2008年12月

沖縄戦

沖縄本島の近くに位置する とある島。
ここは沖縄戦の縮図といえるほどの激戦地。

この島は、4年ほど前に知人であった高校の先生から、集団自決の洞がそのまま残っていて、とても痛ましいという話を聞いてから、訪れたかったところです。

島の生き字引といわれるAさんに御案内をしていただくことが出来ました
案内していただく前に、観光案内所のTさんが心配してくださり
「霊感の強い方は行かないが良いですよ」
とお声をかけてくださいました。

洞(ガマ)やその周りには木々が茂っていて鬱蒼としています。
すぐ近くにはゴルフ場。
周辺には今も多くの遺骨が眠っておられるそうです

私たちには心配されるようなことは起こりませんでした。

その島の高台、沖縄本島に向いて立つ慰霊塔には

「ひねもすを とどろとどろと 潮騒の 声をまくらに ここだくも 眠れぬ霊の 夢まどかならむ」と刻まれています。

塔を見たとき、犠牲になった皆さんの心安らかなることを感じることが出来ました

私がこの仕事をしている大きな理由…
太平洋戦争は私の心に大きな位置を占めています
日本人として、今の時代に生まれた私ができることは?
今の社会に貢献できることは?

時間があるときに、国内外を問わず、戦跡となったところを訪ねています。
今の平和は、多くの犠牲の上に成り立っているということを心新たに刻みつつ、来年も仕事に励みたいと思います

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親の愛

昨年、実家近くでお仕事をいただいてから、仕事帰りにたまに実家に寄ります。

住んでいる所から、車をぶっ飛ばして1時間半。
そんなに遠くはない距離なのに、あんまり顔を出すことはそれまでありませんでした。

2人姉妹の長女の私は、子どもの頃からいつも出来のよい妹と比較されて育ってきました。
妹は背が高く、おとなしく、成績抜群。全て親のお気に入り。
私は背が低く、やんちゃで、成績は芳しくない。
(私の母は背の高い子が好きだった)

懇談のときも、妹のときは嬉々として出かけるのに、私のときは気が重いと言ってました。
家の中は全て妹中心で、私が何を言っても聞き入れてもらえないのに、妹が一言言うと全てがそのとおりになりました。

そんな家庭が嫌で、早く家を出たくて、結婚も早かったのだと思います

自分が親になったら、親のありがたみがわかる…。
昔よく周りの大人から言われた言葉でしたが…、とんでもない!

親になったら余計に親への恨みが募りました。
わが子には絶対に同じような思いはさせない!と心の中でその思いをいっそう強めました。

当時の一般的な親にはそんな知識なんてあるはずもないということぐらい、考えなくてもわかるはずなのに、心理学を専門に勉強した私は、なんて無知な親なんだろうと心の中でさげすんでいたこともありました。

きっかけは数年前の祖母のお葬式。
2月の寒い日でした。

特に誰からも何を言われたわけではないんだけど、96歳まで生きた祖母(母の母)から何か言葉にならないメッセージをもらったような気がします。

専業主婦だった私は、自分には何の能力もとりえもない人間だとごく普通に信じていました。仕事を始めるきっかけはいろいろあったけど、自分の性格のポジティブなところに驚くこともしばしばでした。
周りから助けられ、自分の中にある殻を破り破りここまでくることが出来ました。

好奇心とチャレンジ精神・プラス思考。
この性格は代々受け継がれてきたもので、それを更に育んできてくれたのは親かもしれない…。
それに祖母のお葬式のとき始めて思い至りました。

親や周りにけなされ続け(そう思っていた)マイナス思考の固まりになってはいたけれど、それは自分がその痛みを知ることで周りに理解と共感を深めるための勉強だったのかもしれないと。

もともと明るく細かいことを気にしない性格の私だからこそ、そういったことを経験する必要があったのかもしれないと思えるようになりました。
そう、乗り越えられるからこそ、与えられた経験だったのかもしれないと…。

あれだけ自分の子どもに同じような思いはさせないと固く心に誓ったはずなのに、長男には結果的に同じような思いをさせていました。

大事に大事に育てた、とても愛しいわが子。
一番上の子どもというのは親にとって何もかもがはじめてですよね。
私が親からされ続けてきたこと、それは大事にされているが故の行為だったということにようやく最近気付いたのです。

全ては親なりの愛情だったんだなぁと今は理解できます。
恨んだこともぶっ殺してやろうかと思ったことも何度もありました。
でも、私は心から愛され大事に育てられてきたんだと、恥ずかしながらはじめて親の気持ちが理解できるようになりました

全て妹中心だと思い込んでいたけれど、決してそうではなかったということにも気付けました。
妹にすれば、私のために我慢してきたことも多かったはず。
自分中心に物事を見ているから何を見てもそのように思えただけだと。

それは3人のわが子を見ていて思います。
それぞれがそれぞれの視点で物事を見ていると、こんなにも違う解釈が出来るのかと思うほど、3人ともが自分中心。
良くしてもらって当たり前。全く見えてない。そうでもないところがちょっとでもあると、それこそブーイングの嵐(笑)

さすが、私の子どもですね〜。私の元に生まれるべくして生まれたというか。
こんな私にいろいろ教えてくれてます。

3人の子どもを生み育て、初めて理解できた親の愛情。
私は3人育てないと、わからなかったほど鈍かったのかもしれませんね〜。
気付くのも遅くて恥ずかしい限りですけど。

最近ちょくちょく実家に帰りますが、さりげない愛情に、帰りの車中では涙が出ます。
毎日毎日こういう愛情に包まれていたにもかかわらず、気付けなかった自分がとても恥ずかしく思います。

私はやんちゃだったので、いろいろ苦労もかけたことでしょう。
でも立派に一人前に育ててくれました。

健康で丈夫なこの体、明るくポジティブで前向きなこの性格、これまでの経験、全てが私のリソースです。
大事に育ててくれた両親のためにも、しっかりと世の中に役立てていきたいと心から思います

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