新型コロナウイルス対応は、誰にとっても初めての経験なので、菅政権に批判的な私もコロナ対応への批判はあまりしてこなかった。

が、このコロナ対応から透けて見える菅政権の地金については、コロナ対応の巧拙とは別問題として指摘する価値はあるだろう。

先に結論から言ってしまうと、菅総理大臣は控えめに言って頭が悪い。率直に言うなら「バカ」である。もう少し表現を具体的にするなら、論理を解さない。とてつもない非論理性の持ち主だ。

例えば、緊急事態宣言を発令した際の記者会見で、「この宣言を仮に延長する場合、今回と同様に1か月程度の延長を想定しているのか」と問われて、「仮定のことについては私からは答えは控えさせていただきたい」と応じていた。

だが、そもそも緊急事態宣言は「このままだったらどうなる」「緊急事態宣言を出せばどうなる」という仮定に立脚した議論である。実際、質問の前に行った総理の「あいさつ(本人の表現だ)」でも、「この3点を徹底していただければ、必ず感染を抑えることはできる」と明快に仮定法での言及が行われている。

そもそも仮定のことについて対策を練るのが、感染症に限らず国家安全保障の基本的態度である。もっと言えば、政治とは「こういう政策を打てば、未来はこのように変わる」という営為であって、常に仮定の議論なのである。

「仮定のことについて」答えを差し控えるような政治家は、一言で言って無能である。

菅総理の非論理性を最も端的に表している発言は、テレビ神奈川に出演した際の「ブレーキとアクセルを同時に踏むこともあるのだろう」という発言だ。説明するまでもなく、強烈な矛盾である。菅総理には残念なくらい論理が通用しない。

この発言を行動で裏打ちしたのが、緊急事態宣言下でもビジネス関係者の入国を一転して継続するとした判断である。入国の継続という政策の是非とは別に、緊急事態宣言との矛盾が問題だ。国民には外出するなと求めつつ、海外からは人を受け入れるというのは、どう見ても一貫性を欠いている。

学術会議問題を巡る菅総理の答弁・説明がいかに不可解なものであったかは、以前詳述した。学術会議の構成員が特定大学に偏っていると説明しながら、当該大学からただ一人の会員候補者を任命拒否したりする非論理性を見せていた。結局、そのよって来るところはこのような菅総理の非論理性にあるのである。

こういう危うさは政治的な左右を問わず問題にされるべきことだ。右翼諸君が大好きな国防分野は、「中国が侵略してきたら」「北朝鮮が核攻撃をしてきたら」といった「仮定の話」への備えではなかったか。

ウイルスは菅総理が大好きな忖度や迎合をしてくれない。もちろん右翼諸君が想定する(つまり仮定の)中国や北朝鮮の軍隊も、忖度迎合は期待できまい。忖度も迎合もしてくれない存在に合理的な対処をするには、論理こそが武器になる。

菅政権には残念なほど論理がない。私の知る日本語では、論理を解さない人間のことを端的に表現すると「バカ」となる。