気候変動・千夜一話

地球温暖化の研究に真面目に取り組む科学者たちの日記です。

地球温暖化に関する科学

IPCC第5次評価報告書 統合報告書が出ました

コペンハーゲンで開かれていたIPCCの総会で、第5次評価報告書(AR5)の統合報告書が承認されました。

今のところ、IPCCウェブサイトhttp://www.ipcc.chのトップページからも、Fifth Assessment Report (AR5)のSynthesis Reportの下に、Summary for Policymakers (政策決定者向け要約)と、Synthesis Report - Longer Report (統合報告書本体)の、それぞれのPDFファイルへのリンクがあります。(報告書本体も部会別報告書のように長くはなく、1個のPDFファイルです。) まだ体裁をととのえる編集がされていませんが、内容は最終版のようです。

この統合報告書についてのウェブページはhttp://www.ipcc.ch/report/ar5/syr/ で、これは長期にわたって維持されると思います。

日本語では、環境省の[このページ]に11月4日づけの報道発表があります。

環境省の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)について」のページは順次更新されています。統合報告書に関してこれまでに置かれたのは、「 日本語概要資料(報道発表資料の概要)」というPDFファイルですが、これの内容は上記の報道発表のページからリンクされたPDFファイルと同じのようです。「政策決定者向け要約」のところにあるのは今のところ英語版へのリンクですが、今後、日本語訳が置かれると思います。

余談ですが、IPCCウェブサイトの統合報告書についてのウェブページのPresentationというリンクの先にPowerPointファイルがあります。ファイルサイズが48メガバイトもありますが、さし絵のように使われた写真でかさばっているだけのようです。3つの部会の報告書の要約を見た人にとって、とくに新しい情報はないように思われました。これのダウンロードはおすすめしません。

ただし、パワーポイントの17ページめの図(報告書にはない図のようですが)の「2℃目標達成を可能とする炭素排出の65%をすでに使ってしまった」は不確かさを含む見積もりを単純化しすぎた表現だし、IPCCの立場を誤解させかねないので、困ったものだと思います。(今回、IPCCは2℃目標が達成可能な条件を論じていますが、それは気候変動枠組み条約締約国会議が2℃目標をかかげたのでそのような問いが生じたからであって、IPCC自身の意志として2℃目標を主張しているわけではないのです。しかし、おそらく議長・副議長などのIPCC執行部の人々の個人的感覚として2℃目標が自明であるために、混乱が生じているのだと思います。)

(しかも、この追加の図は、グラフの形式がいわゆる3次元円グラフ(3D pie chart)というもので、まずいと思います。円グラフそのものがまずいという人もいますが、わたしは、全体に対するひとつの数量の割合を示すのには円グラフはよいと思います(個人ブログの[2012-08-12の記事][2012-08-15の記事]で論じました)。しかし、立体もどきの見かけにするための変形で、図の中心角も面積も、数量の割合を正確に伝えるものでなくなっているのです。IPCC報告書本体のグラフ表現は、複数の人がレビューしているので、たぶんこのようにひどいものはないと思います。)

masudako

Muller (ムラー)さんの講義についてのコメント

2014年5月30日夜23時から、NHK教育テレビで、「バークレー白熱教室 大統領をめざす君のためのサイエンス 第3回 地球温暖化の真実」という番組がありました。カリフォルニア大学バークレー校の物理学者 Richard Muller教授の講義で、2013年4月19日に放送されたものの再放送でした。Mullerという名まえをどう発音するのかよくわからないのですが、ひとまずNHKに合わせて「ムラー」としておきます。

Mullerさんが2008年に出したPhysics for Future Presidentsという本は、日本語では2010年に「今この世界を生きているあなたのためのサイエンス」という2冊本で楽工社から出ています。この本についてわたしは別のブログに[読書メモ]を書きました。2010年にはもう少し詳しいPhysics and Technology for Future Presidentsという本があって、2011-12年に「サイエンス入門」という2冊本で楽工社から出ています。また、このNHKの番組5回シリーズと同じ内容が「バークレー白熱教室講義録 文系のためのエネルギー入門」という本として2013年に早川書房から出ているそうです(わたしはまだ見ていません)。

Mullerさんは地球科学者の間では複数の件で変わった仮説を出した人として知られていました(が、もはや昔の話というべきかもしれません)。さきほど述べた「読書メモ」で少しふれました。ここではその話は省略します。

Mullerさんは、現代の社会での政策決定をはじめとする多くの活動にとって科学の知識が重要だと考えていて、それを意識した授業をしています。それはもっともなことだと思うのですが、そういう授業はとてもむずかしいと思います。政策にかかわる話題を扱いながら、教師自身の政策に関する意見にふれないことも、意見を科学的知見と明確に区別して述べることも、むずかしいのです。この日の番組では、最初の部分が、その前の回の復習という趣旨だったようなのですが、エネルギー政策に関する意見を学生にたずね、コメントしていました。複数の学生の提案をそれぞれオプションとして尊重しながらコメントしていましたが、自分はこれが重要だと思うという意見も述べていました。

この日の本論である地球温暖化の話題では、Mullerさんの政策に関する意見が結論に影響することは少なかったように思います。他方、Mullerさんは最近は自分でも気候の研究にかかわっているのですが、わたしから見てMullerさんの気候に関する理解がなお不充分なのではないかと思われるところもありました。

まず、大気中の二酸化炭素には温室効果があるのだ、というデモンストレーションとして、空気を入れた箱に白熱電球の光をあてて温度をはかっていました。温室効果は大気成分が赤外線を吸収することと射出することでなりたつのですが、Mullerさんの実験は吸収だけを示していたと思います。両方を定量的に示すデモンストレーション実験はなかなかないのです。むしろ重要なのは、実験のあとの講義での、地球大気のエネルギー収支に関連させた温室効果の説明だったと思います。

Mullerさんは、大気中の二酸化炭素の濃度が増加していること、そのおもな原因が人間による化石燃料の消費にあることは疑っていません。また、今では地球温暖化がすでに起きていることと、その原因が人間活動による大気中二酸化炭素増加であることも、確かな知識だと思っているそうです。しかし、数年前には、この2つの点についてはあやしいと考えていたそうです。ひとつには、1970年代には「氷河期が来る」という議論がされていたのに温暖化に話が変わったことが唐突と思われたから、もうひとつには、温暖化が起きているという議論のうちにひどく誇張されたものがあったからだそうです。(Mullerさんが誇張とみなした件のいくつかについてはあとで考えてみます。)

そこでMullerさんはBerkeley Earth (http://berkeleyearth.org/)というプロジェクトを始め、地上気温の観測データから、全地球規模の温度変化の事実を見ました。その際に、温度上昇は観測機器の設置状況や都市のヒートアイランドによる、世界全体を代表しない現象ではないか、という疑いについて検討しました。Mullerさんは講義の中でそういう検討をした研究はそれまでになかったと言っていましたが、そんなことはなく、NOAA のNational Climatic Data Centerの人たちによる研究があります。しかし独立に解析したことには意義があります。その結果は(講義によれば)、設置状況の影響で温度の偏りが生じることはあるが温度の長期変化傾向には差が出なかったそうです。また、都市ヒートアイランドの地点を除外しても。世界平均気温には従来の研究で示されたのと同様な上昇傾向が得られたそうです。

ここまではもっともなのですが、Mullerさんが「温度上昇の原因は『50%以上』どころか100%人間活動由来の二酸化炭素だとわかった」と言ったのは無理のある議論だと思いました。やったことは濃度の時系列と温度の時系列の統計的な比較らしいのですが、その方法でそんな確実なことが言えるはずがないのです。

この部分の講義の中で、気温の時系列には火山噴火に伴う落ちこみがあることを示していました。(その原因の説明のところで「成層圏に吹き上げられた火山灰」という表現がありました。Mullerさんまたは日本語版への訳者が硫酸を主とするエーロゾルを火山灰と同一視してしまったようです。) また、 エルニーニョや北半球の冬の海の温度変化に対応する変化もあると言っていました。そういったものを除いた長期変化と二酸化炭素濃度がよく対応するという話にちがいないのですが、具体的にどういう意味で対応すると言っているかを知るには、Mullerさんたちの論文を詳しく読んで理屈を追う必要がありそうです。論文はhttp://berkeleyearth.org/papers/にあるようです。すみませんが、わたしは詳しく読むことをお約束しません。

さて、学生からの質問のところで(NHKによる日本語ふきかえに)「飲料メーカーの財団」ということばが出てきました。Berkeley Earthプロジェクトの資金源はhttp://berkeleyearth.org/fundersに示されていますが、そのうちのひとつはCharles G. Koch Charitable Foundation でした。Kochはドイツ語ならばコッホですが、アメリカ英語での普通の発音はコウクでCokeと同音なのですね。それで講義を筆記した人が誤解したのだと思います。Koch Industriesという石油精製技術などの会社があって、創業者一族が株をもっています。その一族が作った複数の財団が2005年ごろから、ExxonMobilなどの上場企業(決算報告書にもとづく批判を受けた)に代わって温暖化否定宣伝の主要な資金源になっています。Koch財団がMullerさんのプロジェクトに資金を出した際には、温暖化の事実あるいはその原因が化石燃料であることに否定的な結果を期待しただろうと思われます。しかしMullerさんによれば、財団からの圧力は受けず、予断なしに研究することができたそうです。

さて、Mullerさんのいう「誇張」の問題です。Mullerさんは、地域的な高温、いわゆる「熱波」を地球温暖化のせいにする議論を「まちがいだ」と言いきってしまいます。どうやらMullerさんは、全球平均地上気温の上昇を地球温暖化の定義のように考えていて、その数値よりも大きな温度偏差は地球温暖化とは別ものだと考えているようです。わたしの考えでは、確かに地域的な高温をすべて地球温暖化のせいにしてはいけませんが、地球温暖化は必ずしも世界どこでも一様な温度上昇ではなく地域規模の現象や年々変動にも影響を与えているはずです。ただし、これを説明すること、とくに時間や紙面の限られた場で説明することはむずかしいです。

Mullerさんの「人間はものごとを何かのせいだと述べたがる、温暖化はその『何か』としてたびたび使われている」という議論はもっともだと思います。しかしわたしから見ると、Mullerさんは、ものごとを温暖化のせいであるのかないのかどちらかに割り切りたがる傾向が行き過ぎているように思います。

Mullerさんが示す世界平均気温の集計結果のグラフでは、昔に比べて最近のほうが年々変動の幅が小さくなっています。これは昔の観測データの乏しさのせいである可能性がありますが、「最近のほうが変動が大きくなっている」とは言えないそうです。Mullerさんは、「したがって『温暖化のせいで熱波がふえている』というのはまちがいだ」と言います。この議論には無理があると思います。「熱波」は地域的な気温の変動です。世界平均気温の変動幅がふえなくても地域ごとの気温の変動幅がふえることはありうるので、それを論じるためには地域ごとの気温の変動を検討する必要があります。

海水位変化については、Gore (ゴア)さんが映画「不都合な真実」で海水位が数メートル上がる画像を作って示したとき、それには千年くらいかかるという見通しを添えなかったことについて、誇張したメッセージを伝えてしまったというMullerさんの批判はもっともだと思います。他方、Mullerさんは、今後100年間の見通しをIPCCの(録画時最新だった)第4次報告書をもとに「最悪の場合で60-90cm」とし、それよりも大きな海面上昇を心配することはないとまで言ってしまいました。IPCC第4次報告書では、氷床崩壊が加速する可能性がまだ計算にはいっていないことも述べられていたのですが、Mullerさんはそれに気づかなかったのでしょう。意図的ではないと思いますが、誇張の反対の過小評価にいくらか偏ったと思います。

masudako

IPCC第5次報告書のウェブサイトの現状

IPCCのウェブサイト www.ipcc.ch を見たら、第5次評価報告書(AR5)に関する記事の配置が変更されていました。

いちばん上に全体に関する情報があります。それに続く「AR5 Media Portal」には報道向けの情報があるのですが、4月のベルリンでの総会以後まだ更新されていないようです。「Outreach Calendar」は公開行事の予定表です。

それから、第3部会から逆順に、各部会の報告書が紹介されています。部会ごとに、次の同じ構造に整理されました。

  • Summary of Policymakers ... 政策決定者向け要約 (PDFファイルへのリンク)

  • Working Group Report Website ... 部会が別に持っているウェブサイトへのリンク

  • Quick Link to report PDFs ... 別ページへ、そこから報告書本体各章のPDFファイルへのリンク


ただし、報告書本体は、第1部会のものは完成版ですが、第2・第3部会のものはいまのところ総会に提出された最終原稿(final draft)と、総会で決定された修正点を述べた別ファイルとからなる形です。

なお、統合報告書は、原稿が査読を受けている段階にあり、まだ何も公開されていません。

日本語では、まず、環境省の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)について」http://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/が、公式情報のポータルサイトです。

masudako

IPCC第5次報告書 第2部会の部

横浜で開かれていたIPCCの総会で、第5次評価報告書(AR5)のうち、「影響・適応・脆弱性」に関する第2作業部会(WG2)のぶんについて、政策決定者向け要約(SPM)の承認(approve)と、報告書本体の「受諾」(accept)がされました。

この部会の報告書に関するホームページはhttp://ipcc-wg2.gov/AR5/report/です。

政策決定者向け要約は、PDFファイル(英語)があります。文章は総会で承認された完成版だそうですが、体裁をととのえるための編集はこれからです。

報告書本体は、[このページ]に最終原稿(final drafts)があります。これから数か月かけて、総会の決定に従って文章の修正をし、それから体裁を整えて完成となります。

報道発表文(press release)などが、このホームページのDownloadsという枠の中からリンクされています。

日本語では、環境省の[このページ]に3月31日づけの報道発表があります。

環境省の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)について」のページは、今回の総会以後まだ更新されていませんが、今後、関連するいろいろな文書が置かれると思います。

masudako

IPCC第5次報告書 第1部会の部が完成

IPCCの第5次評価報告書のうち第1作業部会のぶんが発表されたことは[2013年10月17日の記事]で紹介しましたが、その時点では、まだ未完成版でした。2014年1月30日に、完成版がウェブサイトに置かれました。ひとまず、どのように置かれているかを見ましたので紹介します。

IPCCのウェブサイトhttp://www.ipcc.ch (2014年1月31日現在)で「Fifth Assessment Report (AR5)」を選択して開くと、「Climate Change 2013: The Physical Science Basis」の本の表紙のようなものと、右に3つの枠があります。

この本の表紙が、第1作業部会報告書のページへのリンクです。そこへ進むと、「Summary for Policymakers」「AR5」の2つのオレンジ色の四角があります。「Summary for Policymakers」のリンク先は政策決定者向け要約(SPM)のPDFファイルです。「AR5」のリンクはひとつ前にもどってしまいます。

オレンジ色の四角の下には「Quick Links」という水色の四角があり、その下(外)に次のリンクがならんでいます。
- SPM Errata ... (PDFへのリンク) 「政策決定者向け要約」の正誤表。
- Full Report (375MB) ... (PDFへのリンク) 報告書全体をまとめたファイル(完成版)。ファイルサイズが大きいので、次に述べる章別のファイルのほうが扱いやすいと思います。
- Background on AR5 ... (別のウェブページへのリンク) 第5次報告書作成過程の説明や関連資料があります。
- More on Working Group I (WGI) report ... 次に述べる第1部会のウェブサイトへのリンクです。

また右側には「Report by Chapters」という枠があって、報告書本体の章別のPDFファイルがあります。その内容が1月30日に「FinalDraft」(2013年6月7日現在の原稿)から「FINAL」(完成版)にかわりました。技術的要約(TS)や付録(Annex)もあります。報告書全体をまとめたファイルはこの枠にはなくなりました。なお、9月の総会で求められた修正点が書かれた「Changes to the Underlying Scientific/Technical Assessment (IPCC-XXVI/Doc.4) 」というファイルは残されていますが、これまでの作業過程を知りたい場合以外は必要ありません。

別にhttp://www.climatechange2013.orgというウェブサイトがありますが、これはIPCC第1部会のサイトです。上記の「More ...」からもここに来ます。
Reportのページに進み、さらにChapter/Annex Downloadに進むと、各章別のPDFファイルがあります(IPCC本部のウェブサイトにあるのと同じです)。また、各章の補足材料(Supplementary Material)のPDFファイルとデータファイルのzipアーカイブもあります(これは本部のほうにはないようです)。またGraphicsというところには報告書で使われた図のファイルがあります(本部にはSPMの図だけがあるようです)。

左側に「REPORT」という水色の四角があり、その下に箇条書きがあります。その下に列挙されたうち、Drafts and Review Materialsというもののリンク先のページを開いてみます。すると注意書きがあって合意を求められるのでそれに応じて進むと、その先のページには6月7日現在のFinal Draftがあります。List of Substantive Edits (interim document, 30 January 2014)というファイルが新しく、Final Draftから完成版までの変更の要点が書かれているようです。

ここでまたDrafts and Review Materialsのリンクの先を見にいくと、Final Draftよりも前の段階の第1次、第2次の原稿と、それに対して寄せられたコメント、それへの応答のファイルがあります。

リンク構成がわかりにくくなっていますが、おそらくこれは暫定的構成で、今後修正されて少し変わると思います。

masudako

台風と地球温暖化の関係はなくはないが単純ではない

2013年台風30号、国際名Haiyan (ハイエン)、フィリピン名Yolanda (ヨランダ)は、フィリピン中部に大きな被害をもたらしました。共同通信の「47ニュース」(2013-11-14 10:57)によれば「フィリピンの国家災害対策本部は、台風30号により2357人の死亡を確認と発表」したとのことです。この台風に関する情報はあちこちで整理されている途上と思います。わたしがこれまでに見た範囲では、国立情報学研究所の北本 朝展さんによる「デジタル台風」の中の「2013年台風30号(ハイエン|HAIYAN)」のページの情報がしっかりしていると思いました。ただしこれは、そこに書かれた日時(わたしが見た時点では2013年11月10日18時)までに得られた気象情報と報道をもとに北本さんが考えたこととして理解する必要があります。

11月11日から、気候変動枠組み条約締約国会議が、ポーランドのワルシャワで開かれています。その会議でのこの台風の件にふれた演説が話題になりました。最初に見た英語の記事で講演者の名まえが「Sano」とあったので「佐野さん?」と思ったのですが、フィリピン政府のこの会議への代表のSaño (サニョ)さんでした。検索してみると、フィリピン政府のClimate Change CommissionのCommissioner (国の行政委員会として「気候変動委員会」があってその委員長なのでしょう)で、紹介ウェブページが見つかりました。環境・天然資源保護のNGO活動歴のあるかたで、自然科学者ではないようです。今回の報道によれば親族に被災者がいるそうで、感情のこもった演説になったのも無理もないと思います。

こういう話題が出てくると「今度の強い台風は地球温暖化のせいなのか?」という議論がよく起こります。残念ながら、この問いはYesともNoとも答えようがない問いです。気候の変動には、人間がいなくても起こる自然の変動に、人間活動が排出した二酸化炭素そのほかの影響が重なっています。個別の台風について、人間活動由来の気候変動がどれだけきいているかをよりわけて論じることは残念ながら不可能です。(次に述べる統計的関係から確率的推測はできる可能性がありますが。)

科学的に答えられる可能性があるのは、「地球温暖化が進むと、このような強い台風の頻度がふえるか?」という構造の問いについてです。たとえば、ある強さ以上の台風がくる確率が、これまでは「60年に1回」だったが、これからは「30年に1回」に高まる、というような構造のことが言えるかもしれません。(ここに示した数値は単なる例で、実際にそうだと主張するものではありません。)

これまでの観測事実の統計によって、因果関係の論証はできませんが、推測はできる可能性があります。幸い、フィリピンに達する台風に関しては、約百年間の質のそろった観測データがあります。イエズス会が、19世紀末のスペイン領だったころにマニラ天文気象台(Manila Observatory)で観測を始め、アメリカ領の時代には植民地政府の公認を得て当時の「フィリピン気象局」(Philippine Weather Bureau)を運営していたのです。このフィリピン気象局のデータ報告書を再発見した海洋研究開発機構の久保田尚之(ひさゆき)さんの研究(Kubota and Chan, 2009)によれば、2005年までの約百年間に、台風の明確な増加・減少傾向は見られません。自然変動と考えられているENSO (エルニーニョ・南方振動)およびPDO (太平洋十年規模振動)に関連する振動的変化は見えています。この百年間に全球平均地上気温は上昇しているのですが、台風はそれに明確に応答した変化をしていないのです。(ただし、注目する地域を変えると何かの関係が見られる可能性は残っています。)

では将来についてはどうか。これは理論とシミュレーションに頼るしかないので不確かさが大きいですが、IPCC第5次報告書(第1部会、暫定版)を見ると、全世界規模で見て、温暖化に伴って、熱帯低気圧の極大の風速や降雨強度は強まる可能性が高いという見通しが示されています。ただし、弱いものまで含めた総数は、変わらないか、むしろ減る可能性が高いとされています(TS 5.8.4節、図TS.26)。

わたしはまだサニョさんの演説の内容を詳しく確認していないのですが、報道を見る限り、(今度の台風を直接的に温暖化と関連づけるのではなく)「温暖化が進むとこのような災害をもたらしうる台風がふえるので、温暖化をくいとめるべきだ」という趣旨のようです。それならば、まだ科学的確信度が高くはありませんが、理屈はもっともだと思います。

文献

  • Hisayuki Kubota and Johnny C. L. Chan, 2009: Interdecadal variability of tropical cyclone landfall in the Philippines from 1902 to 2005, Geophysical Research Letters, 36, L12802, doi:10.1029/2009GL038108.


masudako

「地球温暖化は止まった?」または「hiatus」

すでに「温暖化は止まった?」(2011年1月31日)「続・温暖化は止まった?」(2011年12月18日)の記事で話題にしたことですが、最近15年ほどの全球平均地上気温の変化は、その前の20年ほどの上昇と比べて、だいぶ小さいです。もし「地球温暖化」を「全球平均地上気温の上昇」で定義するとすれば【わたしはこの定義はうまくないと思うのですが】、「地球温暖化は止まっている」という記述は正しいということができると思います。しかし、気候変化を因果関係のほうから考える人の多くは、地球温暖化をひきおこす原因が止まっているとは考えにくいので、今「止まっている」のは一時的な現象であり温度上昇は再開するだろうと予想しています。

近ごろ気候変化の専門家のあいだで、この「温度上昇の停滞」をさして「hiatus」という表現が使われています。これはラテン語で「ヒアトゥス」ですが、英語の中では「ハイエイタス」と読むのだそうです。
このブログの直前の記事「IPCC第5次報告書はどこまで出ているか」で紹介したIPCC第5次報告書の第1部会の部の技術的要約(TS)では、囲み記事の題名として「Box TS.3: Climate Models and the Hiatus in Global-Mean Surface Warming of the Past 15 years」(TSの囲み3番: 気候モデルと、最近15年間の全球平均地上気温上昇のhiatus) という形で使われています。
2007年に出たIPCC第4次報告書では(出てきそうなところを見た限りでは)この用語は使われていません。わたしが見落としている可能性はありますが、そのころ、気候変化専門家は、だれもhiatusという用語を使っていなかったと思います。温度上昇の停滞はすでに認識されていたのですが、とくに現象の名まえはつけられていなかったのです。

【わたしはたまたま学生のころ(1970年代)にhiatusという語を本で読んだことはありました。(日本語の文章中にわざわざ原語つづりで書いてあったと思います。耳から聞いたことはありませんでした。) ひとつは、地質学で、水の底での泥などの堆積が一時的に止まることをさします。堆積物は古気候の記録であるという立場で見ると、このhiatusは記録の欠損であり、気候の変化の停滞とは違います。もうひとつは、言語学のうちの発音に関する話題で、母音が子音をはさまずにならび、それぞれ独立に発音されることをさします。わたしのかんちがいでなければ、hiatusという語自体の「ia」の部分がその例になっています。「iha」のように中間に子音がはいるのでも、「ヤ」のようにくっついて発音されるのでもなく、「イア」のように発音されるのです。このような発音をする際には、iとaの間に何かをはさもうとしながら実際には何もはさまない、というような意識が働いている、と考えられたので、このような用語が使われたのだろうとわたしは推測しています。この意味と気候の変化の停滞との間ではとても連想が働きません。】

わたしは、地球温暖化を、定常状態ではなく時間変化を含めて考える際には、地表面あるいはその付近のごく薄い層に対応する地上気温ではなく、気候システム(大気・海洋・雪氷などをあわせたもの)のもつエネルギーに注目するべきだと思います。これまで・これから数十年の時間スケールでの気候システムのもつエネルギーの変化の大部分は、海洋の温度変化と、雪氷の凍結融解により、どちらかというと海洋の温度変化が大きな割合をしめます。

海洋の(表面でなく)内部の温度の観測は、気象観測よりもずっと少ないのですが、これまでに船から機器をおろして観測したものを丹念に総合する努力が行なわれてきました。2000年以後はアルゴ(Argo) フロートという無人観測機器が加わり、観測はだいぶ充実してきました。それをもとに、海洋にたくわえられたエネルギーの変化の推計が、世界のいくつかの研究グループによって行なわれています。

そのひとつがアメリカ合衆国海洋大気庁(NOAA)国立海洋データセンター(NODC)のグループです。NODCのウェブサイトは(10月16日現在)アメリカ連邦政府予算が執行停止中のため更新されていないそうですが、幸い公開は続けられていました。「Global Ocean Heat and Salt Content」のページhttp://www.nodc.noaa.gov/OC5/3M_HEAT_CONTENT/の図の部分の「3」を選択してみると、全世界の海のエネルギー量(1955-2006年の平均を基準とした偏差、5年移動平均)が、海面から深さ700メートルまでと、海面から深さ2000メートルまでとの比較で示されています。これはLevitusほか(2012)の論文で述べられた集計の期間を延長したものだそうです。グラフの0-700mの線は2005年ごろから上昇がにぶっていますが、0-2000mはにぶらずに上昇が続いています。

Abrahamほか(2013)のレビュー論文には、これを含む複数の研究グループの成果がまとめられています。そのうちの図15がわかりやすいと思いますが、これは先ほどのと同じNODCのLevitusたちの結果を1980年以後について表示したものです。ただし、0-700mの全期間と、0-2000mの2005年以後については、細かい時間刻み(3か月)の値が表示されています。この図は、Real Climateブログに2013年9月25日に出たStefan Rahmstorfさんによる記事「What ocean heating reveals about global warming?」にも、「Changes in the heat content of the oceans. Source: Abraham et al., 2013.」として紹介されています。

エネルギー量がふえているのにもかかわらず全球平均地上気温や海面水温が上がっていないのはどんなしくみによるものなのか、いろいろな研究が行なわれています。まだ決定的な答えは得られていませんが、気候システム、そのうちでも海洋が、システム外からの強制作用がなくても起こしうるような内部変動が重要であるとは言えそうです。

一例として、東京大学の大気海洋研究所(AORI)の渡部 雅浩さんほかによる論文(Watanabeほか, 2013)が出ました。その論点はAORIのウェブサイトに2013年7月22日に「 学術ニュース 」として出た近年の地球温暖化の停滞は海洋熱吸収の増大によるものかという記事でも紹介されています。

大気海洋結合の気候モデルによるシミュレーションでは通常、気候システムの内部変動は現われますが、その位相(注目している場所の水温がいつ高くなるかなど)は現実と合いません。よく似た初期条件から複数のシミュレーションを行なう「アンサンブル実験」をすると、内部変動の位相がさまざまなものが現われます。

渡部さんたちは、MIROC5という気候モデルでアンサンブル実験を行ない、アンサンブルのメンバーのうちで結果として全球平均地上気温の上昇が少なかったものはどういう性質をもっているかを調べました。そのうち海面水温(1961-1990年の平均を基準とした2001-2010年の偏差)の分布が図3a (「学術ニュース」のウェブページでも図3a)に示されています。北太平洋の低緯度で負、中緯度で正、高緯度で負となっており、PDO (太平洋十年規模振動)として知られた特徴を示しています。なお、観測による2001-2010年の海面水温の偏差が「学術ニュース」の図3bに示されています(論文自体にはない)。こちらは、北大西洋の高温、南大洋の低温が目立ちますが、北太平洋について見ると図3aと同様な特徴が見られます。このような解析から、気候システムがもつエネルギーはふえているのに全球平均地上気温が上がらない事態が起きた要因として、PDOが、全部ではないが、ひと役買っているだろうと考えているわけです。

他方、アメリカのスクリプス海洋研究所の(ハワイ大学の国際太平洋研究センター(IPRC)から異動) 小坂 優さんと謝 尚平さんの論文(Kosaka and Xie, 2013)も出ました。こちらの理屈をわたしはまだ追いきれていないのですが、ENSO (エルニーニョ・南方振動)が重要だと言っています。

PDOとENSOは同じ現象ではありません。ENSOは、大気の変動としては全球におよびますが、海洋の変動は熱帯太平洋に集中しています。他方、PDOのほうは中高緯度が重要です。たとえば、北太平洋で冬に冷やされた水がどこまで沈むかに関係しているでしょう。統計的解析で、PDOとENSOが統計的に独立と仮定して解析しても、それぞれに対応するモードが見られます。(完全独立とみなすのが最適なとらえかたかどうかはわかりませんが、完全従属ではありません。)

原因をひとつにしぼる必要はないので、おそらくどちらも働いているのだと思います。このほかのしくみもあるかもしれません。それぞれの寄与を明確にする必要があるならば、さらに研究が必要です。

文献

  • J. P. Abraham, M. Baringer, N.L. Bindoff, T. Boyer, L.J. Cheng, J.A. Church, J.L. Conroy, C.M. Domingues, J.T. Fasullo, J. Gilson, G. Goni, S.A. Good, J.M. Gorman, V. Gouretski, M. Ishii, G.C. Johnson, S. Kizu, J. M. Lyman, A.M. Macdonald, W.J. Minkowycz, S.E. Moffitt, M.D. Palmer, A.R. Piola, F. Reseghetti, K. von Schuckmann, E. Trenberth, I. Velicogna, J.K. Willis, 2013: A review of global ocean temperature observations: Implications for ocean heat content estimates and climate change. Reviews of Geophysics, 51:450-483. doi: 10.1002/rog.20022

  • Y. Kosaka and S.-P. Xie, 2013: Recent global-warming hiatus tied to equatorial Pacific surface cooling. Nature, 501:403-407. doi:10.1038/nature12534.

  • S. Levitus, J. I. Antonov, T. P. Boyer, O. K. Baranova, H. E. Garcia, R. A. Locarnini, A.V. Mishonov, J. R. Reagan, D. Seidov, E. S. Yarosh, M. M. Zweng, 2012: World Ocean heat content and thermosteric sea level change (0-2000 m) 1955-2010. Geophysical Research Letters, 39, L10603, doi:10.1029/2012GL051106. 研究室の著作リストhttp://www.nodc.noaa.gov/OC5/indpub.htmlにPDFファイルがある。

  • M. Watanabe, Y. Kamae, M. Yoshimori, A. Oka, M. Sato, M. Ishii, T. Mochizuki, and M. Kimoto, 2013: Strengthening of ocean heat uptake efficiency associated with the recent climate hiatus. Geophysical Research Letters, 40:3175-3179. doi:10.1002/grl.50541



masudako

IPCC第5次報告書はどこまで出ているか

2013年9月末、IPCC (気候変動に関する政府間パネル)の第5次報告書が出たというニュースがありましたが、2007年の第4次報告書のときほど話題にならないまま来ています。これはひとつには、まだ報告書の一部分(第1作業部会のぶん)が出ただけだからです。

IPCCは大きく分けて、

  • 気候変化に関する自然科学的知見を扱う第1作業部会
  • 気候変化が生態系や人間社会におよぼす影響と適応策を扱う第2作業部会
  • 気候変化の原因を抑制する対策(慣例として「緩和策」と呼ぶ)を扱う第3作業部会

に分かれています。
第4次のときは、3つの作業部会の報告書を同時に発行する日程を組み、それぞれを承認するためのIPCC総会を2か月程度の間隔で開きました。
ところが、この日程では、せっかく第1部会が新しい自然科学的知見を整理しても、それが同時に発表される第2・第3部会報告に反映されなかった、という反省がありました。
それで第5次は、第1部会と第2.・第3部会の報告書完成を半年ずらすことになりました。第1部会報告書が完成した時点で、第2・第3部会報告書はすでに原稿ができて査読を受けている段階ですから、根本的書きなおしはできませんが、重大なくいちがいがないように改訂できると期待しているわけです。
第1部会報告がこの9月にストックホルムで開かれた総会で承認されたのに続いて、第2部会報告は来年3月に横浜、第3部会は4月にベルリンで開かれる総会で承認される見こみになっています。

「承認」と書きましたが、報告書の「政策決定者向け要約」(英語の略称でSPM)と、その他の報告書本体とでは扱いが違います。各国政府代表が集まる総会では、SPMについては文章表現まで確認して「承認」(approve)しますが、報告書本体については著者たちによる文章を「受諾」(accept)します。

IPCCのウェブサイトhttp://www.ipcc.chを見ると(10月16日現在)、「Fifth Assessment Report (AR5)」のうち「Climate Change 2013: The Physical Science Basis」の部分に、「Summary for Policymakers」「Report」「Media Portal」の3つのオレンジ色のわくがあります。
Summary for Policymakers」のリンク先は政策決定者向け要約のPDFファイルです。まだ印刷用割りつけができていませんが文章は完成版だそうです。
Report」のリンク先には「Report by Chapters」というページがあって、報告書本体の章別のPDFファイルがあります。ただし、その内容は今のところ2013年6月7日現在の原稿です。別に「Changes to the Underlying Scientific/Technical Assessment (IPCC-XXVI/Doc.4) 」というファイルがあり、9月の総会で求められた修正点が書かれています。この修正点が取りこまれ、さらに印刷用割りつけがされて、報告書が完成するわけです。
この報告書本体のうちに「Technical Summary」(TS、技術的要約)というものがあります。わたしは、地球温暖化に関する科学的知見の現状を理解するには、まずこのTSから読むのがよいと思います。
Media Portal」のリンク先には、IPCCが報道関係者向けに出した説明資料があります。

別にhttp://www.climatechange2013.orgというウェブサイトがありますが、これはIPCC第1部会のサイトです。ここにある報告書はIPCCのサイトにあるのと同じものですが、説明資料には独自のものもあるかもしれません。

日本語では、10月17日に、気象庁が、SPMの日本語訳の暫定版を発表しました。
ホーム > 気象統計情報 > 地球環境・気候 > IPCC(気候変動に関する政府間パネル)http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/index.html からリンクされた
IPCC 第5次評価報告書(2013年)http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar5/index.htmlのページに
IPCC第5次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約(暫定訳)(PDF 3.37MB)http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar5/prov_ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdfとして置かれています。

その前、9月27日に、文部科学省、経済産業省、気象庁、環境省の共同の報道発表がありました。どの役所のウェブサイトを見にいっても同じPDFファイルが置かれています。
たとえば、気象庁では、上記の
IPCC 第5次評価報告書(2013年)のページの
報道発表資料(平成25年9月27日)
というリンクの先のページhttp://www.jma.go.jp/jma/press/1309/27a/ipcc_ar5_wg1.html
気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第5次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について [PDF:1000KB] http://www.jma.go.jp/jma/press/1309/27a/ipcc_ar5_wg1.pdfというファイルがあります。

この文書には、SPMからさらに要点を抜き出した日本語訳が「別紙1 (5-12ページ)」として含まれ、そのさらに要点を抜き出したものが本文中(2-3ページ)に含まれています。また
「別紙2 (13ページ)」にはIPCCの組織構成などについて、
「別紙3 (14ページ)」には「可能性」と「確信度」の表現について、
「別紙4 (15ページ)」には(第4次報告書まで使われたSRESシナリオに代わって使われている)「RCP(代表的濃度経路)シナリオ」についての説明があります。

なお、IPCCの報告書がつくられる手続きについては、
IPCCのウェブサイトの「Principles and Procedures」のページhttp://www.ipcc.ch/organization/organization_procedures.shtml
「可能性」や「確信度」の表現についてもう少し詳しくは
IPCC Cross-Working Group Meeting on Consistent Treatment of Uncertainties (Michael D. Mastrandrea et al.), 2010: Guidance Note for Lead Authors of the IPCC Fifth Assessment Report on Consistent Treatment of Uncertainties. https://docs.google.com/a/wmo.int/file/d/0B1gFp6Ioo3akNnNCaVpfR1dKTGM/に、英語で説明があります。

環境省の
地球環境・国際環境協力http://www.env.go.jp/earth/の下の
地球温暖化の科学的知見http://www.env.go.jp/earth/ondanka/knowledge.htmlのページには、「IPCC第4次評価報告書について」のページへのリンクはあるのですが、まだ「第5次」は作られていません。これから整備されると思います。

masudako 【10月17日夕方、SPM日本語訳について加筆しました。】

「パリティ」2012年12月号、河宮未知生氏によるモデルの話

丸善出版から出ている物理の雑誌『パリティ』の企画「温暖化問題、討論のすすめ」が、毎号ではありませんが、続いています。2012年12月号(56-59ページ)に、河宮未知生さんによる「気候モデルの『しつけ』に関する説明と考察」という文章が出ました。河宮さんは気候モデルに生物地球化学サイクルの表現を組みこんだ「地球システムモデル」とそれを利用した研究にかかわっているかたです。

「しつけ」という表現は、2011年12月号(わたしによる紹介は[2011年11月28日の記事])で安井至さんが温暖化懐疑論者の主張として紹介した「気候モデルはすべて温暖化が算出されるようにしつけられている」という議論に由来するようです。その号での安井さんは「研究者をばかにしている」と怒っただけで内容的な反論をしていませんでした。

気候モデルは大まかに分けて2種類の部分があるのです。物理法則をすなおに数値計算に置きかえている部分と、経験式を使っている部分です。経験式を使っている部分を「パラメータ化」あるいは「パラメタリゼーション」と呼んでいます。パラメータというのは大まかにいうと経験式の係数のようなものです。パラメータの値は過去の経験によって決めますので、この部分についてモデルが「しつけられている」という表現はもっともなところがあります。ただし、そこで使われている過去の経験はそれぞれの部分の動作を確認するのに適したものであって、気候全体のふるまいを観測値に合わせているわけではありません。

モデルとパラメタリゼーションに関しては、わたしも別のブログの記事として説明を試みました。

masudako

暑い! 温暖化のせいだ! という議論について

今年の9月は、おそらく日本のどこでも、暑かったですね。温度で見てどのように暑かったは、気象庁からも示されていますが、堀 正岳(ほり まさたけ)さんのブログ「Climate+」の2012年9月26日の記事「7月並の気温が9月まで…。2012年の残暑をデータで読む」と2012年9月28日の記事「暫定1位の暑さだった!2012年の残暑」がわかりやすく説明しています。

このような暑さや、大雨、たつまきなどの極端現象(いわゆる異常気象)があると、「これは地球温暖化のせいだ」「いや、そんなことは言えない」という議論が起こります。

2010年12月31日のわたしの記事「寒い! 温暖化なんかしてないだろう ... という議論について」で述べたのと同じ理屈があって、たとえ温室効果強化による地球温暖化が進行していても、そのほかにも気候を変動させる要因が同時に働いていて、人はそのすべてを知りつくすことができません。個別の極端現象と地球温暖化との因果関係は、わからないのが当然なのです。

しかし、今年の初めごろ(したがって今年の暑さの話題と直接には関係ない)ですが、NASA GISSのJames E. Hansen (ハンセン)さんは、極端現象について「人間活動起源の温室効果強化が原因だというべきだ」と言いだしたようです。Hansenさんは科学者であるとともに警告者であろうと決意したらしく、その発言は科学的知見が幅をもつうちで警告となる側を強調していることが多いです。表現はともかくHansenさんが伝える科学的情報を見ると、個別の極端現象ではなく、同類の極端現象の群れに注目して、「地球温暖化によって確率が高まると期待されるような現象の頻度が実際にふえている」ことを指摘しているようです。

「Planet 3.0」というブログのカナダのDan Moutalさんによる2012年8月19日の記事「Shifting norms」 に含まれたアニメーションがその例になっています。これはHansenほか(2012)の論文の結果をもとにしているそうです。北半球を地理的に分けてそれぞれの場所の夏(6,7,8月)の気温について、まず1951-80年の期間について場所ごとに平均値と標準偏差を求めます。そして、気温の値から平均値をひいて標準偏差で割った「規格化された偏差」をつくります。多数の地点の30年それぞれの規格化された偏差を集めて頻度分布を見ると、正規分布に近い形をしています。このグラフで、平均プラスマイナス「標準偏差の半分」の範囲を灰色、上を赤、下を青で塗ってみます。データの期間を延長しますが、規格化する際の平均値と標準偏差の基準期間は1951-80年のまま変えないことにします。また、色の塗り分けの基準も変えないことにします。期間をずらしながら頻度分布のグラフを見ていくと、1980年ごろから赤の部分がふえていくことがわかります。

このグラフは平均から標準偏差の半分だけ離れたところから色をつけてしまっていますが、これはアニメーションを見やすくするために色のつく面積を大きくしたかったからだと思います。「異常気象」の頻度がふえているかどうかを問題にしたいのならば、たとえば標準偏差の2倍以上離れた値に色をつけて議論したほうがよいと思います。しかし、基本的理屈は同様です。

このグラフが示すのは、気温が上昇しているという事実だけです。それと温室効果気体の増加を結びつける理屈は、これとは別の、大気物理の理論や数値モデルに基づくものです。

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