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真珠の道と書いてまだまみちと読みます。真珠のように美しい道だったので、この名が付けられたそうです。首里城南口から真珠道(まだまみち)を少しだけ散歩してみました。


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島添坂金城町石畳道を下り、識名坂を上って繁多川公園までです。

以前アップした普天満参詣道は北へ伸びる宿道でしたが、真珠道は首里城から南の那覇港南岸まで伸びる約9kmのアップダウンの激しい道。

防衛(倭寇などから)の為に整備された軍用道路で、一般庶民の交通路としても利用されていました。


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首里観光定番スポットである、島添坂と金城町石畳道(金城坂)も真珠道の一部です。


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島添坂の前半は緑に覆われ、山側は石灰岩の岩肌が剥き出しになっています。


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くるっと左に曲がると視界が開け、ここから金城町の住宅地を下っていきます。

この道が完成したのは約500年前、第二尚氏王朝の時代当時はどんな景色だったのだろう。


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赤マルソウ通りを渡るとおなじみの金城町石畳道が始まります。グスクのような高い石塀です。


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金城町石畳道の代表的なショット。石敢當から左へのびる脇道を進めば大アカギ、石畳道のはるか先には、ウネウネとした識名坂と繁多川公園の森が見えます。とても見晴らしの良い場所です。ちょっと大アカギへ寄り道してみます。


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内金城嶽の大アカギの森。ここには樹齢200年越えの大アカギが6本も残っています。


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触れることが出来る大アカギ。

以前、浦添ようどれをアップした時にもふれましたが、沖縄戦で、読谷と嘉手納の海岸線に上陸した米軍は、浦添の前田高地を攻略し、首里を北から攻めたので、首里の丘の北側は何も残らないほど破壊されてしまいました。一方、南側は比較的被害が少なく済んだようです。


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内金城嶽の小嶽と神が宿る大アカギ。


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そして最長老、樹齢300年以上の大アカギ素晴らしいの一言につきます。


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石畳道に戻り、坂の途中にある金城村屋で疲れを癒します。


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畳にゴロンっと横になって、少しうたた寝


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金城村屋の隣にあるのは金城大樋川、かつての共同井戸です。

立派な井戸ですねぇ。急斜面にあるため、3(後左右)にがっしりした石積みが組んであります。


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かけ樋は二本あり、


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半月型の貯水槽から溢れ出した水は奥の排水溝に吸い込まれる坂を行き来する人馬が樋川の水で喉を潤し、一息入れた場所です。このあたりには他にもたくさんの井戸が残っています。水が豊かな場所だったんですね。


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金城橋まで下ってみます。


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交差点を渡り金城橋に差し掛かると、前から気になっていたモノに目が止まりました。


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特大ジャンボシーサー口角がキュッと上がった優しい顔つきです。

ここからは豆腐の町・繁多川(はんたがわ)地区、そして長い上りが続く識名坂(識名平)…朝から歩き続けてきたので足取りが重くなってきました

現在の識名坂は石畳道ではなく普通の舗装路です(先日、舗装路の下から当時の石畳道が発見されています)。坂の途中、左手にあるのが繁多川公園。


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丘の斜面に造られた公園で、大きな広場はありませんが、椰子の木に囲まれた遊歩道があります。


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竹のように筋が入った美しいユスラヤシ。


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ユスラヤシというと沖縄市知花の東南植物楽園の中にある並木道が有名ですが、沖縄の街路樹として珍しくない椰子の木です。


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不思議な根をしていますね。


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緋寒桜も満開でした。


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トックリヤシと緋寒桜、沖縄ならではの光景です。


真珠道の一部を歩いてみました。

戦争の被害が少なかった首里の丘の南側には、石畳だけではなく、アカギや御嶽、多くの井戸が残っていて、平和で心が豊かな頃の沖縄を感じることができます。そして繁多川地域は戦前から、豊富な水を利用した豆腐づくりの町として知られています。首里へ豆腐を売りにゆく人、首里から豆腐をもとめにくる人当時の人々は豆腐を抱えて真珠道を往来していたのでしょう。

この後は夜景スポット、雨乞嶽へ向かいます。