丸山茂徳先生の宝島新書をようやく最後まで読み終えましたので、ひきつづき、少しコメントしておきます。アンケートについては前回書いたので、それ以外のいくつかの論点について。

なお、宝島新書の3カ月前に講談社から発行された丸山先生の本にも、気候変動の原因については同じような主張が書かれています。この講談社の本に対しては、既に、増田耕一さんが専門家としての視点で読書ノート[2011-03-31リンク先変更(masudako)]を書かれています。

地球温暖化問題懐疑論へのコメント Ver 2.4」[2011-03-31リンク先変更(masudako)]の 18〜21ページでも、講談社本の主要な論点に対する反論が述べられています。丸山先生は、屋久杉の年輪から得られた安定炭素同位体比(δ13C)が全球平均気温の指標であるという独自の解釈をしておられますが、元データについて調べた結果、この解釈は完全な誤りであることが判明しています(興味ある方は 20〜21ページをお読みください)。講談社本などで展開されている、過去の地球の気候が太陽活動や宇宙線照射量に連動しているという主張や、過去100年程度の地球温暖化の傾向が「異常」ではないという主張においては、安定炭素同位体のデータが欠かせないものでしたが、その根拠が失われていることになります。

地球寒冷化対策??

丸山先生は、今後の地球が2035年頃まで急激に寒冷化するという説を唱えています。私はこの主張にはまったく賛成できません。しかし、本当に急激な寒冷化が起こったとすると、確かに食料生産は世界的に打撃を受けることになるのでしょう。そこで、もし本気で寒冷化を心配するというのであれば、対策としては、何らかの強力な温室効果ガス(例えば HFCs とか?)を大量に備蓄しておくだけで十分だと思います。寒冷化の兆しが見えたタイミングで一気に放出すれば、その後の寒冷化を抑制することができるでしょう。丸山先生も温室効果の存在自体はきちんと認めておられますので、この対策の有効性は理解してもらえると思います。問題は、このような対策の準備にコストをかけるほどの価値があるかどうかということですが・・・。

自己矛盾??

宝島新書には、論旨が一貫していないような印象を受ける部分がありました。とくに、わずか3カ月前に出されたばかりの講談社本との食い違いとおぼしき記述には首をかしげざるを得ません。

例えば、「『温暖化=二酸化炭素犯人説』はまったくの誤りだと断言しますが・・・」(講談社本 p.186)と威勢が良かったはずなのに、「(21世紀の気候について)温暖化するか、寒冷化するかはわからないが・・・」(宝島新書 p.86)と弱気な記述に変わっています。もし二酸化炭素以外の要因で温暖化するということであれば、論理矛盾とは言えませんけど。いずれにせよ、「今後5〜10年で2つの学説の決着はつくでしょう」(講談社本、p.82)とのことなので、われわれ現役世代が目の黒いうちに、寒冷化説と温暖化説のどちらかが否定されるようです。

講談社本では、槌田敦氏らの主張を紹介する形で、「つまり、二酸化炭素の増加とは温暖化の結果であって、原因ではないのです。この観測データがそれを明らかにしています。」(講談社本 p.60)と断じ、この記述はわざわざ講談社本の表紙カバー裏にも印字されていました。宝島新書では、チャールズ・キーリングらによる二酸化炭素濃度観測の研究成果を紹介する中で、「18世紀から19世紀にかけてイギリスで産業革命が興って以降、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料を燃やした結果、大気中に二酸化炭素を放出し、その濃度を高めていったことがわかるだろう。」(宝島新書 p.18)という至極まっとうな記述に変化しました。申し訳程度に「海洋から放出された二酸化炭素も幾分あるはずで・・・」(宝島新書 p.19)という槌田説(?)を控えめに紹介する記述も残ってはいます。

科学者たる者、自分の主張の誤りや不適切さに気づいた場合は、堂々とそれを認めればいいのだ、ということは私も全面的に同意します。ただ、主張を変化させる場合は、その理由を(場合によっては経緯も)きっちり分かりやすく説明してもらわないと、講演の聴衆や論文の読者を無用に混乱させてしまうことになります。

低炭素社会と世界政府実現に向けて突き進め(?)

宝島新書の第2章以降は、地球温暖化の科学とは直接には関係しない話が主なので、このブログでは詳しく論評しなくても良いと思います。ただ、納得できかねる多くの主張の間には、私が同意できる部分もありましたので、すこし触れておきます。

とても重要なこととして、低炭素社会に向け、石油消費を急速に減らしていく必要性は、丸山先生も全面的に認めています。多くの温暖化懐疑論者と異なる点なので特記しておきます。(ちなみに、横浜国大の伊藤公紀先生も、CO2排出は減らしたほうが良いと認めています。)

宝島新書の97ページ以降では、世界を統一する「超政府」を成立させる必要性を説いています。現実離れしたアイデアのように見えますが、EUの世界版と考えるなら、まったく不可能とまでは言えません。私の個人的な考えでもありますが、究極の「不戦社会」を実現するためには、時間がかかったとしてもあきらめずに「世界政府」のような強力な仕組みを慎重に築いていく必要があるはずです。とはいえ、「超政府」成立に向けて世界を引っ張るリーダーとしての役割を米国に期待するという丸山先生の主張には無理があると思いますが。

その他の論点について

宝島新書では、データやグラフの出典の一部はきちんと示されていません。まさか、的確に反論されることを回避するために意図的に出典を隠したわけではないと思いますが、一般向けの本とはいえ、研究者の書く文章として不適切でしょう。

氷期・間氷期サイクルを説明する地球の軌道要素の変化は「ミランコビッチサイクル」と呼ばれていますが、丸山先生は、ミランコビッチサイクルの影響として、「いつ寒冷化が始まってもおかしくない」(宝島新書 p.64)と主張しています。しかし、ミランコビッチサイクルの影響については、IPCC (2007) AR4 WG1 第6章で詳しく検討済みで、
「今後数100年間の世界的な気温が、自然の軌道要素に起因する寒冷化の顕著な影響を受けることはない」ということが「ほぼ確実 (virtually certain)」で、
「今後3万年以内に地球が次の氷期に移行する可能性」についても「非常に低い (very unlikely)」と結論づけられています。
丸山先生は、これらの検討結果については考慮に入れていないようです。
IPCC第6章概要等についての日本語訳をごらんになりたい方は、気象庁のこちらのページから、第1作業部会報告書「概要及びよくある質問と回答」の「第6章 古気候」をお読みください。


簡単にコメントするだけのつもりだったのに、ついつい長くなってしまいました。
では、また。

吉村じゅん