2008年11月24日

週間ノベログ 二個目

「これから緊急ミシロ集会を始める」
 恰幅の良いおじさんが声を高らかに宣言をした。
 場所は市立図書館の一角――読書室。
 宣言したおじさんの他に、中央の円卓を囲んでいるのが二人。
 銀縁の細い眼鏡をかけたいかにも神経症な細い男。
 そして、車イスに座って眠そうにしているくたびれた老人。
 いったい、男三人でこれから何をしようというのやら。
「いったい何があったんだ」神経症な男は眼鏡をかけなおして言った。「私はこれでも忙しいんだよ」
「緊急に伝えなければならないことが起きたのだ」
 と、おじさんは顔を下に向けたまま、やけに力の入った声で答えた。
「……なら早くしてくれたまえ」
「ありがとう」
 顔を上げたおじさんは心から感謝しているかのような眩しい笑顔を振りまいた。
 しかし、すぐに眉間にしわを寄せ、険しい顔を作る。
「ニュースは二つある。良いニュースと悪いニュースだ」
「楽しみは後にとっておきたい性分なんでね。悪いニュースから聞きたい」
 眼鏡の男は偉そうな態度を取るがそれを気にせず、おじさんは話を進めた。
「わかった。悪いニュースから行こうか」
 おじさんが間を取ると、図書館独特の静寂と悪いニュースに対する気構えが交わり、そばにいる俺でさえ息が詰まった。
 そして、
「我らのアイドル、倉嶋ユウカがお亡くなりになったそうだ」
 その言葉を受けて、今まで生きているのかさえ怪しかった老人の総入れ歯が飛び出した。
 眼鏡の男も「馬鹿な!」と乱暴に立ち上がる。椅子の倒れる音が図書館に響いた。
 おじさんは、カタカタと鳴る老人の総入れ歯を口に戻してあげると言葉を続けた。
「一昨日、しめやかに葬儀が行われたそうだ」
「なんで! まだ現役だったろう!」眼鏡の男は髪を掻き毟り、声を荒げる。
「違う。私たちがそう思っていただけだ」おじさんは顔の前で手を組み合わせ、祈りを捧げるようにして言った。「もしかするとそれが倉嶋ユウカを追い詰めていたのかもしれない」
「チクショー! また俺らは星を一つ失ってしまったというのか!」眼鏡の男は円卓を思いっきり叩いた。
 老人は慰めるように眼鏡の男の頭の上に手を置き、話し始めた。
「わ、わしゃぁ……あの娘に癒されて、ここまで生きてこれた。あの膨らみにさわれるだけで寿命が五年延びたもんじゃよ」
 伸びすぎじゃないか? と俺は疑問に思ったが他の二人は違ったようだ。
「あぁ、確かに。最高だったよ。倉嶋ユウカは」
「私もあの娘にはお世話になりました」
 三人とも大粒の涙を浮かべて握手を交わし、倉嶋ユウカを偲ぶため一分間の黙とうを行った。
「泣いてばかりもいられないな」
「あぁ……そうだ、良いニュースの方を聞かせてくれないか」眼鏡の男は鼻声で言った。
「そうか、急いでいたんだったな」おじさんは涙を袖で豪快に拭き取り、行儀よく座りなおした。
「では、良いニュースを話すとしよう」
 老人はまた眠そうに車いすに身を預けている。
「近所に新しい店が出来た」
 眼鏡の男の銀フレームが怪しげに光った。
「それは、確定情報なのか」声を潜めて言った。
 おじさんは「確定情報だ」と眼鏡の男を同じ調子で言った。
「お、おしゃわり(おさわり)はあるのかえ?」老人が目を大きく開き、興味深そうに聞く。かなり興奮しているようだ。
 先ほどの静寂とは違った冷たい空気が辺りを支配する。
「ある」
 一拍だけ世界が停止し、歓喜と興奮を持って世界が踊りだした。
 眼鏡の男は、わなわなと震えながら円卓に伏せた。
 老人は、あろうことか立ち上がっている。さらに、天に向けて手を差し伸べている。
 一方、そばにいる俺は訳が分からず、理解しようと身を乗り出した。
 「しまった!」と思ったのも束の間、俺はバランスを崩して、読書室の小さな窓から転落した。
 地面まで三メートルはあったが、くるっと回転して姿勢を正し、円卓のど真中に綺麗に着地した。
 背中からねっとりと絡みつく三人分の視線に背筋を凍らせた。おそるおそる振り向く。
「おやおや、これは秋野さんちの秋野レオ君ではありませんか」と眼鏡の男。
「見事な猫着地。やはり町内一の運動神経の持ち主ですな。さぞかし肉球の方も……」とおじさん。
「飛んで火にいる猫。まったくいたずら好きにもほどがあるのう。さて……」と老人。
 ジリジリと近寄ってくる三人。まるで獲物を見つけた俺の嫌いな犬のよう。
 さて、今日は逃げ切れるのかな?


《タイトル》  ミシロ → 三白 → 三百 (引く) 一  → 299 → 肉球 


cloverlink at 00:10│Comments(0)TrackBack(0) 週間ノベログ 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔