Mikitani

経団連を脱会した三木谷楽天社長


楽 天が経団連から脱会しました。楽天の三木谷社長は「日本は会計制度、電力政策など国際的な基準に合わせていくべきなのに、経団連はその方向に向いていな い」とその理由を述べています。これに対し経団連の米倉会長は「経団連はある産業の利益団体ではない。日本経済や国民生活向上のための政策集団だ」とし て、「かなり誤解があるのでは」と反論しました。

経団連、日本経済団体連合会、は日本商工会議所、経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つです。その中でも経団連の会長は「財界総理」と呼ばれるように、三団体の中でも特別な権威と力を持っていると言われています。
経団連、日本経済団体連合会、は日本商工会議所、経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つです。その中でも経団連の会長は「財界総理」と呼ばれるように、三団体の中でも特別な権威と力を持っていると言われています。

経団連は企業会員と個人会員から構成されますが、企業の経団連への入会は簡単ではありません。会員企業は事実上東証一部上場の会社に限定されます。また吉本の入会が話題になったように会社の属する業種が社会的に一定の認知度を持っていることが入会の条件となります。

楽天は2004年に経団連に入会しましたが、ネット企業が経団連に入会することはある種の感慨をもって受け止められました。楽天の経団連入会の翌年のにはライブドアが入会を果たしましたが、そのライブドアは入会承認とほとんど同時に証券取引法違反の容疑で捜索を受けます。

ラ イブドア事件に関連して当時の奥田経団連会長は「ライブドアの経団連入会承認は時期尚早だった」とコメントしています。当時ライブドアはすでに東証一部に 上場されていましたが、経団連に入るためには東証一部上場は必要条件に過ぎず、「立派な企業かどうかを見極める時間も必要」ということなのでしょう。

こ れほどの格式のある組織ですが、経団連は一体何を目的としているのでしょうか。ホームページによると「経済界が直面する内外の広範な重要課題について、経 済界の意見を取りまとめ、着実かつ迅速な実現を働きかけ」る。つまり経済界を代表して圧力団体として振る舞うということのようです。

しかし、経済界が一丸となって政策実現に向けて行動するなどということができるのでしょうか。例えば法人税の減税があります。これに反対する会社はまずありませんが、その引き換えに優遇税制を縮小、廃止するとなると意見は途端に分かれます。

プ ラスチックなどの石油製品の原料となるナフサは租税特別措置法により、揮発油税、石油石炭税から除外されており、免税額は年間3兆円以上にもなります。こ の免税措置と引き換えに法人税の引き下げをすることに米倉経団連会長は「そんなら法人税減税はいらない」と言い放ちました。米倉会長は住友化学の出身で、 住友化学はナフサの免税措置の特典をもっとも得ている企業の一つです。

一般的に税優遇措置は既存産業に有利で法人税の引き下げは新興企業に有利です。税の優遇措置を享受できない企業は、安い法人税を求めて海外に転出するコストがより小さいとも言えます。

ア メリカのレーガン大統領は法人税を大幅に引き下げましたが、それと同時にtax simplifibcationと言って、様々優遇税制を多くの反対を押し切って実行しました。その有効性がどこまであったか判りませんが、アメリカで新 興のIT企業が90年代以降次々に興り、インターネット革命の原動力になったことは確かです。

一方日本では数少ない成功したインターネット企業であったライブドアが、事件を起こしたとはいえ、経団連入会承認を「時期尚早」と言われています。企業の新陳代謝という意味で、やはり彼我の違いは大きいと言わざる得ません。

経 団連がいつも既存産業の気を使ってばかりいたわけではありません。1960年代貿易自由化に反対する産業界を押し切って石坂経団連会長は貿易自由化を積極 的に推進しました。個別企業、個別産業の利益より、経済界全体ひいては日本全体にはその方が利益が大きいという信念と実行力があったのです。

第2代経団連会長の石坂は1956年から1968年までその職にありました。石坂は戦後復興から高度成長へと日本経済の方向性の舵を切ることに尽力しました。石坂はその強いリーダシップで初めて財界総理と言われた経団連会長でもありました。

Ishizaka

石坂泰三

石坂は冷戦構造の下で資本主義と社会主義の対立という観点から自民党に多額の献金を行うなど政界とのつながりを持ちましたが、経団連を経済界を代表して政府の援助を求める圧力団体とは考えていませんでした。

そ れどころか石坂は高度経済成長を提唱した池田首相が、「経済はお任せください」と言ったことを「あいつらは泥棒を捕まえたり、火を消したりしてればいいん だ」と言って批判しました。租税優遇措置という既得権の確保ばかり考える現在の経団連とは逆の非常に自由主義的な考え方だったと言えます。

石 坂が12年におよぶ経団連会長の職を辞した後、日本経済は高度成長から成熟へと向かっていきます。60年代の三井三池炭鉱の大争議が「総資本対総労働」と 呼ばれたような経営側と労働者側の精鋭的な対立は次第に薄まり、日本はGDP世界2位の経済大国として地位を確立します。

石坂後の経団連は大きな方向性や目的を失ったように思えます。巨大化し国際化する日本企業にとって徒党を組む必要性は薄れ、また全体を束ねるようなリーダーシップを持つ会長も出現しませんでした。それは個人の資質の問題うより経団連の変質を物語っていたと言えるでしょう。

経 済界の代表としての経団連が形骸化する中で、経団連の権威はむしろ高まっていったと言えます。会長の下の副会長は会長の補佐というより有力業界の代表のよ うな位置付けとなりました。そして副会長は会長へのステップとしてその就任に有力企業のトップは血道を上げるようになりました。

なぜ、形骸化した経団連の役職を大企業のトップが必死になって就任を求めることになったのでしょうか。それは勲章のための断言して良いと思います。日本の勲章制度は戦後生存者に対しては廃止されていませんでしたが1963年に再開されました。

本来、勲章制度は大化の改新に遡る官吏の位階を示すものです。国会議員や官僚が与えらるのは当然としても民間人に与えるようなものではありません。企業家とは日本の社会構造の中で士農工商の最下位というのは勲位の中で厳然たる事実です。

そ の商人たちが高い勲階を得るための「お国のため」の働きの権威づけとして経団連の役職は公的な意味を持つようになっりました。経団連で自社の利益にもあま りならない活動にカネと時間を経営者たちが惜しまず使うようになったのは、何よりより位の高い勲章をもらうためと言っても過言ではありません。

そのような背景を考えるとライブドアのような新興企業でしかも刑事事件を起こすような会社が経団連の入会を許されたのは確かに「時期尚早」だったと言えるかもしれません。

三 木谷氏が経団連を退会することになったのは、経団連が勲章配分機関になってしまった現実を認識したからかもしれません。とは言っても勲章というものは「そ れを貰えるくらい偉くなって始めて値打ちが判るもの」だそうです。三木谷氏が勲章の値打ちを十分に認識していなかったとすれば、楽天の経団連入会もまた 「時期尚早」だったのかもしれません。


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当記事は上記ブログよりの転載です。

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