2020年01月

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白色の石灰岩に囲まれた幻想的な環境の中で、マリンアクティビティを体験したりオートキャンプを楽しんだりできる人気スポット、由良町の白崎海洋公園。

20189月の台風21号による強風と高波の影響で閉園状態になっていましたが、現在は復旧作業が進み、道の駅を含むパーク内一部施設の営業を再開され、展望台へも行けるようになっているそうです。


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今回は本州最南端の串本から和歌山方面へ向かって紀伊半島を北上していますが、白浜町から有田にかけての海沿いは絶好のドライブルート。晴れた日なら冬場でもぽかぽかしていて、関東でいえば房総や南伊豆をドライブしているような感じです。


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由良町であれば国道42ではなく海側の県道23(御坊湯浅線)が気持ち良くおすすめ。海岸線だけでなく眺めのよい高台を走るこの県道は、衣奈(えな)集落の高台からの眺めがとてものどかで心落ち着きます。


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みかん畑と海の景色。


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海洋公園の手前、白崎海岸沿いにそそり立つ大きな岩は立厳(たてご)岩。


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どうしたらこのようにスパッと穴が開くのか不思議でしょうがない


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白崎海洋公園はもともと石灰石の露天掘り鉱山の跡地。明治から昭和にかけて採掘が盛んに行われていました。第二次世界大戦中にはその坑道を転用し、軍事基地(旧海軍の水中特攻基地である第十六回天隊など)が置かれたこともあります。ここは軍事遺構でもあるんですね。


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園内は氷山のような白い石灰岩で囲まれ、ちょっと異質な風景です。


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展望台へ向かい、海が見えてくると


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碧い海に白亜の岩肌が映えますたしかに地中海ムードが漂っているような。

洗練された美しさというより、荒々しさの残る自然が創り出した景観美という印象を受け感動しました。沈む夕陽に赤く染まる岩肌も美しいでしょうね。

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サンゴ台から望んだ橋杭岩と紀伊大島。本州最南端の町、和歌山県串本町の日の出です。


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夜明け前、朝焼けの赤・紫・オレンジ・濃紺と微妙なグラデーションはとても美しく心惹かれます。特にサンゴ台からの眺めは、紀伊大島と海上を行き来する漁船の軌跡が良いアクセントとなって、なんとも言い表せない風景です。


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日の出は未来を感じさせ、夕日にはない美しさがありますね。


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羽田沖縄便の上空から見た本州最南端の町、串本町。町の上空は、空のハイウェイになっています。険しく複雑な地形をしているのが紀伊大島と潮岬。数年前の2月中旬に訪れた和歌山の旅の備忘録を数回に分けてアップします。


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南紀熊野ジオパーク、串本町の有名な観光スポットは橋杭岩。潮が満ちている時に訪れると、紀伊大島に向かってニョキニョキと約900mにわたって続く橋脚のような岩塔は、海に浮かんでいるように見え、さらに朝日や夕日に映えて、多くの観光客やカメラマンを魅了します。


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でも気になるのは干潮時……橋杭岩のあたり一面に転がっている岩が露わになり、まさに異空間です。


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宝永地震(1707)で起きた大津波によって移動したといわれる津波石。

沖合いから転がってきたわけではなく、橋杭岩が形成されるにあたり崩れた岩で、本来なら岩塔付近にあったはずが、大津波によって広範囲に散らばったというわけです恐るべき津波の流速。


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各地にある災害記念碑付近は特に注意が必要ですが津波石も防災の参考資料になります。

この風景を心に留めておくだけで、いざという時の心構えが変わるはずです。


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くしもと大橋を渡って紀伊大島へ向かうのですが、

この橋が上手く考えられた設計になっています。潮岬側の紀伊半島と紀伊大島の間にある小島が苗我島。そこまでは海中道路のような堤防になっています。


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苗我島から紀伊半島側を望んだ画像。


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そして苗我島に上陸するとループ橋になり、一気に高低差が激しくなって、ぐるっと一周した後にアーチ橋を渡って紀伊大島へつながる設計。上空からの映像がとても絵になります。某自動車メーカーのCMロケ地にもなりました。

紀伊大島側のポケットパークに駐車して、橋を散歩してみるととても気持ちがいいです。


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苗我島のループ橋下は潮通しがよく、魚影が濃い釣り場として人気があります。

紀伊大島へ渡ると、東側の樫野崎へ至る樫野串本線沿いに集落が無いことから、人通りの少なさに驚きます。とても静かな島です。

紀伊大島の観光スポットというと、樫野崎灯台と海金剛。印象に残ったのは海金剛です。

日米修交記念館(教科書には載っていませんが、ペリー黒船来航の62年前の1971年に、中国との貿易が不成立となった2隻のアメリカ商船が紀伊大島に上陸し貿易を申し出ました。これが公文書に記録された初めての日米間の接触であるとされており、史実を後世へ残すために建てられた小さな記念館です)の駐車スペースから最果て感の強い海を眺めてみます。


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凄い数の船舶が沖合いを航行しています。画像では4隻ほどですが、肉眼では20隻を超えていました。海・空の通り道なんですね。

日米修交記念館の裏手にある、遊歩道を抜け展望台へ向かいます。


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遊歩道は西日本の海岸線で多く見られる、ウバメガシのトンネル道の先からは砕けちる波の音が聴こえてきます。


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海金剛南伊豆の石廊崎に似ています。奥に見える灯台が樫野崎灯台、穏やかな日なら潮風が気持ちよく、


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荒れて波立っている日ならより一層壮観です。


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反対側の裏金剛へ向かうと、太平洋がドーンと広がっています。


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入り組んだ入江と断崖が続く海岸美紀伊大島の南側は断崖絶壁が続いています。


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紀伊大島の至るところで河津桜が咲いていました。来週はもう2月です。関西圏の方なら、ひと足早い春を探しにツーリングするにはもってこいのスポットですね。

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季節はずれの台風により、天候に恵まれなかった今回の沖縄の旅。最終日は、真栄田岬のザネー浜と浦添のカーミージー。


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相変わらず展望が素晴らしいザネー浜(Beach51)の高台。


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久しぶりに青空を見たような気がします。


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岩の窓。

最後の最後に青空が出てよかった


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浦添の空寿崎・カーミージー(亀瀬)へ。


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天然浜と珊瑚礁のイノー(礁池)が広がる自然豊かな場所。


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釣り人もおらず、のんびりと今回の旅を振り返りました。悪天候続きでしたが、新たな発見もあり、それなりに楽しむことが出来たと、自分に言い聞かせています。


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セブンイレブンの看板を沖縄で見るのは新鮮でしたし、さらに、ゆいレールの延伸・首里城正殿焼失後に訪れたので、テレビやラジオで連日繰り返し報道されていたのが印象に残っています。

現在、全国から集まった寄付や募金は10億円を超えているそうですが、未だに出火原因は判明していないようです。責任の所在を含めこのままうやむやにならなければよいのですが。

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沖縄の方言「ぬちぐすい」

ぬちは〈命〉でぐすいは〈薬〉。〈命の薬〉です。一般的には身体に優しい美味しい食べ物や飲み物という意味で、心の中が暖かくなって癒され元気が出ること、という意味もあるようです。

食レポが下手なので、旅先でのをアップすることはあまりしてきませんでしたが、たまには旅の思い出として残しておこうと思います。

新しいお店が続々とオープンする中、ここ数年は新規開拓もせず、訪れる店がだいぶ限られてきてしまい、夜はほとんど出歩かなくなってしまいました。毎回コンドミニアムでワイワイ自炊してしまうのも良し悪しがありますね。


ナーベラーちゃんぷる〜

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ご存じヘチマの味噌炒め。我が家では、ゴーヤはおひたしにすることが多く、チャンプル〜となるとナーベラーかソーミンです。

浦添に住む友人の両親が営む定食屋さんの味はすべてが優しい味。島豆腐が形崩れせずゴロゴロと残っているのがうれしいんです。


亀かめそば

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初めて本場の沖縄そばを食べたお店で、今でも那覇空港に着いてレンタカーを借りて、食材の買出しする前に必ず向かうお店です。有名店ですね。


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若狭へ移転する前、西町にあった頃の南国らしいオープンな感じの店舗入口と当時の軟骨ソーキそば。

昔から変わらない優しいオーソドックスな沖縄そばです。


屋宜家(やぎや)のアーサそば

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八重瀬町のさとうきび畑の真ん中にある繁盛店。古民家(登録有形文化財)で沖縄料理をいただけます。


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味はもちろん、家屋の雰囲気も素晴らしいので、初めて沖縄旅行された方に大変喜ばれます。


山羊の刺身

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山羊料理さかえ。牧志の竜宮通りにある、ウチナータイム溢れる異空間です。那覇で宿泊する機会が減ったので、ここ数年足が遠のいていますが、無性に訪れたくなる時があります。

近くにあった、おでんの悦ちゃんのママもそうでしたが、沖縄の女性は前向きで強いなぁと感心します。そして内鍵というか防犯対策。この辺りはタチの悪い酔っ払いが多かったようです今もかな?。


てびちのマース()

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昔、通ってた久茂地の居酒屋さん。有名店ではありませんが、クオリティの高い料理と居心地の良さは群を抜いていました。


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てびちが苦手だった下の娘がペロッと平らげたマース煮と裏メニューの炒飯は絶品でした。


ゆし豆腐そば

ソウルフードだけあってゆし豆腐の名店はたくさんありますが、リピートしてしまうのは北谷の浜屋と浦添の高江洲そばです。

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北谷の浜屋は、深酒した翌日に。


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デフォで軟骨ソーキがのっている高江洲そばは、しっかり食べたい時、と使い分けています。


バーガーショップ

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駐車場で苦労する北谷の浜屋へ行くのは、こちらがメインだからかもしれません。バーガーショップGORDIE‘Sのベーコンチーズバーガー。

奥さんと子どもたちが大ファンなのです。


味処まるながの骨汁

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沖縄市海邦にある味処まるながは骨汁の名店です。

ここ数年は、立地が便利な沖縄市のコンドミニアムを利用しているので、かなりリピートしています。

骨汁は数量限定なので開店直後の入店が必須。


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個人的にここの骨汁が大好きです。塩味で生姜もたっぷり。お肉が柔らかくて骨から取り外しやすい。

蟹を食べているように、家族全員無言でむしゃぶりついています。


琉花のシビレそば

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うるま市安慶名の琉花。去年オープンしたばかりですが、まだ営業してるのかな?

ここのシビレそばはかなり個性的でピリッとスパイシー。山椒と唐辛子を加えたピリ辛の出汁に、軟骨ソーキと肉みそをのせています。

その後の情報がないので閉店しているかもしれませんが、個人的にはリピートしたくなる味です。


八重そばの通称ヤカンそば

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名護のそばは平打ち麺が多いですが、ここはきしめん並です。そして汁なしの状態で着丼します。


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ヤカンに入った熱々のお出汁はカツオが強め最後の一滴まで熱々のまま味わえます。


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ジューシーも美味しいですね。


宮里そば

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名護の名店、宮里そば。平打ちを通り越してうどんのような麺に結び昆布が特徴です。

カツオと昆布、両方からの出汁が効いているからか他店とはひと味違う味わいです。地元の人気店ですが、回転が速く並んだことはありません。


前田食堂の牛肉そば

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大宜味村の前田食堂。亀かめそばと同じく随分前から通っています。

胡椒の効いたモヤシ炒めがどっさりという二郎系ラーメンのようなビジュアル。

沖縄そばだと思うと好き嫌いがわかれるかもしれません。


みそ汁定食

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沖縄各地の食堂にある具材たっぷりのみそ汁。島豆腐、ポーク、もやし、シイタケ、レタスという具材たっぷりのみそ汁に卵が落としてあります。まさに、ぬちぐすい。ホッとする味わいです。


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こちらは平安座島の味華の魚汁。


離島になるとリピートする店は極端に減ってしまいます。宮古島なら

中休味商店

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珍しい鶏系の宮古そば。必ず注文するのは鶏そばではなく野菜そば。

ここの特徴はなんといっても自家製麺。沖縄そば特有の麺ではなく、完全にラーメンの太麺です。

ご主人や奥様の接客も素晴らしく、本島に出店してほしいお店です。


丸吉食堂

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ここの出汁からはほのかにニンニクが香ります。食欲が湧きますし、大汗をかきながら食べています。


八重山そばなら石垣島の繁盛店、

明石食堂

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野菜そばに、


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ソーキは別皿で注文することが多いです。


とうふの比嘉

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朝食にぴったりのゆし豆腐そば。ここでしか味わえない味わいで、そばというより定食が目当てでリピートしています。石垣島はやっぱり焼肉でしょうか。でも東京にも旨いお店がたくさんありますからね。


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沖縄各地に有名店や繁盛店がありますが、あくまでもリピートしているヌチグスイなお店をアップしてみました。基本的にどこのお店も同じ味で美味しいんですけど、やはり来店数の多いお店は材料が新鮮です。評判の良い新店も続々オープンしていますし、もっと積極的に動こうと思うのですが、結局はヌチグスイなお店居心地を優先してしまいます。

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バラエティ番組「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」に出演していた小学4年生のお城博士ちゃん。

少年が言うには、

まず城を見る時には『攻める気持ちで見る』。

そして天守の中に入ったら『守り手の目線』。

最後は『城主の気持ち』になると……

なるほど、目から鱗が落ちる思いです。


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うるま市の中心部、安慶名(あげな)。街の真ん中の小高い丘に、あまりひと気のない(駐車場は満車状態なのですが…)安慶名中央公園があります。


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この公園内に、森に隠れた安慶名グスク跡と安慶名闘牛場があります。

先日アップした今帰仁村闘牛場のつながりから、先に闘牛場に向かってみます。


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駐車場から広場へ上がるとこんな感じ森の中に宝物のように隠れているのが安慶名グスク跡。入口は左手奥、案内板のある所です。

広場の右手にある階段を上って行くと立派な慰霊之塔があり、その先に深いすり鉢状の闘牛場があります。


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見晴らしの良い丘の上にある安慶名闘牛場今帰仁村闘牛場とは違った魅力があります。

うるま市石川多目的ドームが平成195月に完成するまでは、ここがメインスタジアムでした。現在は年に12回ほど開催されているそうです。


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ぐるっと廻ってみてびっくりしました広場からは見えなかったグスクの城壁が姿を現します。

グスク跡をバックにした闘牛場気持ちが昂るロケーションです。


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闘牛場から見上げた高い城壁。


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見上げた時にはわかりませんでしたが外郭もありました。


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岩山の中腹に巡らした外郭の壁と、山頂台地に巡らした内郭の大きな壁この二重の壁で城の防御力を高めています。


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岩山に築かれた石の壁は見るからに難攻不落ここを生きたまま登りきるのは至難のワザ。どのように攻略すればいいのだろう?


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このように天願川を天然の堀として活用し、隆起した琉球石灰岩の岩山を巧みに利用した極めて堅固な城。

安慶名グスクは14世紀頃、琉球統一以前の三山(北山・中山・南山)時代に安慶名の按司(あじ・地方の領主)によって築城されたといわれており中山国に属していました。

その後、1429年に中山王・尚巴志が三山を統一し初めて琉球全体の王となり第一尚氏王統が、そして1470年には第二尚氏王統の時代が始まります。


安慶名グスクに大きな転換が起きるのは、第二尚氏王統3代目の尚真王による中央集権体制の強化によります。

尚真王は、各地に割拠して力を持っていた按司を首里に集居させ、地方には代わりに按司掟という役人を派遣して領地を管理させました。

ところが、3代目となる安慶名の按司は首里王府に従順ではなかったようです。

反発すれば攻められるとわかっていても、強固なグスクによほど自信を持っていたのか?、他に確固たる勝機があったのでしょうか?

尚真王は中央集権体制を確立するために、安慶名の按司を服従させる必要がありました。

首里の大軍が安慶名へ向かいます。


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狭く険しい石段城門への進入路はこの石段のみです。


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城門の手前に来ると、石段が高低差のあるつづら折りになっており、攻める側とすると厳しい立場に直面します。


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ここまで何回討ち死したことでしょう石段を登り詰め城門に辿り着きましたが


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この城門は凄い巨岩の裂け目の一部分を切り崩し、巨大な切石と組み合わせ、アーチ状に築かれています。普通に考えれば郭内へ進入することは困難です。


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1m程度の城門をくぐり郭内へ入り、郭内から城門を見た画像です。

ここからは守り手の目線になってみます。

外部からの敵の侵入を防ぐという意味では、まさに鉄壁の守り。

あとは援軍を待ち、首里軍を挟み撃ちにすれば勝機はあります。


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しかし、安慶名の按司はこのグスクで籠城せざるを得ない状況になったようです。


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安慶名の按司は安慶名グスクを拠点としつつ領土を拡大し、具志川グスク、天願グスク、屋良グスク、喜屋武グスクなど数々のグスクを築いて一大勢力に成長していました。

その事を考えると、どうやら各地からの援軍が来なかったのかもしれません。

安慶名へ向かう途中に首里軍によって敗北したのか?それとも裏切りがあったのか?

本当のところはわかりませんが、最初から籠城して戦うことが策ならば、尚真王の命令に背くことは自殺行為に等しいはずです。


結果的にグスクは落城してしまいます。

実は大きな落とし穴がありました。

琉球石灰岩の岩山に築かれた郭内には井戸がなかったのです。つまり最初から籠城に適さなかった消耗戦に弱いグスクだったということ。

水源は天然の堀として活用している、グスクの廻りを流れる天願川の水でした。

それを知った首里軍は、グスクと川の間に駐留し、水の供給路を断ちました。

安慶名の按司にとっては万事休すです。


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闘牛場の先には天願川が流れています彼はどのような思いで敗戦をむかえたのでしょうか?

多くの観光客で賑わう世界遺産に登録されたグスクだけでなく、安慶名や糸数、玉城、具志川など、当時の荒々しさの残る静かなグスクへも訪ねてきましたが、お城博士ちゃんから城の見方を学んだので、再度、グスク巡りをしてみようと思います。もちろん闘牛の闘いも。

次回の沖縄の旅が楽しみになりました。

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