セドナ・シャスタ・パワースポット巡り  〜スピリチュアルな社長の日記〜

東京 青山で旅行会社を経営しています。私は1999年にアメリカ アリゾナ州のセドナに行きました。セドナはパワースポットがあるところでネイティブアメリカンの聖地とされています。セドナにベルロックという決断を促すといわれているレッドロックがあるのですが、そこに登ったときに「今の会社を辞めて新しい会社を始めたほうがいい」という啓示というかメッセージのようなものを受けたのです。それ以来、スピリチュアルな世界に興味を持つようになったのです。

2006年12月

時間の流れと願望

先日 文字が無ければ時間の流れが変わるのではないか?
という内容を書きました。

つまり 現在の私達が感じる時間の流れは

●過去→現在→未来  です。

ところが、文字が無ければ過去に頓着しないので
時間の流れが

●未来→現在→過去

と考えてみたわけです。


時間が未来からやってくる・・・

ということは「予め未来は決まっている」ということにならないでしょうか!?

えっつ どういうこと??
じゃあ 私達は決まった道の上を歩いているの?

それでは、あまりに納得がいきません。
「私の自由意志はどうなるんだ」と息巻いてしまいます。

しかし、アガスティアの葉や占星術などは、どうやらアカシックレコード
といわれる宇宙の記録簿のようなものにアクセスして、その人や対象を
占っているようです。

アガスティアなどが正しいとするならば
「なにかしら 決まったものがある」ということになります。

う〜ん 納得がいかないですが、とりあえず、それを前提に考えて見ましょう。

何かしら決まっている「未来」が「現在の私」を作り出している。
いわば「未来」の投影が「現在」だということです。

幸せを願っている人がここにいます。

その人は昨日「神様 私を幸せにして下さい」と祈りました。

そして今日も「神様 私を幸せにして下さい」と祈りました。

そして明日も「神様 私を幸せにして下さい」と祈ります。

そしてあさっても、しあさっても、ずっと・・・

「神様 私を幸せにして下さい」と祈ります。

するとどうでしょう

現在を投影する未来は「現在の幸せを祈っている私」を見て

ずっと不幸せな私を現在に投影しつづけるのです。


そこである日、「私は幸せです」と言ったとします。

未来は投影先の現在が「私は幸せ」と言ったので
次からの投影を「私は幸せ」に変更しなければなりません。

なぜならば、未来が現在を投影するのですから。

つまり、現在と未来は同じなのです。
互いにサイクルのように投影しあっているのではないでしょうか?

と すると

未来を変えるのは簡単なのかもしれません。

「願望」を願うのでなく、「現在」を肯定して
「いいことしか起こらない」と思えば、その通りになるということです。


まあ これで幸せになれたとすれば

それも「決まっていたこと」なのかも知れませんが・・・・











文字が無い世界を想像してみると

ハワイに行って、ネイティブハワイアンは「文字」を持っていなかった
と知りました。

「文字」が無いとはどういうことなんだろう???

ちょっと想像してみました。

まず思ったことが、忘れっぽい私は物凄く困ってしまうなあということ

そしてフェチとも言うべき「本好き」なので、時間をどう取り繕っていいのか
解らなくなってしまいます。本がなければ電車にも乗りたくなくなり、カフェ
なんて本無しで入ることなんて考えられません。
う〜ん これは困った・・・

極めて個人的なことで頭が一杯になったのですが

よ〜く考えるまでもなく、私達の生活は文字をベースに成り立っています。

世の中は全て他者とのやりとりで行われてので、その情報が全て「口頭」になって
しまうわけです。

つまり

検証できない

起こったことを書き残して、その後 見直すことができないのです。

今 学校で習っていることは 過去に起きたこと、解ったこと、経験したこと
の集積を「学問」として教えられています。

この根底が無くなるわけですよね・・・


しかし、古代ハワイアン達は星を頼りに、どの陸地からも離れた場所から
ハワイにやってきたのです。
これは驚異的な「天文学」と「海洋学」を持っていたということになります。

決して「文字」が無いことが「劣等」ではないということです。


う〜ん 解らなくなってきたので、
ちょっと見方を変えてみました。

「文字」持っている私達は、重要であろうすべてのことを書き残します。
そして、それを基に「あれは正しい」「あなたは間違っている」「今度は
こうすべきだ」などと考えます。

つまり「過去」をベースに考えている訳です。

過去を基に現在があり、その先に未来がある。

時間の流れは 過去→現在→未来 です。


一方 「文字」が無ければ
過去を検証する(伝承による戒めなどはあるでしょうが)機会が格段に減ってしまいます。
なんといっても記録が存在しないわけですから。
経験したことは人間の記憶の範囲で検証されるだけで、あとは伝承でしか残りません。
という事は、過去のことに頓着せずに生きることになります。

「過去」に縛られない・・・

ちょっと甘美な響きではありませんか???

ということは
瞬間瞬間が凄く大事になるということです。

「過去」が大事なのではく「現在」大事なんだと。

そして時間の流れは
未来→現在→過去 となります。

時間は過去からの集積ではく
未来からの到来なのです。

時間軸が反対になる訳ですから、価値観は大きく異なることになるのでしょう。

恐らく私達が今 謳歌している物質的な生活では無いのかもしれません。
「過去」の集積した情報を基に「科学」は成り立っているのですか・・・

その「過去」から予測する「未来」とはどういうものなのでしょうか?
私達は基本的に「未来」に「恐れ」や「不安」を持っています。
明るい未来を期待しても、心の中は不安や恐怖で一杯です。
ニュースで報道されることといえば、
年金、少子化、保険、テロの恐怖、国際情勢の悪化・・・明るい未来を報道すること
なんて見たことがありません。

私達の「科学」とは所詮それだけのものだったのかも知れません。

これだけ「科学」が発達したにも関わらず、地球上の安全すら担保できていないのですから・・・。
自然災害ならまだしも、人間が一番の脅威に他なりません。


時間の流れが未来からくるとすると。

時間は未来から等しくやってきます。

それを全身で受け止めて、瞬間を謳歌する。
今 起きていることに全身全霊を傾ける。
今 存在していることを全身で感じる。

ということなのでしょうね。

過去から推測される余計なことを一切考えなかったら・・・

全く今とは異なった能力が開花するのかもしれません。

イルカとアボリジニが交信をしている!? というように。

全く違う価値観が現れるということです。

そういう価値観もあると認識するだけで、
少なくとも私達が直面している「日常的に破壊的な世界」からベクトルを
変える小さな一歩になるのかもしれませんね。















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