苫米地式認定コーチ CoacH T(竹原邦雄) ブログ

認知科学者 苫米地英人博士に学び、九州で活動する、医師で、コーチで、ヒーラーのCoacH T(タケハラクニオ) オフィシャルブログ

「一人ひとりの心の平和」がひろがることでWorldPeaceは実現します。
その福音となるベチロン(苫米地理論)やコーチングをあなたとあなたの大切な人たちに届けるためのブログです。
月~水は「The Power of Mind Ⅰ(全九章)」より2回投稿を行い(休止中)、
木~日はフリーテーマ(1回)と質問回答や告知(不定期)を投稿します。
御質問やコーチング・講演等の依頼については、コメント欄またはメール(coachfor.m2@gmail.com)で御連絡ください。
それではゴールのイメージを楽しみながら、リラックスしてお読みください。

ブログ・シリーズ編

S-01:よりよい“議論”のために

S-01-20組織・チームの明るい未来のために

 

このシリーズでは、 “議論”について、そして“議論”をよりよくすることについて考察します。

PM-02-13http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

I-017(告知):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11594310.html

S-01-00(目次):http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11613757.html

 

 

20:組織・チームの明るい未来のために

 

 ディベートについて御理解いただけたでしょうか?

 

 そのほとんどを、我が師 苫米地英人博士の「ディベートで超論理思考を手に入れる(CYZO)」から引用しています。詳しくはそちらで御確認ください。

 

このシリーズの冒頭に、「論題を自らの情動と切り離し、相対化して、物事の裏表両方を見る視点を養えるのがディベート」であり、それを学ぶ目的は、「論理脳を鍛え、最短時間で最適解を見つけるようになること」であると書きました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11995099.html

 

さらに、その先にあるのは、「論理的思考を徹底的に極めることによって、論理という系の外に出ること」であると書きました。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12168045.html

 

そのもっと先にある究極のゴールとは、「論理を超越した世界で“自由”を手に入れること」です。その自由を獲得するためには、コーチングについての知識とスキルが必要です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

なぜなら、この宇宙は“縁起”によりつくられているからです。

 

縁起とは、「自分を含めてこの世のすべては他の何かとの関係性で成り立っている」というものです。

それは突き詰めると「関係が存在を生みだす」ということになるので、それぞれの事物、事象は単独であらかじめ存在しないという論理になり、「だから普遍的な実体などなく、物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考え方につながります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353044.html

 

「物事は常に変わりゆき、永遠に変わらないものなどない」という考えを仏教では「無常」といいますが、それは「はかない」という意味でも、「だからあきらめろ」という冷やかしでもなく、「明日はもっと良くなる可能性がある。だから思考し続けよ」という励ましです。

 

釈迦の縁起は、そして、その発展としての空観は、数学では不完全性定理により、現代物理学では不確定性原理により証明されています。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194669.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6353367.html

 

私たち人類は、“現状の外”へのゴール設定により新たな縁起を生みだし続けることができる存在です。そして、ゴールに向かう過程で思考を続け、抽象度の階段を駆け上がり、ヒルクライミング(進化・向上)し続けることができる存在です。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4448691.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4449018.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/4516484.html

 

 そのためにディベートがあり、コーチングが存在しています。 縁起として。

 

 

-参考-

苫米地英人博士著「ディベートで超論理思考を手に入れる」(CYZO

 

 

S-01:よりよい“議論”のために(完)

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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DrT ディベート本




I-021:無料講演会「米国トップコーチが教えるリーダーマインドの青少年育成プログラム」開催のお知らせ

 

 「子どものためのセルフコーチング・プログラム PX2(ピーエックスツ―)」を運営する一般財団法人 BWFインターナショナルより無料講演会のお知らせが届きました。

 

 

演題:米国トップコーチが教えるリーダーマインドの青少年育成プログラム

日時:平成301122日(木)16時~18

場所:参議院 議員会館 講堂

東京都千代田区永田町2-1-1

(注:当日は入場の際に身体検査が行われます)

主催団体:一般財団法人 BWFインターナショナル

規模:200名程度

入場料:無料

講師:マーク・シューベルト氏(元米国オリンピック代表水泳チーム監督)

解説:一般財団法人 BWFインターナショナル代表理事 苫米地英人博士

参加者:スポーツコーチ並びに学校関係者等、日本全国から募集

参加対象者:

13歳~27歳の学生

・教員・教育委員会の方

・教育関係者

・スポーツ関係者

27歳以下のスポーツ現役選手

28歳以上のスポーツ現役選手

 

 

 講演者のマーク・シューベルト氏は、米国オリンピック代表水泳チームの元代表監督で、マイケル・フェルプス選手の幼少時代から現在に至るまでのコーチを務めている方です。

 マイケル・フェルプス選手は、紹介は不要だと思いますが、歴代最多となるオリンピックメダル通算獲得数28個(そのうち金メダルが23個)の「水の怪物」と呼ばれるほどの水泳選手です。

 

 マーク・シューベルト氏は、コーチングの元祖 故ルー・タイス氏に学んだことを指導に用いて大成功をおさめました。

 講演では、その「顕著な成果を収める為のマインドの仕組みや最新の方法論」を解説されます。

 

 さらに、故ルー・タイス氏が開発したスポーツ並びに青少年の育成とマインドの強化プログラム「PX2(ピーエックスツ―)」に関して、主催団体であるBWFインターナショナル代表理事 苫米地英人博士が、教育現場での実績などを御紹介されます。

 苫米地博士は故ルー・タイス氏の顧問メンバーとして「PX2」を日本向けにアレンジされ、日本における総責任者として普及に努めていらっしゃいます。

 

 ぜひBWFインターナショナルのホームページをご覧ください。

ちなみにBWFとは「The Better World Foundation」の略で、世界中の子どもたちと、子どもたちに関わるすべてに、「人生の可能性の開き方」を広め、戦争と差別のない、よりよい世界の実現を目指す非営利団体です(HPより)。

http://bwf.or.jp/

 

講演会の詳細(及びお申込み)はこちらからどうぞ

http://bwf.or.jp/archives/1462

 

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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181122 PX2講演会



Q-060:「気軽」という言葉の奥底に潜むもの

 

 先日(20181024日)、認知科学者 苫米地英人博士のtwitter上で興味深いやりとりがありました。博士が返答された文章中の「気軽と無礼の違い」について考えているうちに、「気軽」という言葉の奥底に潜む恐ろしいものが見えた気がしました。さらには“声”まで聞こえてきました(笑)。

 今回は、そのことについてまとめます。

 

 まずは博士のtwitterから引用します(時系列で表示。青文字は博士橙はフォロワー)。

 

 

なんかまた匿名@が増えてる。プロフィールにあるように非実名@は自動的にブロック。内容は関係ない。誰かがリツィートして来たものも自動的に匿名のツィートはブロックしてるので、本人が私に@してない場合もブロックされるので、気を悪くしないように。

 

誤解を恐れず乱暴に言えば、実名を明かせない人に時間かける程暇ではないので。非実名ツィートは大体が言葉とかも乱暴で、時間取るのに値しないものが多いのもある。ただ、内容から判断するのはフェアでないので、私宛ての匿名@は自動的にブロック。というかなんで私に@したいのかな。面識さえないのに

 

ツイッターってそういうところがいいと思う。知らない人と気軽にone to one で繋がれる。匿名とか関係なく

 

気軽と、無礼、無作法の差が分からない子供はこちらに来ないように

 

戦争と差別をなくす。と仰っておられる先生が子供を差別されていては

 

未成年に参政権がないのと同じ。知識や自己責任を含むあらゆる根拠。差別とは根本的に違う。もしも本気で言ってるなら、あなたのような無知、無責任が差別を助長する。

 

 私はまず、「フォロワーが気軽と感じているのは、『自分のことだけしか考えていないから』ではないだろうか?」と考えました。

 

 「私は相手のことを知らない」ために「相手の立場に立って考えることから解放されている」と無意識が理解し、「相手も私のことを知らない」がゆえに「発言に伴う責任を問われない」と(無意識が)判断しているのだと思いました。

 

 そんな社会性から逃避した「気軽」は、freedomという意味で、確かに自由かもしれません。

しかし、相手の存在がスコトーマに隠れているがゆえに、必ず「無礼」に行き着きます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

そのようなことを考えていると、博士が差別という言葉を使ったフォロワーに対して「あなたのような無知、無責任が差別を助長する」という厳しい表現を用いられたのには、重大な理由があるような気がしてきました。

 

 

 freedomとは、「束縛や拘束がなく、義務を免除された状態」のことです。それに対してlibertyは、「選択や行動・発言の権利が保障された状態」です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

いずれにせよ、その根底には束縛や制約が存在することが前提となっています。Freedomlibertyも「(束縛や制約を前提に)この範囲であなたの権利を認めますよ」ということです。

「自由」の反対に「束縛」、「権利」の反対に「義務」があるといった思考のさらに深いところには、「支配者と奴隷」「ルールを作る側と従う側」という構図が見え隠れします。

そこにあるのは差別です。

 

 フォロワーが使った「気軽」という言葉に、博士は差別の存在を感じ取られたのでしょう。そして、そのことに気づいてもらいたかったのだと思います。自らスコトーマを外して。

だからこそ、「差別」という言葉に厳しく反応されたのではないでしょうか。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721610.html

 

もちろん、フォロワー自身も(本人は気がついていないかもしれませんが)差別される側です。「自由がない君は、このままでは苦しむよ」という博士のあたたかいメッセージも感じ取れます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

 

西洋的なfreedomlibertyに対して、仏教に由来する日本語本来の「自由」とは、「自らを由(よ)りどころとし、他のものを由りどころとせずにあれ」という釈迦の言葉に由来するものです。それは「思考や行動の判断基準をほかの何者でもない、自らに置きなさい」ということですから、「無知」や「無責任」のままであれば「差別を助長する」ことに確実につながります。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987549.html

 

以上のようなことを考えていたら、突然、“声”が聞こえました。

 

 

大志を抱いて学べ!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

学びながら人格を形成し、自分の意志で社会に貢献してごらん!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

そんな責任ある人生に100% want toで挑むとき、君は差別を克服することができ、ゴール達成のための道具として自由を使いこなせるようになるぜ!

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543825.html

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543909.html

 

 

それはまるで、目の前で苫米地博士のコーチングを受けているような感覚でした。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6542364.html

 

 

苫米地式認定コーチ                        

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F-057:「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」ことなのだろうか? <中編>

 

 前回(F-056)は、「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発言に麻生太郎財務相が「いいことを言う」と同調されたことについて、「国民をだまそうとしていない」という理由で肯定的に評価いたしました。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/13076011.html

 

 

 コーチとしてよく相談されることがあります。

 

「なかなか“現状の外”にゴールが設定できない」「そもそも“現状の外”というのがわからない」というものです。

 

その感覚はとてもよくわかります。私は、「現状の外を認識できていない」としっかり認識していること自体が素晴らしいと思います。

 

人は自分にとって重要なものだけを認識し、それを世界だと信じ込んでいます。その重要性は過去の記憶によりつくられたものです。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

よって、「自分が正しいと思っていたことをすべて否定すると、現状の外側がすっと見えてくる」ことになります。

 

試しに、自分が信じて疑わないものを疑ってみてください。

例えば、

 

 「コーチングは本当に効果があるのだろうか?」

 

「(愛おしくて仕方がないパートナー等について)本当に愛おしいのだろうか?」

(あるいは、「愛は冷めてしまったのだろうか?」)

 

「地球は本当に温暖化しているのだろうか?」

 

 

私たちが認識する世の中のすべてに情動が張り付いています。世界を情動や“自分”から切り離して評価・判断しなおすために、ディベートが大変役にたちます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/6194585.html

 

ブログシリーズ編>「S-01:よりよい議論のために」では、現代ディベート論理であるトゥールミンロジックを御紹介しています。それは“現状の外”を認識し、新たな可能世界の扉を開くための大いなる力となるものです。

ディベート初心者の方にとっては難解に感じられるかと思いますが、ぜひ繰り返しお読みください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_254557.html

 

 

 それでは前回の続きに入ります。厚労省を抑える財務省のトップ、そして副総理としての立場をふまえた上で考察を続けることで浮かび上がる解決するべき課題(=ケース)についてまとめます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

 

 私が感じたケースとは、1)健康が目的化している(さらには国民の義務になっている)、2) 「不摂生が理由で病気」の本質を見誤っている、3) お金のモノサシが入り込んだうえに、健康そのものより(お金のモノサシが)重要とみなされている、4)国の義務を放棄し、国民の権利をないがしろにする憲法違反となっている、の4つです。

 以下、説明いたします。

 

 

1)    健康が目的化している(さらには国民の義務になっている)

 

そもそもWHOの「健康」の定義自体に無理があります。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859675.html

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859828.html

 

コーチングとの関連でいうと、健康は数あるゴールの中で大切な一領域(バランスホイールを構成するひとつのカテゴリー)ではありますが、ゴールそのものではありません。そこを間違えると「健康のためなら死んでもいい」というアメリカンジョークのような生き方に陥ってしまいます。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

苫米地式で考える「健康」については、下記のブログ記事を御参照ください。

http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/7859896.html

 

 

2)    「不摂生が理由で病気」の本質を見誤っている

 

 健康の定義同様、病に関する認識も間違っているといえます。麻生財務相の発言からは、病気の主因を不摂生と考えていることと不摂生は個人のだらしなさが原因と認識している思考パターン(ブリーフシステム)が読み取れます。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5721531.html

 

 最近の医学研究をふまえると、病気=不摂生とは言い切れません。例えば2型糖尿病は、「贅沢病」でも「不摂生病」でもなく、むしろ「ストレス病」や「長時間労働病」「貧困病」だという指摘がなされています。

 

例えば、ドイツの研究機関の調査では、「強いストレスにさらされている人は、そうでない人と比較すると2型糖尿病を発症するリスクは45%も上昇する」と報告されています。

 

全日本民主医療機関連合会(民医連)が2018619日に行った記者発表によると、「HbA1c値が1年後に7%以上(不良)になる頻度は、週労働時間35時間未満の労働者と比べて60時間以上の労働者は2.92倍にのぼる」と指摘されており、さらに「糖尿病網膜症の発症が大卒を1とした場合、中卒だと1.92」「糖尿病腎症の発症は正規労働者を1とすると、非正規では2.83」と発表されています。

「全日本民医連が記者発表 『長時間労働が健康を阻害』 -若年2型糖尿病調査から-」:https://www.min-iren.gr.jp/?p=35327

 

富裕層にくらべて貧困層ほど糖尿病発症リスクが高いことは、アメリカやイギリスの研究でも明らかになっています。例えば、アメリカでは約14%の家庭が食料不安の状況にあります。食料不安のある家庭の糖尿病リスクは、食料不安のない家庭の2.5倍に上るそうです。

 

したがって、2型糖尿病に代表される生活習慣病の改善は、労働環境の改善や経済格差の是正といった国の政治力にかかっているといえます。

 

「不摂生は個人のだらしなさが原因」なのかについては、後編でプラン(解決策)とともに取りあげます。

 

 

3)    お金のモノサシが入り込んだうえに、健康そのものより重要とみなされている

 

「お金は重要ではない」とか、「お金のことを考えてはいけない」などと主張したいのではありません。お金は間違いなく重要なものです。ただし、それは「ゴールを達成するための道具として」です。お金自体が目的化すると、健康が目的化するのと同様に人生を見失い、満足度や幸福度が下がることが判明しています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8430748.html

 

 健康やお金は、あくまでもゴールを達成するための道具であり、手段です。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/5615935.html

 

 お金のために健康をないがしろにした結果ゴール達成ができなくなることが本末転倒であるのと同じように、国家レベルにおいても国の財政のために国民の健康をないがしろにすることは本末転倒の大問題です。それではとてもプロとはいえません。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8582928.html

 

なぜなら、それは立憲民主主義国家の根幹を揺らがす愚行ともいえるからです。次に説明します。

 

 

4)    国の義務を放棄し、国民の権利をないがしろにする憲法違反となっている

 

 日本の医療は、主権者である日本国民のためにあります。より詳しく述べると、国民一人ひとりの基本的人権(医療・福祉の場合は生存権)の保障のためにあるといえます。

 

 つまり、日本国民には健康に暮らす権利があり、日本国には国民の健康を実現する義務があります。それは日本国憲法第三章第二十五条に明記されています。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/8584289.html

 

 「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担するのは『あほらしい』」という発想は、国民の権利をないがしろにした上に、堂々と国の義務を放棄しています。よって、その発想は憲法違反といえます。

 

 

 以上、この中編ではケース(問題、課題)についてまとめました。次回は、プラン(解決策)を提示したいと思います。

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/12658417.html

(後編につづく)

 

 

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日本国憲法第25条



PMⅠ:The Power of Mind

PM-00:序章

PM-00-05:第五章(苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ)目次

 

 

PM-05:苫米地理論で見える教育現場のスコトーマ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/cat_124525.html

 

 

PM-05-01:そもそも教育とは? ~教育の定義~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034222.html

 

PM-05-02:そもそも教育とは? -1)教え育てること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9034343.html

 

PM-05-03:そもそも教育とは? -2-1)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188609.html

 

PM-05-04:そもそも教育とは? -2-2)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9188708.html

 

PM-05-05:そもそも教育とは? -2-3)望ましい知識・技能・規範

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9367579.html

 

PM-05-06:そもそも教育とは? -3-1)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9367702.html

 

PM-05-07:そもそも教育とは? -3-2)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533528.html

 

PM-05-08:そもそも教育とは? -3-3)学習を促進する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9533623.html

 

PM-05-09:そもそも教育とは? -4)意図的な働きかけ

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9672735.html

 

PM-05-10:そもそも教育とは? -5-1)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9672774.html

 

PM-05-11:そもそも教育とは? -5-2)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817539.html

 

PM-05-12:そもそも教育とは? -5-3)望ましい方向へと変化させること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9817603.html

 

PM-05-13:そもそも教育とは? -6-1)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9963845.html

 

PM-05-14:そもそも教育とは? -6-2)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/9966391.html

 

PM-05-15:そもそも教育とは? -6-3)人間形成

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10116950.html

 

PM-05-16:そもそも教育とは? -7-1)(人間形成に作用する)すべての精神的影響

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10117071.html

 

PM-05-17:そもそも教育とは? -7-2)(人間形成に作用する)すべての精神的影響

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256517.html

 

PM-05-18:そもそも教育とは? -8)家庭教育・学校教育・社会教育

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10256634.html

 

PM-05-19:教育の目的である自由とは? ~人形にみる自由と制限の関係~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400928.html

 

PM-05-20:西洋的な自由の概念と仏教での自由

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10400987.html

 

PM-05-21:現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543825.html

 

PM-05-22:現代分析哲学を用いた「自我=私」の定義から明らかになる自由の意味 -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10543909.html

 

PM-05-23:レッドソックスの「崩壊の内側」にみる自由の危険性

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10691753.html

 

PM-05-24:自由を履き違えた人間は、自分もチームも破壊する

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10692725.html

 

PM-05-25:監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10829331.html

 

PM-05-26:監督がチームを去ったことは正しい選択だったのか? -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10829408.html

 

PM-05-27:自由を求める人に必要な「自己責任」の意味

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987549.html

 

PM-05-28:自分を縛るたったひとつのルール -前編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/10987618.html

 

PM-05-29:自分を縛るたったひとつのルール -後編-

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11142365.html

 

PM-05-30:教育現場の疲弊

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11142435.html

 

PM-05-31:自殺対策白書が示唆すること

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11298916.html

 

PM-05-32:子どもたちへの最大のプレゼント <前編:HOPE GAPを克服するために>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11301259.html

 

PM-05-33:子どもたちへの最大のプレゼント <後編:スピリチュアルペインはすでに始まっているのだから>

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11386276.html

 

PM-05-34:子どもにも大人にも生きる喜びを伝えるために ~苫米地式教育コーチング~

 http://blog.livedoor.jp/coachfor_m2/archives/11386572.html

 

 

 

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