2013年台風30号、国際名Haiyan (ハイエン)、フィリピン名Yolanda (ヨランダ)は、フィリピン中部に大きな被害をもたらしました。共同通信の「47ニュース」(2013-11-14 10:57)によれば「フィリピンの国家災害対策本部は、台風30号により2357人の死亡を確認と発表」したとのことです。この台風に関する情報はあちこちで整理されている途上と思います。わたしがこれまでに見た範囲では、国立情報学研究所の北本 朝展さんによる「デジタル台風」の中の「2013年台風30号(ハイエン|HAIYAN)」のページの情報がしっかりしていると思いました。ただしこれは、そこに書かれた日時(わたしが見た時点では2013年11月10日18時)までに得られた気象情報と報道をもとに北本さんが考えたこととして理解する必要があります。
11月11日から、気候変動枠組み条約締約国会議が、ポーランドのワルシャワで開かれています。その会議でのこの台風の件にふれた演説が話題になりました。最初に見た英語の記事で講演者の名まえが「Sano」とあったので「佐野さん?」と思ったのですが、フィリピン政府のこの会議への代表のSaño (サニョ)さんでした。検索してみると、フィリピン政府のClimate Change CommissionのCommissioner (国の行政委員会として「気候変動委員会」があってその委員長なのでしょう)で、紹介ウェブページが見つかりました。環境・天然資源保護のNGO活動歴のあるかたで、自然科学者ではないようです。今回の報道によれば親族に被災者がいるそうで、感情のこもった演説になったのも無理もないと思います。
こういう話題が出てくると「今度の強い台風は地球温暖化のせいなのか?」という議論がよく起こります。残念ながら、この問いはYesともNoとも答えようがない問いです。気候の変動には、人間がいなくても起こる自然の変動に、人間活動が排出した二酸化炭素そのほかの影響が重なっています。個別の台風について、人間活動由来の気候変動がどれだけきいているかをよりわけて論じることは残念ながら不可能です。(次に述べる統計的関係から確率的推測はできる可能性がありますが。)
科学的に答えられる可能性があるのは、「地球温暖化が進むと、このような強い台風の頻度がふえるか?」という構造の問いについてです。たとえば、ある強さ以上の台風がくる確率が、これまでは「60年に1回」だったが、これからは「30年に1回」に高まる、というような構造のことが言えるかもしれません。(ここに示した数値は単なる例で、実際にそうだと主張するものではありません。)
これまでの観測事実の統計によって、因果関係の論証はできませんが、推測はできる可能性があります。幸い、フィリピンに達する台風に関しては、約百年間の質のそろった観測データがあります。イエズス会が、19世紀末のスペイン領だったころにマニラ天文気象台(Manila Observatory)で観測を始め、アメリカ領の時代には植民地政府の公認を得て当時の「フィリピン気象局」(Philippine Weather Bureau)を運営していたのです。このフィリピン気象局のデータ報告書を再発見した海洋研究開発機構の久保田尚之(ひさゆき)さんの研究(Kubota and Chan, 2009)によれば、2005年までの約百年間に、台風の明確な増加・減少傾向は見られません。自然変動と考えられているENSO (エルニーニョ・南方振動)およびPDO (太平洋十年規模振動)に関連する振動的変化は見えています。この百年間に全球平均地上気温は上昇しているのですが、台風はそれに明確に応答した変化をしていないのです。(ただし、注目する地域を変えると何かの関係が見られる可能性は残っています。)
では将来についてはどうか。これは理論とシミュレーションに頼るしかないので不確かさが大きいですが、IPCC第5次報告書(第1部会、暫定版)を見ると、全世界規模で見て、温暖化に伴って、熱帯低気圧の極大の風速や降雨強度は強まる可能性が高いという見通しが示されています。ただし、弱いものまで含めた総数は、変わらないか、むしろ減る可能性が高いとされています(TS 5.8.4節、図TS.26)。
わたしはまだサニョさんの演説の内容を詳しく確認していないのですが、報道を見る限り、(今度の台風を直接的に温暖化と関連づけるのではなく)「温暖化が進むとこのような災害をもたらしうる台風がふえるので、温暖化をくいとめるべきだ」という趣旨のようです。それならば、まだ科学的確信度が高くはありませんが、理屈はもっともだと思います。
文献
masudako
11月11日から、気候変動枠組み条約締約国会議が、ポーランドのワルシャワで開かれています。その会議でのこの台風の件にふれた演説が話題になりました。最初に見た英語の記事で講演者の名まえが「Sano」とあったので「佐野さん?」と思ったのですが、フィリピン政府のこの会議への代表のSaño (サニョ)さんでした。検索してみると、フィリピン政府のClimate Change CommissionのCommissioner (国の行政委員会として「気候変動委員会」があってその委員長なのでしょう)で、紹介ウェブページが見つかりました。環境・天然資源保護のNGO活動歴のあるかたで、自然科学者ではないようです。今回の報道によれば親族に被災者がいるそうで、感情のこもった演説になったのも無理もないと思います。
こういう話題が出てくると「今度の強い台風は地球温暖化のせいなのか?」という議論がよく起こります。残念ながら、この問いはYesともNoとも答えようがない問いです。気候の変動には、人間がいなくても起こる自然の変動に、人間活動が排出した二酸化炭素そのほかの影響が重なっています。個別の台風について、人間活動由来の気候変動がどれだけきいているかをよりわけて論じることは残念ながら不可能です。(次に述べる統計的関係から確率的推測はできる可能性がありますが。)
科学的に答えられる可能性があるのは、「地球温暖化が進むと、このような強い台風の頻度がふえるか?」という構造の問いについてです。たとえば、ある強さ以上の台風がくる確率が、これまでは「60年に1回」だったが、これからは「30年に1回」に高まる、というような構造のことが言えるかもしれません。(ここに示した数値は単なる例で、実際にそうだと主張するものではありません。)
これまでの観測事実の統計によって、因果関係の論証はできませんが、推測はできる可能性があります。幸い、フィリピンに達する台風に関しては、約百年間の質のそろった観測データがあります。イエズス会が、19世紀末のスペイン領だったころにマニラ天文気象台(Manila Observatory)で観測を始め、アメリカ領の時代には植民地政府の公認を得て当時の「フィリピン気象局」(Philippine Weather Bureau)を運営していたのです。このフィリピン気象局のデータ報告書を再発見した海洋研究開発機構の久保田尚之(ひさゆき)さんの研究(Kubota and Chan, 2009)によれば、2005年までの約百年間に、台風の明確な増加・減少傾向は見られません。自然変動と考えられているENSO (エルニーニョ・南方振動)およびPDO (太平洋十年規模振動)に関連する振動的変化は見えています。この百年間に全球平均地上気温は上昇しているのですが、台風はそれに明確に応答した変化をしていないのです。(ただし、注目する地域を変えると何かの関係が見られる可能性は残っています。)
では将来についてはどうか。これは理論とシミュレーションに頼るしかないので不確かさが大きいですが、IPCC第5次報告書(第1部会、暫定版)を見ると、全世界規模で見て、温暖化に伴って、熱帯低気圧の極大の風速や降雨強度は強まる可能性が高いという見通しが示されています。ただし、弱いものまで含めた総数は、変わらないか、むしろ減る可能性が高いとされています(TS 5.8.4節、図TS.26)。
わたしはまだサニョさんの演説の内容を詳しく確認していないのですが、報道を見る限り、(今度の台風を直接的に温暖化と関連づけるのではなく)「温暖化が進むとこのような災害をもたらしうる台風がふえるので、温暖化をくいとめるべきだ」という趣旨のようです。それならば、まだ科学的確信度が高くはありませんが、理屈はもっともだと思います。
文献
- Hisayuki Kubota and Johnny C. L. Chan, 2009: Interdecadal variability of tropical cyclone landfall in the Philippines from 1902 to 2005, Geophysical Research Letters, 36, L12802, doi:10.1029/2009GL038108.
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