震災を機に結婚する人が増えているという。そして、これが少子化対策にもつながればいいことだろうと個人的には思う。

このように、なぜ晩婚化するか?なぜ子供を生まないかという問題は政府や一部の知的エリートの手でコントロールできるものではないのではないだろうか?

いかに制度をいじくりまわそうとも人間の行動を自由自在にコントロールすることはできないし、できると考えている人がいるならば、本当に恐ろしいことだと僕は思っている。

そもそも、日本の経済の低迷の原因に少子化を挙げる人が多いが、そんなに少子化が経済低迷の原因だと思うのならば、みんなで子供を生めばいい。それほどまでに危機感を抱いているのなれば自然と子供を生むと考えるほうがふつうだ。しかし、現実にはなんだかんだ理由をつけて子供を生まない人がほとんどである。

経済的に苦しいから生めないんだ!という人も多いが、我々の親の世代のことを考えればわれわれはよほどか裕福な暮らしをしているわけで、経済的な事情もあろうが、それ以上に少子化のそれ以上に重要な原因は価値観の変化であることは明白である。

価値観そのものを人間が政策を持ってコントロールできるのだろうか?
「子供手当て」とかいう詐欺のような政策がある。いや、僕自身は子供手当てが高齢者偏重の日本の再分配政策を変えるものであるという理念でありそれに基づ いて高齢者の年金を削り、医療費の自己負担を増やすことでその費用を捻出するというのであれば、まだ納得がいくし、それなりの支持もしよう。

しかし、現実には財源の手当てがない。そして、それ以上におろかなのは「子供は社会で育てるものです」といった自助・共助を重んじる多くの日本人がクビを かしげるような理念を鳩ポッポが持ち出したところだ。また、一部の識者は子供手当てで出生率がアップする!とかの賜っていたように思う。その時点でこの政 策は終わっていた。

実際、欧州でも子供手当てが出生率のアップにあまり寄与していないという研究があるという。月に1万・2万もらえるからと言って子供を生むかといった らかなり疑問を抱くのは僕だけではあるまい。月に10万もらえるのならば、多くの人が子供を生むかもしれない。しかし、それは誰がどう考えてもコストが合 わないだろう。

そのように考えるならば子供手当てというのは少子化対策としては割りの合わない政策なのである。

また、保育園などへの支出も同様だ。いろいろ補助金が出ているようだが、実際にはゼロ歳児の都内の認可保育園の一人当たりのコストは40万にも50万にも上るといわれている。当然、利用者の払った分との差額は税金から出ている。

これもコストが高い政策だと思わないだろうか?(それが少子化対策という意味で行われているのならば)

政府が自由自在に人々が生み育てる子供の数を操ろうという発想自体が傲慢であると思うのは僕だけであろうか?それをコントロールできると。しかも、残念ながら政府が使える手段は形は違えど金を配ることである。

人間は金を配られただけで子供を生むのだろうか?そんなさもしい生き物なのだろうか?

そうではないから、おそらく、少子化対策という名の下に行われている上記のような政策はコストが高いのだと僕は思っている。子供を生むかどうか。何人生む かどうかは人間の自由である。それをコントロールしようなどという浅はかな政策はさっさとやめてしまったほうがいいだろう。(参考記事→少子化対策を疑え)

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