2018年09月

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チョックストーン…岩壁の割れ目にはまりこんでいる石。岩と岩の間に岩がはさまっているというすごい光景…


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この日は朝倉からR509を走って添田町へ。

豪雨の爪痕がまだまだ残っていました。


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添田町といえば英彦山が有名ですが、添田町と赤村にまたがる岩石山(がんじゃくさん)も地元の方々に愛されている里山で、標高は456m。

巨石など見どころ満載で、登っていて楽しくなる山でした。

山頂には平清盛が築かせたという山城があったらしい。


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今回は赤村ルートから登ります。


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歩きやすい登山道を登ること5分弱。

岩が目立ち始めたと思ったら不動明王。

そういえば案内板に修験の山だったと書かれていました。


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この日、気温は35度…この湧き水にどれだけ救われたことか…といっても登りはじめてたった5分…


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不動明王のすぐ先にありました。

チョックストーン。

それなりの大きさで触れることもでき面白い。


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この岩、表と裏で表情が違います。


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誰が置いたのか、枯れ木でつっかえ棒してありました。


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次は針の耳。針の耳は針の穴と同じ意味ですからもちろん狭い…

ここにはちゃんと巻き道がありました。


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反対側から見ると、とても不思議な岩で不思議な倒れ方?をしていることがわかります。


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これ上からずり落ちてきた?


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さらに狭い階段を登っていくと、胎内くぐりのようなところへ。


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抜けて振り返ると、ここにもチョックストーンがありました。


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そして東屋のある休憩所。

登りはじめて350mちょっとなので、休憩という感じではないかな。


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眼下が赤村。

ホントに小さな村です。

ここから山頂までは650mほど。


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途中に眺めの良い八畳岩や


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梵字岩といった奇岩群があります。

風が抜けて気持ちの良い場所です。


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山頂には立派な展望台が設置されていますが、あまり展望はよくありません。


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英彦山はガスの中…


山歩きとしては登って下って1時間半ほど。

きれいに整備された登山道は、とても歩きやすく楽しかったです。そしてチョックストーン…

まじまじと観察できる場所は少ないので、とても貴重だと思います。

ツツジがたくさんあったので、春に歩くのが良さそうです。

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筑後平野の東側、福岡県うきは市は葡萄、苺、梨、柿、桃など果物の名産地。

「道の駅 うきは」の青果売場はもちろん、街は直売所ののぼりに包まれています。


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浮羽稲荷神社は、うきは駅からまっすぐ南に向かった里山の中腹に祀られていて、


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その周りは段々畑の果樹園です。


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今回、浮羽稲荷神社からR52で星野村方面へ向かい、調音の滝公園から耳納スカイラインへ抜け、何度かアップしている草原を目指してみました。


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約250段の石段を登ることなくここまで車できました。

約90基の鳥居があるそうです。


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壮観ですね…しっかり修繕されていて朱色に輝いています。


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本殿はこの石段の先。

常駐している宮司さんがいない無人神社です。


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シンプルな案内板。

農産物の栽培や林業が盛んな土地のために、このような立派な稲荷神社も建てられたものと考えられます。

そして街の方々からの奉納により、たくさんの鳥居が祀られているのでしょう。


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静かで良いところでした。

耳納スカイラインへ向かってみます。


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途中までは茶畑の中を走ります。

この辺りは茶処ですもんね。


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今回はいつもより東側の草原へ行ってみました。


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相変わらず霞んでしまっていますが、筑後平野の田園風景を俯瞰できる素敵なところです。

道は悪いですが、どうやら久留米側からアプローチするより景色が楽しめて良いかもしれません。

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北九州市門司区にある風師山(かざしやま)の風頭(かざがしら)からは、箱庭のように広がった門司の市街、そして関門海峡に巌流島や関門橋、さらに響灘や周防灘の絶景を楽しむことができます。


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以前アップした小倉の小文字山や


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若松の高塔山公園など

北九州には展望の良い低山が羨ましいほどたくさんあります。


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その中でも風師山は登山口まで車で行くことができるので、けっこう気軽にアプローチできます。

自治体もトレッキングマップを作成したりしており、門司の観光スポットとしてプッシュしているようです。


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登山口の駐車場から山頂までは800m、途中の風頭までは600m。


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あっという間です。


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展望はほぼ360度。関門橋の先には長府の工業地帯が続いています。


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そして関門海峡を挟んで対岸の下関。


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たくさんの船が行き来するので、タイムラプスで撮ると面白いかもしれません。


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海峡に浮かぶ小島が巌流島(舟島)


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関門海峡って、思っていた以上に蛇行してるんですね。


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手に取るような眺めとはこういうことでしょうか。

山、街、海、島、工業地帯…その一式が箱庭的にワンセットで見える場所。

ここに立って街を眺めていると、様々な人の営みが手に取るように見えるから面白いです。


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夜景の名所、皿倉山のアンテナ。


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南東に目を向けるとわずかですが、北九州空港のある苅田港に周防灘。


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身体をぐるっと回転するだけで、このような贅沢な眺めを楽しめてしまうという、すごいところです。北九州のハイカーさんに親しまれているわけですね。

門司港駅からトレッキングする場合、観光案内所でトレッキングマップを入手してから歩くと安心です。風師山山頂までは1時間ちょっと。

時間があれば、矢筈山まで足を伸ばしてみるのもいいかもしれません。

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桃のような果実がなるセンダンの樹の下にある「あのベンチ」。


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琵琶湖畔にある数多くのベンチの中でも、際立ってフォトジェニック。


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なぜならオンリーワンのハンドメイド。

笑顔が素敵なお父さんが、いつも見守っています。話しかけてみて下さい。


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琵琶湖畔でも、この辺りは、彼岸花の群生地として知られているところなんです。


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ちなみに、こちらは我が家の前の遊歩道に自生する彼岸花

急に、秋を感じます。

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前回の“旧別子エリア小足谷集落の遺構群”

http://blog.livedoor.jp/club007/archives/26029619.html

からの続きとなります。

森に還っているとはいえ、これまでの遺構からは人が生活していた跡というか温もりを感じましたが、これからは別子銅山の中で近代化の象徴とされる東延(とうえん)エリアに向かいます。


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ダイヤモンド水が湧く広場からアブと追いかけっこしながら分岐へ。


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右に曲がり橋を渡ります。


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山道を登りきるとまた分岐が。

左に折れれば歓喜坑や銅山越方面。

東延地区へはまっすぐ進みます。


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第一通洞手前にあるこの水路…

東平の第三変電所付近以上にアブが大量発生していました。


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左にある煉瓦の遺構…たしか金庫室跡?だったと思います…


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運搬の効率化の為に掘られた第一通洞の南口。

1886年(明治19)、4年の歳月をかけて総延長1,021mのトンネルが貫通しました。

坑内には軌道が敷かれ、人車・馬車が往来。

精錬された粗銅を新居浜側(北口)へ送り、新居浜側からは生活物資が送られたそうです。

別子銅山のメインストリートですね。

石組みのアーチがとても美しい…


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わかりやすい俯瞰図がありました。


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東延へは通洞の右手から山道を登っていきます。


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少し登ると案内板がありました。


《この谷の上部が東延地区である。明治7年(1874)住友家が招いたフランス人鉱山技師ルイ・ラロックの構想に基き明治9年から近代化の開発が始まった。

あの見事な石垣の築造は2年の歳月を要して明治18年に完成したもので、面石は背後の山腹にある蛇紋岩を採石し築造した。

谷川の流水は赤煉瓦30万枚を使って暗渠を構築し、用地の底を伏流させている。造成当時の用地面積は約6,600㎡、造成に要した作業者の数は延べ23,000人であった。ただし、冬季45ヶ月は積雪・凍結で工事を中断したが、その間に新居浜地区で暗渠用の煉瓦を作った》


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谷側に見える巨大トンネルのような石垣の遺構

木々に覆われてはっきりとは見えませんが、かなりの大きさです。

これ、実は、谷を埋立てて造られた人工的な穴で堰堤です。

本来、谷に流れていた川を暗渠(あんきょ:地下に埋設したり、ふたをかけたりした水路)という形で伏流させています。

第一通洞の横にある水路の水もそのようです。

東京で例えるなら玉川上水でしょうか。


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東延に到着。


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ここが別子銅山最先端技術を駆使し、近代化発祥の地と思えない静かな佇まい

何故、近代化発祥の地かというと、

明治政府による新産業の育成政策である“殖産興業”を受け、住友家は別子銅山の近代化を決断します。

外国人技師を雇い入れ、それまで人力で堀り進んでいた採鉱の工程に、火薬・ダイナマイトを導入しました。

そして東延斜坑という斜めに掘った坑道を設け、蒸気機関を利用した巻き上げ機で効率的な搬出を可能にしたのです。


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埋め立て地に残る祭壇のように見えるこのレンガ造りの遺構


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正確な情報は残っておらず、ワイヤーなどを通した巻き取りのローラー(圧縮機)の土台ではないか?と言われているようです。


肝心の東延斜坑は、坑口周りの泥濘みが酷かったのと、アブの大群に阻まれ遠目から見学させて頂きました。

そしてこちらが東延機械場跡です。

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外壁だけが残る巨大な煉瓦造の遺構。

手ブレが酷いなぁアブと格闘中です。


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裏手に回ってみます。


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重厚感がありながらも繊細な煉瓦積みですね。

明治の遺構ってほんとに素晴らしい。


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廃墟でよく目にする光景完全に自然に呑み込まれています。


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ここに、蒸気機関の巻き上げ機が備え付けられていて、東延斜坑の中から鉱石を乗せた台車を引き上げていたそうです。

鉱石を地下から引き揚げる別子銅山の心臓部ですね。

鉄筋が剥き出しになり、沼地化しています。

それにしてもとても生々しい


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ワイヤーも残っていました。

旧別子の主な施設は1916年(大正5)頃までに東平エリアに移動しており、この機械場も1932年(昭和7)に廃止されたと言われています。


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全国各地の鉱山跡に訪れて思うのは、当時の財閥系企業の資源開発に賭けてきた執念を感じます…旧別子を歩くとより一層感じます。

日本を引っ張ってましたよね。

人の三井、組織の三菱、結束の住友という企業風土は、トップ組織が牽引して脈々と受け継がれてきた文化と言われていますが、今現在はどうなんだろう?

IT企業がなにかと脚光を浴びていますが、やはり今なお日本経済に大きな影響を与えているはずです。


東延エリアは埋め立て地なので、足場が悪かったり地面に穴が開いている箇所があります。

ちょっと注意が必要です。

他にもいろいろと探索したかったのですが、もう無理です。

頭皮からふくらはぎまでアブにやられました。

やはり訪れた時期が悪かった特に歓喜坑は見たかったんですけど。

今回、一緒に歩いた今治在住の友人の話だと、

標高約1300mの銅山峰からは、四国の山々と瀬戸内海を一望できるそうです。

そして5月中旬頃には高山植物の「ツガザクラ」が満開になりとても美しく癒されるそうです。

機会があれば再訪してみたいと思っています。

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