気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

2012年02月

オリンピックを東京で8月に開くことには賛成できません

オリンピックを東京で開こうとしている人たちがいることは前から知っていました。2016年の開催については競争に負けて、今は2020年の開催をめざしているのですね[2012-02-25訂正]。大震災からの復興を旗印にして東北か茨城県ならともかく東京で開くことには、わたしは積極的に賛同はしませんが、積極的に反対もしません。

しかし、予定された会期が7月2924日から8月149日と聞いてあきれました。気候学者のひとりとして許せません。(これはわたし個人の意見であり、気候学者を代表するものではありませんが、たぶん多くの気候学者が似た意見をもっていると思います。)

日本のほとんどの地点の地上気温の季節変化にサインカーブをあてはめてみると、その極大は1月1日から数えて220日ごろ、つまり8月7日ごろにあたります。(いずれ東京のデータでも作図したいと思いますが、とりあえずこのページの下のほうの「Nara (奈良)」のグラフをごらんください。) 中国内陸のシーアン(Xi'an, 唐の長安)あたりならば二十四節季の大暑に気温の極大になるのですが、海にかこまれた日本では位相が遅れて立秋ころになるのです。実際の気温はサインカーブどおりではなく毎日の天気にもよります。7月末の関東は、つゆあけがとても遅れた年にはくもりが続くこともありますが、多くの年はすでにつゆがあけているので、夕立はあるかもしれませんが、一日の大部分晴れて暑い日が多くなります。しかし、砂漠の暑さとは違って、湿度は高いです。ということは、からだの熱が蒸発によって奪われにくいので、体内のエネルギー変換が激しいときに体温が上がりすぎないように保つのは楽ではありません。

さらに、東京のような都市では都市気候が加わります。人工熱源や人工的地表面被覆のせいで、自然植生や農地の地域に比べて気温が高くなります。(湿度は低めになるかもしれませんが。) また、(1970年代よりは改善されたとはいえ)大気汚染もあり、夏の晴れた日には光化学スモッグのおそれもあります。

このような気候(の時期)が、スポーツの祭典に向いているとは思えません。少なくとも、野外で行なうスポーツには適さないでしょう。欧米の選手に比べれば日本の選手のほうが有利になるかもしれませんが、熱帯諸国の選手にはかなわないでしょう。熱帯諸国から欧米に移住した選手も多いので、国単位で強いのはやはり欧米かもしれません。

室内の競技場では冷房が欠かせないでしょう。選手と審判員だけを迎えて競技会をするだけならば、必要なエネルギー量はたいしたことはないかもしれません。しかし、オリンピック大会をやりたい人は、おおぜいの観客のいる競技場でやることを想定しているはずです。そこでは、ふだんよりも強力な冷房が必要になります。

そして、その時期は、最近の日本では、冷房需要のために、年でいちばん電力需要が多くなっている季節なのです。2011年にはピーク時の発電能力がふだんの需要量に達しなかったので、みんなが節電をしなければなりませんでした。(研究用の計算機も止められたものが多数あり、シミュレーション型の研究はだいぶとどこおったのです。) 再生可能エネルギーの開発が強力に進められていますが、20162020年までに東京の消費電力の大きな割合をまかなえる見通しはありません。化石燃料を燃やす火力発電をふやすしかありません。人びとが食っていくために必要な発電ならばそれもしかたないと言えるかもしれませんが、もともと需要ピークになる時期にオリンピックができるように発電能力をふやせというのはぜいたくすぎます。

東京でオリンピックを開くならば、少なくとも、いちばん暑い季節をはずすべきです。たとえば1964年のときと同じように10月10日から24日にすることが考えられます。

masudako

森林は地球温暖化にどのようにかかわりうるか

Yahoo掲示板の 「科学 > 地球科学 > 気候の門 (Yahoo門)」に、1月31日に、ロリアン(lorient_xxx)さんから次のような質問がありました。

最近冬場の冷え込みが大きく、夏場の暑さが厳しいような気がします。
局時的な解説はジェット気流がどうの、という専門家の意見を聞きますが、私は森林伐採の影響により、地球の保温効果が低下しているのではないかと思います。

森林が多い条件で暑い→光合成が活発化→温室効果ガスCO2が減少→暑さが抑えられる。

森林が多い条件で寒い→光合成が減少→温室効果ガスCO2が増大→暖かくなる。

マクロ的に見れば、このようにして、地球は保温されているのではないかと思いますが、専門家の御意見を伺いたいと思います。


気候に対する森林をはじめとする植生の役割は、なかなか複雑な問題です。因果関係の筋書きがいくつもあります。

地球全体ではなく、数百キロメートル程度の広がりの地域の陸上の温度について、陸から水が蒸発できる場合とできない場合を比べると、水が蒸発できるほうが温度の季節変化が小さくなります。夏の地面温度が低くなります、と言ったほうがよいかもしれません。(地面から大気にエネルギーを運ぶ方法として、蒸発のほかに放射と顕熱輸送がありますが、放射と顕熱輸送のいずれも地面と大気の温度差が必要だからです。) 森林がある場合のほうが裸地の場合よりも、仮に同じだけ雨がふったとしても、(葉からの蒸散を含む)蒸発する水が多いでしょう。この意味では、森林が地上気温の季節変化をやわらげると言ってよいと思います。もちろん森林があるほうがないよりも光合成は多くなりますし、葉が光合成に使う二酸化炭素を取り入れるのと水蒸気を蒸散させるのは同じ気孔というあなを通してではありますが、ここでいう森林が気温の季節変化をやわらげるしくみには、二酸化炭素の役割はありません。

森林の光合成は、温度が高いほど活発になるとは限りません。植物の種類によって違う適切な温度範囲があって、それより高くても低くても不活発になるのがふつうです。もともと寒いところでは、気温が上がると植物が光合成をする期間が長くなり、大気中の二酸化炭素が陸上生態系に吸収されて、温暖化を弱める方向のフィードバックになりそうです。しかし、もともと暑いところでは、逆に光合成が弱まり、大気からの二酸化炭素の吸収が減って、温暖化を強めるフィードバックになりそうです。

陸上生態系と大気との二酸化炭素収支には、光合成のほかに、生物による有機物の分解(呼吸を含む)もきいています。このうち大きな割合をしめる土壌微生物による有機物の分解は、地温が高いほど速く進みます。したがって、分解可能な有機物がある限りはですが、気温が上がると大気への二酸化炭素放出がふえて、温暖化を強めるフィードバックになりそうです。たぶん、こちらのほうが、気温→光合成→二酸化炭素→気温のフィードバックよりも強いでしょう。

気温といちおう関係なく、二酸化炭素濃度の変化から光合成への影響もあります。二酸化炭素は光合成の原料ですから、それが多いほうが光合成量が多くなりそうです。これは二酸化炭素濃度の変化を弱めるフィードバックになるはずです。二酸化炭素濃度が高いほうが光合成が多くなる効果はあるにはありますが、野外実験の結果によれば、葉だけを使った実験で期待されたほど大きくないことがわかってきました。その事情は複雑ですが、ひとつには、陸上植物にとっては水が貴重なので、二酸化炭素濃度が高くなると蒸散を減らすように気孔の開きが小さくなるからです。

しかし、この蒸散を減らすことを含めたもう少し複雑な因果関係で、植物の効果があった場合のほうがない場合よりも、二酸化炭素濃度上昇に伴う気温の上昇が小さめになる、という因果関係を示したシミュレーション研究例はあり、2010年1月20日の記事で紹介しました。(二酸化炭素の温室効果が気温上昇に働くことは前提として、それを少し弱めるという話です。)

また、森林があるとないとでは、陸が太陽放射のエネルギーを吸収する量が変わります。葉緑素は太陽放射の赤外線部分(可視光線に近い赤外線という意味で「近赤外」という)をよく反射するので、可視光だけで考えた場合ほど大きな違いではないのですが、多くの場合、葉のしげった森林は裸地よりも太陽光をよく吸収します。もしこの効果だけが働くならば、森林があるほうがないよりも気候が温暖になることになるでしょう。

こうやって理屈をならべただけでは、どの効果が大きく効くかはわかりません。理屈を定量的に表現してモデルを組んでも、フィードバックがたくさんあると、一般的な答えはなかなかできません。しかし、いくつかの要因を変えほかの要因を変えないシミュレーションをなんとおりもしてみることができます。そういう経験を積みながら、どのフィードバックがとくに重要かを認識していくわけです。(わたしは、実際にこの主題について研究しているわけではないので、説明できるのはこのあたりまでになります。)

masudako
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