sankakusuminitoudai
 自宅から官舎への帰り道。先週の蓬川散策に続けて尼崎を訪ねた。前に阪神本線尼崎から南を歩いた庄下川を今日は北へ遡行した。
 阪神尼崎を下車。駅に繋がる高架広場を下り庄下川左岸の遊歩道を北進して玉江橋へ。東詰めの横断歩道を渡ると枯れ色のセコイヤ並木の下に欧羅巴レトロな街灯やベンチが並ぶ洒落た広場に出た。案内板にアウスブルク広場とある。地元ヤンマーの創始者がディーゼルエンジンの礎を築いたディーゼル博士を顕彰するため発祥の地アウスブルクに庭苑を寄贈した縁から1959年(昭和34年)尼崎とアウスブルクが姉妹都市になったと言う。アウクスブルクと言えば昔世界史の教科書で習ったことだが,プロテスタントを認めたアウクスブルクの宗教和議の記述を思い出す。
 そんなこんなを思いつつ途中平安末期の美姫名月姫伝説所縁の名月姫公園で小憩したりしながらJR神戸線鉄橋を潜って庄下川が昆陽川と交わる三角州の竹の下公園まで足を伸ばした。
 写真は竹の下公園突端のミニ灯台。弥生の頃この辺りは大阪湾に面した入江であったことからモニュメントとして昔使われた灯台の上部を移設したとのこと。こんなおまけ話もウォーキングの楽しみだ。[2018.12.09筆]

nagatagyokou
 今日は朝から宿舎の掃除のため歩きに出るのが少し遅れた。遠出をやめ鉄人と三国志の長田を再訪した。JR神戸線新長田を降りお決まりの鉄人広場を振出しに三国志の名将軍師の石像が点在する大正筋から六間道商店街を経て駒ヶ林公園→蛭子神社→長田漁港(写真)と巡った後道を取って返し新湊川河口へ。駒栄橋の袂から新湊川公園に入って川辺の遊歩道を上流へ遡った。道すがらゴム工業勃興の地碑や源平合戦勇士の碑など幾つかの碑文の前に立ち止まりつつ堆積した落葉道を辿ってJR神戸線の高架を越え神戸高速長田まで足を伸ばした。
 途中JR高架の手前に志里池公園があった。平成9年閉校になった旧志里池小学校跡に造成された小公園だが,南隅の桜の下に当時の正門階段を遺したモニュメントが建っていた。案内板に「多くの子供達の学習や運動する姿を61年間見守ってきた」云々と記されていた。
 二十年余も前に姿を消した見知らぬ小学校に通った児童の面影をふと想像した。お竜やみゆき広野やゆたかそして私に似た幾世代ものダイヤモンドセブンが僕達と同じようにそこから巣立ち自分達の時代を駆け抜けて行ったかと思えばその見知らぬ廃校が何だか狂おしくなるほど愛おしく感じる。[2018.12.08筆]

 毎年恒例のエバヤン一泊旅行だが,今年の飛騨高山も前年の淡路鳴門もキャンセルが出て全員揃わなかった。だからせめて忘年会でもと思い声をかけたら案外全員の都合が合った。旅行は毎年何か月も前から日程調整しても結局揃わないのに・・世の中得てしてこんなものだ(笑)。
 そんな訳で昨夕大阪難波にエバヤン仲間が集結。道頓堀の今井でうどんすきの忘年会を楽しんだ。今井は十年前エバヤン仲間が再会した思い出の店だ。三重松阪から近鉄特急に乗ったジャイアント君から約束の二,三時間前に着く旨LINEメールが届いた。ならば私も早めに難波に出たら件のジャイアント君「三つ子の魂何とやら」駅を出たら間髪入れず近くの店でパチンコを打っていた(笑)。パクちゃん同様大学時代からのパチンコ好きだ。なんブラして適当に時間を潰しパチンコを終えたジャイアント君と待合せの地下街へ。すでに到着していたお師匠さんら三人と合流し休日でごった返す道頓堀の人波を掻き分け掻き分け今井本店へ。うどんの鍋をつつきながら互いの近況(でもお師匠さんとはシンガポールから一週間しか経ってない・・笑)やら昔話やら瞬く間に宴会の時が過ぎた。日帰りできるのだが,ジャイアント君と黄門ちゃんは泊まりのホテルを取っていた。それならと名残を惜しみ昔何度か仲間で駄弁った丸福本店を訪ね超苦珈琲を飲んでまたぞろ四方山話に花を咲かせた。[2018.12.02筆]

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