気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年11月

『パリティ』連載の温暖化問題の企画と安井至さんの評論へのコメント

3月11日(震災前でした)に書いた記事「『パリティ』3月号の温暖化問題の企画と松田卓也さんの評論へのコメント」に続くものです。

3月号で、連載されるように予告された企画「温暖化問題、討論のすすめ」ですが、おそらく編集部の態勢がなかなか整わなかったらしく、次の記事がのったのは11月号からでした。毎号ひとりずつの文章をのせていく方針だそうです。すでに来年7月号までの原稿が集まっているらしいので、それぞれの著者の主張を知ることは価値があると思いますが、雑誌に出た記事を見て言いたいことがあっても、雑誌上で討論する、というふうには、残念ながら進みそうもありません。

これまでにのった記事は次のとおりです。
松田 卓也: 地球温暖化と現代科学の問題点。2011年3月号53-57ページ。
近藤 洋輝: 地球温暖化に関する科学的知見と展望。2011年11月号56-60ページ。.
安井 至: 単純な物理現象が否定される不思議。2011年12月号52-55ページ。

12月号に示された今後の予定(確定ではありません)は次のとおりです。
伊藤 公紀: 地球温暖化論のメンタリティ -- 社会心理学的に見た気候変動問題。2012年1月号
江守 正多: いまさら温暖化論争? 2012年2月号
伊勢 武史: 地球温暖化は事実なのか -- よくある誤解と簡潔な答。2012年3月号
渡邊 正: 「CO2排出削減」という妄想・偽善。2012年4月号
御園生 誠: 地球温暖化のリスクと現実的対策を考える。2012年5月号
桜井 邦朋: 太陽活動の長期変動からみた地球温暖化 -- 過去120年にわたる観測結果。2012年6月号
吉田 英生: エンジニアから見た熱流体力学の数値シミュレーション。2012年7月号

11月号の近藤洋輝(ひろき)さんは、IPCC (とくに第1部会)に、日本政府代表団のメンバーという(報告書の著者とは違った)立場で参加してこられたかたで、「地球温暖化予測の最前線」(2009年、成山堂書店)という著書もあります。11月号の記事もその著書と同様に、IPCCがまとめた報告の要点を、第1部会の部分を中心に紹介したものでした。

12月号の安井至さんは工学者で、工業製品の生産・消費・廃棄にわたるライフサイクル評価などの業績があり、「市民のための環境学ガイド」のウェブサイトがよく知られています。広い見識をお持ちで、わたしとしてもおおいに尊敬しておりますが、専門にこだわらずに多くのことについて発言されているうちには、早がてんもときどき見られます。今回の記事も、意図を推測すればほとんど賛成できるのですが、もう少し落ち着いて書いていただきたかったと思うところがありました。

大槻編集長の出した「温暖化を認める常識派と認めない非常識派」というわく組みに対して、安井さんは、温暖化が人為起源であると考えるかどうかと、常識派か非常識派かとは別の問題だと考えます。そして、非人為起源派の常識派はいないようだ、と言っています。現在いるいわゆる温暖化懐疑論者は非常識だ、というわけです。

この議論は、「非常識」ということばの意味づけしだいでは、もっともだと思います。ただし安井さんは、「非常識派とは、『研究成果や著作を発表するさいに、自らの主張によって世間をいかに驚かすことができるかを最大の目的と考え、それによって、次の研究費なり印税の獲得をめざす』といった動機で行動をしている集団を意味する」と定義しています。確証はないのですが、温暖化懐疑論者のうちにはそういう態度の人もいるかもしれません。(「自らの主張」を本人も信じている場合と、うそを承知で強弁している場合の、どちらもありうるでしょう。) しかし、温暖化懐疑論者がみんなこういう態度だと決めつけるのは無理があります。温暖化抑制策を妨害するという政治的目的で動いている人もいるかもしれません。(温暖化は起こらないと思っている場合と、温暖化は起こるだろうがこれまでの経済活動を続けることのほうが大事だと思っている場合の、どちらもありうるでしょう。)

温暖化懐疑論への批判は、東京大学サステイナビリティ連携機構[12月号注の「気候」は誤植]から公開されている「地球温暖化懐疑論批判」を引用して、それとほぼ同じ議論をされていますので、ここでは詳しく述べないことにします。ひとつ、「気候モデルはすべて温暖化が算出されるようにしつけられている」という議論を追加して「研究者というものをあまりにばかにしている」と反論しています。(これではけんかになるだけなので、なぜあきれたのかの理屈を述べてくださるとよかったと思います。)

問題は、「人為起源派のなかの非常識派」のところです。わたしも、このように分類される人たちがいると思い、「温暖化脅威論者」と表現することがあります。しかし、安井さんが想定する対象はそれと違うようで、「英国において気候ゲート事件を引き起こしたり、過去の地球の気温の推移などに細工をした人々である。ようするに、端的に表現すれば、嘘をついた人々である。」と書かれています。気候研究者のなかに、データをごまかすなどの不正をした人がいないとは言い切れません。しかし、2009年11月に暴露された電子メールが、それを書いた人たちが不正をした証拠でないことは、いくつもの審査委員会で示されています。([別ブログのわたしの2010年7月16日の記事]にまとめました。その後2011年8月には、アメリカの国立科学基金(NSF)の監査役がMannさんに研究上の不正はなかったという報告をしています。) 安井さんも脚注(実際にはページの上側にあるので頭注というべきでしょうか)に「データを捏造したことが確定したわけではない」と書いてはおられますが、捏造があった可能性が高いという推定のもとで文章を書いておられるようです。どうやら、「非人為起源派のなかの非常識派」(の一部の人々)の宣伝がとてもうまくて、安井さんも3月号の松田さんも乗せられてしまったようです。

ただし、安井さんの主張の本筋は、温暖化が起こると言っている科学者の多くは「常識派」であって、その研究成果は(個別のまちがいを含む可能性はあるが)嘘ではないということです。

次に「人為起源派の非常識派の新たな候補者」という議論をしています。これから、気候モデリングで国の予算をもらうのであれば、政策決定のためのリスク評価に役立つ研究でなければならない。理学研究者は科学研究自体を目的として意識することが多いが、それでは非常識になってしまう、ということです。「非常識」ということばがさきほどの「定義」にそって使われているとすると、気候研究者の多くが「世間をいかに驚かすことができるかを最大の目的と考え」るようになるという予想は無理があると思うのですが、もっと常識的に、予算配分の目的をわきまえないのは非常識だというのならば、研究者に向けたもっともな助言だと思います。

masudako

気候感度は(ある人々が)思ったほど高くないという話

「新しい研究によれば、気候システムはそれほど敏感でない。つまり、二酸化炭素濃度がふえても、前に思われていたほど気温は上がらない」というような情報が流れました。Science (サイエンス)という雑誌にのることが決まったSchmittner (シュミットナー)さんほかによる論文の話でした。

  • Andreas Schmittner, Nathan M. Urban, Jeremy D. Shakun, Natalie M. Mahowald, Peter U. Clark, Patrick J. Bartlein, Alan C. Mix, Antoni Rosell-Melé, 2011: Climate sensitivity estimated from temperature reconstructions of the Last Glacial Maximum. Science (Published Online November 24 2011 DOI: 10.1126/science.1203513) [オンライン先行公開版の要旨、購読者は本文も取得可能]


二酸化炭素濃度に対して、全球平均地上気温がどうなるかは、温室効果による地球温暖化に関する数量としていちばんよく議論されるものです。現実には濃度は少しずつふえていますが、理論的な検討のためには、二酸化炭素濃度が2倍と1倍でそれぞれずっと続いた状態の間の気温の差を問題にします。ふつう「二酸化炭素倍増に対する平衡応答」と呼ばれていますが、わたしは「定常応答」という表現を使っています。「気候感度」ということばもこの「二酸化炭素倍増に対する定常応答」をさすことが多いです。1月20日の記事「二酸化炭素濃度に対する気温の定常応答(平衡応答)と過渡応答、気候感度」をごらんください。

この意味での気候感度の数値を求めたうちで、今でも有効と考えられているいちばん古いものは、Manabe and Wetherald (1967)の鉛直1次元モデルによる計算です。アメリカのNational Science Digital Libraryというサイトの地球温暖化特集のページの箇条書きの10番の先に簡単な解説と原論文PDFへのリンクがあります。その論文での気候感度の数値は、2.3℃でした(2つの温度の差なので、2.3Kと書いても同じです)。

ここで、気温が上がると海から水蒸気が供給され、水蒸気には温室効果があるので、水蒸気は全球平均地上気温に対して正のフィードバックとして効きます。Manabe and Wetherald (1967)の計算は、水蒸気を相対湿度一定という形で入れています。なお、次に述べる3次元の大循環モデルによる計算の場合は、水蒸気量は、海や陸から水が蒸発し、また雨や雪となって降る過程を計算した結果として決まりますが、相対湿度一定にかなり近い結果が得られています。気候感度が2.3℃というのは、この水蒸気のフィードバックが含まれているシステムの応答です。これを含まずに二酸化炭素だけの効果を求めると、約1.2℃です。

さて、今度出た論文のSchmittnerさんたちは、気候モデルのパラメータ(計算式の係数のようなもの)の数値をいろいろ変えて、さまざまな感度のバージョンを作り、それぞれについて、一方で二酸化炭素倍増のシミュレーションをしてここで言う気候感度の数値を求め、他方で約2万年前の最終氷期最盛期のシミュレーションをして地質学的復元推定の結果と比較しました。復元推定とのつきあわせを全球平均ではなく空間分布をもつ値でやったところがこの研究の新しいところです。反面、ここで使った気候モデルは、海洋は大循環モデルですが大気は大循環モデルよりも簡単な構成のものなので(だからパラメータを変えたバージョンがあまり無理なく作れるのですが)、気候の重要なプロセスがうまく表現されていないおそれがあります。(大循環モデルでも満足とは限りませんが。) [この段落2011-11-29部分的に補足しました。]

氷期のシミュレーションがうまくいっているバージョンのモデルの結果を重視したほうがよさそうだという考えに基づいて、シミュレーションの結果を統計的に整理して、気候感度の確率分布のような形で示しました。統計的整理は、陸の地点の集合と海の地点の集合それぞれについて行ない、最後に両者を総合しています。、

その結果の「図3」は、James Annan (アナン)さん(イギリス人で日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)横浜研究所に勤めている)が個人ブログのMore on Schmittnerという記事で引用しています。グラフには曲線が3つありますが、海陸あわせたもの(黒い線)を(わたしが)見ると、気候感度の値のありそうな確率が高いところが2℃から2.6℃くらいにわたっていて、あえてそのまん中の値を言うならば2.3℃くらいのように見えます。

さて、真鍋さんは鉛直1次元モデルに続いて3次元の大循環モデルに取り組みました。それによる二酸化炭素倍増に対する定常応答実験の最初の論文はManabe and Wetherald (1975) The effects of doubling the CO2 concentration on the climate of a general circulation model. Journal of the Atmospheric Sciences 32:3-15 として出ました。これの気候感度(CO2濃度2倍と1倍との全球平均地上気温の差)は、約2.9℃です。鉛直1次元モデルに比べてやや大きめになった理由はいろいろありえますが、雪氷が太陽光を反射する効果が正のフィードバックとしてきいたことが重要と思われます。

ところで、Schmittnerさんたちの海と陸の総合について、Annanさんは、海のほうに重みがかかりすぎているのではないかと言っています。陸のほうの推定が不確かさが大きかったからそうなったのですが、仮に、陸の結果もそれなりに正しいとすれば、気候感度の値は図3の陸(緑の線)と海(青い線)の両方が重なるところにあると考えるのがもっともです。わたしがグラフを見た印象では、重なりの中央は2.9℃付近にあるように見えます。

数値がこれほどよく一致するのは偶然だと思いますが、もしSchmittnerほかの論文の結果が現実を代表するものだとすれば、気候感度は真鍋さんが昔出した数値でよかったのだ、と言えると思います。

2005年ごろ以後、気候感度が5℃よりも大きい可能性を指摘する研究がいくつかあり、欧米のジャーナリストで温暖化が重要だと思っている人たちはそれを重視する傾向がありました。Schmittnerほかの結果の気候感度は、確かに、彼らが思っているよりは低いものでした。

他方、温暖化の重要性を否定したい人たちは、Schmittnerほかの論文をろくに読まずに、気候システムの感度は低いことが示されたと言っているようです。しかし、数値を見れば、温暖化の心配をしなくていいほど低いわけではないのです。

なお、著者のひとりNathan Urbanさんが、things breakとなのるブロガーのインタビューに答えた記事が、Planet3.0というサイトにNew, low sensitivity result: Interview with Nathan Urbanとして出ています。

[2011-11-29補足] RealClimateというブログにも11月28日にIce age constraints on climate sensitivityという記事が出ました。

masudako

電子メール暴露の二番せんじ

イギリスのイーストアングリア大学(UEA)の気候研究所(Climatic Research Unit, CRU)の研究者の電子メールが、また暴露されたそうです。

暴露のされかたは2年前の2009年11月とほぼ同じで、ロシアのFTPサイトへのリンクがいくつかのブログに投稿されました。ただしブログへの不当な侵入はありませんでした。データの形式も前と同様なzipアーカイブでした。ただし、前のときは中身の各ファイルのタイムスタンプから北アメリカ東部で加工されたと推測されたのですが、今回はタイムスタンプが人工的にそろえられていたそうです。

中身はまだよく確かめられていませんが、2年前に暴露されたものは当時CRUのサーバーに保存されていたメールの控えのうち一部分だけであり、今回のも同じ控えのうちから別の部分が抜き出されたものらしいです。

イーストアングリア大学の公式サイトからはRelease of climate emails - November 2011という記事(11月22日)が出ています。

イギリスの新聞Guardian (ガーディアン)はFresh round of hacked climate science emails leaked onlineという記事(Leo Hickman氏、11月22日)と、2009年の事件を説明したQ&A: 'Climategate’という記事(Damian Carrington氏、2010年7月7日、2011年11月22日改訂)をのせています。

そのほか、わたしの見たブログ記事をいくつかあげておきます。(どれもほぼ同じ傾向のものですが。)
Real Climate Two-year old turkey (Gavin Schmidt氏, 11月22日)
Skeptical Science Climategate 2.0: Denialists Serve Up Two-Year-Old Turkey (Rob Painting氏, Dana Nuccitelli氏, 11月23日)
Hot Topic (ニュージーランド) Two-year-old turkey for thanksgiving: CRU emails part deux (Gareth Renowden氏, 11月23日, 他のブログへのリンクもある)
Stoat CRU tooo? (William Connolley氏, 11月22日[その後加筆あり], 他のブログへのリンクもある)

アメリカ合衆国では11月の第4木曜日(ことしは24日)が感謝祭で、七面鳥(turkey、トルコと直接の関係はない)を料理する習慣があります。2年前の暴露のあったのも、今回も、感謝祭の前なので、こういう表現が出てきたわけです。暴露した人の意図を推測すれば、12月初めに開かれる気候変動枠組み条約締約国会議での各国代表の態度への影響をねらったのでこの時期になったと考えられます。しかし、温暖化懐疑論者のブログでとりあげられた内容をメールのもともとの意図を推測できる科学者が見た限りでは、今回暴露された内容には世の中に新たな衝撃を与えそうなものはありません。それで「二年前の七面鳥」という表現になったわけですが、日本語にはもっと的確な表現があります。「二番せんじ」です。実際には漢方薬の種類によっては二番せんじが充分よく効くものもあるのですが、ここでは「出がらし」に近い意味のつもりで書きました。

したがって、わたしはこの件を積極的に論じる意欲はありません。必要が生じたときだけ補足します。

masudako

極端現象に関するIPCC報告書の要約が発表されましたが. . . .

11月14-17日に開かれたIPCCの総会で、「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書」というもの(略称SREX)が承認されました。ただし、今のところ公開されているのは、その「政策決定者向け要約」(SPM)だけで、報告書本体は2月に公開予定だそうです。

この報告書の本家サイトはhttp://ipcc-wg2.gov/SREX/で、アメリカにあるIPCC第2部会技術支援班のところです。SPMのPDFファイルがダウンロードできるほか、プレゼンテーションファイルなどがあるようです。

日本語では、環境省の報道発表のページのうち「平成23年11月18日 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書」の公表について(お知らせ)」の記事本文と添付資料のPDFファイルに、日本語でSPMをさらに要約したものがあります。また、「平成23年11月21日 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第34回総会の結果について(お知らせ)」に関連する情報があります。

「極端現象」は、日本で俗にいう「異常気象」とだいたい同じと考えてよいと思います。異常高温(熱波)、異常低温(寒波)、大雨、かんばつなどを含みます。地球温暖化に伴って極端現象がどう変わるかの見通しはIPCC第1部会の課題ではあるのですが、科学者はあまり自信をもって述べられないので、第1部会にまかせておくと必ずしも詳しく論じられません。しかし気候変化の人間社会への影響や適応策を扱う第2部会から見れば、温暖化の影響は平均値の変化よりもむしろ極端現象を通じて現われると予想されるので、これを知らないと影響評価も適応策も進みません。そこで、総合的な第5次評価報告書の原稿を完成させる前に、第2部会の呼びかけで第1部会の専門家を巻きこんで、極端現象について(いろいろな不確かさを含みながらも)科学的に言えることを引き出し、その知見がどう使えるか考えておこう、ということになったようです。

このSPMの発表を受けた報道のうちには、IPCCの言うことが2007年の第4次報告書よりも温暖化の危険を重く見るようになったという評価を加えたものも、逆に軽く見るようになったというものもあるようです。わたしには、どちらの方向にも大きく変わったようには思われません。

これまでのIPCC報告書と比べて目立つのは、「low confidence」(低い確信度)という表現がたびたび使われていることだと思います。専門家が確信をもてない場合、これまでの報告書では項目ごと省略されていたのが、この特別報告書ではあえて答えを求めたので、初めておもてに見えてきたのだと思います。ただし、「Aという見通しが『低い確信度』をもつ」ということは、「『Aでない』という見通しのほうがもっともらしい」という意味ではありません。AであるかAでないかのどちらも不確かだということです。報道のうちにはこの点を誤解(もしかすると曲解)したものもあったようです。

SPMの短い文章だけでは、執筆者の言いたかったことと違う解釈をしてしまうおそれがあり、それに基づいて議論を続けても不毛です。わたしとしては、報告書本文が読めるようになるのを待って、たぶん全部通して読むことはないと思いますが、疑問の生じた点について報告書本文にあたったうえで論評したいと思います。それまでは、何が話題になっているかを大まかには見ますが、詳しい議論は見送りたいと思います。

masudako

福島原子力事故によるセシウム137の日本全国の土壌への沈着の見積もり

福島第1原子力発電所の事故によって放射性物質がどのように広がったかに関する研究はいくつか行なわれていますが、ここではそのうち、2011年11月15日に新聞やテレビなどで報道された件について、簡単に紹介します。これは、アメリカ合衆国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載が決まりオンライン公開された次の論文です。

  • Teppei J. Yasunari, Andreas Stohl, Ryugo S. Hayano, John F. Burkhart, Sabine Eckhardt, and Tetsuzo Yasunari, 2011: Cesium-137 deposition and contamination of Japanese soils due to the Fukushima nuclear accident. Proceedings of the National Academy of Science of the USA (PNAS), in press. doi: 10.1073/pnas.1112058108 [要旨]


上に「要旨」としたリンクの先に要旨があり、論文本文のPDFファイルや補足資料(PDFと動画)にリンクされています。この雑誌の論文は原則として有料ですが、この論文は「オープンアクセス」つまりだれでも無料でPDFをダウンロードすることができます(著者の所属機関が料金を払ってくれたそうです)。

日本語では、次の解説文書が名古屋大学のウェブサイトに置かれています。「福島原発から放出されたセシウム137の日本全国への沈着量及び土壌中濃度の見積もり -- 沈着は広範囲で、特に地形効果により沈着量は場所により大きく異なることが判明」[日本語PDFファイル]

筆頭著者の安成哲平(T.J. Yasunari)さんは、日本で博士号をとったあと、アメリカ合衆国で、Universities Space Research Association (USRA, 大学宇宙研究連合)の客員研究員という立場で働いています。その本業では、大気汚染によるblack carbon (すす)をはじめとするエーロゾルが雪氷に与える影響を研究しておられます。

原子力事故のすぐあと、安成哲平さんは、福島からの放射性物質輸送のシミュレーションを試み、放射線の観測値を集めて全体像をつかもうとしていた物理学者(素粒子実験)の早野龍五さんに情報を提供したそうです。(わたしは7月14日の日本学術会議公開シンポジウム「シミュレーション・予測と情報公開に求められること−これまで・今・これから−」[会合プログラムPDF]での早野さんの講演で聞きました。) しかしその計算には不確かな仮定が多いので結果を一般公開するのは不適当だと判断されました。ていねいに計算をしなおして科学的知見として使える結果を示すことにしました。

論文になった研究では、ノルウェーの大気研究所(NILU)で開発された大気中の物質輸送の数値モデル「FLEXPART」を使っています。そのモデルの作成者たちも共著者に加わっています。風などの気象情報は、ヨーロッパ中期天気予報センター(ECMWF)が数値天気予報モデルに観測データを取りこんで作った格子点データを使っており、時間間隔は3時間、空間間隔は日本付近で約20kmです。FLEXPARTによるシミュレーション自体は、放射性物質の放出量は一定値を仮定して行なっています。そして計算結果の地上へのセシウム137の沈着量を、文部科学省がまとめた「定時降下物」という観測値データとつきあわせて、現実の毎日の沈着量を推定しました。解析期間は3月20日から4月19日までです。事故から3月19日までについては「定時降下物」のデータがないため計算できていません。土壌中の濃度は、沈着量と換算係数53 kg/m2から求めています。換算係数の値は過去に観測されたサンプルのデータに基づくものです。

この計算は、日本全体の汚染状況を大まかに把握するためのもので、期間が3月20日以後であるという制約があるほか、空間的にあまり細かい特徴は表現されていないと見るべきです。気象データの空間格子間隔が20kmで、実際に表現できている空間スケールはその数倍(たとえば4倍として80km)以上と見るべきでしょう。また沈着の多くが湿性沈着つまり雨や雪などに混ざる形で起きていると想定され、その分布は観測値に基づく降水量と似ていることが示されていますが、この似ているというのも数十km以上の空間スケールで、それより細かいスケールの分布は対応していないと思います。また沈着量から土壌中の濃度へ一定の係数値で換算していますが、現実には土壌の種類などによる違いもあるでしょう。

安成哲三(T. Yasunari)さんは哲平さんのお父さんですが、哲平さんの計算結果が出たあとで、気象学的観点からの評価が必要だということで研究に加わったと聞きました。

著者たちは、この論文が出たのを機会に、もっとていねいな調査が行なわれることを希望しています。とくに土壌のサンプリング調査を全部の都道府県で行なってほしいと言っています。

なお、この論文と同時に同じ雑誌に福島原子力事故からの放射性物質に関する論文がもう一つ出ています。筑波大学のKinoshitaさんほかによるもので、ガンマ線計測に基づく関東・東北の分布です。

文献

  • Norikazu Kinoshita, Keisuke Sueki, Kimikazu Sasa, Jun-ichi Kitagawa, Satoshi Ikarashi, Tomohiro Nishimura, Ying-Shee Wong, Yukihiko Satou, Koji Handa, Tsutomu Takahashi, Masanori Sato, and Takeyasu Yamagata, 2011: Assessment of individual radionuclide distributions from the Fukushima nuclear accident covering central-east Japan. PNAS, in press. doi: 10.1073/pnas.1111724108 [要旨]

地球温暖化問題についての別の見解

「地球温暖化問題についてのセカンドオピニオン」が必要だという議論があります(わたしの9月30日の記事、onkimoさんの11月9日の記事参照)。そこでわたしもがんばって書いてみることにします。ただし、カタカナ外来語が嫌いなので、「別の見解」という表現にしました。

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地球の気候とくに平均気温を決めているのは、太陽からくるエネルギーを地球がどれだけ吸収するかと、地球が宇宙空間に電磁波(おもに赤外線)としてどれだけエネルギーを出すかです。さらに、地球形成の初期には、地球内部から出てくる熱も重要でした。

このエネルギーの出入りを乱す要因がいくつかあります。太陽が出すエネルギーの変動や、もっと遠い銀河からの影響もあったでしょう。地球内部から出てくるエネルギーの変動も、大陸が作られるような大規模な火山活動のときには大きかったでしょう。しかし、地球に海ができて以来、それが完全に蒸発してしまったことも、完全に凍ってしまったこともなかったようです。凍ったほうはあったかもしれないのですが、それでも数百万年程度の期間ですんだようです。地球の気候には、温度が上がりすぎず下がりすぎないように調節するしくみがあるにちがいないのです。

地球の気候にはいくつかの変化しうるものがあります。そのうち、水が(雪を含む)氷になることによって太陽光を吸収する割合が減ることと、水が水蒸気になることによって赤外線吸収・射出を強めることは、いずれも温度の変化を強めるほうに働いてしまいます。気温の調節に役立つのは、気温が上がると気温を下げるほうに働くような因果連鎖を起こしうるものです。そのうちいちばん有力なのが、赤外線を吸収・射出する能力をもつ二酸化炭素なのです。

大気中の二酸化炭素濃度は岩石の風化によって変化します。ただし、炭酸カルシウムを主成分とする石灰岩が風化しても、水にとけたカルシウムイオンが水中の炭酸イオン(もとは大気中の二酸化炭素)と反応して炭酸カルシウムとなって沈殿するのであれば、結局石灰岩が石灰岩にもどるだけで、正味では大気の二酸化炭素の収支に関与しません。ここできいてくるのは、炭酸塩以外の形、具体的にはケイ酸塩の形でカルシウムやマグネシウムを含んでいる岩石の風化です。たとえば玄武岩がそういう岩石です。このようなケイ酸塩の岩石が風化して、カルシウムやマグネシウムがイオンとなって流出し、水中で炭酸イオンと結合し、沈殿して石灰岩やドロマイト(炭酸マグネシウムと炭酸カルシウムからなる岩石)となります。これで正味で大気中の二酸化炭素が減ることになります。

この逆反応は、地殻の深いところ、つまり圧力の高いところで、堆積岩が変成岩に変わるときに起こります。石灰岩やドロマイトは高圧に耐えられないので、カルシウムやマグネシウムはケイ酸塩に取りこまれ、炭素は二酸化炭素の形で抜けます。この二酸化炭素の一部は、火山ガスなどの形で大気中に出てきます。

変成・脱ガスの過程は、地上気温の影響を受けて変化することはなさそうです。(脱ガスの最終段階は地表面に厚い氷があるかどうかの影響を受けるかもしれませんが。) しかし、風化の過程は、気温と水蒸気量や河川流量の影響を大きく受けます。とても大まかには、水蒸気量も河川流量も気温に応じて変化すると考えられるので、気温が高いほど風化が速く進むと考えられます。気温が高いほど二酸化炭素が大気から速く失われるわけです。ふろおけモデル[2010年11月10日の記事]のような考えかたをして、ふろおけの水の量にあたるのが大気中の二酸化炭素量だとし、脱ガスによる供給を仮に一定だと仮定すれば、風化が二酸化炭素量の変化をやわらげるように働くことがわかると思います。

これでめでたしめでたしなのですが、この調節には百万年から千万年の桁の時間がかかるのです。これよりも急な外部要因による変動には乱されるままになってしまいます。

ところが地球上では生物が進化しました。生物は炭酸塩を沈殿させる働きもしていますが、これはさきほど述べた炭素循環を大きく変えるものではありません。しかし生物は光合成で有機物を合成します。その炭素の大部分は分解して大気中の二酸化炭素にもどってしまいますが、少しだけが岩石圏に閉じこめられて炭化水素などの形になっています。この炭化水素こそ、急激な寒冷化に対する地球の備えなのです。

最近3百万年ほど、ヒマラヤをはじめとする多くの地域での造山活動が地球の歴史のうちでも珍しく強まっています。ところが、なぜか、火山からの脱ガスは強まっていません。風化のほうは、陸上に傾斜の大きな山地ができたことによって、気温から想定されるよりもだいぶ強まっています。結果として、大気中の二酸化炭素は減り続けており、それは気候を寒冷化させるように働いています。(なお、二酸化炭素を利用する効率の高い植物が進化したことも、大気中の二酸化炭素レベルを下げるほうに働いています。) ただし、寒冷化は単調には起きていません。1万年から10万年の時間スケールで、北半球に大陸規模の氷床が広がったり消滅したりしています。さらに、(最近1万年ほど見られないもののその前には)千年の時間スケールの激しい変化も起きています。このままいくと、ひとつの可能性は、気候の振動がどんどん激しくなって、生物のそれぞれの種(しゅ)の適応が追いつかなくなり、種の絶滅が進むことです。もうひとつの可能性は、全球凍結に至ることです。

そこで地球は、新しい能力をもった生物を進化させました。その使命は...もうわかりますね。岩石圏中に閉じこめられている炭化水素を二酸化炭素に変えて大気中に放出することです。

ただし、地球による生物進化のデザインはあまり精密なものではありません。どれだけの炭化水素をどれだけの速さで放出すればよいのかは指示されていないのです。使命を負った生物が自分でそれを判断できるようになればそれでよし。もしだめならば、その生物を滅亡させて別の生物に期待することになるのでしょう。

 . . .

これは一種のガイア(gaia)論です。ただし、有名なJames Lovelock (ラヴロック)さんのガイア論はこういう話にはなりません。Lovelockさんは人類はガイアと対立する存在になったと考えているようです。人が化石燃料を燃やしているのもガイアの働きの一部ではないかという考えは、Kenneth Hsü (シュー、許)さんという中国出身のスイスの地質学の先生が引退後に書かれた本で読みました。わたしはドイツ語を読む能力が限られているので、Hsü先生が本気で言ったのか冗談だったのかわからないのですが。

文献

  • Kenneth J. HSÜ, 2000: Klima macht Geschichte --Menschheitsgeschichte als Abbild der Klimaentwicklung [気候が歴史をつくる -- 気候変遷の反映としての人類の歴史]. Zürich: Orell Füssli.

  • 田近 英一, 2009: 地球環境46億年の大変動史。化学同人 (DOJIN選書)。[読書ノート]


masudako

続・グリーンランド氷床の氷は減っていますが. . (地図帳の件)

グリーンランド氷床の広がりに関する「タイムズ世界地図帳」のまちがいが指摘されたという9月22日の記事の続報です。

RealClimateというブログに11月8日、Eric Steig (スタイグ、と読むのだと思います) さんによるTimes Atlas map of Greenland to be correctedという記事が出ました。

これによると、Harper Collins社が、訂正版の地図を作り、オンラインでも提供する予定だそうです。

また、雪氷学者たちによる、このまちがいと訂正の事情説明と、現状の科学的知識を反映した氷床の分布図を含む論文が、学術雑誌に投稿中で、その原稿[PDF 12メガバイト]が共著者のひとりのウェブサイトに置かれています。

これはCryolistという世界の雪氷学者のメーリングリストを通じた多くの人がかかわったものだそうです。まとめ役(論文の筆頭著者)になったのはアメリカのアリゾナ大学のKargel (カーゲル)さんです。2010年初めにヒマラヤの氷河の将来見通しが問題になったとき[2010年3月29日の記事参照]も、IPCC第4次報告書の第2部会の巻のアジアの章のまちがい(氷河消滅をこわがりすぎるものだった)を批判するとともに、インド環境省から出された報告書(こわがらなさすぎるものだった)をも批判する資料をまとめたかたでした。

masudako
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