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「樅ノ木は残った」「赤ひげ診療旦」などの作品があり、直木賞をはじめ文学賞と名のつく賞を、ことごとく辞退したしたことで有名な作家山本周五郎は、時代小説や市井ものの傑作を数多く残したのであった。

その周五郎の最後の作品「長い坂」で彼は言っている。

「人間はたいてい自己中心に生きているものだ。けれども、世間の外で生きることはできない。たとえば家で祝いの宴をしているとき、どこかで泣いている者があり、親子心中をしようとしている家族があるかもしれない。自分の眼や耳の届くところだけで判断すると、しばしば誤った理解で頭が固まってしまう。我々は忘れているが、川の水は休まずに流れているし、寺町では葬礼が行われているかも知れない。判り切ったことのようだが、人間が自己中心に生きやすいものだということを、ときどき思い比べてみるが好い」


これは1966年の作品である。
50年以上前の作品が、今も新鮮に聞こえてくるではないか。

今も昔も、人間の考えることややることはちっとも変わっていない。

大切なのは、世間の風評に惑わされず、目の前の「長い坂」をしっかりと上ってゆくことだ。

周五郎は全ての賞を辞退したが、後年かれの名前を記念した「山本周五郎賞」が作られた。

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いよいよ朝鮮半島の情勢が熱気を帯びている。

白村江の戦い、元寇、日清戦争、朝鮮戦争など古来より朝鮮半島は日本の国土防衛に重要であった。
ある意味厄介であった。

しかし、現実には反日マスコミや野党がつまらぬことで国会を放棄している間に、半島は百年に1度の重要な状態になっている。朝鮮半島の国家形態が変わるかもしれないのだ。
そうなれば我が国の防衛最前線は対馬になる。

そこでは、米中韓朝ロの思惑が絡み、各国リーダーの資質や技量が試されるのだ。
世界征服を狙う中国の習近平皇帝、吾がまま金正恩将軍様、姑息な反日左翼文在寅、ムキムキプーチン、ゴリ押しトランプに対し、安倍首相は国益のため賢く注意深く、勇気をもって交渉しなければならない。
世界は食うか食われるかだ。


「孫子の兵法」では将たる者の条件を、「智、信、仁、勇、厳」を挙げている。
「智」とは先見性と対応力、「信」とは嘘をつかないこと、「勇」は決断力、「厳」とは信賞必罰のことである。

これらとならんで「仁」もリーダーとしての重要な条件の一つだという。
「仁」と言う字は人が敷物の上に座ってくつろぐ姿を表している。
心の温かさ、思いやりの意味である。

孔子がこの「仁」を「人の道」の規範に据えたが、しかし、「仁」も過剰になれば害となることもある。

昔、宋王襄公(じょうこう)が河を挟んで敵の大軍と対峙した時、参謀が敵が河を渡りきる前の攻撃を進言した。しかし襄公は「そんな卑怯なことは出来ぬ」と取り合わない。
その間に敵は河を渡り終え、陣形を作り始めた。
参謀は陣形が整わない内の攻撃をを進言したが、襄公は今度も「敵の陣形が整ってからだ」と攻撃をしない。チャンスを逸した宋軍は敵の反撃で大敗をしてしまう。

敵にまで情をかけた宋王襄公を笑ってばかりはいられない。
平和主義とは聞こえはいいが、やたらと周囲に気を遣い、決断できないリーダーは多いのだ。
今までの我が国の戦後リーダーたちがそうだったではないか。
中国韓国には何兆円もの援助を捲き上げられ、そのくせ文句を言われ続け、アメリカにはいつも頭を押さえつけられた。
今こそ国家百年の気概を見せてほしいものだ。

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誰でも成功したいと思っている。
しかし思うだけでは夢はかなわない。
現代は投機に投資、金融、IT革命、AIの活用など進化と結合の時代だ。
成功者になる為には世の流れを機敏かつ正確に掴む判断が必要不可欠である。

だが、このことはなにも現代人に限ったことではない。

古代中国戦国時代、秦の商人呂不韋が趙に行ったとき、秦の公子(王子)が趙で人質になっているのを見つけた。
そのころ趙と秦の関係は険悪で、それゆえ趙は公子を厚遇せず公子の生活は悲惨であった。
そのみすぼらしさを憐れんだ呂不韋は「これ、奇貨、おくべし」と思った。
奇貨とは価値ある財のことで、そのとき呂不韋に頭の中に、商売の鉄則(価値あるものは安いうちに買って蓄えておこうという商機の感覚)が働いた。

帰宅した呂不韋は父に質問する。
「田を耕しての利益は幾倍ですか」
「十倍だ」と父は言った。
「宝石を売買すれば儲けは幾倍ですか」
「百倍だ」
「国家の主を立てた儲けは何倍ですか」
「無限だ」
それを聞いた呂不韋は、以後公子の為に彼の全財産を惜しげもなくつぎ込んだのである。

公子はやがて秦王となり、その子は秦の始皇帝政となる。
呂不韋は宰相となり彼の計画は結実する。
商機を確実にものにした彼の商才は見事であった。

しかし後年、始皇帝政の悪意によって自決する。

多くの歴史が示すように、成功者の晩年は必ずしも幸せではない。

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