カテゴリ: 廃墟/遺構

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漁師をしている友人の船で海釣りに出かけた際に訪れた場所で、崩壊し続けている海岸線沿いの廃道です。

この日は友人の船で海から訪れましたが、人間の気配を察したエゾシカが、崖をよじ登りながら大きな石を落としていました。


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陸路で岬側から向かってみようとすると


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橋があった部分は激しく崩れていて渡ることはできません。この辺りは釣りのポイントとして人気があるようで、地元の方々が釣りを楽しんでいました。


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素掘りの隧道があるあたりに上陸しました。


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岩盤が剥き出しの素掘りの隧道跡と変形して赤錆びたロックシェード詳しい事はわかりませんが、昭和40年代まで使われていたというから驚きです。


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崩れてきたら、ヘルメットなど役に立ちそうもない


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隧道を抜けて港側からあらためて眺めてみます。


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無残な光景を目の当たりにしつつも、自然の驚異に立ち向かい工事に携わった方々の命をかけた執念を感じ、感動のあまりため息をもらしてしまいました。あと数十年も経てば、完全に自然に還るであろう遺構ともいえる廃道と隧道

貴重な場所へ案内してくれた友人に感謝です。

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今回は有名な病院跡へは訪れておりません。


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理由はこの大煙突より先に進みたくなくなった(熊やスズメバチの危険)からです


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道東道が阿寒ICまで延伸されて、釧路へのアクセスは着実によくなっています。

1970年(昭和45)当時まで15千人もの人々が生活していた旧阿寒町の雄別炭鉱。

他の炭鉱町同様、閉山と同時に人々は消えてしまいました。

現在の阿寒ICから北へ17kmほどのところです。


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炭鉱住宅を過ぎ、


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ガソリンスタンド跡を過ぎると右手に記念碑が。


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そしてダートをしばらく進むと左手にあるのが雄別商事(購買会)跡。要はスーパーマーケット後に資材置き場として使われており、当時は町一番賑やかだった場所?


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この建物の内部は数年前までは落書きだらけ、瓦礫だらけだったのですが、近代化産業遺産に認定されたからか落書きは消され、床もすっきりしていました。


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木造部分は老朽化が激しく、階段はもう恐くてあがれません。


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崩れるとしたらココ(木の柱)でしょうか?


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建物裏手にある屋上へ続く苔むした階段バーへの入口。

ちなみに建屋右壁面の崩壊具合はかなりのもので、ほとんど壁がなく鉄骨が剥き出しの状態です。

一見コンクリートで頑丈な印象を受けますが、年々崩壊が進んでいるようです。

今回突然思い立って15年振りに立ち寄ったのは、やはり築別炭鉱・太陽小学校円形体育館の倒壊……以前アップしましたが、訪れた翌年(昨年の春先)に崩れ落ちてしまいました。

アナログからデジタルの時代になって、行けるうちに行っておこうと…病院跡は、またの機会の楽しみにしておきます。

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かなり前に訪れた場所で現在は一体どうなっているのかさっぱりわかりません。


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荒れた敷地内には3つの建屋があり、こちらが一番大きな建屋

けっこうな山中のようですが海に近い高速のICからそう遠くなく、周囲には数件の民家があり、住民と挨拶を交わしたほどふつうに立ち入ることができました。


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鉄骨が軋む音を聞きながら中に入るとびっくりしましたこれは巨大な鳥かご映画で観たプテラノドンの巣ですね


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鉄骨がむき出しで足元は完全に自然に呑み込まれています。


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ところどころ、細部にまでこだわりを感じる造り。


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何に使われていたのか想像できない廃材に、


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見たことのない部品の数々


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雰囲気が独特でした。

でも海沿いではないのにここで造船していたのだろうか?むしろ何かしらの研究施設のような感じ。


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人間が立ち去ってしまうとやがて朽ち果て、残骸は自然にのみ込まれてしまいます自然の生命力の強さに打ちのめされました


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もう一つの大きな建屋。


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こちらは内部が泥沼化していて入口から覗いただけいかにも研究所という感じ。


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そして傾きかけた、事務所のような建屋


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画像ではカットしていますが、一部箇所には設計資料が積み重ねられており妙に生々しく、そして生活感を感じました。


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設計図の書庫でしょうか?


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そしてびっくりしたのはこの部屋

ガラスケースの中に収められたアンティークな吊り天秤や分銅、そして印鑑など


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これは化学天秤ですね。

展示室のような気がするのですが実際のところはわかりません。

どうやらここは造船所ではなく炭鉱の関連施設で、鉱山機械の設計や製造・技術研究が行われていたそうです。合点がいきました。

それにしても不思議な廃墟です。立入禁止になっているわけでもなく、取り壊す様子もみられないそして残っている“モノ”が多過ぎる。

自然に還りつつある工場跡は別として、事務所跡は時が止まっているかのようでした。

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遊び場=空き地=土管子供の頃、空き地で必ず目にした土管。

ドラえもんやスーパーマリオにも登場するコンクリート製の土管は日本の風景のなかで見かけることは少なくなりました。


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煉瓦造りの重厚な建屋は大正13年に竣工された志津川発電所跡。

ちらっと見えるのは天ヶ瀬ダム。京都の小学生なら遠足や社会科見学で訪れるとききます。


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6年前の冬に訪れた時の備忘録なので記憶が薄れていますが、暖かくなると蛇がウジャウジャ出てきそうなところでした。

施設で作業をされていた方に挨拶をすませ、発電所横の砂利道の林道を登っていくとすぐに遺構がありました。


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想像以上の光景にただただ驚くばかり水圧鉄管を据付けていたコンクリートの土台です。


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そして鉄管を包んでいた土管のようなコンクリートの塊がよこたわっています。


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さらに自然の力にも驚かされますあたりを呑み込んでいますね。

現在はさらに凄い事になっているかもしれません。


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暗闇の先は水圧鉄管の終点発電所跡です。


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山の上の沈砂池へ向かわず、このまま上流へ歩いてみます。


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水圧鉄管は3本?3条?


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やはり自然の生命力に圧倒されます


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経年劣化と水圧鉄管を撤去する際に剥がれ落ちたと思われるコンクリート壁。粗石で作られていたことがわかります。


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突き当りまで来ました見上げると取水口のシュートこの上に沈砂池があるようです。


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取水口から見下ろすことは出来たとしても、まさか下から見上げることが出来るとは驚きでした。

壁面はなんとなく素掘り感があるんです人の温もりを感じた瞬間。


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僕らはここで終了ふだんなかなか目にすることのない貴重な遺構に出会えました。志津川発電所の歴史や沿革をきちんと調べた上で、機会があれば冬場に再訪してみたいと思っています。

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栃木県の足尾銅山と聞けば、ほとんどの人が「子どもの頃、社会で習ったなぁ」と思い出すはず。公害である“足尾銅山鉱毒事件”という不名誉な話題で知られていることが多いかもしれません。

日光に宿泊した翌日、陽気が良かったので坑道見学はせずに、多くの遺構が残る本山坑エリアを散策してみました。


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わたらせ渓谷鐵道の終着駅、間藤駅。


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渡良瀬川沿いに北へ向かえば、古河橋ポケットパークに着きます。


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重要文化財、古河橋。

鉄分多めのこの橋はドイツ製。


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日本で産出される銅の約4分の1が足尾で掘られ、最盛期には4万人もの人々が暮らしていたという当時、賑わっていただろう商店街。


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夕張の街並みを思い出します


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渡良瀬川の対岸には足尾銅山本山精錬所跡が残っており、現在もなんらかの作業がされています。右手にある3つのタンクは硫酸貯蔵タンク精錬の副産物ですね。


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さらに上流に目を向けると精錬所のシンボルともいえる巨大な煙突。


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この巨大な建造物には残念なエピソードがあって、いざ稼働してみるとすぐに煙がつまってしまい、2カ月後には煙を吐かなくなったそうなんとも皮肉な話しです。


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ホッパーでしょうか?


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町はひっそりとしていますが、この子たちの存在が気持ちを和らげてくれます。


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こちらは社宅跡。

石段の部分に長屋が並んでいたそうです。


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以前アップした瀬戸内の犬島でも大量に見かけたカラミ煉瓦。

銅を取り出す為に精錬所の溶鉱炉で銅精鉱を熱した際に出る不純物(副産物)がスラグと呼ばれる鉄とガラスの物質。

全国各地の鉱山や精錬所ではこれを型にはめ、再利用して、黒くて重くて、優れ物のカラミ煉瓦へと加工しました。


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本山坑跡の方へ向かい、本山坑で使用される削岩機に圧縮空気を供給する施設、本山動力所を建屋の隙間から覗いてみました。


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ここにはメンテナンスされた特大コンプレッサーが保存されています。


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桜が満開の足尾駅。


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足尾と鹿沼を結ぶ県道15号で粕尾峠を越えて、穴場の桜の名所へ向かいました。

今の時期なら花街道と呼べるほど美しい県道。


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上粕尾の田ノ端にある公園の桜。

今年も綺麗に咲いていました。


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足尾日光から20kmぐらいの距離なんですけどね。いにしえの栄華と悲哀が交錯する町を体感できます。

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