気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2011年12月

原子力事故による放射性物質の大気中輸送のシミュレーション

福島第1原子力発電所の事故によって放射性物質がどのように広がったかに関する研究について、11月17日の記事ではひとつの研究例を紹介しましたが、もちろん研究例はそれだけではありません。わたしはこの問題を追いかけておりませんので、あまり詳しく説明することができず、また重要なものを見落としているおそれもありますが、ともかく気がついたものを簡単にご紹介します。

== WSPEEDI ==
日本原子力研究所(現在は日本原子力研究開発機構)では、原子力安全技術センターで運用されているSPEEDI [文部科学省の「環境防災Nネット」の中のSPEEDI紹介ウェブサイト]に続いて、WSPEEDI (世界版SPEEDI)というシステムが開発されました。[上記サイト中のWSPEEDIのページ]

6月15日(18日改訂)に原子力機構から報道発表「東京電力福島第一原子力発電所事故発生後2ヶ月間の日本全国の被ばく線量を暫定的に試算」がありました。これは、WSPEEDIによるシミュレーションの結果で、日本原子力学会英文論文誌に出た次の論文に関するものです。

  • M. Chino, H. Nakayama, H. Nagai, H. Terada, G. Katata and H. Yamazawa, 2011: Preliminary estimation of release amounts of 131I and 137Cs accidentally discharged from the Fukushima Daiichi nuclear power plant into the atmosphere. Journal of Nuclear Science and Technology 48(7), 1129-1134. [要旨および本文PDF(無料)へのリンク]


また、WSPEEDIの改訂版WSPEEDI-IIについての解説が日本評論社から出ている雑誌「数学セミナー」に出ました。

  • 永井 晴康, 2011: 放射性物質の大気拡散シミュレーションについて。 数学セミナー, 50(12), 41 - 45.



== 国立環境研究所 ==
8月25日に、国立環境研究所からの記者発表東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中での挙動に関するシミュレーションの結果についてがありました。関連の情報は[環境研の東日本大震災対応のページの中]にもあります。これは、アメリカ地球物理学連合(AGU)の雑誌に出た次の論文に関するものです。

  • Y. Morino, T. Ohara & M. Nishizawa, 2011: Atmospheric behavior, deposition, and budget of radioactive materials from the Fukushima Daiichi nuclear power plant in March 2011. Geophysical Research Letters, 38, L00G11. doi:10.1029/2011GL048689 . [要旨、購読者は本文にもアクセス可能]


また、岩波書店から出ている雑誌「科学」に次の解説が出ました。

  • 大原 利眞, 森野 悠, 西澤 匡人(まさと), 2011: 福島原発から大気中に放出された放射性物質はどこに、どのように落ちたか? 科学, 81(12), 1254-1258.



== SPRINTARS ==
SPRINTARSは九州大学の竹村俊彦さんが中心となって作られた全球大気中の放射[放射能のことではなく、可視光や赤外線の伝達]に関与するエーロゾルの輸送のモデルです。{SPRINTARSのホームページ][竹村さんの研究紹介のページ]に解説があります。

6月23日に、東京大学で記者発表があり、その説明資料「福島第1原子力発電所から出された物質のグローバルな輸送をもたらした低気圧とジェット気流」は [PDFファイル]で九州大学のサイトに置かれています。これは、日本気象学会の短報論文誌(オンラインだけで紙版はない)「SOLA」に出た次の論文に関するものです。

  • Toshihiko Takemura, Hisashi Nakamura, Masayuki Takigawa, Hiroaki Kondo, Takehiko Satomura, Takafumi Miyasaka and Teruyuki Nakajima, 2011: A numerical simulation of global transport of atmospheric particles emitted from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant. SOLA, 7, 101-104, doi:10.2151/sola.2011-026. [要旨および本文PDF(無料)へのリンク]


また、AGUのニュースレター「Eos」に次の解説が出ました。

これは全球モデルですから、日本国内の分布を論じるのには空間分解能があらすぎます。他方、太平洋を横断する輸送などを論じることができます。

masudako

続・温暖化は止まった?

1月31日の記事の続きです。

全球平均地上気温の上昇傾向をすなおに見ると、1998年ごろ以後、それ以前に比べて上昇が弱まっていると言えるでしょう。

しかし、多くの気候専門家は、地球温暖化が止まったとは考えていません。それは、大気中の二酸化炭素の増加が減っておらず、したがって、温暖化を起こす原因が弱まったとは考えがたいからです。

気温のデータについても、「明らかに」とは言えないものの、温暖化が止まったわけではないという見かたもできます。

RealClimateというブログには12月6日にGlobal Temperature Newsという記事が出ています。

その後半でふれられているのは、WMO (世界気象機関)が、2011年11月が終わったところで出した、2011年の天候に関する暫定版の報告Provisional Statement on the Status of the Global Climateです。この中に、全球平均地上気温(年平均値)のグラフがあります(RealClimateの記事でも引用されています)が、そこではラニーニャ年を青で、その他の年を赤で色分けしています。ラニーニャ年に限ると、2011年の気温は観測史上最高であり、1970年代以後の傾向は(サンプル数があまり多くないので強く言えませんが)継続した上昇のように見えます。他方、ラニーニャ以外の年について見ると、2000年以後も、それ以前よりはにぶいかもしれませんが、上昇傾向はあります。(長期的な変化傾向を見るには、1998年のような山だけでなく1999年のような谷も含めて、棒の上端の点の分布を見るべきです。)

RealClimateの記事の前半で紹介されているのは、最近学術雑誌に掲載が決まった次の論文です。

実は、1月31日の記事で紹介したTaminoというブロガーがGrant Fosterさんで、その解析結果をドイツの研究者Rahmstorfさんといっしょに検討して論文にしたのです。もう少し詳しい解説がTaminoさんの個人ブログOpen Mindに12月6日にThe Real Global Warming Signalという記事として出ています。

この論文では、1979年から2010年までの全球平均地上気温の時系列から、太陽活動(いわゆる太陽定数の変化)、火山活動(成層圏にはいったエーロゾル)、エルニーニョ・南方振動(海面水温の分布にもとづくMEIという指標)の影響をとり除く試みをしています。この3つの要因を除いた気温変化には明確な上昇傾向があり、その勢いは2000年以後もおとろえていません。

ブログには引用されていませんが論文の第7図に3つの要因それぞれの寄与が示されています。これを見ると、2000年以後の実際の気温の上昇がにぶっているおもな理由は、2003年以後、太陽からくる放射が弱くなっていることのようです。

太陽からくる放射の強さは、伝統的に「太陽定数」と呼ばれてきましたが、定数ではないので、最近は英語ではTSI (total solar irradiance)と呼ばれています。SORCEという衛星プロジェクトのコロラド大学にあるウェブサイトにSorce Total Solar Irradianceの観測データのグラフがあります。これを見ると、TSIは2008-2009年は小さい値を保っており、2010年中もあまり上がらなかったのですが、2011年になってから上昇し、12月にはSORCE観測の始まった2003年と同じレベルに達しています。[2011-12-24改訂: 最近の太陽活動の極大は2000-2002年ごろで、2003年はその後TSIが下がりはじめた時期です。]

したがって、もしFosterさんたちの気温変化の原因の分析が正しいとすれば、気温上昇がおさえられていた要因がなくなったので、これからかなり激しい気温上昇が起こるだろうと予想されます。

ただし、気候専門家の、この統計的分析の正しさに関する確信度は、大気中の二酸化炭素がふえることが温暖化をもたらすしくみに関する確信度ほどは高くありません。

masudako
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