ouzikouen-saigougawa
 自宅から宿舎への帰り一,二時間ばかし軽くお散歩を(笑)と算段し前に友とHAT神戸を歩いた折使った阪神本線西灘を下車。近くの西郷川に出て摩耶・灘丸山を訪ねた際立ち寄った上流の青谷川公園まで川辺道を遡った。
 転居してまだ二月にも満たないが,神戸の街の風貌は那覇のそれとよく似ている。例えば山と海の距離が近いこと。風が強いこと。真っ直ぐ進むと思った道が実は結構斜めってることなどなど。勿論人の気質は異文化の沖縄と全く違うが,それでも神戸は偏屈な大阪人やお高く止まった京都(ひやこ)人と同じにされては困る。文化的には関西じゃなく東京横浜的な洗練されたコスモポリタンだと言われそうだ。「だから貴方より断然わたしの方が似合います..笑」友の戯れ言が今にも聞こえてきそうだ(笑)。
 そんなこんなを思いつつ西郷川を遡り青谷川公園でUターン。復路は王子スタジアム脇の坂道を下って阪急神戸線王子公園へゴールした。
 写真は王子スタジアム手前にあった人工のロッククライミング練習場。ふと『旅をする木』の星野道夫さんのことが脳裡を過った。崖登りは無理でもバスを一台乗り遅れる勇気がまだ私に残っているだろうか。[2018.05.20筆]

doumiyoujisen
鉄橋を渡る轟音がして,川向こうの駅に一両だけの電車が停まる。

 拙著『70年代・・』の始章の一文だ。住処を移し日常の景色から遠のいた故里。顧みてしみじみ想う。すべてはここから始まった。父との確執,母への想い・・お竜やみゆき,広野やゆたか・・掛け替えのない友との出会い・・そして喜び悲しみのすべてが故里のこの風景の中に今も息づく。
 閑話休題。今日は糖尿検診のほか別の約束あって兵庫探訪は休止した。
 今わが胸奥に一つの文章は渦巻いている。友から貰った件の『旅をする木』の一文だ。『ガラパゴスから』と題するエッセイの中にある。昔考古学調査でアンデスへ向かう探検隊のシェルパ(現地案内人)が旅の途中で立ち止まりその場を動かなくなった。シェルパはこう言ったという。「私たちはここまで速く歩き過ぎてしまい,心を置き去りにして来てしまった。心がこの場所に追いつくまで,しばらくここで待っているのです」正に至言。真正面から心臓を射貫く言葉だ。グレイハウンドバス云々で友がこの本を選んだと決めつけた自分を恥じる。
 すべてが始まったこの風景の中で心が追いつくまで待っていることができたなら・・私も少しは人を幸せにできただろうか。[2018.05.18筆]

  GWの約束を例によって?ドタキャンしたお詫びにと(笑)友から一冊の文庫本が届いた。写真家・星野道夫さんのエッセイ集『旅をする木』だ。星野さんは16歳の時アメリカ一人旅に出て自由な冒険旅の楽しさを知った。その後アラスカを拠点に撮影や執筆活動を続けていたが,1996年取材旅行中ヒグマに襲われ不慮の死を遂げた。『旅をする木』は死の前年の刊行だ。何故友が新刊でもないこの本を選んだのか・・読み進むうちにハタと思い当たった。中程に掲載された『十六歳のとき』の一文に「グレイハウンドのバスに乗って訪れた南部の町」云々という件があった。以前四方山に話したことがある。昔国語か英語の教科書でアメリカ大陸を横断するグレイハウンドバスの小文を読んだ。何時の頃かも中身も思い出せないが,そのとき未知の広大な大陸を旅することに強い憧れを抱いたことだけは今も鮮明に憶えていると。そんな他愛ない昔話を友は忘れずにいた。星野さんが旅した1968年のアメリカは遠い遠い異国だった。章末近くに書かれた一文が老境を間近にした我が心を揺さぶる。「バスを一台乗り遅れることで,全く違う体験が待っているということ。人生とは,人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろうが,旅はその姿をはっきりと見せてくれた」改めて自問する。お前は一度も本当の旅をせずこのまま人生を終わっても悔いはないのか。[2018.05.17筆]

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