書) [わたしの読書メモ][わたしの補足的コメント]の図1-17で紹介されているのもこれです。

Pierceさんは段階を追って考えていきます。
1. 太陽活動の例として約11年の黒点周期の極大と極小をとると、その宇宙線の違いによってイオン形成には5%から20%の違いが生じると見積もられています。
2. イオンがふえるとエーロゾル粒子形成はふえますが、そのふえかたはイオン数に比例するよりはやや弱いことが、Kirkbyほか(2011, Nature)の論文に示されたCLOUD実験の結果からわかります。
3. 形成されるエーロゾル粒子数が多ければ雲凝結核の数も多くなると考えられますが、そのふえかたの関係も比例よりは弱いです。大気中には、1ナノメートル級の粒子から成長するもののほかに、もともと数十ナノメートルの大きさをもつ硫酸や有機物のエーロゾルが供給されているからです。Pierceさんの見積もりでは、黒点周期に伴う雲凝結核数の相対変化は1%未満です。
4. 雲凝結核の数が多いと、同じ水の量でも細かい粒子がたくさんある雲になるために、太陽光を反射する働きは強くなると考えられます。しかし、雲凝結核数の1%未満の相対変化が、雲量(雲に覆われた面積比率)の1%よりも大きな相対変化をもたらしているとは思われません。

そこでPierceさんは、宇宙線が気候に影響を与えるとすれば、「晴天仮説」ではなく、「雲の近くで起こることについての仮説」を考えるべきだろうと話を進めています。電場・電流・電荷分布・電気容量がからむ話で、雷が起きるしくみとも関係がありますが、必ずしも雷が起きない状況を考えるようです。これ以上詳しいことはわたしにはよくわかりません。

ともかく、宇宙線あるいは太陽活動が気候に大きな影響を及ぼしている可能性があるとすれば、これまでにあまり追求されてこなかった因果関係を考える必要がありそうです。

(ただし、それで最近50年間の全球規模の温暖化傾向を説明できることはなさそうだ、ということは8月28日の記事で書いたとおりです。)

masudako

グリーンランド氷床の氷は減っていますが、減りかたを誇張されるのも困ります

新しい地図帳に表現されているグリーンランド氷床の変化が話題になりました。わたしはこの話題をRealClimateブログのGavin Schmidtさんの9月21日の記事Greenland meltdown (の後半)で知りました。(RealClimateの記事の表題はことば遊びをしていることが多く、実質的内容に対応しているとは限りません。ここでは「down」をあまり気にせず「melt」の話題と思ったほうがよさそうです。)

グリーンランドは北極圏にある陸地です。大きさが大陸と島を大きさで区別する境目にあたっているので、その陸地自体は島に分類されて世界でいちばん大きい島と言われていますが、その陸地の大部分を覆う氷は「大陸氷床」に分類されています。

Times Atlas of the World (タイムズ世界地図帳)はイギリスで発行されている有名な地図帳です。今は新聞のTimesと直接関係なく、Harper Collins (ハーパーコリンズ)という出版社が出しています。調査がしっかりしているという評判があり、資料として使われることがよくあります。たとえば日本の『理科年表』(2011年版)の地学の部の地理関係のところを見ると、「世界のおもな島」「...高山」「...河川」などで使われています(「地球上の氷でおおわれた地域」では使われていません)。

このシリーズのTimes Comprehensive Atlas of the World第13版が最近発行されたのですが、それを知らせるHarper Collins社の報道発表(press release)の中に、グリーンランド氷床の広がりが1999年発行の第10版に比べて15%減ったことが、地球温暖化によってこの12年間に実際にそれだけ氷が減ったことを示すかのように述べられていました。雪氷の専門家たちが、それは正しくないので訂正してほしいと言いました。

日本語での報道はまだ少ないですが、AFP BB Newsの9月21日の記事「権威ある地図帳のグリーンランド氷床縮小に専門家が反論」がありました。この短い記事だけ見ると、専門家は「氷床が縮小していない」と言っているように見えます。英語圏にも同様な報道があり、地図帳の話を離れて「専門家がグリーンランド氷床縮小を否定している」と伝える人もいるようです。

実際にはグリーンランドの氷の量は減っています。5月14日の記事で紹介した『環境技術』の特集号に三浦英樹さんによるレビューがあります。上に述べたSchmidtさんのブログ記事の前半で紹介されているTedesco ほか(2011, Environmental Research Letters)の研究[要旨と本文PDFへのリンク]も、衛星による表面状態の観測をもとに各年の質量変化を見積もったものです。氷床の面積も小さくなっているはずですが、それを直接に示す文献がすぐに出てきません。気がついたら追って紹介したいと思います。

ところが、タイムズ地図帳13版では、前の版と比べて、土地が氷に覆われているかどうかの判断基準が大きく違う材料を使っています。したがって氷に覆われた面積を前の版と比べてもあまり意味がないのですが、形式的に比べると、科学者が示している実際の減少よりもずっと急に減ったように見える結果になってしまったわけです。

問題がわかりにくくなった理由は、氷床とその他の氷河の区別だったようです。大陸氷床は氷河の一種です(という用語づかいが適切だと思います)。しかしグリーンランドの陸を覆う氷河の構造を詳しく見ると、大陸氷床とは別の氷河と見たほうがよい部分もあります。どう区別するかの詳しい判断は専門家の間でも必ずしも一致しないと思います。ともかく、ある専門家のグループが自分たちの判断によって大陸氷床だけの分布図を作り、その他の氷河は氷に覆われていない陸地と一見同様に表現したらしいのです。その図をタイムズ地図帳の編集者が利用する際に、「その他の氷河」が省略されていることが理解できなかったようです。(書き手の説明がへただったというべきか、読み手が不注意だったというべきかは、もとの資料にあたっていないわたしには判断できません。) それにしても、前の版と比べて面積で15%も減ることになっていたら、へんだと思って説明を読み返すなり専門家にたずねるなりしそうなものですが、この地図編集者は、温暖化で氷がとけているという定性的知識に合っているので、他の定量的情報をあたらないで、実際に減ったと思ってしまったようです。

イギリスのGuardian (ガーディアン)という新聞がていねいに報道しています。
9月15日 New atlas shows extent of climate change (John Vidal) これはHarper Collins社の報道発表をそのまま伝えたようですが、今見られるのはグリーンランド氷床の件について20日に訂正したものです。
9月19日 Times Atlas is 'wrong on Greenland climate change' (John Vidal) 科学者がまちがいを指摘したという報道です。この時点ではHarper Collins社はまちがいを認めていません。
9月20日 Times Atlas publishers apologise for 'incorrect' Greenland ice statement (Fiona Harvey) Harper Collins社が報道発表が不適切だったとおわびしたそうです。しかし地図を訂正する必要はないとしているようで、科学者たちとのくいちがいは残っています。
9月21日 Times Atlas ice error was a lesson in how scientists should mobilise (Poul Christoffersen) 科学者たちが氷の変化の事実を正確に知ってもらいたくてがんばっていることの紹介です。
9月22日 Times Atlas reviews Greenland map accuracy after climate change row (Press Association) Harper Collins社も問題を認識し、専門家と相談して今後の対応を決めたいと言っているそうです。[この項目9月23日追加]

ちょっとたとえ話をしてみます。
1872年の鉄道開業以来の新橋・横浜間の所要時間の変遷を一覧表にしたものがあるとします。
ところが、開業当時の横浜駅は、今の桜木町駅付近なのです。今の横浜駅までにすると、だいぶ距離が短くなるので、不公平な比較になってしまいます。(新橋のほうも汐留でしたが、この違いはそれほど距離にきかないでしょう。) そこで、前の一覧表作成者は、現代については、横浜での乗りかえを含む新橋・桜木町間の所要時間を示していました。
ところが、その人が一覧表作成をやめてしまったので、別の人が引き継ぐことにしました。しかし所要時間をどう定義するかの約束が引き継がれなかったので、今度の作成者は、単純に新橋・横浜間の所要時間を示してしまいました。結果は「わずかの期間に所要時間は5分も短縮された」ように見えました。

グリーンランド氷床の話はまだ続くと思いますので、何か重要な進展があったら追加して書きます。

[9月23日追加] 「さまようブログ」の mushi さんが「溶かしすぎた」(9月20日)で論じています。

[10月20日追加] 雪氷学者でNPO法人「氷河・雪氷圏環境研究舎」代表の成瀬廉二さんが、そのNPOのサイトの「情報の広場」の[10月6日の記事]で、世界の雪氷学者のメーリングリストで話題になったことの要点を含めて、論じておられます。

masudako

オーケストラ

クラシック音楽のキーワードを含むトラックバックに直接こたえてはおりませんが、わたしもクラシック音楽のたとえ話をしてみることにします。

* * *

イギリスの孤高の作曲家Richardson (リチャードソン)は第1次大戦の戦場で「6万人の交響曲」を書いた。スコアは1922年に出版されたが、それを演奏できるオーケストラはどこにも存在しなかった。作曲家自身が演奏を試みた練習曲は、パート譜が出版社に託されていたので演奏家もためしてみることができたのだが、すさまじい爆発音が聞こえるだけだった。

第2次大戦直後アメリカ東部のプリンストンで、ハンガリーから来た起業家von Neumann (フォンノイマン)がIAS合奏団を結成し、数人の演奏家を雇ってみたものの、それぞれがパートを練習しているだけで合奏にならなかった。ベルゲンスクール育ちでシカゴに来ていた弦楽教師Rossby (ロスビー)が編み出した「G線上のアリア」[注1]技法が鍵だった。ロサンゼルスでG線技法と系統的編曲法を身につけたCharney (チャーニー)をコンサートマスターに迎えて、ようやく合奏が始まった。しかしRichardsonの第1主題はひとりで演奏するにはむずかしく、第2バイオリンにもG線技法を知る人を確保しなければならなかった。ノルウェーからEliassen (エリアッセン)、入れかわりにFjörtoft (フョルトフト)がやってきた。ビオラPlatzman (プラッツマン)、チェロPhillips (フィリップス)といっしょに音合わせを重ねて、Charneyの「G線上のRichardsonの主題による弦楽四重奏曲」は完成し、世界のあちこちにそれを演奏する楽団がつくられていった。

von Neumannはそれで満足せず、Richardsonの原曲が演奏できるオーケストラがほしかった。Phillipsの弦楽合奏「常動曲」もオーケストラ向けに編曲されるべき素材だと思われた。GFDL合奏団が結成され、IAS合奏団では補欠奏者だったSmagorinsky (スマゴリンスキー)が音楽監督を引き受けることになった。

Smagorinskyは考えた。弦楽器だけでなく、打楽器を入れなければならない。Richardsonの楽譜を理解できる打楽器奏者はどこにいるだろう? 補欠奏者なかまの東京から来ていたGambo (岸保)がピチカートでひいてくれた「雨の曲」を思い出した。あれはもともと打楽器の曲だったはずだ。東京弦楽合奏団のコンサートマスターになってCharneyの曲を演奏していたGamboの縁で、東京スクールの異才Manabe (真鍋)がアメリカ東海岸にやってきた。Manabeは、Richardsonの楽譜から装飾音を取りはらって基本的リズムを浮かび上がらせ、爆発をなんとかおさえこみ、G線技法を使わずに第1主題を再現した。さらに、仙台スクールの教材を参考にしながら、管楽器と打楽器によるブラスバンド演奏を試み、それをとりこんでなんとかオーケストラといえるものを完成させた。

ロッキー山麓には全国音楽院がつくられ、その交響学科には東京スクール正統派でシカゴで教えていたKasahara (笠原)が採用されて、Richardsonのスコアに忠実なオーケストラ演奏ができるようになるための技法を研究した。

西海岸のロサンゼルスには、G線技法の演奏を長時間続けるたびに起きた爆発を防いだ東京弦楽合奏団の調律師Arakawa (荒川)が招かれて、オーケストラ演奏中に爆発を起こす心配のない楽器を設計した。

. . .

それから20年あまりたった1980年ごろには、世界じゅうでRichardsonの交響曲を聞けるようになった。先進国にはそれぞれオーケストラがあり、その演奏が国境を越えて放送されていた。

. . .

さらに20年あまり。日本では、打楽器が主役となった「正二十面体オーケストラ」が結成され、雨の主題と赤道波動の主題が響きあう交響詩「Madden (マデン)とJulian (ジュリアン)のうねり」で世界にデビューした。(Madden とJulianは1970年代にアメリカ全国音楽院で活躍した声楽家である。) Richardsonを越える交響曲を作る試みが続いている。


  • [注1] 「G線上のアリア」という表現は股野(1977)による。

文献

  • Kristine C. HARPER (ハーパー), 2008: Weather by the Numbers -- The Genesis of Modern Meteorology. Cambridge MA USA: MIT Press, 308 pp. [読書ノート]
  • 股野 宏志, 1977: 天気予報 -- その学問的背景と実際的側面. 天気(日本気象学会), 24:587-595. http://www.metsoc.jp/tenki/ の下にPDF版がある。
  • Lewis Fry RICHARDSON, 1922; second edition 2007: Weather Prediction by Numerical Process. Cambridge Univ. Press, 236 pp. [読書ノート]
  • Joseph SMAGORINSKY, 1983: The beginnings of numerical weather prediction and general circulation modeling: Early recollections. Advances in Geophysics 25: 3-37.
  • Spencer WEART (ワート), (2011): General Circulation Models of Climate. (The Discovery of Global Warmingの一部). American Institute of Physics. http://www.aip.org/history/climate/GCM.htm

masudako

太陽活動が弱まるとどのくらい気温が下がるかの見積もり

8月28日の「宇宙線がエーロゾル粒子形成に与える影響に関する研究の話」の記事に、9月3日に「tkb48」さん(つくばのかたでしょうか?)からコメントがありました。


寒冷期に入りつつあるのでしょうか?

********
宇宙航空研究開発機構の太陽観測衛星「ひので」が、太陽の北極域で磁場が反転し始めた様子を観測することに成功した。

太陽の北極、南極の磁場は約11年周期で反転することが知られているが、今回は予想時期より2年も早いうえ、南極域では反転が見られないなど異例の様相を呈している。地球の環境変動につながる恐れもあるという。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110901-OYT1T01005.htm


URLは読売新聞の記事「地球環境に変動?太陽北極域で異例の磁場反転」(9月1日)です。

「ひので」衛星で得られた新しい知見に関しては、菊池誠さんのkikulogの「地球温暖化問題つづき」の記事に9月3日に「気弱な物理屋」さんからリンクが示されていたので、JAXAから発表された常田佐久さんのプレゼンテーション資料「『ひので』の観測成果」(pdf, 8月31日)を見ました。

資料の初めのほうの6ページに、黒点数の変動周期はふつう約11年なのですが、それならば2008年ごろに増加するはずなのに、今回は遅れてやっと今年ふえてきた、という話があります。そして「まとめ」の前の15ページに、17世紀以来の黒点数の時系列を示して、黒点数の少ない状態が持続する「太陽活動極小期」に先立って黒点周期がのびるという規則性があるようなので、今度も、五十年から百年くらいの傾向として、極小期に向かっているのかもしれない、という話があります。これは「ひので」の観測自体から言えることではなくて、もっと前からある地上観測のデータに基づく議論です。周期がのびたあと極小期になるというのは、経験的規則性であり、因果関係がつながった理論にはまだなっていないと思います。

「予想時期より早い」の意味はよくわかりませんが、資料の14ページで北極の磁場について「予想された反転の時期より2年早い」と書いてあります。これは11年周期からの予想との比較ではなくて、周期がのびている状況の中での予想との比較なのだと思います。それに対して、南極のほうは反転のきざしが見られないということが、南北非対称なのですね。このような非対称は初めて観測されたということですが、両極の磁場の詳しい観測自体が初めてなので、太陽にとって珍しいことかどうかわかりません。しかし論調から見ると、これほどは詳しくない過去の観測をもとにした太陽専門家の常識にてらして、珍しいことのようです。

地球の磁場に影響を与えることを「地球環境に影響を与える」と言うならば、このような太陽磁場の変動は地球環境に影響を与えることはまちがいないでしょう。

気温などの地上の気候要素への影響については、まず、「ひので」で初めてわかった「非対称性」や「予想より早い反転」がどう影響するかは、なんとも言えないと思います。気候専門家の常識としては、次に述べる、黒点数で代表される太陽活動の影響に比べれば小さいのではないか、と思われます。

黒点数で代表される太陽活動がどう影響するかについては、6月19日に別のところに書いたものを、6月20日の補足を中に組みこんで、この下に再録します。なお、論文へのリンクを修正しました。

== 再録 ==

2009年には太陽黒点がほとんど見えなかった時期もあり、17世紀のMaunder (マウンダー)極小期のように黒点のない時期が続くのではないかと予想する人もいました。その後、黒点数はまたふえてきていますが、ふつう約11年の黒点周期が極小から極小まで約13年にのびており、これが長期続く極小期の前ぶれだと考える人もいます。(ベリリウム同位体などから見た過去の太陽活動を復元すると、長期続く極小期の前には黒点周期がのびているという経験的関係があるのだそうです。)

太陽活動が弱まることは、地球の気候には全体として寒冷化に働くと考えられます。21世紀に太陽活動が弱まると予測されたわけではありませんが、もしMaunder極小期なみに弱まったとしたら、人間活動起源の二酸化炭素などによる温室効果強化を打ち消して、全体として寒冷化になるでしょうか。定性的に考えているだけだとよくわかりません。

そこで定量的シミュレーションが行なわれました。ドイツのポツダム気候影響研究所のFeulner (フォイルナー)さんとRahmstorf (ラームストルフ)さんの論文がアメリカ地球物理学連合(AGU)のGeophysical Research Letters という雑誌に出ました。AGUのウェブサイトのこのページに要旨があり、購読者は本文を取得できます。またRahmstorfさんのサイトに[本文のPDFファイル]があります。

Feulner さん自身による説明がRealClimateというブログに6月19日に出ました。ここにあります。また、Skeptical ScienceというウェブサイトでJohn Cook (クック)さんが紹介記事を書いています。グラフはCookさんが書きなおしたもののほうが見やすいと思います。

CLIMBER-3αという気候モデルによる21世紀のシナリオ実験(IPCCのSRESのA1BおよびA2)を基本として、マウンダー極小期と現在との差に対応するだけ太陽放射を減らした実験を追加しています。マウンダー極小期の太陽放射の強さは2種類の推定を使っていて、変化の大きいほうで、極小期は現代(1950年)よりその0.25%だけ少ないとしました。(なお、火山噴火については、どちらの実験でも、20世紀にあったのと同程度のものがランダムに起こると仮定しています。)

結果は、太陽放射の変化の大きいほうの仮定をすれば、全球平均地上気温に0.3℃程度の効果があります。しかしこの効果は、同じ気候モデルで人為起源温室効果強化による温暖化が2080年ごろに3℃程度と見積もられているのに比べてだいぶ小さいです。

この結論に対して、太陽放射のマウンダー極小期と現代との差はもっと大きかったという議論があるかもしれません。(Feulnerさんたちが採用した値はIPCC第4次報告書で妥当とされた水準です)。また、太陽活動の効きかたとして放射(電磁波)のエネルギーが大気あるいは地表面に吸収されることだけを考えている(たとえば雲の凝結核に影響を与えるようなプロセスを入れていない)ことへの不満もあるかもしれません。そのいずれにしても、原因から結果までの筋道がとおった研究論文が出てきたら検討したいと思います。それまでは、わたしは暫定的にFeulnerさんたちの結果を今の時点での科学によるこの問いへの答えの代表的なものとみなしておきます。

== 再録 ここまで ==

masudako

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