自民党がサボり続けていた国会が今日、ようやく開くという。そこでは自民党が特措法や感染症法等の改正法案を提出するという。それは時短営業を拒否した事業者への過料や、入院拒否をした者への罰則を含んだものだ。

これはかなり愚かな選択だ。こうした罰則が感染拡大を抑制するためには、大前提としてその感染対策が「科学的に正しい」ものであることが必要だ。しかし、例えば飲食店への時間短縮要請は、本当に感染拡大を防ぐだろうか?よしんば防いだとしても、それは本当に代替案のない「唯一の解答」なのだろうか。

例えば、飲食店には休業や時間短縮ではなく、全てのテーブルを個人別にして、集団で来店しても必ずバラバラに座り、私語厳禁で短時間の食事をして帰ってもらう、などの要請をすることも可能だろう。

飲食店における孤食や黙食の実現支援策が講じられることもなく、一足飛びに時間短縮要請や休業要請に走ってしまったことは、かなり短慮なやり方だったろうと思う。

罰則というのは、合法的に振るわれる暴力である。暴力である以上、それは最終手段として用いられるべきものだ。最終と言えるためには、代替案と言えるような施策が尽くされ、必要な努力が十分に払われていることが求められる。なおかつ、罰則によって強制される施策が感染を防ぐうえで有効な「科学的に正しい」ものでなければ、何の意味も持たない。

安易な罰則の導入は、感染者への差別を助長しかねない。そうなれば人は感染の事実を隠そうとし、積極的に検査を受けることも拒むようになるだろう。そうした検査忌避の風潮は、感染拡大を防ぐうえで最悪の展開と言い切れる。

また新型コロナウイルスが感染拡大を招いている大きな要因は、「無症状感染者による感染」である。無症状感染者は無症状であるがゆえに、入院の必要がなく、場合によっては陽性確認すらされない。入院拒否した者を罰するという今回の改正は、こうした「無症状感染者による感染」を防ぐうえで何の役にも立たない。むしろ上述した検査忌避を生み出しかねない分、有害だ。

こうした懸念はなにも私独自のものではない。日本医学会連合会は1月14日に「感染症法等の改正に関する緊急声明」において、次のように言う。

「かつて結核・ハンセン病では患者・感染者の強制収容が法的になされ、蔓延防止の名目のもと、科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われてきました。上記のように現行の感染症法は、この歴史的反省のうえに成立した経緯があることを深く認識する必要があります。」

「刑事罰・罰則が科されることになると、それを恐れるあまり、検査を受けない、あるいは検査結果を隠蔽する可能性があります。結果、感染の抑止が困難になることが想定されます。」

声明の中に「科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われてきました」とあるように、我々はそれが「正しい」と思い込んで、実際には科学的根拠が乏しいまま「著しい人権侵害」に走ってしまった歴史を持っているのである。

こういう安易で思考停止としか言いようがない選択ではなく、もっと他にやるべきことはある。

一つにはもっと論理的なアプローチをすること。場当たり的な弥縫策ではなく、キチンとプランB、プランCを練っておく。

そのためにも、「仮定の話には答えない」などと胸を張るバカをリーダーに据えないこと。

そして罰則ではなく、医療の提供体制の再構築を図り、その信頼をより強固なものにすること。それは日本版CDCの設置であったり、地域単位での病院同士の協議・調整組織の整備であったり、安全保障としての保健所体制の強化であったりだ。

山のように課題があるのに、それらを無視して有害無益な法改正に血道を上げるなど論外だ。