カテゴリ: 旅/広島












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原爆の被害者であるはずのヒロシマは、実はアジアへの侵略拠点としての「軍都」であったことは、若い世代には意外と知られていません。  

ましてや、その沖に浮かぶ大久野島が、かつて国際社会に隠れて毒ガスを製造し、中国その他で使われていたことなど、どれだけの日本の人々が知っているのでしょうか? 











キャンプ場でテン泊した翌朝。

うさぎの鳴き声で起こされ、遺構巡りをしながらトレッキングしてみました。

大久野島は一周約4km

小さな島ですが、所々アップダウンがありそこそこ楽しめます。

そしてなにしろ何処を歩いてもうさぎが猛ダッシュして近寄ってくるから癒される。
















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発電所跡の近くにあるのが火薬庫跡。











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屋根が落ちてしまっているので大変なことになっています。











大きな鉄塔に向かって登山道を登っていくと











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展望台。島の山頂部にあたります。


















北に進むと規模の大きな中部砲台跡。











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なんと7連の掩蔽部(えんぺいぶ)跡。

友ヶ島第3砲台跡でも5連( 4連+1連)ですからびっくりです。


















そして中央5つの掩蔽部は横穴で繋がっていました。











内部の状態も抜群に良いです。兵舎や弾薬庫として使用されていたのでしょう。











さらに奥へ進むと遺跡のような砲座エリアが2か所。











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この巨大な鉄塔は高さ226m…

通天閣が108m、京都タワーで131m…

2つを足したぐらいの高さです。











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尾根づたいに木段を降っていきます。

ここからの眺めが一番良いかもしれません。

降りきると北部砲台跡です。











一段低い砲側弾薬庫











ここが変わっているのは、砲座に毒ガスタンクの台座が置かれていること。

砲台を潰してまでも毒ガスのタンク置場が必要だったのでしょう。











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最後に、山肌を切り通して造られた長浦毒物貯蔵庫跡。











ここはある意味おどろおどろしい遺構でした。毒ガス貯蔵庫ではなく、毒物貯蔵庫


















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終戦後、貯蔵されていた毒物は火炎放射器で焼却処分され、その名残が建物内部の焼け跡となって生々しく残っていました。











大久野島で作られた毒ガスは、小倉で弾に充填され、中国大陸へと運ばれていきました。

中国大陸の戦争において、日本軍に毒ガスは必要不可欠なものでした。

ノモンハンで大敗したソ連への対抗手段として密かに開発された毒ガスを、実戦で威力を試す為に中国で使われたわけです。

国際法などおかまいなく…

世界を騒がす、とある国家やとある組織と変わりませんよね。

戦争は、人を狂わせます。

もしこの島にうさぎが居らず遺構巡りをしていたら……ゾッとします。

友ヶ島以上に状態の良い遺構が残っている大久野島。

広島に残る「もうひとつの戦争の爪痕」ではありますが訪れてみてください。

大丈夫です。うさぎが癒やしてくれます。

彼らは"神の使い"かもしれません












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国内だけでなく海外からも観光客が訪れる、瀬戸内に浮かぶ大久野島。

現在はうさぎ島と呼ばれる平和な島ですが、

戦後40年後の昭和59年( 1984)に、旧日本軍が毒ガスを製造していたことが公にされました。


大久野島が毒ガスを製造していたことが知られなかったのは、"化学兵器製造の実態が内密"とされており旧軍事関係者しか知らなかったから。


何故、"化学兵器製造の実態が内密"かというと、

第一次世界大戦でドイツ軍により初めて近代的な化学兵器が使用されたことを受け、大正8年(1919 )のヴェルサイユ条約では、ドイツのみ"保有禁止"と定め、

さらに昭和3年(1928)のジュネーブ議定書では、制限を国際的なものとして、戦争における化学兵器や生物兵器などの"使用禁止"が定められたからです。

ただし、ジュネーブ議定書において制限されたのは"使用のみ"で、開発、生産、保有が制限されたわけではありませんでした。

軍部はこの抜け穴を合法と捉えて毒ガスの製造を行っていたのです。


何故、大久野島に製造拠点の白羽の矢が立ったのかは、単純に地理的条件がよかったということのみのようです。


昭和4年(1929)ウォール街大暴落(世界恐慌)の年、本格的に毒ガスの製造を行います。

以後、大久野島は~地図から消された秘密の島~になってしまいます。


ところで、"誰が製造・従事していたの?"というと、近隣の住民だけでなく、国家総動員法の徴用令状によって連れてこられた若者たち。

徴兵令状は赤紙、対して徴用令状は青紙と呼ばれていたそうです。


元従事者たちは、戦時中は島での作業は口外厳禁、戦後は毒ガス工場に従事したことで差別されるのではないかと恐れ、また毒ガスによる健康被害や後遺症に悩まされる人が相次ぎました。


大久野島で過酷な毒ガスの製造に関わった人々の心と肉体の苦しみが、広島に残る「もうひとつの戦争の爪痕」です。











以前掲載した黒滝山。

http://blog.livedoor.jp/club007/archives/3336162.html

右下の港が忠海港。奥は大三島。

大きな鉄塔のある小さな島が大久野島で忠海港から船でわずか15分です。











宮島の鹿、男木島の猫大久野島のおもしろいところは、うさぎがたくさん居ること。

昭和46年(1971)に島外の小学校が飼いきれなくなって放した 8羽のうさぎが野生化して繁殖したそうです。

5年前の夏、家族と12 日で訪れました。

夕方の船で港に着くとさっそくモコモコしたうさチャンがダッシュして来て餌をねだります。










こりゃメロメロだぁ癒されるなぁ。


うさぎは縄張り意識の強い動物で、傾斜地に巣穴を掘り、家族で暮らしています。
家族の判別は体の匂いで判断し、もしその縄張りに違ううさぎが入ると激しい争いになり(叫び声も凄い…)、ほとんどのうさぎが耳や目に怪我をしてます。
















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港の近くの、うさチャンが寝転ぶトンネルを抜けると発電所跡があります。











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毒ガス製造の際に電力を供給していた発電所で、終戦後は米軍が弾薬庫として使用していたそうです。

重厚感があり大きいですね。


















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外壁は蔦に覆われ、一部鉄筋が剥き出しになっており風化が激しい











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この時代の発電所跡に多くみられるモダンな窓枠。窓ガラスはことごとく無くなっています。











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柱のない広い空間の発電所内はご覧のようにがらんとしており、足もとには割れたガラスの破片が散らばっています。


















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3階相当の大きな建屋と2階ぐらいの建屋の組み合わせ シンプルな造りのようで、なんか面倒くさい構造。











発電機やタービンがあった基礎部分は、終戦後に米軍が弾薬庫にするため、ハツったり埋めたりして平らにしたような形跡があります。



















多くの発電所跡の壁にみられる穴(碍子の跡など)も目立ちません。



















大きさに圧倒されて当時の状況を偲ぶことすら出来ませんでしたが、他の発電所遺構とは違い、神妙な気持ちで時を過ごしていた記憶があります。











写真を撮ろうとしてしゃがむとうさチャンが膝の上に手をかけてきたりするのでびっくりします。忍び足で近寄ってくるからなぁ












この日は星を眺めながらキャンプ場でテン泊をしました。

戦後何年経っても癒えない傷が残る遺構を見学した後でも、不思議と暗い気持ちにならなかったのは、僕らを見つけると猛ダッシュで近寄ってくるうさぎ達のおかげなのかな

そんな彼らと翌日も遺構巡りをしてみました。


その2へ続きます。












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広島県の螺旋階段を探してみて、辿り着いたのがココでした。広島市内や尾道にもあったんですが、呉で仕事があったのでこちらにしました。


















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野呂山の別荘地にある廃墟なんですけどね

遺構は大好きですが廃墟は苦手です。


















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DrachenBrug

ドイツのドラッヘンブルク城を意識していたようです。











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扉をくぐるといきなりこんな感じ。

従業員の保養施設だったようです。











あった

しっかり作られた螺旋階段です。











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見上げても、











見下ろしても絵になります。











ヨーロッパのお城のようなデザインから"魔女の館"と呼ばれているそうです。

そしてお決まりの心霊スポットでもあるらしい。鉄格子があるからでしょうね











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やっぱり廃墟は苦手だなぁと、ちょい鬱になりかけましたが、ハチマキ展望台からの絶景で癒されました(^^)












広島県内やしまなみ海道、瀬戸内の絶景スポットは、これまで数多く掲載してきましたが、ここは穴場かもしれません。




















向島の西に浮かぶ岩小島(いわしじま)。

向島と橋で繋がっていますがご存知ですか?

あまりサイクリストも見かけません(^^;;

ところが映画ファンには人気があります。



















大林宣彦監督作品の「ふたり」や、



















フジTVの月9ドラマ「海の上の診療所」(毎週登場するゲストの顔ぶれも凄かったですね)のロケ地、











浜之浦隧道や











厳島神社があるからです。











この素掘りの隧道を見に訪れている観光客は見かけたことがあります(ちなみに、島には二つ隧道があり、もう一つは岩子島隧道)が、隧道の真上に尾根道があって、その先に絶景が広がっていることはあまり知られてません。











登山口の目印は浜之浦隧道です。

トンネル手前右の坂を上ると数分で登山口なんですが、岩子島の道は狭い道ばかりなので、車を何処に駐車するか?悩むところ。











一度隧道を抜けて迷惑の掛からない所に駐車するしかありません(楕円部分が隧道で、その先のPの箇所に駐車しました)。




















車を止め、徒歩で隧道を抜け登山口へ向かうとすぐに、軽トラ1台ぐらい止められそうな場所にでます。ここに素朴な石仏(札所)がありますので右へ折り返して進んで行きます。


ここから先10分ほどは



















夏場はこんな感じです(^^;;

瀬戸内の山歩きは10月~5月がベスト。

藪こぎせず、汗もかかず、蜂やヘビがほとんどいないのでお薦めです。

この日は、蜘蛛の巣との格闘でした(^^;;

まあこの時期、低山の登り始めはどこもそうなんですが。ここはハイカーが少ないのでもう大変ストックが綿アメのようになってしまいました。











それでも海が見え始めると心が踊ります。











ここからは滑りやすい尾根歩きになります。

高所恐怖症の方はキツいかも。





























低山ですが、瀬戸内に囲まれているので、山頂付近は想像以上に高所感があります。




















多島美が映えますね。




















以前掲載した鳴滝山の展望所が見えます。











あそこからの展望はこんな感じでした。











浜にあるのが厳島神社。











山歩きをされる方にはおすすめの穴場スポットです。とは言っても登山口から20分足らずで標高差も少ないんですけどね。

涼しい季節にお出かけ下さい。












福山で、鳥目線の絶景を楽しめるのは、地王山なのですが、どうやら数年前から展望スポット(パラグライダーのテイク場)へは立入禁止のようです。

問い合わせてみると、なるほど、とんでもない輩が居たようです!


残念でしたが、市内の北部側を見渡せる絶景ポイントがあるので行ってみました。



















福山の街を流れるのは芦田川。

その芦田川が街に向かい大きく蛇行するあたりにあるのが、山頂に電波塔のある石鎚山です。










山頂までは舗装路ですが離合出来ない箇所がほとんど(山頂手前に切り通しのような狭路区間があります。ワンボックスはどうだろう?)。初めての方は注意が必要です。











山頂直下に、雨乞いの神を祀る龍王社があります。車幅のある車はここまでにした方が無難かもしれません。

WCもちゃんとあります。











電波塔の建つところが山頂。

山頂駐車場は広々としていて10台以上は止められそうです。




















あれッ?

中途半端な柵ができてますね











































それにしても気持ちの良い眺めです。


程良い高所感が味わえて、浜風が吹いて来ないので実に穏やか。

春先や秋口がおすすめです。

ここは、芦田川フライトエリアと呼ばれるパラグライダーのテイク場なのですが、この日は飛んでませんでした。

いつもフライトの瞬間が見たくて各地のテイク場に行くのですが、なかなかタイミングが合いません

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