2009年11月08日11:56シヴァ・リンガ @ National Rail Museum の裏庭にて、Chanakyapuari, New Delhi
2009年11月08日11:13National Rail Museum @ Chanakyapuri, New Delhi
大使館街の近くと車で通ると汽車が見えます。National Rail Museum です。いつも気になっていましたが、2.5年も来ていませんでした。今日はついに来ました。
ここが入り口です。チベット大使館のすぐ横にあります。
入場料は10ルピーです。良心的です。外国人料金、カメラ持ち込み料もありませんでした。
内部の説明です。70%が野外の展示となっています。右には博物館があります。
まずは入り口正面に蒸気機関車あります。さすがに保存状態は良いです。全体を回って気づきましたが、野外展示なので、かなり錆で車体が傷んでいる機関車がおおかったです。
入り口から右に行くと、ミニ列車がありました。ちょうど出発です。追加10Rpをはらい10分の園内列車の出発です。ディーゼル車です。狭い線路をユラユラと進みます。
園内列車で一周した後、やはり歩いて一周してみました。いろいろな上記機関車あります。
野外展示なので、掃除も大変です。
変わった種類です。蒸気動力ですが、車輪は1つ+タイヤが1つです。正式名称(型式)はZero Guage Monorail です。
モノレール?の範疇です。でもタイヤがあるので、本当の意味のモノレールではないですが、きっと動力的な見方なのでしょうか?!
ニルギルにある山岳鉄道の客車です。
ニルギル鉄道はConoor(海抜1877m)からOoty(海抜2197m)を走っています。世界遺産に登録されました。
マイソールには今でのマハラジャ屋敷にマハラジャが住んでいます。
その当時、マハラジャ専用の客車です。白色がまぶしいです!
操車場です。ここが一番見ごたえのある場所です。
トンネルの上に展示してある、インドで使用された蒸気機関車で一番小さな細部です。
A855型、1897年に製造されました。
ダージリン・ヒマラヤ鉄道で使われていた B777型・1891年製です。デワリでダージリンでこの蒸気機関車に引かれた客車に乗ってきました。ほぼ同じ型です!
B777型の運転席側です。網で囲われて見難いですが、シンプルなメーターと石炭をいれる鉄扉があります。
ダージリン・ヒマラヤ鉄道の客車に書かれたエンブレムです。
そのエンブレムがついている客車です。1902年製・16人乗り・これは66年間使われていました。
貨車のような客車です。内部を見ると小さな4人席が4つありました。
ここから博物館内部です。大物はすべて野外展示なので、室内は小物が展示されています。
これは、各社のエンブレムです。インドに蒸気機関車が導入された当時は、未だマハラジャ勢力が強く、各地で多くの列車会社が設立されていました。
豪華客車で使われた食器です。
ばらばらなサイズの線路です。これを全土統一するのは大変だったことでしょう。
1893年がガンジーさんが南アフリカの列車内で、肌の色の違いから、列車から追い出されたシーンを説明しています。
なぜ列車博物館に象の骨があるのでしょうか?
1894年9月28日・夜9時頃、カルカタから120キロ地点で大きな象と列車が激突し、列車が壊れる事故がありました・・・と書いてあります。
先代と今の鉄道省・大臣です。鉄道はインドで重要な移動手段なので、それ専用の大臣が居ます。
博物館外には貨車が2台あり、レストランとの表示でしたが、しばらく営業をしていないようです。
敷地内には、貨車の形をしたゴミ箱がたくさん置かれていました。
列車ファンならば1日居ても時間が足りないでしょう。はやり実物展示は迫力があります。
私は特にダージリンで乗った蒸気機関車に再会できたのは嬉しかったです。
真夏以外であれば、誰もが楽しめる博物館です。
入場料は10ルピーです。良心的です。外国人料金、カメラ持ち込み料もありませんでした。
モノレール?の範疇です。でもタイヤがあるので、本当の意味のモノレールではないですが、きっと動力的な見方なのでしょうか?!
ニルギル鉄道はConoor(海抜1877m)からOoty(海抜2197m)を走っています。世界遺産に登録されました。
その当時、マハラジャ専用の客車です。白色がまぶしいです!
A855型、1897年に製造されました。
貨車のような客車です。内部を見ると小さな4人席が4つありました。
これは、各社のエンブレムです。インドに蒸気機関車が導入された当時は、未だマハラジャ勢力が強く、各地で多くの列車会社が設立されていました。
1894年9月28日・夜9時頃、カルカタから120キロ地点で大きな象と列車が激突し、列車が壊れる事故がありました・・・と書いてあります。
列車ファンならば1日居ても時間が足りないでしょう。はやり実物展示は迫力があります。
私は特にダージリンで乗った蒸気機関車に再会できたのは嬉しかったです。
真夏以外であれば、誰もが楽しめる博物館です。
2009年10月22日11:00ハヌマーン寺院 @ Navi Munbai
2009年10月19日23:40ダージリン トイ・トレイン 紀行
今年のデワリ休暇はダージリンに行って来ました。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・空港〜アッサム茶畑
・マカイバリ紅茶工場
ダージリン到着
・ホテルとデワリの夜
10月17日(土)
・早朝のTiger Hills
・Kon Lop Chos Sum
・Doshbundhu Museum
・Bhitia Busty Gompa
・ヒマラヤが見えた!
・チョーラスタ(市街地中心)
・ダージリン街並み
・トイ・トレイン
・Yogi Choling Gompa
・Hindu Temple(ダージリン駅近く)
・Tibet Refugee Camp & Shop
・HMI 、動物園
・デワリの夜 その2
10月18日(日)
・ダージリン駅の人々
・トイ・トレイン再び
Kalingpom 到着
・Watershed View Point (Army Golf Course)
・Zong Doing Pairi Fo-Brang Gompa
・Thongsa Gompa (ブータン仏教寺院)
・Mangai Dham クリシュナ寺院
・Triveni View Point
・デワリの夜 その3
10月19日(月)
・ヒマラヤ再び
・Obserbation Point
・Shree Makahal Mindir
・チューラスタ再び(時計台も)
・トイ・トレイン線路の風景
・トイ・トレイン Kurseon 駅
・おみやげ
多くの写真のアップをお楽しみに!
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・空港〜アッサム茶畑
・マカイバリ紅茶工場
ダージリン到着
・ホテルとデワリの夜
10月17日(土)
・早朝のTiger Hills
・Kon Lop Chos Sum
・Doshbundhu Museum
・Bhitia Busty Gompa
・ヒマラヤが見えた!
・チョーラスタ(市街地中心)
・ダージリン街並み
・トイ・トレイン
・Yogi Choling Gompa
・Hindu Temple(ダージリン駅近く)
・Tibet Refugee Camp & Shop
・HMI 、動物園
・デワリの夜 その2
10月18日(日)
・ダージリン駅の人々
・トイ・トレイン再び
Kalingpom 到着
・Watershed View Point (Army Golf Course)
・Zong Doing Pairi Fo-Brang Gompa
・Thongsa Gompa (ブータン仏教寺院)
・Mangai Dham クリシュナ寺院
・Triveni View Point
・デワリの夜 その3
10月19日(月)
・ヒマラヤ再び
・Obserbation Point
・Shree Makahal Mindir
・チューラスタ再び(時計台も)
・トイ・トレイン線路の風景
・トイ・トレイン Kurseon 駅
・おみやげ
多くの写真のアップをお楽しみに!
2009年10月17日04:44ダージリン トイ・トレイン 紀行(早朝のTiger Hills)
今年のデワリ休暇はダージリンに行って来ました。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月17日(土)
・早朝のTiger Hills
標高2590mのタイガーヒルでは、朝日が昇るとき、カンチェンジュンガをはじめとするヒマラヤの山々が朝焼けで赤く映る、ということです。
何も疑わずに朝の430にホテルを出て、車でタイガーヒルに向かいました。到着すると、何か変です。
モヤ? もや? 靄?
全く何も見えません。ガイドさんに
今朝は見えるの?
昨日はよく見えたんですよ。
だから、今日はどうなの?
あと、もう少しまでてモヤがはれるでしょう?!
でも周囲を見ると何も見えません。寒そうにしている見物人だけです。
どうですか? 寒そうでしょ!
だいぶ明るくなってきました。陽は登ったようですが、モヤ・霧・雲?何でもいいですが、全く見えません。
そろそろ帰る人が出始めました。
しかし、人だかりの場所があります。
ここは、晴天のときに、エベレストからカンチュンジュンガまでを撮った写真を売っています。(上から見ています)
最初は ふん〜 って眺めていましたが、最後には私の1枚買いました。
さて、諦めて帰りましょう、と車に戻ると、道は車が立ち往生です。
全ての車は登れるところまで来て止まっているので、最後に来た車がどかない限り、最初に来た車は帰れません。
幸い我々の車は(運転手さんが慣れていて)最後まで戻って駐車していたので、すぐもどれましたが。
インド的な風景です。
ホテルでは日の出の時間が毎日更新されています。
きっと、ガイドさんは明日言うのでしょう
おとといは晴れていてきれいに見えたんですよ・・って!
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月17日(土)
・早朝のTiger Hills
何も疑わずに朝の430にホテルを出て、車でタイガーヒルに向かいました。到着すると、何か変です。
モヤ? もや? 靄?
全く何も見えません。ガイドさんに
今朝は見えるの?
昨日はよく見えたんですよ。
だから、今日はどうなの?
あと、もう少しまでてモヤがはれるでしょう?!
でも周囲を見ると何も見えません。寒そうにしている見物人だけです。
そろそろ帰る人が出始めました。
ここは、晴天のときに、エベレストからカンチュンジュンガまでを撮った写真を売っています。(上から見ています)
最初は ふん〜 って眺めていましたが、最後には私の1枚買いました。
全ての車は登れるところまで来て止まっているので、最後に来た車がどかない限り、最初に来た車は帰れません。
幸い我々の車は(運転手さんが慣れていて)最後まで戻って駐車していたので、すぐもどれましたが。
インド的な風景です。
きっと、ガイドさんは明日言うのでしょう
おとといは晴れていてきれいに見えたんですよ・・って!
2009年10月16日18:24ダージリン トイ・トレイン 紀行(ダージリン到着、ホテル、デワリの夜)
今年のデワリ休暇はダージリンに行って来ました。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
ダージリン到着
・ホテルとデワリの夜

ホテルに到着しました。デワリなので、ホテルや街は賑やかな飾りつけをしています。

ホテルのフロントでは、デワリの火が我々を迎えてくれました。

ダージリンの中心街を Chowrasta (チョーラスタ)と呼びますが、そこに通じる緩やかな坂道には出店があります。
衣服、お土産、紅茶、仏教関連など、観光客よりも地元の人が多い場所です。

この出店は毎日荷物を持ってきて、そして夜には荷物を持って帰ります。すごい量の荷物ですが、それを大きな袋に詰め込みます。
それらの荷物を専門に運ぶ人がいます。毎日同じ場所で、同じ人が、同じものを売っています。タイ。バンコックのパッポン通りの出店と同じシステムです。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
ダージリン到着
・ホテルとデワリの夜
ホテルに到着しました。デワリなので、ホテルや街は賑やかな飾りつけをしています。
ホテルのフロントでは、デワリの火が我々を迎えてくれました。
ダージリンの中心街を Chowrasta (チョーラスタ)と呼びますが、そこに通じる緩やかな坂道には出店があります。
衣服、お土産、紅茶、仏教関連など、観光客よりも地元の人が多い場所です。
この出店は毎日荷物を持ってきて、そして夜には荷物を持って帰ります。すごい量の荷物ですが、それを大きな袋に詰め込みます。
それらの荷物を専門に運ぶ人がいます。毎日同じ場所で、同じ人が、同じものを売っています。タイ。バンコックのパッポン通りの出店と同じシステムです。
2009年10月16日14:22ダージリン トイ・トレイン 紀行(マカイバリ紅茶工場)
今年のデワリ休暇はダージリンに行って来ました。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・マカイバリ紅茶工場
マカイバリ紅茶の工場を通りかかりました。この会社のインドブログを読んでおり、車を止めてもらいました。
できれば工場を見学したいんだけど、とガイドさんにお願いし、今その交渉中です。
入り口には茶摘を終えたお母さん達が集まってきています。
建物には日本語での表記もありました。
紅茶のみのブランドと思っていましたが、個緑茶、ウーロン茶の製造もしているようです。
急なお願いでしたが、見学OKです。
工場の手前にある事務所には、創業1859年と誇らしげに書いてあります!
工場の中に入ります。建物はかなり古いですが、内部は清潔に管理されています。
お茶を摘んでくると、ここでまず乾燥します。約70%の水分を蒸発させます。
今日は仕事は終わっていました。明日からデワリ休暇なのでしかかりゼロにしています。(日本の12月30日のイメージですね)
緑茶製造中です。今日は紅茶の工程は終り、最後の緑茶工程を見ることができました。
製造工程中です。茶葉を冷却中とのこと。
これが茶葉を圧縮する機械。そして下が茶葉を選別する機会です。

これは商品化最終工程です。茶葉のグレードわけです。
ふるいにかけて大きさ別に別けます。それぞれの大きさにより出口がかわります。
奥の茶葉が細かく、白い部分が多い茶葉が高級だそうです。
茶葉は3〜4月=すこし苦い:ファースト・フラッシュ
6〜7月=苦くない :セカンド・フラッシュ
日本人はファースト(一番)がすきですが、インド人は苦味の少ないセカンド・フラッシュが好きとのこと。
日本人は味・香りよりも「一番」が好きです。緑茶は一番茶が言いお茶ですから。
仕事を終えて、給料を手にしてニコニコしているマカイバリのお母さん達です。
明日からデワリなので、この給料で今から買い物でしょうか?
そして最後にはこの箱に詰められて各地に運ばれていきます。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・マカイバリ紅茶工場
できれば工場を見学したいんだけど、とガイドさんにお願いし、今その交渉中です。
入り口には茶摘を終えたお母さん達が集まってきています。
紅茶のみのブランドと思っていましたが、個緑茶、ウーロン茶の製造もしているようです。
工場の手前にある事務所には、創業1859年と誇らしげに書いてあります!
今日は仕事は終わっていました。明日からデワリ休暇なのでしかかりゼロにしています。(日本の12月30日のイメージですね)
ふるいにかけて大きさ別に別けます。それぞれの大きさにより出口がかわります。
茶葉は3〜4月=すこし苦い:ファースト・フラッシュ
6〜7月=苦くない :セカンド・フラッシュ
日本人はファースト(一番)がすきですが、インド人は苦味の少ないセカンド・フラッシュが好きとのこと。
日本人は味・香りよりも「一番」が好きです。緑茶は一番茶が言いお茶ですから。
明日からデワリなので、この給料で今から買い物でしょうか?
2009年10月16日12:21ダージリン トイ・トレイン 紀行(空港〜アッサム茶畑)
今年のデワリ休暇はダージリンに行って来ました。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・空港〜アッサム茶畑
デリー空港で出発を待っていると、クリケットの有名チームの移動と重なりました。
私は詳しくありませんが、日本でいう、読売巨人軍の1軍メンバーのようです。
Bagdogra空港到着です。のどかな空港と思っていましたが、空軍と共同使用なので、定期的に軍用機が飛んできます。
後で分かりましたが、撮影禁止区内でした。
空港では仏陀が迎えてくれました。
ガイドさんと合流し、一路ダージリンへ向かいます。90キロですが3時間程度かかります。
車に乗ると暑いです。エアコンをお願いしましたが、車についていません!
えっ!
大丈夫です。すぐ涼しくなりますから。
でも!
と短い会話がありましたが、本当に少し車が移動すると(ず〜っと緩やかな登りです)気温が下がり窓を閉めました。
茶畑です。ここはアッサム茶です。
アッサム茶はインド産の茶で、少々苦味があります(ストロング)。よってミルクや砂糖を一緒に入れます。
こんな茶畑がず〜っと続きます。
茶葉を摘んで運んでいる女性達です。
給料は、8kg当り45Rp,1kg追加で6Rpが加算されます。ですから、仮に10kgを摘むと、61Rpです。
この周辺の物価を考えると、61Rpは十分なのでしょうか? 今回の飛行機代は彼女らの約250日分の給料でした。
いつもは一人旅が多いのですが、今回は会社のおじさん3名での珍道中でした。
昨年のドバイ続き、今年のダージリンも大満足。2年連続・満足度の高いデワリ休暇でした。
10月16日(金)
・空港〜アッサム茶畑
私は詳しくありませんが、日本でいう、読売巨人軍の1軍メンバーのようです。
後で分かりましたが、撮影禁止区内でした。
車に乗ると暑いです。エアコンをお願いしましたが、車についていません!
えっ!
大丈夫です。すぐ涼しくなりますから。
でも!
と短い会話がありましたが、本当に少し車が移動すると(ず〜っと緩やかな登りです)気温が下がり窓を閉めました。
アッサム茶はインド産の茶で、少々苦味があります(ストロング)。よってミルクや砂糖を一緒に入れます。
こんな茶畑がず〜っと続きます。
給料は、8kg当り45Rp,1kg追加で6Rpが加算されます。ですから、仮に10kgを摘むと、61Rpです。
この周辺の物価を考えると、61Rpは十分なのでしょうか? 今回の飛行機代は彼女らの約250日分の給料でした。
2009年09月28日22:58サルナート・バラナシ紀行(2回目)
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月26日(土)
・夜行列車(寝台)にてデリー〜サルナートへ移動
9月27日(日)
サルナートにて
・サルナート考古学博物館
・遺跡公園(ダメーク・ストーパ)
・ムルガンダ・クティ寺院/根元香積寺院(ネパール寺院)
・日本寺
バラナシにて
・ガートにて−1
・ガンガー・プージャ・ドルガー・プージャ
・デシャラ(TV生出演)
9月28日(月)
・朝のガンガー・ボートにて・ガートにて−2
・ネパール寺院
・ガートの神様達
・リキシャマン
・おみやげ
(2009年10月15日にアップしました)
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月26日(土)
・夜行列車(寝台)にてデリー〜サルナートへ移動
9月27日(日)
サルナートにて
・サルナート考古学博物館
・遺跡公園(ダメーク・ストーパ)
・ムルガンダ・クティ寺院/根元香積寺院(ネパール寺院)
・日本寺
バラナシにて
・ガートにて−1
・ガンガー・プージャ・ドルガー・プージャ
・デシャラ(TV生出演)
9月28日(月)
・朝のガンガー・ボートにて・ガートにて−2
・ネパール寺院
・ガートの神様達
・リキシャマン
・おみやげ
(2009年10月15日にアップしました)
2009年09月28日11:56サルナート・バラナシ紀行(2回目)・おみやげ
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・おみやげ
ハヌマーン神です。ラーマ神と一緒に悪魔退治に行った際、
「俺を殺したら、お前の顔は5つになる」と言われましたが、怯まずに闘い、悪魔を殺しました。
その結果、顔は5つになりましたが、その後顔は(理由不明)1つに戻っています。
Asiガートの近くで、入り口に大きなハヌマーン神をおいてあるお店を発見。まだ朝早い時間でしたが、中を覗くと・・
彼は「芸術家・アーチスト」です(と自己紹介しました)
一家で彫刻をしており、かれは絵が専門とのことです。
かれも名刺をもらいました。
これはミニチュアサイズのハヌマーン神です。
シャープペンのペン先と同じ大きさですが、細かい細工がされています。
これは10cm程度の大きさです。
気に入ったのですが、値段が高く、値下げに20分近くかかりました。期待ほどさがりませんでしたが、根負けして買いました。
とても細かく、きれいな彫刻です。
画家の彼がその場で書いてくれたガネーシャです。
デリーに帰っても、日本に帰っても幸せと富にめぐまれますように! と言ってくれました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・おみやげ
「俺を殺したら、お前の顔は5つになる」と言われましたが、怯まずに闘い、悪魔を殺しました。
その結果、顔は5つになりましたが、その後顔は(理由不明)1つに戻っています。
一家で彫刻をしており、かれは絵が専門とのことです。
かれも名刺をもらいました。シャープペンのペン先と同じ大きさですが、細かい細工がされています。
気に入ったのですが、値段が高く、値下げに20分近くかかりました。期待ほどさがりませんでしたが、根負けして買いました。
とても細かく、きれいな彫刻です。
画家の彼がその場で書いてくれたガネーシャです。デリーに帰っても、日本に帰っても幸せと富にめぐまれますように! と言ってくれました。
2009年09月28日10:56サルナート・バラナシ紀行(2回目)・心優しいリキシャマン
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・リキシャマン
前回も今回もガイドには恵まれませんでした。今回はデリーで手配したのですが・・
きっとバラナシにくる観光客のほとんどが1回しか来ないので、ガイドが評判を気にすることなく、いかにお金を儲けるか?しか考えていないようです。
それは間違っていませんが、一度しか?(私は2度目ですが)バラナシだからこそ、楽しい・充実した時間を過ごしたいのもですね。
ガイドには恵まれませんでしたが、たまたま出会ったリキシャマンは心優しかったです。
もちろんただではありません、相当のチップはあげましたが、とても気持ちよくチップをあげることができました。
彼は Asim(アッシム) リキシャNO UP658311 です。
Asiガートの近くにいますので、もし機会があったら声をかけてあげてください。
ガートからの帰りに、出来たら市場で魚を買いたいが寄ってもいいか? と聞かれ、バラナシの市場見学しました。
ここは魚と鶏肉、卵を売っています。
今日は祭り(ドルガー・プージャ最終日)なので、一家でご馳走を食べるそうです。
ベジタリアンですが、魚は問題なし。東インドのべリタリアンの定義です。(デリーのベジタリアンは魚は食べません)
時間をかけて魚を選んでました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・リキシャマン
きっとバラナシにくる観光客のほとんどが1回しか来ないので、ガイドが評判を気にすることなく、いかにお金を儲けるか?しか考えていないようです。
それは間違っていませんが、一度しか?(私は2度目ですが)バラナシだからこそ、楽しい・充実した時間を過ごしたいのもですね。
ガイドには恵まれませんでしたが、たまたま出会ったリキシャマンは心優しかったです。
もちろんただではありません、相当のチップはあげましたが、とても気持ちよくチップをあげることができました。
彼は Asim(アッシム) リキシャNO UP658311 です。
Asiガートの近くにいますので、もし機会があったら声をかけてあげてください。
ここは魚と鶏肉、卵を売っています。
ベジタリアンですが、魚は問題なし。東インドのべリタリアンの定義です。(デリーのベジタリアンは魚は食べません)
時間をかけて魚を選んでました。
2009年09月28日09:25サルナート・バラナシ紀行(2回目)・ガートの神様達
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ガートの神様達
ガートを歩き、いろいろなヒンズー教の神様と見ました。
これは川底から引き上げられた、去年のドルガー・プージャで河に流されたドルガー神のハリボテです。









前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ガートの神様達
ガートを歩き、いろいろなヒンズー教の神様と見ました。
2009年09月28日09:12サルナート・バラナシ紀行(2回目)・ネパール寺院
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ネパール寺院
朝、ボートに乗りガンジス河からガートを見ているとネパール寺院がありました。
デリーでのネパール仏教寺院には行ったことがるので、後で歩いて来ることにしました。
ガートの上に寺院の屋根が見えます。
上陸後、歩いて寺院に来ました。
寺院にはてっきり仏様が奉られていると思っていましたが、実はシヴァ神でした。
なぜ、仏様が居ないのか? 色々と聞いた結果分かったのは・・
・ここは300年ほど前に、ネパール王族が建てたガンジス河沿い別荘であった。
・当初は王様のプージャ(お祈り)の場所で仏様、神様は居なかった。
・その後、シヴァ神が奉られた。
ネパール=仏教と思っていたのは私だけであり、皆、ネパール=ヒンズー教には何ら疑問を持っておらず・・
wikipediaでは・・
宗教
ヒンドゥー教徒 80.6%, 仏教徒 10.7%, イスラム教徒 4.2%, キラント教徒 3.6%, その他 0.9% (2001年国勢調査) なお、ヒンドゥー教は国教ではなくなった。
と書いてあり、昔からヒンズー教が中心だったようです。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ネパール寺院
デリーでのネパール仏教寺院には行ったことがるので、後で歩いて来ることにしました。
寺院にはてっきり仏様が奉られていると思っていましたが、実はシヴァ神でした。
なぜ、仏様が居ないのか? 色々と聞いた結果分かったのは・・
・ここは300年ほど前に、ネパール王族が建てたガンジス河沿い別荘であった。
・当初は王様のプージャ(お祈り)の場所で仏様、神様は居なかった。
・その後、シヴァ神が奉られた。
ネパール=仏教と思っていたのは私だけであり、皆、ネパール=ヒンズー教には何ら疑問を持っておらず・・
wikipediaでは・・
宗教
ヒンドゥー教徒 80.6%, 仏教徒 10.7%, イスラム教徒 4.2%, キラント教徒 3.6%, その他 0.9% (2001年国勢調査) なお、ヒンドゥー教は国教ではなくなった。
と書いてあり、昔からヒンズー教が中心だったようです。
2009年09月28日08:57サルナート・バラナシ紀行(2回目)・ガートにて(2)
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ガートにて−2
ガンジス河の一番下流にあるガートに来ました。この横に列車がはしる鉄橋があります。
この近くには観光客はおらず、ガートは生活環境となっています。皆が平たい石を使って洗濯をしています。
ホテルの枕カバーは聖なる河・ガンガーの水で洗われているのでした!
後をついてきた少年
ガートでは聖者(坊様?)へのお布施がされています。
増水に供えて、長い階段があります。
まだ水位がたかいのでしょう。寺院が半分水に浸かっています。

この池の由来です。
パールバティがここに耳飾りを落としてしまいました。シヴァ神はそこを掘り起こして耳飾りを探し、拾い上げました。
その後掘った穴を自分の汗で満たした、と言われています
ガンガー・プージャが行われた ダッシャーシュワメド・ガートです。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・ガートにて−2
パールバティがここに耳飾りを落としてしまいました。シヴァ神はそこを掘り起こして耳飾りを探し、拾い上げました。
その後掘った穴を自分の汗で満たした、と言われています
2009年09月28日05:10サルナート・バラナシ紀行(2回目)・早朝のガンガー
2008年8月15日〜17日にバラナシ・サルナートに行きましたが、今回もほぼ同じルートを行って来ました。
前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・朝のガンガー・ボートにて
朝の5時にホテルを出て、ガンジス河で日の出を見ました。
最初の写真:男性4人はガンジス河の水をいれる小さなポットを持ち、いまから河に向かいます。
前回は、(増水だったからでしょうか)死体を数体みましたが、今回は見なくてすみました。が24時間稼動の火葬場を見ると、やはり「死」を近く感じる街です。
朝日がきれいでした。
その後マルカルニカ・ガートで舟から陸にあがり、旧市街のくねくねした道を通って Vishuwanath Temple Golden Temple に来ました。
ここは、ヴァラナシで最も神聖といわれるヒンズー寺院であり、ishuwanath:宇宙の支配者であるシヴァ神に奉げられている。
1500年前からこの周辺にはシヴァ寺院が建築されたが、その後イスラム教の侵略により次々と破壊されていった。その後、Alamgir Mosque アラムギールモスクが建築されました。
現在の寺院はモスク横に1776年に建築されたが、50年後にラホールのランジット・シン Ranjit Singh が800kgの金メッキを施したので、ここ別名 Golden Temple とも呼ばれています。
インド人民党(BJP:ヒンズー原理主義派)がバラナシとマトゥールのモスクを攻撃する、と宣言しているので、とても厳しいチェックがされ、またヒンズー教以外は参拝できません。
また、モスクへの道は、完全に武装警官で警備されている。
マルカルニカ・ガート
毎日24時間稼動している火葬場です。
しかし、ここでゆっくりと立ち止まって見物してはいけません。
写真を撮ることは禁止ですが、それ以上に「ごろつき」が沢山居ます。
私は遠くから見ていたら、近くに来い と、言われました。
断ると、ここは遺族だけの場所だから、遺族に失礼になる。
「見物をするならば、ココで見ろ」と言われました。
しばらくすると、
おれはココを管理しているから100ルピーを寄付しろ
10ルピーを出すと、ふざけるな、100ルピーだ、
断ると、警察を呼ぶぞ と脅します。
私の手をとって、警察に行くか、100ルピーを出せ
私は逆に彼の手をとって、大きな声で ポリス、ポリス と叫びました。
彼は、私の手から10ルピーを奪い去っていきました。
また、友人は 2階の建物からだと、全体が見えて写真もとれる、
と言われあがっていくと、そこには数人のごろつきが居て
2000ルピーが場所代と言われ、囲まれました。
恐怖を感じ、2000ルピーを払いその場を去りました。
マルカルニカ・ガートは舟からゆっくり見学するか、立ち止まらずに歩くながら見学するか、どちらかです。立ち止まってはいけません!











前回は雨季の真っ只中で、ガンジス河の水位が高く、ガート(沐浴場)の階段は河の中で、「ガートを端から端まで歩く」計画は全くできませんでした。
(その代わり、バラナシ市内はしっかりと見てきましたが)
今回は雨季が終り、ガートの階段があることを確認してからの2.5日間です。
9月28日(月)
・朝のガンガー・ボートにて
最初の写真:男性4人はガンジス河の水をいれる小さなポットを持ち、いまから河に向かいます。
前回は、(増水だったからでしょうか)死体を数体みましたが、今回は見なくてすみました。が24時間稼動の火葬場を見ると、やはり「死」を近く感じる街です。
朝日がきれいでした。
その後マルカルニカ・ガートで舟から陸にあがり、旧市街のくねくねした道を通って Vishuwanath Temple Golden Temple に来ました。
ここは、ヴァラナシで最も神聖といわれるヒンズー寺院であり、ishuwanath:宇宙の支配者であるシヴァ神に奉げられている。
1500年前からこの周辺にはシヴァ寺院が建築されたが、その後イスラム教の侵略により次々と破壊されていった。その後、Alamgir Mosque アラムギールモスクが建築されました。
現在の寺院はモスク横に1776年に建築されたが、50年後にラホールのランジット・シン Ranjit Singh が800kgの金メッキを施したので、ここ別名 Golden Temple とも呼ばれています。
インド人民党(BJP:ヒンズー原理主義派)がバラナシとマトゥールのモスクを攻撃する、と宣言しているので、とても厳しいチェックがされ、またヒンズー教以外は参拝できません。
また、モスクへの道は、完全に武装警官で警備されている。
マルカルニカ・ガート
毎日24時間稼動している火葬場です。
しかし、ここでゆっくりと立ち止まって見物してはいけません。
写真を撮ることは禁止ですが、それ以上に「ごろつき」が沢山居ます。
私は遠くから見ていたら、近くに来い と、言われました。
断ると、ここは遺族だけの場所だから、遺族に失礼になる。
「見物をするならば、ココで見ろ」と言われました。
しばらくすると、
おれはココを管理しているから100ルピーを寄付しろ
10ルピーを出すと、ふざけるな、100ルピーだ、
断ると、警察を呼ぶぞ と脅します。
私の手をとって、警察に行くか、100ルピーを出せ
私は逆に彼の手をとって、大きな声で ポリス、ポリス と叫びました。
彼は、私の手から10ルピーを奪い去っていきました。
また、友人は 2階の建物からだと、全体が見えて写真もとれる、
と言われあがっていくと、そこには数人のごろつきが居て
2000ルピーが場所代と言われ、囲まれました。
恐怖を感じ、2000ルピーを払いその場を去りました。
マルカルニカ・ガートは舟からゆっくり見学するか、立ち止まらずに歩くながら見学するか、どちらかです。立ち止まってはいけません!
