※2018年3月 雪の重さに耐えきれず倒壊してしまいました。
気温だけでなく湿度も高く、まったくカラッとしてません(^^;;
九州の大雨もそうですが、日本の気候はもう予測がつかなくなっていますね。
現在進行中の今年の北海道の旅ですが、昨年は山歩きがメイン。
今回は、今まで見向きもしなかったところ…遺構巡り(廃墟ではありません)や雰囲気の良い廃校や駅舎巡りも組みこんでみました。
とはいえ、暑さや天候不順の為、これから先まったく見通しが立ちません。
どうなることやら…
ところで、皆さんが卒業された母校、特に体育館への想い出ってありますか?
僕なんか、校庭ばかりを駆け回っていたので、バスケ部やバレー部には申し訳ないけど、キュッキュッという音とか、卒業式や全体集会のイメージしか思い出せない…
でも、自分の母校が廃校になり、体育館がこうだったら…
羽幌炭鉱の中でも主要な炭鉱集落だった築別炭砿の太陽小学校。
羽幌町は、留萌からオロロンラインを北上して最初に出会う大きな町で天売・焼尻島への玄関口です。
といっても"道の駅 ほっと・はぼろ"はオロロンライン沿いではないので、素通りしてしまう方が多いかもしれません。
オロロンラインから10~20kmほど山中へ向かった先に、 1935(昭和10)年に操業を開始した羽幌炭鉱がありました。道内の他の炭鉱同様とても栄えていたそうです。
そして炭鉱町の小学校、太陽小学校。
1940(昭和15)年に開校され、1962 (昭和37)年には道北では初めてとなる当時大変珍しかった円形体育館が完成されました。
炭鉱バブルというか、町の誇りだったんじゃないでしょうか。
芸術的なシンメトリー…
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この体育館が、僕の中でいう遺構です。
隣の3階建の校舎は、1966(昭和41) 年に新築されたそうです。
こちらは完全に廃墟ですね(^^)
と言うのも羽幌炭鉱の廃鉱に伴い、太陽小学校も1971(昭和46 )年に廃校となるのですが。
よくある話ですが、11年後の昭和57年。
小学校の跡地を宿泊施設にして、近隣には野球場・パークゴルフ場・キャンプ場などを備えた「緑の村」がオープンしました。
が…2001年(平成13)に閉鎖されます。
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廃校時のままであれば遺構ですが、レジャー施設跡になったのであれば廃墟です。
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とにかく残骸が酷い…惨い…
剥製のブラックジョークと廃墟コスプレ写真を撮ったような形跡。
そしてアスベスト…とにかく空気が悪い…
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この階段が見たくて入りましたが…2度目はありません…
それでも道北へ訪れる際には、この美しい体育館だけは見に訪れると思います。
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