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「痛切な反省」表明、謝罪触れず


アメリカの議会における演説では大いに気合を入れる首相だが、広島の平和式典では1年前の式典のコピペで済ませ批判を浴びていた。これでは国民をないがしろにしていると言われても仕方あるまい。

日本の保守政治家というのは、どういうわけかアメリカからの承認願望が強いようで、戦後の歴史を見るとアメリカへの過剰なへつらいがそこここにある。例えば、集団的自衛権の議論の時に解釈変更の論拠として持ち出された砂川事件では、米軍の立ち入り禁止区域に入った「日本人」を、アメリカと密談までして異例の跳躍上告をなし、血眼になって「日本人」を有罪にした。

現代においても、郷土を取り戻さんとする沖縄の意思を無視して、米軍基地を頑なに辺野古へ移設しようと躍起になっている。沖縄の翁長知事は官房長官との会談後、正しくも次のように述べた。

「「戦後レジームからの脱却」ということもよく言うが、沖縄では「戦後レジームの死守」をしている感じがする。一方で憲法改正という形で日本の積極的平和主義を訴えながら、沖縄でこの「戦後レジームの死守」をすることは、本当の意味の国の在り方からいくと納得しにくい。」

自民党の選挙スローガンは「日本を取り戻す」だったが、あきれた空語である。砂川事件から現在の普天間問題にいたるまで、日本の国土を躍起になってアメリカに譲り渡さんとしてきた張本人がなにをか言わんやである。

安倍の演説では硫黄島に上陸した兵士と栗林中将の話を持ち出し、日米和解を演出していた。ここで思い出されるのは、東京大空襲の指揮官だったカーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を贈っているという歴史事実である。航空自衛隊の設立に尽力したということらしいが、恐れ入った感性である。叙勲ということで言えば、先の砂川事件で最高裁長官としてアメリカと密談した田中耕太郎にも、後に勲一等旭日桐花大綬章、没後には大勲位菊花大綬章まで贈られている。

日本がことアメリカとの関係で日本国民をどれほど侮辱的に扱ってきたかは、米兵による個人犯罪の扱いを見るとよく分かる。

例えば、西武池袋線に乗っていた音大生が、米軍基地内の米兵から狙撃されて殺された事件は、わずか禁錮10ヶ月という微罪に終わっている。これは、日米合同委員会の密約で日本が米軍関係者についての裁判権を放棄していたため、形ばかりの判決しか出せなかったためである。

また、茨城県では米軍機が超低空飛行を行ったために、自転車で走行中の女性が首と胴体を分断されて殺されている。これも日米地位協定により裁判権が放棄され、捜査終了になっている。

さらに有名なジラード事件では、鉄くずの薬莢を拾いに来た女性を手招きして呼び寄せ、射殺したウィリアム・ジラードについて、やはり日米合同委員会の密約により「殺人罪ではなく傷害致死罪で起訴すること」、「日本の裁判所が判決を可能な限り軽くするよう勧告すること」が取り決められた。実際、判決は四年の執行猶予がつく軽微なものだった。

日本人の裁判では跳躍上告までして有罪に持ち込むのに、米兵の裁判では密約までして微罪または捜査終了にするのである。 

もう一度言うが自民党の選挙スローガンは「日本を取り戻す」である。いったい誰のために取り戻そうというのだろうか。アメリカのためではないのかと勘ぐりたくもなるというものだ。本来、脱却すべき「戦後レジーム」とは、まさに日米地位協定に象徴される、屈辱の対米従属体制なのではなかろうか。

アメリカが日本国民を大量虐殺した広島の式典はコピペで済ませ、アメリカ議会での演説には気合満点で臨むのが、我らが日本国首相である。見事な演説だと耽美喝采している安倍支持者たちは、右翼の用語法では「売国奴」と呼ばれるのではなかろうか。