日本企業では「ジョブ・ローテーション」が存在しているから、専門性を持った人材が育たないのだ。だから、日本企業の競争力は弱い。
という解説をする人がいる。
本当にそうなのだろうか?
という解説をする人がいる。
本当にそうなのだろうか?
たとえば、商社などは部門間の異動はほとんどないというのはよく言われた話だ。この前も、後輩で商社に勤めているやつとは話した。彼は人事をやっているのだが、「たぶん、一生人事をやると思う」と話していた。先日の日経かなにかの報道で、むしろそれが縦割り組織を作り出して弊害があるから、人事交流をもっと行うとどこかの商社が発表したとの記事を目にした。
また、金融機関でも最初はいくつかの部署を経験するが、その後はたいていの人は特定の部門の中で仕事をすることが多いように僕には見える。
また、企業の経営者の場合でも多くは「○○畑」と解説されるようにいくつかの仕事はやっているだるが、たいていの人は自分の専門となる部門に属している期間が長かったはずだ。
実感や話を聞く限りは世間で評論家がしたり顔をして言うほどには「ジョブ・ローテーション」が行われているようには僕には見えない。
日本で昔お会いした中小企業の役員の方が言っていた。某一部上場の超大手企業が前職だった方だ。
「自分は仕事はまあまあできたと思うしだから今こうやってやっている。でも前の会社ではリストラにあった。なぜなら自分の属していた部門がなくなったからだ。結局、サラリーマン人生はどこの部門に属しているかによって結構決まって来るんだよ。自分の属している部門がずっと好調だったら出世するのも簡単だし、逆の場合はあまりよくないことが多い。」と。
また、イギリスではどうかというと、人が足りなくなると社内で人材の募集をかけたりする。給湯室などに「○○部ですが人を探しています。応募する人はいま せんか?」というような張り紙はよく張ってある。また、リーマンショックのときにはフロント部門で一旦クビになってミドル・バックオフィスに異動(再雇 用)という人間は結構いたように思う。
昔はマーケティングをしていたが今は営業をしているというメーカー勤務の知り合いもいる。当然ながら、会社の命令で海外勤務になる人は結構多いし、また逆にロンドンでそういった理由でイギリスに来たアメリカ人にたくさんあってきた。
もちろん、日本ほどに定期人事異動というようなものはないし、会社が明確な戦略に基づいて人を動かすこともあまりないようだが、職を変えるような人は結構 いるようだし、その機会もそれなりにあるように思える。多くの人がイメージするほどにずーーと同じ仕事をしているというわけでもないようだ。
また、日本の場合にはジョブ・ローテーションが盛んになるのは部長などになって幹部候補とみなされ始めてからではないだろうか?この場合は当然、経営幹部になる訓練のためにいくつかの部を見るのは非常に大切だと思う。
実際、米金融などの幹部の経歴を見ても、債券部門のヘッドをし、その後に投資銀行部門のヘッドをした。などの経歴の持ち主は結構いるように思われる。
おそらく世界のいろんなところで経営幹部となるためにいくつかの部門を回るのは当然のジョブ・ローテーションのように僕には思える。
だから、多くのなんちゃって識者が言う「ジョブ・ローテーションが多いから日本の企業の競争力は弱い」という指摘はそもそも彼らが思い描く「ジョブ・ローテーション」(もしくは競争力を弱めてしまうような「ジョブ・ローテーション」)なるものはそもそも存在しないからウソだと僕は考えてきた。
そのように僕は常々考えているのだが、先月の日経新聞の経済教室のコーナーで慶応大学の樋口美雄教授がこのような指摘をされていた。(指摘というよりも研究結果があるという内容だったような気がする)
おそらく今の企業のあり方が変わった面もあるだろうが、これが実態に近い姿であるし多くのビジネスマンの実感に会うだろう。
一部のしたり顔の評論家が言うようなジョブ・ローテーションは行われていないというのがやはり正しそうだ。

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また、金融機関でも最初はいくつかの部署を経験するが、その後はたいていの人は特定の部門の中で仕事をすることが多いように僕には見える。
また、企業の経営者の場合でも多くは「○○畑」と解説されるようにいくつかの仕事はやっているだるが、たいていの人は自分の専門となる部門に属している期間が長かったはずだ。
実感や話を聞く限りは世間で評論家がしたり顔をして言うほどには「ジョブ・ローテーション」が行われているようには僕には見えない。
日本で昔お会いした中小企業の役員の方が言っていた。某一部上場の超大手企業が前職だった方だ。
「自分は仕事はまあまあできたと思うしだから今こうやってやっている。でも前の会社ではリストラにあった。なぜなら自分の属していた部門がなくなったからだ。結局、サラリーマン人生はどこの部門に属しているかによって結構決まって来るんだよ。自分の属している部門がずっと好調だったら出世するのも簡単だし、逆の場合はあまりよくないことが多い。」と。
また、イギリスではどうかというと、人が足りなくなると社内で人材の募集をかけたりする。給湯室などに「○○部ですが人を探しています。応募する人はいま せんか?」というような張り紙はよく張ってある。また、リーマンショックのときにはフロント部門で一旦クビになってミドル・バックオフィスに異動(再雇 用)という人間は結構いたように思う。
昔はマーケティングをしていたが今は営業をしているというメーカー勤務の知り合いもいる。当然ながら、会社の命令で海外勤務になる人は結構多いし、また逆にロンドンでそういった理由でイギリスに来たアメリカ人にたくさんあってきた。
もちろん、日本ほどに定期人事異動というようなものはないし、会社が明確な戦略に基づいて人を動かすこともあまりないようだが、職を変えるような人は結構 いるようだし、その機会もそれなりにあるように思える。多くの人がイメージするほどにずーーと同じ仕事をしているというわけでもないようだ。
また、日本の場合にはジョブ・ローテーションが盛んになるのは部長などになって幹部候補とみなされ始めてからではないだろうか?この場合は当然、経営幹部になる訓練のためにいくつかの部を見るのは非常に大切だと思う。
実際、米金融などの幹部の経歴を見ても、債券部門のヘッドをし、その後に投資銀行部門のヘッドをした。などの経歴の持ち主は結構いるように思われる。
おそらく世界のいろんなところで経営幹部となるためにいくつかの部門を回るのは当然のジョブ・ローテーションのように僕には思える。
だから、多くのなんちゃって識者が言う「ジョブ・ローテーションが多いから日本の企業の競争力は弱い」という指摘はそもそも彼らが思い描く「ジョブ・ローテーション」(もしくは競争力を弱めてしまうような「ジョブ・ローテーション」)なるものはそもそも存在しないからウソだと僕は考えてきた。
そのように僕は常々考えているのだが、先月の日経新聞の経済教室のコーナーで慶応大学の樋口美雄教授がこのような指摘をされていた。(指摘というよりも研究結果があるという内容だったような気がする)
「入社直後は色々な職務に配属されても、一定期間経過後はおのおのの専門分野の範囲内で関連した仕事に配転されることが多い」
おそらく今の企業のあり方が変わった面もあるだろうが、これが実態に近い姿であるし多くのビジネスマンの実感に会うだろう。
一部のしたり顔の評論家が言うようなジョブ・ローテーションは行われていないというのがやはり正しそうだ。
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ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ

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(1)属人給であり職務内容やレベルで処遇が決まらないこと
(2)職務内容が不明瞭
(3)権限の所在が曖昧で、プロ的土壌が育たない
ということで、要するには日本人の好む「曖昧さ」が組織内の常識となっていることが原因かと。
ただ、「専門性」もあまりに狭い世界しか知らないと逆に時流に乗り遅れたり、行き詰ったりするので、適度に色々な仕事を知っておくのは別に悪いことではないとは思います。