カテゴリ: レトロ

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東海道線が琵琶湖南岸を一直線に建設されたため、とり残された中山道の宿場をつなぐ私設鉄道として誕生したのが近江鉄道。開業は1898(明治31)と大変古く、当時の姿のままの駅舎も残されています。

かつて中山道63番目の宿場町であった町並みの中に、ぽつんと佇んでいるのは鳥居本駅。

この無人駅はレトロ感満載の洋風木造建築で、近畿の駅百選に選定され、登録有形文化財にも指定されています。


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鳥居本駅は彦根駅の北側の隣駅。交通量の多い国道8号と東海道新幹線に挟まれた場所にあり、かつては米原油槽所が置かれ、石油輸送を行う貨物ホームもありました。


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夜に訪問したので、日中の駅舎画像はストリートビューで。独特なレンガ色の腰折屋根(マンサード)に背の高い煙突。自販機がなければ、小さな礼拝堂のようにも見えます。手前が国道8号で大型車両の交通量が多く、実は喧騒感が半端ないのですが、駅舎に入ってみると登録有形文化財に指定された理由がわかりました。


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教会建築によくみられるハンマービームと呼ばれる工法で、コンパクトながらも木の温もりある落ち着いた空間です。


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そして不思議なことに驚くほど静か……通りの喧騒が嘘のように静まり返っており、時が止まっているかのよう。


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使い込まれた木のベンチ以外は窓や壁の木枠を含め白色で統一されており、日中に訪れるとフォトジェニックかもしれません。

火打梁にちょこんと取り付けられた灯りは合計4つ。ホーム側2つが切れていたおかげで、狭い駅舎内は礼拝堂のような雰囲気に包まれていました。


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ホームは島式12線。すぐ脇を走る爆速の新幹線の窓明かりと架線のスパーク…1時間に1本ぐらいしか来ない近江鉄道を待つ間に、何本もの新幹線がけたたましく駆け抜けていきます。


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近江鉄道は単線なので、鳥居本駅は上下線の待合わせ駅になっていますが


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どこかで見た車両?西武線?実は近江鉄道は西武グループなのです。

信号が切り替わり、上下線の赤いテールランプが遠ざかってゆき、駅は深い静寂に包まれていきますと思いきや新幹線の架線のスパーク音が響き渡っていました


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再び駅舎に戻ると嘘のように静まり返っていますとても不思議な駅舎です。


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近江鉄道には他にも個性的な木造駅舎があります。日野駅と新八日市駅日野駅は2017年にリニューアルされ、カフェがある無料休憩所と観光案内交流施設が併設されたので、新八日市駅の画像をアップしてみます。


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なかなか渋い駅舎


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蔦が絡みあっていて大変なことになっていますが、味がある駅舎です。


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1898年に営業を開始し、ガチャコンという愛称で親しまれ、湖東地方ののどかな風景の中を走る近江鉄道。

実は鉄道事業に関しては1994年から赤字が続いているそうです。

特にここ数年は存続か?廃止か?で揺れており、近江鉄道GPと滋賀県、沿線の自治体は、今後の近江鉄道の在り方を議論してきました。

今年に入ってからの報道によると、どうやら存続を決断するようですがこれからの課題は山積みです。

やはり全国の地域鉄道の経営環境は大変厳しい状況におかれていますね。ノスタルジーだけで鉄路は残せないというのが現状のようです。

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静まり返った誰もいない廊下に、大きな窓からオレンジ色の西日が差し込み、とても懐かしい気持ちにさせてくれます。

歴史的建造物として広く知られている豊郷小学校旧校舎群ですが、近年、アニメ(京アニ・けいおん)の舞台に設定されたり、ドラマ(NHK朝ドラ)や映画(きみすい)のロケ地となるなど、聖地としても話題に事欠かないスポットとなりました。


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彦根城から国道8号を南へ約20分ほど。


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周辺の街並み、そしてこの白亜の校舎に魅了される映画監督やアニメーターが後を絶たないようです。当時ここから生徒達は登下校していたのだろうかちょっとイメージが湧いてきません。


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豊郷町観光協会のHPによると、『豊郷小学校旧校舎群は、昭和12年に近江商人、商社丸紅の専務であった古川鉄治郎氏によって寄贈され、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏の設計で建てられました。当時は、白亜の教育殿堂”“東洋一の小学校といわれ、平成25年には国の登録有形文化財に登録されました。現在は、町立図書館や子育て支援センターなど町の複合施設として利用されており、校舎のご見学も自由にしていただけます』とあります。


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塵ひとつ落ちていない長い廊下。

古川鉄治郎氏はここ豊郷小学校の卒業生。

叔父の伊藤忠兵衛氏は伊藤忠商事・丸紅の創業者です。寄贈額は当時の60万円(現在価値で数十億円)というから驚きです。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる。世間から得たお金は世間へ還元する」という近江商人の経営哲学三方よしの教えを体現されたということになります。


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階段の手摺りに施されたウサギと亀。多くの子供たちがこれを見て・触れて育ちました。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏は日露戦争が終わりを告げた明治38年、キリスト教を伝道する為にアメリカから英語教師として来日します。やがて教会などの設計活動を始め、明治41年には京都で設計事務所を設立し、関西圏を中心に西洋建築の設計を手懸けました。建物はヴォーリズ建築と呼ばれ、100年以上経過した現在でも色褪せることなく、多くの人々から高い評価を受けています(東京神田の山の上ホテルや大阪心斎橋の大丸など)


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さらに近江兄弟社の創立に加わり、メンソレータムの製造販売業を手がけ、それにより得た資金で病院の設立や学校教育などの社会事業を展開していきます。青い目の近江商人と称され、昭和33年には近江八幡の名誉市民第一号に選ばれています。ちなみに昭和39年に亡くなるまで、彼が愛した近江八幡で日本人の奥様と過ごしました。


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豊郷小学校のシンボル的な施設である講堂。


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整然と並ぶ長椅子一見、礼拝堂のようにも見えます。


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明るい日差しが降り注ぐ大きな5段開閉窓や目立たない暖房装置


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立派な講堂です。学校内の式典や行事だけの使用に留まらず、一般の方々を迎えての講演会や音楽会なども行われていたそうです。


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本校舎へ戻り3階の桜高軽音部の部室(会議室)へ。


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最初は一緒に並んでいたウサギと亀ですが、だんだんと亀が先に進んで行く様子が表現されています。


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さすがにここだけは異空間でした。ただ、けいおんを知らなくても、ファンでなくても、思わずほっこりとしてしまうなにやら、音楽や笑い声が聞こえてきそうな雰囲気です。


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テレビアニメシリーズが終了してから10年近く経つというのに、聖地巡礼者は後を絶たないそうです。


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窓からは、これまた素敵な現在の学舎が見えます。旧校舎を眺めながら学習出来るなんて、夢のような環境です。


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そういえば同じ滋賀県の日野町に残されている、渋い雰囲気の旧鎌掛小学校もアニメ(京アニの中二病でも恋したい!)の舞台になっています。京アニさんのロケハンスキルの高さには脱帽します。

アニメに描かれた場所を訪ねる「聖地巡礼」を通して、ガイドブックには載っていない景観、そしてその地域の文化や歴史的建造物に興味を持ち始める人も多いと聞きます。

ヴォーリズ建築とアニメ意外な組み合わせが、地域の人々とけいおんファンの絆を繋いでいます。

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長野県の飯田市南部。

東は南アルプス、西は伊那山地に挟まれた遠山郷と呼ばれる地域に旧木沢小学校があります。


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木造校舎は1932年(昭和7)に建てられたもので、現在でも温もりの残る廃校です。

ある教室は某引越会社のCM撮影に使われ、現在も撮影に使われたままの状態で保存されています。


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木の香りが漂う校舎に入ると、歩くたびに床が軋みます。

そして天井から吊るされた裸電球全てが温かく懐かしい。

廊下には郷土資料や当時の風景などの写真や記事がたくさん貼ってあります。


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校長のたかねチャンとの面会は叶いませんでした巡回中だったようです。


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音楽室。


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いろんな楽器特に鍵盤打楽器が多く展示されています。これらすべてが演奏できるようです。


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CM撮影が行われた教室最後の一年生。


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しみじみします架空の設定とはいえ涙腺が緩みました


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ノッポの古時計。


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体育館側の階段廻りが素敵でした。

歴史を感じるスノコ。


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障子がありますね。

宿直室でしょうか?


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この階段廻りはけっこう複雑な造りをしています。


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体育館。


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2階の教室。


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今にも子供たちのはしゃぐ声・笑い声が聞こえてきそうな教室です。


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中央階段には恒例の赤玉白玉。


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最後に職員室。


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この雑多な感じがとてもリアルです。


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ちなみにプールは池に改良されていました。

たしか鯉が居たような?


図書室は南アルプスに関する資料や4千冊以上の蔵書や寄贈本。

理科室は懐かしい道具がずらり。

遠山森林鉄道の起点として栄えた頃の資料やこの地方の厄除け祭り「霜月祭り」に関する資料室もあったり、まるで博物館のようです。

何時間居ても飽きません。


この学校に対する地元の方々の愛情は深く、休日には校舎に集まり、庭の草木の手入れや掃除をしながら訪れる人にガイドをしてくれたり、思い出話をしてくれたりします。


以前アップした日本のチロル下栗の里

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▶︎http://blog.livedoor.jp/club007/archives/865353.html

とセットで訪れてみると良いかもしれません。

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シャッター通りと化した路地をリノベーションして再生を図るという動きをよく耳にします。

尾道では空き家となっていた古民家をリノベーションしたオシャレなカフェやパン屋さんを見かけました。

沖縄や石垣島でも多く見かけます。

熊本にもありました。

応援したくなる取り組みです。



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白川に架かる長六橋の西側にあたる河原町は、熊本駅から市電で3つ目。

戦後、ここにヤミ市(戦時下および敗戦直後の統制経済下で、統制を逸脱して物資の売買を行なう自由市場)が生まれました。

熊本市街と川尻を結ぶ川尻電車(1927年~1965年)と熊本市電の乗り換え地であった為、人の往来が多かったからだそうです。

そのヤミ市を発祥とし、のちに衣類関係の問屋街として栄えていたという河原町繊維問屋街…


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2016年の火災の影響で、問屋街建屋は半減してしまいましたが、敏感な若きクリエーターが反応し続け、アトリエや、カフェ、個性ある雑貨店などがオープンしています。


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1958年頃に建てられたという鉄筋2階のビル。

沖縄に来たのかと見間違う採光ブロックが印象的です。

当時、ここで商いをしていた人々は日本人に在日朝鮮人や華僑、沖縄の人たち…アジアな雰囲気があるのは当然のことかもしれません。


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この路地の屋根はトタン葺き、当時のままのアーケード。


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頭上から視線を感じる…


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とっても可愛い猫ちゃんでした。


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モラトリアムという個性的な雑貨屋さん。

この日はお休み。


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映画のワンシーンのような階段がありました。


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松田優作が歩いてたら…まるで探偵物語…工藤探偵事務所みたい。


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階段の上の店舗跡をのぞくと火災の爪痕が残っています。


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祖父が仕立屋だったので、このミシンは懐かしくて食いついてしまいました。


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至る所に当時の道具がさりげなく並んでる…


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所有権が入り組んでおり、全体を再開発するのは難しく、やはり空き店舗も多い…。

それ故に、昭和の空気の中にタイムスリップしてしまったかのような、静かで不思議な場所が残っていて心地良かったりします。












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相変わらず観光客でごった返している京都。

これから紅葉の季節を迎え、さらに盛り上がってしまいます。

人混みと雑踏に疲れたらふらっと立ち寄ってほしいのがココです。











四条のど真ん中、

京都市中京区室町通蛸薬師下る山伏山町546-2

旧明倫小学校(京都芸術センター)

京都一のビジネス街であるこの界隈で、心が温かくなる場所。











京都市内の小学校の名前を見ると面白いことがわかります。

通常、学校の名前はその土地の地名をつけることが多いと思うのですが、京都ではその地域の歴史や中国の古典から名前をつけました。

ここは、私塾"明倫舎"のあとに小学校として創立されたから明倫小学校となったようです。











平成5年に閉校後、リノベーションされ平成12 年に京都芸術センターへと生まれ変わっています。

制作室として使用している12の教室・講堂・大広間・和室はイべント期間中にしか公開していませんが、常時公開している 2つのギャラリーや図書室、カフェ(前田珈琲)、そしてなにしろ廊下巡りをしているだけでも雰囲気を楽しめます。











西館入口の床には八芒星(オクタグラム)が

門柱も八角形だった


















建物自体はモダンな鉄筋コンクリートですが、一歩足を踏み入れると床や腰壁には木材が貼られており温かみがあります。

廊下やスロープを歩くと"ギシギシ"と良い音がしますよ。

校庭を挟んで西、北、南の3校舎があります。カフェや図書室のある南校舎から歩いてみます。











フレンチブル?


















お馴染みの白線


















階段踊り場の窓は大きく採光がたっぷり


















三本線のある階段手すりの親柱。

小学校とは思えない贅沢な装飾。











懐かしい水飲み場


















ここはちょっと怖い


北校舎に行ってみます。










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ここにはタイル張りの水飲み場の先に3階まで続くスロープがあります。











荒らされているわけでなく立派な切り貼りアートです(^^)

面白いのは1階から2 階、2階から3 階では窓の形や装飾が違うんです。











まず1階から2 階。











同じ大きさの四角窓をスロープにあわせて上下にヅラしています。











ここが2階。











そして2階から3 階へ。











ここは大きさの違う半円形の窓。











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昇っていて同じ景色が一つもない。

子供たちが気づく気づかないは別として遊び心が溢れた作りになっています。











素敵な丸窓です。


















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京都というと、神社仏閣に注目が集まってしまいがちですが、このような戦前建築の小学校をさりげなくリノベーションしていたりして、町の文化的レベルの高さを感じます。

このような姿勢があるからこそ、多くの人たちがこの町に魅せられるんだろうなぁ。

人混みと雑踏に疲れたらふらっと立ち寄ってみてください。

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