【書き下ろし】

よちよっちん氏が当ブログで書かれたが、僕も浜岡原発の停止そのものは合理的であると考えている。別に原発反対派でも推進派でもなく、ゼロリスク症候群でもないけれども。

もちろん今回の要請の手続きや唐突さにはかなり問題があると考えていることは僕個人のブログで書いた。(参考→ノリで浜岡原発を止めてみる菅首相)この唐突さとあいまいさ,そして裁量行政はおそらく電力不足云々以上に日本経済にマイナスの影響を与えることは想像に難くない。

一方でこの要請に否定的な人々からはなぜ浜岡だけなのか?と問う声も出ている。他の原発は大丈夫なのかと?もちろん、地震が起これば原発が危険だというならすべての原発が危険であるのは事実だ。そのことは疑う余地はない。(一方で福島第一のような大事故の可能性はそれほど高くないのも事実だろうけど。)

たしかに、地震は日本全国どこでも起こりうる。だから、地震予知というのはあてにならないというのには僕もかなり同意する。

しかし、一方でそういったものに一切の敬意を払わないというのはいかがなものだろうか?例えが極端かもしれないが、イギリスで大地震が起こる可能性はほぼないだろう。これは歴史的にも地震学的にもわかっていることであるはずだ。

歴史的にも地震学的にも日本では地震が多いのはわかっているし東海地震は100-150年の周期で起こっているのだからいつ起こってもおかしくないのも事実であるはずだ。

だから、明日地震が来るかどうかはわからないが、浜岡の立地している地域に地震が来る可能性が他の地域よりも高いのはほぼ間違いないし、余震や連鎖で地震が起こる可能性が高まっているというのも事実だと思っている。

浜岡原発は1000ガル程度の揺れには耐えるようにできているというが、直下型の地震が万が一起こった場合には2000ガル・3000ガルあるいはそれ以上という揺れが来るかもしれない。その場合に配管の断裂や制御棒がきっちりとささらないという可能性があると反原発派は指摘している。もちろん、それをどの程度の評価をするかは別問題だが、少なくとも現状では「原発は安全だ」という原発推進派の人々と御用学者の意見を鵜呑みにすることはできない。引き続き安全だというなら、改めて安全対策を取る必要がそもそもないはずだが、現実はそうではない。

そもそも、リスクゼロなどありえないことは前からわかっていたことである。そして、今回でそのことを多くの国民が目の当たりにした。いや、そもそもリスクはゼロにできないし、すべきでもない。それが当たり前だ。そしてそれは悪いことでもなんでもない。我々はあらゆるリスクをとりながら生きているからだ。まして大自然の力の前には人間は無力である。

原子力・安全委員長の班目氏が「割り切らなければ原発の設計なんかできない。」といったように、「割り切って」リスクを引き受けることはあらゆる人間の生活において必要であることは言うまでもない。

だから、僕は何もリスクをゼロにしなければすべての原発を運転してはいけないとは思っていないが、今回の事故でやはり地震や津波による原発の事故の確率は従来思われていたほど低くないことがわかったのは事実であると思っている。また、地震予知はあまりあてにならないのは事実としても、大きな規模の地震が起こりうる確率も高まっていると考えるほうが普通の考え方だろう。

しかし、この場合、より重要なのは地震とそれに伴う事故の生起確率ではない。引き続き福島のような大規模な事故の確率はそれでも少ないとしても、起こった場合の期待損失を我々は考えなければいけないということだ。そうしないと正しくリスクは分析できない。

人の命に軽重はないという考え方は尊い。そして、日本にあるすべての土地は我々がはるか昔から先祖から受け継いできた土地でありそのすべてを大切にしなければいけないのは言うまでもない。

しかし、現実には残念ながら経済や軍事上の理由から大切な土地というのは存在する。そのことは疑う余地がない。

その意味で浜岡という場所はどうだろうか?

まず、第一に福島第一原発は東京から250キロの距離であった。浜岡は190キロの距離にある。横浜からは160キロ。そして南西の風が吹きやすいといわ れている。また、名古屋からは130キロほどだ。今回の原発事故で改めてわかったことは爆発が起こったとき・ベントしたときの風向きの重要性である。そし てそれはチェルノブイリの事故でも指摘されている。浜岡で問題が起こったときに東京や横浜などの大都市が安全と言い切れるだろうか?また、これらの地域は 人口が多すぎると同時に経済的に日本の心臓であるから何かが起こったときに避難という措置を取ることは不可能である。

とはいえ、さすがに100キロ以上離れた土地は大丈夫だろうと考えるのが普通だろう。

よ り気がかりなのは、浜岡原発から20キロ圏内に東名高速・東海道新幹線・国道一号線・東海道本線という日本の大動脈がいずれも存在していることである。そ して、45キロの距離に人口70万を超える静岡という都市があることだ。(福島市と福島第一原発の距離は70キロ以上あり、福島市の人口は約30万)

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さらに静岡県には全国第一位の144の工場が立地している。(静岡県HPより)また、スズキ・ヤマハの本社もある。

静岡県は県別GDPで10位である。交通の大動脈がすぐ間近を通るだけならず日本の製造業の中心である。この土地で福島第一と同じような事故が起こった場合の経済的損失は(福島の方々には申し訳ないが)今回の事故とは比べものにならないだろう。

しかも、同時に地震で大きな被害が出ていた場合にはその影響は計り知れない。(もし、原発が不安定な状態に陥り、上記の交通網の復旧が遅れたら?と考えてみればよい)

さらに、先日、イギリスでは、核施設付近でテロの容疑で不審な男が5名が逮捕さ れた。あまり大きなニュースにはなっていないが、今後、原発は格好の標的になる可能性は高い。内部の作業員にテロリストが紛れ込んだら?そして日本経済を マヒさせることができる浜岡原発はいい獲物だろう。おりしもビンラディンが殺害されたこのタイミングである。警戒してしすぎることはないと考えるのは間違 いだろうか?(仮に失敗しても各国が原発を停止したりさらに安全面で対策をすることで費用をかけさせることができる点ではテロリストには得るものがあって も失うものはない)

このように考えると「浜岡原発」を停止することはきわめて合理的であるはずだ。

もちろん、これは今回の拙速な菅首相による浜岡停止要請を褒め称えるものではない。

まず、直下型のリスクのほうが大きいと言われる中で津波対策ができるまでと言っているあたりがいまいち解せない。要請というのもイマイチ意味がわからない。火力だけで本当に大丈夫なのかという分析や根回しがあったのかも疑問の余地が大きい。

しかし、もっと重要なのはいかに対策を取ろうと人間は自然の前に無力であり、リスクはそもそもゼロにできないことだ。そうであるならば、その立地上のリスクの高さを考えるならば、そもそも浜岡を止めるというならば停止ではなく廃炉にせねばならない。そうでなければ、筋が通らないはずだ。

しかし、おそらく、それでは中部電力の経営陣は飲まないだろうし、逆に政府は訴えられかねない。原子力村からもにらまれるだろう。だから、菅首相はそこまでの決断はできなかった。所詮政治とはその程度のものである。

そして、最後に最も重要なことは、なぜこのような「浜岡(=静岡)」という交通・経済上の重要な土地に原発ができたかということだ。誤解を恐れず言えば、原発を建ててもよい土地はもっと他にもあったはずだ。

他の立地候補の自治体に断られたというのが経緯らしいが、このような土地に原発を建てることは安全保障上も経済上もあらゆる戦略的な観点から常識を欠いているといわざるをえない。

官 僚・政治家・学者・電力会社の怠慢と戦略のなさ、そして馴れ合いのひどさがここに現れている。そして、国民には「原発は絶対安全だ」といってごまかし続け た。本当に国のことを考えてエネルギー政策を彼らが行ってきたならば「浜岡」のような土地には原発を建てるはずがないし、原発で事故が起こる可能性をもっ と啓蒙せねばならなかったはずだ。そしてそのことは「政府の能力の限界」を如実に表している。

繰り返しになるが、早急にエネルギー政策の 国家による関与はやめるべきだ。政府にその能力はない。その第一歩として東電にすべての賠償責任を負わせること・送発電を分離すること・電力事業をさらに 自由化することに政府は注力すべきである。それこそが政府が現在の最大の政治課題である。そして、それができれば菅直人は名宰相として名を残すかもしれな い。ノリで浜岡を止めてみたところでどうせ次の選挙では大敗するだろう。

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